作品タイトル不明
424.魔女の魔術 悩み
「――呼びましたか? グレイちゃん」
クノンらと造魔どもが傍から離れて、しばし。
たらいに漬かったままのグレイ・ルーヴァの下に。
この屋敷の主ロジー・ロクソンがやってきた。
「おう、ちょっと相談に乗ってくれ」
「それは構いませんが、シロトが準備をしていましたよ。
今日はグレイちゃんと骨董屋に行く約束がある、とかなんとか」
「ああ、そうだったな。忘れておったわ」
――今のグレイはただの少女だ。
だからシロトが構ってくれるのだ。
グレイ・ルーヴァの身分では、構ってくれないから。
若い子と遊ぶ機会などそうそうないので、堪能しているところだ。
魔術師としては駆け出しもいいところだが。
若い発想は、やはり面白い。
「おまえ『影』は使いこなせるようになったか?」
「いえ、全然。専攻が違いますので」
「そうか。参ったな。
……ロジーよ、ちょっとそこの網の上にある肉を食ってみよ」
「は? はあ……」
命じられるまま、ロジーは肉を口に運ぶ。
――何の用で呼ばれたのか。
依然わからないままだが。
立場上、そして結果的に。
最近義娘が世話になってしまっている以上、従わないわけにはいかない。
「どうだ?」
「塩辛いですね。風味もよくない。
察するに、燻製肉ですね。
脂の甘み。
触感。
のど越し。
肉の良さを確実に殺している、ある意味貴重な一品だと評します」
「おい、そこまで言うことないだろ」
グレイは憤った。
肉の良さを確実に殺しているとはなんだ、と。
殺した覚えなどない、と。
「え? ……もしやこれ、グレイちゃんが?」
「そうだ。燻製肉やらベーコンやらを作ろうとして、失敗した。
ちゃんとした失敗など本当に久しぶりだ」
これも若い発想から繋がった、久しぶりの失敗の体験。
悪くない。
おかげで少々やる気が湧いてきた。
先日、聖女に依頼した酒が手に入った。
その肴に、小僧から肉を取り上げたわけだが――
この際、気分を盛り上げるのもいいだろう。
この失敗を覆して。
気分よく、勝利の美酒を浴びようではないか。
「何が原因だと思う?」
「私は燻製などしたことがないので、明確なことは言えません。
……ただ、味からして、仕込みの時間が長かったのでは?」
「やはり『影』の時間調整を誤ったか。
いまいち調整がうまくできん。短時間か長時間なら割と正確にできるが、半端な時間は難しい」
「そうですね。
私などはあまりの難解さに、解明を諦めましたが――ああ、来ましたよ」
ロジーの視線の先に。
出掛ける準備を済ませたシロトがいた。
彼女はまっすぐこちらへ向かってくる。
「今日もシロトと出掛けるのでしょう?」
「ああ、肉の調達ついでに行ってくる」
と、グレイは立ち上がった。
「おまえの娘、いいな。真面目過ぎるのが玉に瑕だが」
「私は真面目過ぎるところを評価していますけどね」
――さて。
「グレイ、骨董屋に行くぞ。準備しろ」
「わかったよ。すぐ済ませるよ」
やってきたシロトの言葉に、グレイはグレイちゃんとして答えた。
「そうだ、ロジーおじさんお小遣いちょうだい」
グレイちゃんは、ロジーの親戚ということになっている。
シロトの前では。
「え? ああ、うん」
グレイの急変に微妙な顔をしていたロジーは、慌てて内ポケットからカードを取り出す。
「このカードで五千万くらいは卸せるから。無駄遣いするんじゃないよ」
「やったー! ありがとうおじさん!」
「――先生、子供の小遣いとしては多すぎます。子供の小遣いなんて千ネッカもあれば十分です」
その通りだ、とロジーも思う。
だが、子供じゃないから。
何百年も生きている魔女の小遣いだから、この額なのだ。
知らないシロトには、説明のしようもないが。
「やったーじゃないだろ、グレイ。五千万は大金だぞ。小遣いとしてなら一万でも多いくらいだ」
「そう? 五千万くらい一日で使い切っちゃうでしょ?」
「すでに金銭感覚に歪みがあるのか……先生が甘やかすからですよ」
「あ、ああ……そう、かな?」
少々理不尽な抗議だが、受け入れざるを得ない。
「徐々に庶民感覚に慣れような、グレイ」
「うん! 今日は一千万くらいで我慢するよ!」
「……まあとにかく、出掛ける準備をしろ」
知らないのはシロトだけ。
――こうなったら絶対にグレイちゃんの正体を明かせない。
もし明かしたら。
シロトは大変な衝撃を受けるだろう。
ロジーはそう思うばかりだ。
「先生」
グレイちゃんの背中を見送りつつ、シロトは言った。
「グレイは手遅れかもしれません。あの金銭感覚はもう戻せないかも」
「ああ、まあ……気にしなくて大丈夫だよ」
本当に、扱いに困る人である。
◆
グレイちゃんに「待て」と言われた、翌朝。
「クノン様、これが最後のベーコンです」
ついにこの日が来てしまった。
残酷な女神にもてあそばれたのか。
あるいは運命の悪戯か。
いよいよ、この家のベーコンが尽きてしまった。
「もうどこかで買ってきましょうか? ベーコン」
侍女は呆れたように言い、サンドイッチの皿をクノンの置く。
「いや待ってリンコ。僕別に買い忘れてるわけじゃないんだよ」
どうにも侍女は、毎日クノンが買い忘れていると思っている節がある。
そんなことはない。
むしろこの数日、ベーコンのことしか考えていないくらいだ。
昨日なんて二回だ。
二回も肉の買い出しに行っているくらいだ。
買おうと思えば、そのタイミングで買えていた。
というか、一度はベーコンを手にしているのだ。
その後グレイちゃんに持っていかれただけで。
「昨日カツアゲにあったんだよ。ベーコンをカツアゲされたんだよ」
「はいはい、今日は忘れないでくださいね」
昨日も説明したのだが。
どうにも信じてくれない。
「いっそ私が買ってきた方が早いと思うんですけど」
「それはダメだよ」
クノンにも意地がある。
最初から市販品のベーコンは避けていたのである。
こうなったら。
もう、絶対に市販品のベーコンでは収まりがつかない。
――大丈夫だ。
あの世界一の魔女が「待て」と言ったのだ。
今日こそ。
今日こそやってくれるはずだ。
…………。
そして、いざとなったら。
帰りに市販品のベーコンを買おう。
つまらない意地を張るより、明日のベーコンだ。