作品タイトル不明
346.まだ早いことがよくわかった
アイオンの宣言通り。
「 火法円環(レッドリング) 」はゆっくりと光を失っていった。
そして、消えた。
何の痕跡も残さず。
いや――地下室内に異様な熱を残して行った。
「先生!」
シロトが駆け寄ったのは、彼が倒れたからだ。
「 火法円環(レッドリング) 」の攻撃は、ロジーに集中した。
そして、その状態を維持したまま、戦闘は終わった。
「……すごい人だ」
クノンはちゃんと理解している。
ロジーがやられた。
だが、これで最小限の被害だったと思う。
今の脅威は、死の予感を感じた。
真っ先にクノンが狙われていたら。
たぶん、死んでいたと思う。
いや、違うかもしれない。
それでもロジーやアイオン、シロトがどうにかカバーしたと思う。
間違いなく。
それくらいは当然のようにこなす、優秀な人たちだから。
だが、問題はそこからだ。
その後が怖い。
もしクノンを助けるためだけに、皆がクノンを守ろうとした場合。
一手遅れる。
その一手で、地下室の温度が急上昇させられただろう。
それこそ、人が過ごすことができないほどの高温になっていたと思う。
そうなれば――全滅していた、かもしれない。
「一号を呼んでくる!」
ロジーに駆け寄ったシロトは、状態を確認すると。
すぐに上階へと向かった。
「一号……あ、なるほど」
あの仮面の彼女は、光属性。
治癒魔術が使える。
彼女も、この実験に折り込み済みの人材だったわけだ。
ロジーの様子は気になるが。
しかし、持ち場を離れることはできない。
「クノン、よく頑張ったね」
地下室の温度を下げるため、いくつかの氷の水球を出していると。
アイオンが褒めてくれた。
「そうですね」
クノンは堂々と頷き、その言葉を甘受した。
「我ながらすごくよくできたと思います」
「そ、そう……」
「――さっきので、この実験が僕には相当早いってことが、よくわかりましたから」
悔しいけど、レベルが違う。
言葉ではわかっていたが、今度はちゃんと実感した。
だけど、さっきの自分は。
この高レベル帯の皆と、同じくらいの働きができたと思う。
我ながら、自分を褒めたいくらいに。
見事にやったと思う。
足を引っ張らないくらいで上等、というくらいのレベル差がある。
さっきの一戦で、それがよくわかった。
特に、やはり。
ロジーだ。
「やっぱり先生ってすごい人ですね」
「うん。ロジー先生は相当腕がいい魔術師だよ」
――さっきの一戦。
真っ先に狙われたのがロジーでよかったのだろう。
本人も同じ感想を抱いているはず。
きっと。
これが一番、被害が小さい結果だったのだ。
シロトが使用人一号を連れてきた。
「いやはや、情けない。失態だったよ」
そして、彼女の治癒魔術で、ロジーが復帰した。
「クノン君、庇ってくれてありがとう。あと数秒遅かったら死んでいたよ」
「水球」の差し込みのことだろう。
我ながら自画自賛したいくらい、見事な動きだったと思う。
アイオンにも褒められたし。
まあ、それはそれとして。
「――何言ってるんですか! 僕の方こそ先生がいないと死んでましたよ!」
「水球」で触れていたクノンには、ロジーの魔力の動きがわかった。
血液まで沸騰するかのような。
そんな強烈な熱波に晒されていた彼は、それでも。
「 火法円環(レッドリング) 」の気を引くために、何かしらの魔術を使っていた。
自分だけに攻撃を集中させていたのだ。
矛先が他所に向かないように。
しかも、熱が拡散しないよう抑え込んでもいた。
更には、己を覆うクノンの「水球」の温度を下げて、己の身をも守っていた。
クノンも最大限まで温度を下げていたが。
それでも足りなかったのだろう。
死の熱に晒されている時、その判断ができたという事実。
そして、そんな極限状態でも、安定して魔術を使用していた精神力。
もしクノンが狙われていたら――
恐らく、そんなことはできなかったと思う。
「そう言ってもらえると救われるなぁ。――一号君もありがとう。手間を取らせたね」
「お気になさらず。給料の内なので」
と、使用人一号は一礼して、
「しばらく上の扉は開けておきますので、空気の入れ替えをしてください」
そう言い残して、上階へ戻っていった。
「先生、大丈夫ですか?」
アイオンが声を掛ける。
「全身火傷だね。もう治ったよ。
血液を失わなかったことは、不幸中の幸いだったかな」
シロトの手を借りて、椅子に座るロジー。
「血液……」
何気ない言葉だったが、クノンは引っかかった。
血液を失う。
即ち、それは外傷のことだろう。
八柱円陣と十二星天陣。
それらが作り出した強力な魔法陣は、異界のモノを通さない。
温度は通るようだ。
しかし物質は通らない、はずだ。
ならば、怪我をすることなど、あるのだろうか。
何が原因で怪我をするんだろう。
「それよりアイオン。随分『呪い』が上達しているようだね」
呪い。
また気になる言葉が出てきた、が。
「そうじゃないと困ります。私には魔術しかありませんから……」
そう言ったアイオンに、クノンは反射的に言った。
「あなたには美貌と背の高さもありますよ。魔術に並ぶ魅力だと思いますよ」
「……うん」
――本当に性格は似てないな、とアイオンは思った。
それを言われたいのは、クノンの師に、だ。
大物の襲来。
遭遇した時間こそ短かったが、確かに、命の危機を感じた。
異界の生物。
謎が多いのも当然ながら、危険度の振り幅も大きい。
興味深い。
だがその前に危機感が立つようになった。
今日で三日目。
残り四日。
できることなら、もう来ないでほしいところだ。