軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闇に蠢く謎組織

王都にある離宮は王妃ギーゼロッテとその息子ライアスが暮らし、彼らの側近にしか立ち入りが許されていない。

王と王妃の対立を象徴する建物であった。

そこへ、王の寵愛を一身に受ける王女マリアンヌが駆けこんできた。

今年十七歳になる彼女は今は亡き前王妃の面影を鮮明にする美しさ。ドレスのスカートを持ち上げ、淑女にあるまじき所作で駆けてはいるが、長い金髪をなびかせる姿は警備兵も目を奪われるほどだった。

警備兵が呼び止めなかったのは、彼女の美貌に囚われていたからではない。

ギーゼロッテは彼女にだけ、離宮への行き来を許可していたのだ。

離宮の中でも彼女は走る。息を乱さず、笑みをたたえて。

やがて目的の部屋の前で立ち止まると、ノックもそこそこに扉を開け放った。

「ライアス、返事が来ましたよ!」

「うおっ! いきなり開けるなよ、バカ姉貴」

「いきなり扉を開けられると困ることでもしているのですか?」

「ううううるさいな! 礼儀の話をしてるんだよ、このバカ!」

「その乱暴な言葉遣いはおやめなさい、と何度も注意しているでしょう?」

「ふん、僕がお前をなんて呼ぼうが勝手だろ」

ライアス王子は机に向かっていた。ペンを手に、座ったままマリアンヌに体を向ける。

彼もまた、この五年で成長した。

背は同年代でも高いほうで、体つきもがっしりしている。高い魔法の素質を伸ばすだけでなく、国内随一の剣の使い手を母に持つ彼は、 あの敗北以来(・・・・・・) 剣技の習得にも真面目に取り組んでいた。

「まったく、いつまで経っても可愛げがありませんね。お姉ちゃんは哀しいです」

やれやれと肩を竦める姉にイラっとくる。

(くそ、こいつもあれ以来やたら慣れ慣れしいんだよな。ムカつく)

それもこれも、すべてあの男が原因な気がしてならなかった。

「で? ハルトが来るってか? そんなわかりきったことをいちいち報告しなくていいんだよ。父上の推薦を断れるわけないだろうが」

「まあ、素っ気ないですね。ところで本日の教練は終わったのでしょう? また出せもしない恋文をしたためているのですか?」

「こここ恋文じゃないし!」

「お相手は……シャルロッテちゃん!」

「だから違う! なんで僕があんなちんちくりんのガキに」

「では、ハルト君に?」

「…………ち、違う」

(なんてわかりやすい……)

ライアスが手紙を書いては破り捨てているのを、マリアンヌは知っていた。相手はやはりハルトのようだ。

「貴方の立場なら、辺境伯のところへ行く機会を得られたでしょうに」

「母上が許してくれないんだよ。前に視察に行きたいって言ったら、ものすごい剣幕で怒鳴られた」

「そう、ですか。だからハルト君を王都へ招こうと、推薦状を欲しがったのですか?」

ハルトを王都の学校に通わせる。

提案したのはライアスだった。

マリアンヌは弟が初めて頼ってくれたのが嬉しかったのもあり、父王にお願いして推薦状を辺境伯へ送ったのだ。

「僕は、あいつの強さの秘密を知りたい。あれから必死に魔法や剣の腕を磨いてきたけど、僕自身が強くなればなるほど、あいつが遠くなっている気がするんだ」

マリアンヌも同じ思いだった。

たった一度、側で見ていただけでもハルトの底知れぬ強さにいまだ恐れを抱いている。直接戦ったライアスはそれ以上に思うところがあるのだろう。

「あいつが同じ学校に通えば、間近で知る機会が得られるだろう? それだけだよ」

「敗北が、貴方を変えたのですね。生意気なところは変わっていませんけど」

「姉貴も遠慮がなくなったよな。てか、そっちこそ喜び勇んで父上に食い下がったそうじゃないか。『推薦状をもらうまでここを動きません!』とか言って父上の部屋に居座ったんだろ?」

「だ、誰がそのような話を!?」

「警備兵の連中が噂してたのさ。姉貴は僕以上にあいつにご執心みたいだよなあ」

「べ、べべべ別に私はハルト君をお慕いしているとかそんなことは――」

「えっ」

「え?」

「ああ、いや、恋だのなんだのって意味はなかったんだが……」

かぁっとマリアンヌの顔が赤く染まる。

「姉貴、もしかして……」

「…………ち、違いますよ?」

(わかりやすい)

仮にマリアンヌとハルトが結婚すれば、ライアスにとっては王位継承のとてつもなく大きな障害になり得る。

「ま、どうでもいいか……」

しかし彼の関心は今、そこにはなかった。

「何か言いましたか?」

「なんでもないよ。てか話を戻すぞ。今って、姉貴は大変なんだろ? 変な連中が学園にはびこっててさ」

「……知っていたのですか。ええ、二年ほど前から妙な宗教組織の信者が入学してきて、その勢力を他の学生にまで広げているようなのです」

「たしか、『ルシファイラ教』だっけ?」

元は小さな宗教組織だった。しかし近年は大きな資金源を得たらしく、急速に信徒を増やしている。

なぜか一般認知は極端に低いにもかかわらず、財界や政治の中心――貴族たちが入信するケースが相次いでいた。

王国は『ミージャ教』を国教としている。『ルシファイラ』はその一派に偽装した新興宗教で、その実は悪魔崇拝との説が王宮内で囁かれていた。

「彼らの思想は過激です。『世界は唯一神に返納すべき』と言って憚らず、王政打倒を公言する貴族まで現れました。それを放置せざるを得ない、我ら王族の不甲斐なさもあるのですけれど……」

問題は複雑だ。いや、実はシンプルなのかもしれない。

なにせルシファイラ教の最も大きな資金源は――。

「母上は、何を考えているんだ……」

王妃ギーゼロッテであるとの噂が絶えなかった。

「姉貴は、ハルトにそいつらをどうにかしてもらいたいんだろ?」

「浅ましい考えではありますが、期待はしてしまいます。もちろん、無理にお願いするつもりはありません。強大な相手に、学生の身分で戦ってほしくはありません」

ただ、とマリアンヌはうつむく。

「私は、そういった政治的宗教的な面倒事に囚われず、せめて生徒のみなには魔法の研鑽に励んでもらいたいのです」

「ま、あいつがどれだけ常識外れだとしても、個人でできることは限られてるよな。さすがに母上には及ばないだろうし。あ、でも……」

ライアスは記憶をほじくり返した。

「そういや、ゼンフィス卿の領内に変な奴がいるって話があったな」

「視察に訪れたときに聞いた、『黒い戦士』のことですか?」

「たまにあっちの情報が流れてくるんだけど、なんか最近、巨大竜を倒したとかなんとか」

「本当ですか? とんでもない実力者ですね」

「ハルトとつながりはないのかな? 正義の味方やってるらしいし、頼めばいろいろやってくれるんじゃないか?」

「正体不明の方に頼むのはちょっと……」

話しこんでいた二人は気づいていなかった。

この場に、ノックもせずに立ち入ってきた存在に。

「ずいぶん話が弾んでいるようね」

「は、母上!?」

王妃ギーゼロッテだった。

ライアスは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、背筋を伸ばした。

「お、お 義母(かあ) 様、ご無沙汰しております」

「ええ、久しぶりね、マリアンヌ。見るたびに美しくなるわね」

「あ、ありがとうございま――ッ!?」

頭を下げようとしたところで、いきなり首根っこをつかまれた。

「な、にを……っぅ!」

「今、どこを見ていたの?」

つかんだ指がギリギリと喉に食いこむ。

「今、首輪を見ていなかったかしら? そんなに可笑しい? 惨め? 情けない? 貴女もわたくしを笑う者の一人なのかしらぁ!?」

「ぐ……、ちが、や、め……」

「母上! おやめください!」

ライアスの叫びに、ギーゼロッテは凍るような視線を彼に突き刺した。

「ふふ、冗談。ただのおふざけよ。でも無遠慮な視線は淑女失格よ? 気をつけなさい、マリアンヌ」

パッと手を離すと、マリアンヌは腰から床に落ちた。げほげほと急きこむ。

ギーゼロッテは彼女には一瞥すらせず、ライアスへ歩み寄っていく。

「ゼンフィス卿のご子息が、貴方と同じ学園に通うそうね」

「どうして、それを……?」

「たった今、貴方たちが話していたじゃない。ふふ、盗み聞きではなくてよ? 聞こえてきたの」

つまり最低でもそれ以降の会話は聞かれていた。『ルシファイラ教』と母のつながりを疑っていることも。

ライアスは足が竦んで動けない。

「辺境の片田舎から出てくるのだから、それはもう心細いでしょうね。ライアス、彼と仲良くしてあげなさいね」

「は、はい……」

ギーゼロッテはなおも近づいて、ライアスの耳に唇を触れさせた。囁きで告げる。

「その小倅から、知り得る限りの『黒い戦士』の情報を引き出しなさい」

「は……?」

「いい? 誰にも内緒よ? マリアンヌにも、その小倅にも悟られてはダメ。情報はこの母にだけ伝えるの」

ギーゼロッテは彼の返事を待たずに離れると、うずくまって首を押さえているマリアンヌの髪をつかんだ。

「さあマリアンヌ、離宮の外へ送っていくわ。今後は、ここへ近づかないようにね」

強引に持ち上げると、何本かの髪がぶちぶちと抜けた。

マリアンヌは、王妃のどす黒い瞳に息を呑む。拒否はもちろん、理由を尋ねても殺されると恐怖した。

「ふ、ふふふ。もうすぐ。もうすぐだわ。この忌々しい首輪が外れる日が、すぐそこまで来ているのよ」

マリアンヌを引きずって、王妃は部屋を後にした。

哄笑が廊下に響く。

正気とは思えない笑い声とともに、王妃の絶叫がこだました。

――神よ、ルシファイラよ! 我が願いを聞きたまえ!

ライアスは足の力が抜け、倒れるようにへたりこんだ。

自分は取り返しのつかないことをした、と震えが止まらない。〝彼〟を、ただ越えるべき壁に定めた唯一の勝者を、大変なことに巻きこんでしまった。

「ごめん、ごめん……」

膝を抱え、届くことのない謝罪を繰り返す自分が、ひどく惨めだった――。

一方そのころ、ハルトはと言えば。

「できた! 名付けて『どこまでもドア』ー」

結界魔法の新開発に勤しんでいた。

窓の隣に扉が作られている。そこを開くと外ではなく、別の住居内に通じていた。

「これは二つの地点を謎時空でつなげて行き来できる、いわば『転移装置』だ。某どこにでも行けるドアと違って二点しか結べないし、それぞれの地点に俺自身が赴いて結界を設置しなくちゃならないのが難点だがそれはそれ。これで俺の部屋からひきこもりハウスにコンマ五秒で――」

興奮しすぎて声高に叫んでいる彼の背後では、いつの間にかやってきた妹が瞳を輝かせていた――。