軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38.旅立ち

見えるようになった。

場所も限定的で短時間のみ、という条件下ではあるが、確かに見えるようになった。

クノンがそう伝えた時、ミリカは本当に喜んでくれた。

ミリカが喜んでくれたことが、クノンも本当に嬉しかった。

……頭に羽さえなければ、何の憂いも迷いもなく、共に喜び合えたのだろう。

予想通り「私ってどんな風に見えます?」とか、「私を見てどう思いましたか?」とか、無邪気に問われた。

クノンは「美しい鳥の羽のような女性だと思いましたよ! とっても大きくて綺麗!」と答え、事なきを得た。

美しい羽のような女性。

ミリカは聞いたことのない感想だったが、クノンの変わり者っぷりを知っているだけに、「まあクノンの言葉ならそんなに不自然はないな」と判断して素直に受け取った。

同じテーブルで聞いていた光の人が笑っていたのは、クノンの迷いと戸惑いの心情が手に取るようにわかったからだろう。

魔術で視界を得たことは、ゼオンリーから秘密裏に国へ報告してもらうことにした。

「見えないものが見える」という問題はあるが、それでもこれは大発見であり大発明である。

求める者こそ少ないかもしれないが、求める者には希望となる話である。

そして、もしそれが魔術師以外でも利用できるとしたら?

話を聞いた時から、ゼオンリーは弟子の発明を、魔道具で再現することを考えていた。

それも、魔力を持たない一般人でも使えるものを。

成功するかどうかはわからないが、思いついたものはだいたい形にしてきた男である。いずれ何らかの成果は上げることだろう。

ただ、長い時間を掛けて実験と試行を行いたい、というクノンの要望により、大っぴらに公表するのは控えた。

まだ自在に操れるとは言い難いし、日常的に使うには術者の負担が大きすぎる。

何より、見え過ぎる。

クノンだけに見えているものが何なのか、確かな結論が出ていない以上、軽率に広めていい話ではないと判断した。

この話は、ゼオンリーと相談し、完全に秘匿する方向で話がまとまった。

報告するのは「魔術で視界を得た」という一点のみで、それも国王陛下や王宮魔術師総監と言った、一部の上層部だけが有する情報となる。

――そうして面倒臭い報告を師に押し付けた弟子は、己の誕生日を迎える。

クノンの誕生日には、ミリカも来てくれた。

毎年手紙とプレゼントは贈り合っているが、当日に会ったのはこれが初めてだ。

グリオン家の家族と、許嫁がいる。

特に何をするでもなく、ただ全員で少し豪華な夕食を取る。

あまり普段と変わらない行事なのだが、しかし、ミリカがいるだけでクノンには特別な一日になった。

たとえ頭に羽ペンが刺さっていても、彼女が特別な女性であることは変わりはないから。

プレゼントも貰った。

ぼやける父親からは、特別に作ってもらった金属製の杖を。

頑丈で少し重いが、クノンにとってはもしもの時の護身用の武器でもある。文字通りの意味でも転ばぬ先の杖である。

左右の瞳の色が違う英雄感ある母親からは、高級素材をふんだんに使ったペンを。

ゼオンリーからひたすら書類仕事を押し付けられていたクノンの姿から、これからもたくさん書く機会があると考えてのことだ。

できるだけ使いやすい、疲れづらいものをと、選んでくれた。

堕天使の兄からは、独自に調べまとめた世界グルメマップを。

旅とはつらいことも多く、疲れる。体調を崩すことも少なくない。そんな旅は、楽しみが一つあるだけでも全然違うそうだ。

少々ズレている気もするが、紐でまとめた紙の束の厚みは、それだけクノンのために時間を割いてくれた証拠である。

グリオン侯爵家次期当主として、すでに忙しいイクシオが、ここまで時間を使ってくれた気持ちが嬉しい。

そしてミリカからは、魔銀製のブレスレットを貰った。

ミリカも同じ物を持ち、お揃いで揃えたそうだ。

己の手首に触れるたびに、ミリカを思い出すことができる。きっとすぐに思い入れの強いブレスレットになるだろう。

しばらく会えなくなる節目となるので、家族もミリカも、それを考えてくれた贈り物をくれた。

そんな十二歳の誕生日は、つつがなく過ぎていった。

そして、誕生日の翌日。

早朝から、グリオン家の家族が玄関前に立っていた。

これからクノンは魔術学校へと旅立つ。

その見送りのためだ。

「――じゃ、行ってきまーす」

「「えっ」」

ちょっとそこまで、くらいのものすごく軽い調子で、クノンはさっさと用意された馬車に乗り込んだ。

なんとなく、こう、もうちょっと別れの挨拶的な感動な何かがあるんじゃないかと思っていた両親と兄は、拍子抜けした。

だが、とてもクノンらしいとも、思った。

湿っぽいのも真面目に挨拶をするのも、もはやそれはクノンらしくないと思えるから。

「――じゃ、行ってきまーす」

途中まで同行する予定である侍女イコも、軽い調子でクノンに続いて馬車に乗り込む。

この侍女のせいだ。

良くも悪くもこの侍女のせいで、クノンは変わってしまったのだ。

……いや、きっと、良い方に変わったのだ。良い方の率の方が大きいはずだ。きっと。

呆れるやら仕方ないという気持ちやらで何も言えず見守るままの家族に、クノンは窓から顔を見せた。

「行ってきます! 二、三年……四…………五年……とにかく数年後に帰ってきますので!」

馬車が動き出す。

揺れが少ないのは、弾力性のある「 水球(ア・オリ) 」で車輪を保護しているから。

実にスムーズだ。

「クノン様、お弁当食べません?」

「おばあちゃん、朝ご飯ならさっき食べたでしょ」

「うーん……ちょっと足りなくて。あと今度おばあちゃんって言ったらひっぱたきますよ。私はまだまだピチピチですので」

「まだグリオン家の敷地から出てもいないのに?」

「でもクノン様もお腹すいてきたでしょ?」

「まさか。魅力的な女性と二人きりでいるんだ、ときめきで胸もお腹もいっぱいだよ」

「じゃあ一人で食べますね。いただきまーす」

「あ、ほんとに食べるんだ……」

気楽な会話をしながら、グリオン家が遠ざかっていく。

食べた後はすぐに寝た侍女と、馬車からはみ出した蟹とともに、クノンはヒューグリア王都を守る外壁門を潜る。

窓から初夏の風が吹き込む。

優しくクノンの頬を撫で、遠くへ通りすぎていった。