軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40.侍女の代わりの侍女

グリオン家に帰ってきた。

クノンが馬車から降りる最中、聞き覚えのある懐かしい声が名前を呼んだ。

「クノン!」

大好きな祖父の声だ。

「おじい様!」

ばっと両手を広げる老紳士。

気持ちだけは走っているが、泰然と普通に歩いて近づく孫。

妙に間の抜けた間をおいて、老紳士とクノンは抱き合って再会を喜んだ。

――エドリュー・ベランド。

母ティナリザの父親、クノンの祖父に当たる人物で、現在はここグリオン家の実家で領地経営代行をしている。

いわゆる留守番である。

アーソンが王城に勤めている間、領地を不在にするわけにはいかないので、すでに暇なエドリューが頼まれてここに住んでいる。

ただ、代行とは言うが、根本は他家の者なので実質的な権限はない。

あくまでもただの留守番である。

孫が可愛い初老盛りの五十八歳。

早くに妻を亡くしたが、今では趣味に生きる悠々自適の独身老紳士である。

「おお、大きくなったな!」

「いつまでも昨日の自分ではいられませんので」

「おお、そうかそうか! よくわからんがその通りだな!」

再会は半年ぶりだろうか。

エドリューは時々王都にやってくるので、ちょくちょく会っている。

「少し休んだら街に行こうか! おじい様が何でも買ってやるぞ!」

「やった!」

「――領主代行様、奥方様からお手紙を預かっています」

「菓子を用意してあるぞ! さあ、中へ入りなさい!」

「――領主代行様! あなたの娘さんからお手紙を預かってますよ! 受け取ってくれないと私が怒られるんですからごねずに受け取ってください!」

孫を誘う祖父は、嬉しそうにニコニコしている。

理想のおじいちゃんとして見るなら、かなりの高得点が付くだろう。

ただし。

きっと不本意なことが綴られているだろう娘からの手紙に背を向ける姿は、嫌なものから堂々と目を背ける胆力を持つ、酸いも甘いも噛み分けてきたジジイのそれである。

「――フン」

ソファーにふんぞり返るエドリューは、ふてぶてしい顔で鼻を鳴らす。

「五十万ネッカ以内に納めろだろ? 子供の小遣いじゃないんだぞ」

談話室に通されたクノンの前で、エドリューは娘からの手紙を一瞥して、これである。

後を追って十回くらい手紙を受け取るよう言い迫った侍女は、このおじいちゃんは相変わらずだな、と思った。

ティナリザからの手紙の内容は、「クノンに買い与える金額はここまで」と書かれていたのだろう。

そうでもしないと、本気で家でも土地でも買いかねないから。

クノンに甘い母親がこうして念を押すくらいなので、相当なものである。

そもそも五十万ネッカでも大金である。

グリオン家の使用人なら、給料二ヵ月分より少し多いくらいだ。

「――おじい様」

クノンに呼ばれた途端、憎らしくてふてぶてしかった老獪な表情が好々爺に変わる。器用な老紳士である。

「おう、なんだ。こっそりか? こっそり大型船でも買ってやろうか? それくらいの金はあるぞ」

今ここで船を買ってどうする。厄介なジジイの財力である。

「いえ、まず、僕の新しい使用人を呼んでください。イコから引継ぎをしてもらいたいので」

「お、おう。……そうだな、おまえは魔術学校へ行くんだったな」

そう、長居はしない。

ここに寄ったのは、あくまでも魔術都市ディラシックへ行く途中の宿としてだ。

孫がおじいちゃんと遊ぶために来たわけではない。

そして、同行しない侍女イコに代わる使用人を連れていくためだ。迎えに来たのだ。

「数年は会えなくなるか。寂しくなるな」

「おじい様、それは言わない約束ですよ」

そんな約束をした覚えはないが、エドリューはしんみりと「そうだな……」と頷いた。

「――呼んでくれ」

部屋の壁際に控えていた侍女に命じると、彼女は部屋を出て行き――すぐに二人分の足音が戻ってきた。

「自己紹介しなさい」

エドリューに命じられ、一人の侍女が応えた。

「リンコ・ラウンドです! 十八歳です! 志望動機は結構いい感じのお給料に釣られてです! 将来の結婚資金とお店をやりたいのでお金が欲しくて立候補しました! あとお姉ちゃんの推薦です!」

――リンコ・ラウンド。

「初めまして。イコの妹さんだよね?」

そう、彼女はイコの妹である。

ここグリオン家の使用人として働いていたのも姉の推薦だが、数年に渡るであろう今度の魔術都市行きも姉の推薦である。

よく推される女性である。

「ちなみに婚約者がいますので愛人契約はお断りです! クノン様の婚約者様に恨まれると本当に殺されそうなのでそういう意味でも無理です!」

「それは安心していいよ。僕も婚約者が三度の食事より大事だから。君も君の婚約者を大事にすればいいよ」

「はい! ……三度の飯より大事に……できるかな……」

どうもリンコの婚約者は、三度の飯より大事じゃない存在かもしれない。

クノンは、侍女から妹がいることは聞いていた。

四年前はまだこの屋敷にいなかったので、クノンがリンコと会うのは、これが初めてである。

ちょっと話してみた感じ、リンコはイコに負けないくらい明るそうなので、クノンはすぐに気に入った。

冗談も言い合えないような使用人と四六時中一緒なんて、もう耐えられそうにない。

婚約者がいるのもいい。

いくつになっても、男と女なんて何が起こるかわからないものだ。お互い三度の食事より大切にするべき相手がいるなら好都合である。

顔立ちも、イコによく似ている。

額の立派な黒い角も、姉妹お揃いでよく似合っている。

そして、エドリューも。

左右に大きく張った巨大な角は、まるで挿絵で見た大悪魔のように立派である。

娘は英雄っぽくて、その父は悪魔っぽくて。

なんだか因縁を感じるような感じないような……

まあ、クノンにしか見えないし実体もないそれらのことなど、気にするだけ無駄なのだろうが。