軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51.入学に向けて必要なものを考える

「――クノン様。魔術学校から手紙がいいなぁそれ!」

手紙を持ってきたリンコが、快適に過ごすクノンを見て吠えた。

夏の最中なので、陽射しは強く気温も高い。

何もしなくても汗ばんでくるほどだ。

だが、影を落とすパラソルの下、温度調整でひんやりした肌触りの「超軟体水球」に埋もれていると、ひどく快適である。

「いいでしょー? 早く仕事を終わらせるといいよ」

本を読んだり思案に耽ってはメモを取ったりうたた寝したりと、クノンはつかの間ののんびりした時間を楽しんでいた。

魔術学校が始まれば、こんな生活とは無縁になるだろうから。

――そう、クノンは快適に過ごしている。

しかも、ベッドである「超軟体水球」はゆっくり回転している。

右回りだ。

右回りも左回りも自由自在なので、その時の気分である。

なお、回転させる理由はない。

先日見た「 火走り(カ・リュ) 」の応用で成功した技術だ。

回らないよりは回る方がいいから回している。

それだけである。

言うなれば、これも気分だ。

ここは借家の庭先である。

侯爵家の者としては小さな物件だが、二人暮らしなのでこのくらいで丁度いい。

庭もそこまで広くなく、クノンが魔術の実験をしたり、リンコが趣味でいじれる程度の規模である。

立地場所もいいし、学校もそれなりに近い。

クノンお手製の「 亜空通信箱(レターボックス) 」でヒューグリア王国の家族にも所在地を告げたし、魔術学校にもこの住所で手続きを終えている。

よほどの理由がなければ、卒業まではここに住むことになるだろう。

――よもやその想いがすぐに揺らぐことを、最近自堕落に過ごしているクノンはこれから知るのだが。

「魔術学校から手紙?」

「超軟体水球」に顔を押し付けて涼んでいるリンコに問うと、「そうです」と顔を上げずに手紙を差し出した。

「入学案内かな。それともデートのお誘いかな」

「お誘いだったら嫉妬しちゃいますね」

「大丈夫だよ。この家に二人きりでいる限り、僕はリンコ一筋だよ」

「でも家を出たらその限りじゃない、と。クノン様サイテー。女の敵ー」

あっはっはっ、と笑い合う二人。

そしてクノンは笑いながら、魔封蝋で閉じられている手紙に魔力を込めて封を溶かし、開封した。リンコはまた「超軟体水球」に顔を突っ込んだ。

合格はすでに決まっているし、もうすぐ学校も始まるはずだ。

きっとそれに関しての案内だろう。

もしくはデートのお誘いか。

もし学校で必要になる物が書かれているなら、今のうちに準備しておかねばならない。

「……うん」

読み通り、手紙の一通目は、入学許可証だ。

これは家で補完するものらしい。

「で、こっちは常に携帯すること、か」

同封された小さな金属プレートには、魔術学校の生徒であることを証明する文面と、クノンの名前が刻まれている。

学生証。

または、これからはクノンの身分証にもなるのだろう。

「……ん? え? ……んんっ!?」

問題は、二枚目だった。

自堕落に気を抜いて手紙に目を通していたクノンだが……読み進めるに従って、見えない目がどんどん冴えてきた。

「どうしました?」

クノンの反応に、リンコがひんやりした「水球」から顔を上げる。

「……ふふ。あはは。そうかそうかぁ!」

クノンは笑った。

「これが魔術学校のやり方か! いいね! 僕の予想になかったやり方だ!」

もうだらけている場合じゃない。

魔術学校での生活は、今この時から始まったことをクノンは悟った。

「リンコ、今グリオン家からいくら給料もらってる?」

「クノン様のお小遣いくらいです」

「えっ? 十六万ネッカ? 嘘でしょ? そんなに少ないの?」

小さな頃から魔術関係で散財してきたクノンは、庶民的な金銭感覚をイコに叩き込まれている。

その辺の感覚はそこまで狂っていない。

ただ、欲望には割と忠実で、衝動買いもしてしまうが。

「嘘です。いきなり収入なんて聞くからつい嘘が出てしまいましたが……でもクノン様、使用人のお財布事情まで気にする雇い主は嫌われますよ?」

「普通なら聞かないよ。それくらいの分別はあるよ。無関係じゃなくなったから聞いてるんだよ」

「はい?」

「二十万くらい? 確かイコがそれくらい貰ってて、あと諸々の手当てがついてたみたいなんだけど」

「あー……なんだかよくわかりませんが、私の給料は月に四十五万くらいです。出張手当がついてるので、使用人としてはかなり高い方になります」

「なるほど。四十五万かぁ」

クノンは想いを馳せる。

使用人が一ヵ月がんばって働いて給料四十五万。

それが高い方。

つまり――

「普通のお勤めじゃ無理そうだな……」

そう呟くクノンだが、楽しそうに笑っている。

「クノン様、説明をお願いします。そうじゃないと私はこの家のお金を持ち逃げしないといけなくなりそうです。かなり不穏です。私のお金に手を出したらほんと承知しない」

「うん? ああ、そうだね。実は――」

クノンは言った。

「どうもね、特級クラスは生活費を自分で稼がないといけない決まりみたいなんだ」

「え? それって……」

「要は、仕送りは打ち切りって話だね。

家賃だけは学校が払ってくれるみたいだけど、食事とか生活用品とか、そういうお金は僕が働いて稼ぐ必要があるみたい。

もちろん、使用人の給料も僕が払う義務があるんだって」

そう、つまり――

「僕、仕事を探さないといけないみたい。それも月に五十……いや、六十万から七十万か、それくらいの大金が稼げるような仕事を」

と、そういうことである。

手紙の二枚目、特級クラスでの過ごし方を改めて読んでみる。

だらだら書いているが、要点をまとめるとこうだ。

・実家及び親類または友人、あらゆる処からの仕送りの授受を禁じる。

・現居住地の家賃は学校が負担するが、それ以外は自身が働いて得た賃金で生活すること。使用人を連れている場合は給金も自身で払うこと。

・学校施設への出入りは、立入禁止区域を除いて基本自由である。

・服装は魔術学校の生徒と一目でわかるようローブを推奨するが、絶対ではない。

・外出時において学生証の未携帯は認めず。紛失したら厳罰を覚悟すること。

・困った時は教師に相談してもいいが、それで万事解決するとは思わないこと。

……と、こんな感じである。

「仕送りの授受を禁じる、って……なんだか滅茶苦茶ですね」

要点を読み上げると、リンコは微妙な顔をする。

「そうだね。でもきっと、これでいいんだと思う」

「そうですか? 魔術学校に来たのに働かせるなんて意味がわかりませんけど。学ぶ時間が削れませんか?」

「それも含めてうまく時間を作れ、って話だよ」

クノンは手紙を封筒に戻し、学生証だけを残した。

「師匠がよく言ってた。『その魔術を何に使うのかを考えろ』って。最初は思いつきでやっていいけど、そこから何ができるかはちゃんと考えろ、ってね」

魔術は、使えるだけでは意味がない。

それで何ができるのか、どうすれば役に立てられるのか、それを考えろ、と。

そういう意味だ。

「――僕の場合は、魔術でお金を稼ぐ方法を考えろ、ってことだね」

生活費がそんなに必要ないなら、普通の仕事でもいいのかもしれない。

だが、リンコの給料まで稼がないといけないのであれば、普通に働くだけではまったく足りない。

いや、そもそもクノンは目が見えないのだから、魔術を使わない普通の仕事の方が、よっぽど難しいだろう。

「……入学まであと数日か。考えないとなぁ」

自堕落な生活が、今、思わぬ形で終わりを告げた。

だが、クノンは自堕落な生活をしていたさっきより、今の方が楽しそうである。