作品タイトル不明
512.重要なヒント
「――色々と参考になりました。ありがとうございます」
一般知識。
一般社会。
確かに最近は遠ざかっていたかもしれない。
そんなことを思いながら、クノンは立ち上がり――
「あなたの用事は済みましたか?」
ラサミンに問われて、再び座りなおした。
そうだった。
ここに来た理由。
ラサミンに会いに来た目的。
それを果たしていない。
「先生、僕はあなたにお願いがあってきました」
「気を付けてください」
「え?」
「 あの男(・・・) に謝れ、などと愚にもつかないことを言わないでくださいね。
もしそんなことを言ったら、張り倒して流して校舎外へ捨てます。
有無を言わさず、即座に」
謝れ。
過去、そう要望されるようなことが、あったのか。
師ゼオンリーとラサミンの間に何があったのか。
さすがに少々気になってきた。
だが、生憎。
クノンの用事はそれじゃない。
「さっき見せた『鏡眼』ですが、故郷の国から秘密にするよう言われてまして……」
本質は「見えないものが見える」ところだが。
それはあくまでも結果の話。
「鏡眼」自体の流布がまずいのだ。
彼女が「鏡眼」を再現できなかったら問題なかったが。
でも、しっかり再現してしまっていたから。
「守秘義務があるのですね。
わかりました。他言しないようにしましょう」
まあ、見えるラサミンには無用の魔術である。
執着する理由もないだろう。
「それでは――あ」
今度こそ、と思ったが。
ふと思い立ち、クノンは再び座りなおした。
「先生、ちょっと相談があるんですけど……」
「相談?
相談する相手が違うでしょう?
あなたの相談は、 あの男(・・・) にしなさい」
師に相談する。
まあそれは正しいとは思うのだが。
「師匠はここにはいないし、そもそも土属性なので……。
この相談は、水魔術師の沽券に関わるというか」
「聞きましょう」
なんとなくわかってきた。
ラサミンも水魔術師なのだ。
そしてきっと、クノンと同じ考えを持っている。
水が最強で最高。
水こそすべてに勝る属性だ、と。
そこがかみ合っているからこそ、相談できるのだ。
「この前の夏季休暇のことですけど」
「ええ」
「現『調和の派閥』代表と、毎日のように魔術戦を行いまして」
「はい」
「あ、もちろんプライベートでですよ?
公には全然出してないし、知ってるのはほんの一握りです。
僕と彼女の、ひと夏の思い出なんです」
「早く続きを」
「あ、はい。
それで、毎日魔術戦を行ったんですけど。
僕、ずっと負け続けちゃって」
「……はあ?」
眠そうな顔。
眠そうな声。
それは変わらないのに。
「あなたが負けた? 負け続けた?」
彼女はとても苛立っている。
肌に伝わってくる。
ゼオンリーの話をするより、よっぽど腹を立てていると思う。
「今の『調和』の代表と言えば……」
「シロト・ロクソン先輩。風属性ですね」
「風に? 負けた? 水が? ……ふうん?」
ギッと、彼女の座るソファーが悲鳴を上げた。
思いっきり背もたれに寄り掛かったから。
「それで、相談とは?
まさか仇を取れなんて言いませんよね?」
「もちろん。
僕がやられたんだから、僕がお返ししますよ。当然」
そもそも恨みがあるわけじゃない。
己の未熟さが悔しくて、それ以上はない。
誰かに頼んでかたき討ち?
考えたこともない。
「結構。
まあ、負けっぱなしで黙っていられるわけがないですね。
あの男の弟子(・・・・・・) なら」
それに関しては、その通りだ。
ゼオンリーは、大人しく従う弟子は望まなかったから。
ちゃんと自分の意見を言い。
苦言も辞さない。
結果、意見が合わずにケンカもする。
そんな弟子を欲したから。
――負けっぱなしで黙っていろ、なんて消極的な教えは受けていない。
ただ。
シロトの立場上、再戦できるかどうかがわからないが。
あの夏の魔術戦は、夢のような時間だったから。
再び望んでも、叶うかどうか……。
加えて、教師サトリにも大いに付き合ってもらった。
今振り返っても。
本当に、夢のような夏だった。
「色々と考えて工夫とかいっぱいしたんですけど、どうしても届かなかった……。
僕は、星の数や属性を言い訳にしたくない。
だからもっと鍛えるしかないと思うんですけど」
そこからどうするか。
どこをどう鍛えればいいのか。
クノンはずっと悩んでいて。
そして、ラサミンに会ったわけだ。
「先生の魔術、速いですよね。
僕の四割か五割増しくらいで連射できますよね?
あれってコツがあるんですか?」
昨日の魔術戦。
もしあの速度が手に入れば、クノンの魔術にも磨きがかかると思うのだが。
そうなれば、必然的に魔術戦も強くなるはずだ。
「……しつこいようですが、 あの男の弟子(・・・・・・) じゃなければ教えてもよかった。
あの男(・・・) の利になることを、私はしたくないのです」
本当に何があった。
どんな因縁があるんだ。
「しかし、後進のためと割り切って、ヒントだけは教えましょう」
それでもありがたい。
前のめりになるクノンに、ラサミンは言った。
「私見ですが、魔術の連射速度、私とあなたはそう変わらないと思います。
むしろあなたが速すぎる。
初級魔術に限れば、教師顔負けのレベルに到達しています。
しかもあれだけ複雑な重奏を加えるなど……もはや狂気を感じます」
「……それがヒント?」
まったくわからない。
ヒントとさえ思えない。
拍子抜けしたクノンに対し。
「フッ」
初めてラサミンは薄く笑った。
「魔術の連射速度は変わらない。
むしろクノンの方が速いかもしれない。
なら、何が違う?
どうして私が上回っているのか?
それが答えですよ」
……。
確かにヒントか。
連射速度の問題ではない。
そう断言しているから。