軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48.実技試験 後編

さすがにサーフは可哀想になってきた。

「うーん。どうしようかなこれ……」

すごい空気だ。

雰囲気は重いし気まずいし、何よりアレだ。

「頑張ります!」

この悲壮感だ。

現実が見えているのか見えていないのか……まあ見えてはいないのだろうが、クノンが健気なところが、より一層この場の空気を重くしている。

張り切っているクノンと、こいつ絶対状況わかってないだろと思っている周囲との温度差が、この対比が恐ろしい。

「――何言ってるんですか?」

セイフィが小さく囁く。

「――あの子、 あの男(・・・) が自信満々で推してきた子ですよ? 滅多に他人を褒めない、認めない、自分より優れた人間などいないと言い切る あの男(・・・) の弟子ですよ?」

「……ああ、そうだったな」

サーフ自身はそんなに嫌いじゃなかったが、セイフィは同じ土属性同士ということで、事あるごとに比べられ、衝突して、そして蹴散らされてきた。

望んでいたわけではないが、ゼオンリー・フィンロールの実力と性格を、セイフィはサーフよりよく知っている。

あの男が弟子を取ったことも信じられないが、その弟子を自慢するかのように差し向けてきたことも信じられないことだった。

考えられるとしたら、可能性はそう多くなくて、真っ先に浮かんだのは――

「――あの子自身が あの男の作品(・・・・・・) なんでしょ」

そう考えれば、理解できる。

ゼオンリーは己の自慢話が大好きで、特に魔道具の自慢は長かった。

ならば育てた弟子を自慢するのは……という話である。

「まあ、やってみればわかるか」

「油断しないでくださいね」

「わかってる。 あのゼオン(・・・・・) の弟子だからね。それに私だって受験者の前で恥を掻かされる気はないよ」

サーフが前に出る。

「それじゃクノン・グリオンの実技試験を始めよう」

「はい! よろしくお願いします! 頑張ります! ――ねえねえ見てて。僕頑張るから。頑張ったら一緒にどこか行こう?」

「――はいはいナンパはやめようね」

顔を背けて無視している聖女に声を掛けて、クノンも前に出てきた。

余裕があるのかないのか。

いや、あるのだろう。

本当に余裕綽々なのだろう。

全員がこの場の空気に辟易しているのに。一人だけ全然平気なのだろう。

「課題は――私に魔術を当てること」

ふっと、サーフを中心に風が巻き起こる。

「私の『 風防旋壁(フ・ルグルー) 』を破ってみなさい」

「 風防旋壁(フ・ルグルー) 」。

風の中級魔術で、己を覆う風で壁を作るというものだ。

術者にも寄るが――サーフの「 風防旋壁(フ・ルグルー) 」は、下手な上級魔術さえも完全防御を可能とするほど強固である。

強風は水も通さない。

初歩の水の魔術を二つしか使えない……ましてや攻撃用の魔術を持たない者に突破されることなど、絶対にありえないことである。

油断はしていない。

そこそこの魔術師でも難しい課題であると自負している。

が――

「え? そんなのでいいんですか? 本当に?」

クノンは拍子抜けしていた。

――もっと難しい課題が出ると覚悟し、また楽しみにもしていたのに。

「ほう?」

明らかにがっかりしているクノンの態度に、サーフは少し頭に来た。

「課題に不満があるようだが、そういうのはやってみせてからにしなさい。口先だけの魔術師は女の子に嫌われるよ?」

「あ、それは困る」

どうしても聖女をナンパしたいらしいクノンは、――もうぐずぐず言わずに魔力を放ち出した。

薄く薄く。

広く広く伸ばし、「 風防旋壁(フ・ルグルー) 」を展開するサーフを覆うように広げる。

「じゃあ行きますね」

右手に持っていた杖を少しだけ上げて、こつんと地面を突く。

と――サーフの周囲に、一斉に百を超える小さな「水球」が発生する。

水を生み出す水の魔術の基礎「 水球(ア・オリ) 」だ。

この数こそ異常だが……まあ、それでもまったく許容範囲内である。

「おいおい。それじゃ私の風防は突破できないぞ」

極端に言えば、雨さえ通さないのだ。

雨粒より大きい「水球」なら尚更通すことはない。

「―― 乗(ジョウ) 」

クノンがもう一度杖を突く――と、一つ一つの「水球」が水量を分け合って二つに割れた。

「――乗」

もう一度。

「――乗」

もう一度。

「……」

サーフどころか、助手も受験者たちも、唖然としていた。

乗算で天文学的に増えた「水球」は、もはや「水球」ではなく目の細かい霧となっている。

「―― 色(ショク) 」

霧に赤い色が付き、傍目にわかりやすくなった。

そして気づいた。

周囲で増える「水球」に呆気に取られている間に、いつの間にか、足元にも赤い水が迫ってきていた。

サーフの「 風防旋壁(フ・ルグルー) 」の及ぶギリギリのところで留まり……まるで血液を操る血統魔術に侵食されているかのような、一種恐ろしい景観となっていた。

迫る血池。

舞い狂う鮮血の霧。

それに襲われるサーフ。

逃げ場はない、が――

「……どうした? これで終わりか?」

そこまでである。

たとえどんなに異様な光景であっても、クノンの水は、サーフには届いていない。

まだ(・・) 。

「え? 終わりでしょう?」

クノンは言った。

「僕はこの状態を二日は維持できます。先生はどうですか? その魔術だと半日も維持できないでしょう?

時間制限はなかった。だからもう課題は終了しました」

――確かにその通りだった。

どんなに異常な特性があろうと、どんなに形を変えようと、クノンの魔術は初歩の初歩である「 水球(ア・オリ) 」だ。

もはや別物のようではあるが、それでも「 水球(ア・オリ) 」なのだ。

魔力の消費量は、初めて魔術を使う見習いにも優しい負担である。

維持も楽だろう。

使用方法があまりにも普通じゃないだけで、それはただの初級魔術なのだから。

つまり、持久力勝負の様相となっている。

ほんの少しでも緩めたら、霧も足元の水も迫ってくる。前面だけ維持して魔力消費量を抑えるという手も使えない。

散漫な連続攻撃なら、その都度発生させたり解除したりと魔力のやり繰りもできるが、常に攻撃を仕掛けられているようなこの状況では、解除はできない。

そもそも――ここで手を止めているだけであって、クノンはここから更にサーフを追い込む手段がある気がする。

それを見たいとも思うが、……しかしこれ以上を望むのは、課題から逸脱してしまう。

厳しめではあるが、これはあくまでも試験の課題。

課題を重ねて、更に新たな課題を課すことなど許されない。

「……わかった。私の負けだ」

いわゆる詰みだ。

まだ結果が出てないだけで、行きつく決着が変わることはないだろう。

この時点から、クノンの名は広く知られることになる。

あのゼオンリー・フィンロールの弟子であり、サーフの特別厳しい課題を軽々突破した実力者として。

「ねえ見てた? 見てたよね? 僕も君の光線みたいにすごく速い水を出してみたいんだ。……わかった、君との合作ということで君の名前も入れたレポートを仕上げるから。ね? ダメ? ……ダメ? パフェ二つ付けるから。ダメ? わかった三つ! 三つでどう!?」

まあ、本人はやはりナンパに忙しいようだが。