軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19.許嫁がやってくる

自室で手紙を読んでいたミリカは、椅子を蹴って立ち上がって吠えた。

「大変だわ! 大変だわローラ!」

大変なんだろうな、というのはわかっていた。

許嫁からの手紙を渡すと、ひったくるようにして受け取り、すぐさま開封し中を検め。

その手紙を読んでいる間に、ミリカの顔色が、露骨に変わってきたから。

驚きと。

喜びと。

やはり驚きと。

「クノン君が城に来るわ!」

――なるほどそれは大変だな、とミリカ専属の侍女ローラは納得した。

いつもなら、ミリカが会いに行くのが常だった。

向こうの事情を鑑みてのことである。

そんな許嫁が、今度はこの王城にやってくるようだ。

――許嫁が決まった当初こそ暗い顔をしていたミリカだが、今ではその許嫁クノン・グリオンと会うのを心待ちにするようになった。

なぜ二週間に一度しか会えないのか。

二日三日とは言わないから、せめて一週間に一度でもいいじゃないか、と。いつからか口癖のように言うようになった。

「英雄の傷跡」の影響で、視覚を持たず誕生したというクノン・グリオンという少年。

そんな彼の言動に一喜一憂するミリカ。

主を魅了し翻弄する少年に、侍女ローラは普通に興味を抱いていた。

自分なら、目が見えないで生まれたら、きっと悲観して生きていることだろう。

だが、ミリカから聞く限りでは、クノン・グリオンは相当明るい少年らしい。それは本当か、と何度も耳を疑うくらい明るい逸話をいくつも聞いた。その辺も興味の対象である。

「クノン様は、ミリカ様に会いに来るのですか?」

「え!? あ、ええと……ああ、そう……」

手紙を確認するミリカの笑顔が、次第につまらなそうに曇っていく。どうやらミリカに会いに来るではなさそうだ。

「王宮魔術師に会いに来るんですって。簡単なテストをして、もし受かったら魔術の教師を紹介してもらえるらしいわ」

「あら。すごいですね」

クノン・グリオンは魔術師として覚醒したらしいが、まだ実績のない見習いも同然だ。

そんな見習いが、真逆に位置する熟練の王宮魔術師に会えるだなんて、上位貴族のコネがあっても難しいことだ。

だが、理由はわからなくもない。

これもミリカから何くれと、聞かずとも聞かせてくれた話だが、会いに行くたびに見せてくれるクノンの魔術も耳を疑うものばかりだったから。

水で作った動物とか意味がわからない。

ミリカの話では、手触りも完全再現できるらしいが……水なのに毛皮の手触りとはどういうことなのか。

――もしかしたら、王宮魔術師もその辺のよくわからない話が気になって、見てみたいから呼んだのかもしれない。

「……会うよね? 私と」

王城には来るらしいが、ミリカに会いに来るわけではない。

果たして会えるのだろうか――ミリカとしては少々心配のようだが。

「手紙の返事を出したらどうです? そこに、テストが終わったらお茶をしようと書き添えればいいのでは?」

「でも、もし会わないって言ったら……」

「ミリカ様のお話を聞く限りでは、クノン様が断るとは思えませんけど」

ローラの認識するクノン・グリオンなら「、僕から誘おうと思っていたのに残念だよ、僕のお姫様。だからいったん断って僕から誘っていい?」とか言いそうなものだ。

「で、でもぉ……もし断られたらぁ……」

――恋する少女は、本当に小さいことでも一喜一憂するものである。

遠い過去の自分と重なるその姿は、少しばかり気恥ずかしいやら微笑ましいやら。

私も歳を取ったなぁ、とローラは思った。

だが、それはさておきだ。

「ミリカ様。確認したいのですが」

手紙を出すことは決めたミリカが、広げた便箋から顔を上げる。

「何? もしクノン君に断られたら絶対に泣くか号泣はするけど、面倒臭い顔しないでよね」

するかもしれない。

ミリカは泣くと長いし面倒臭いから。

……いや、その話は今はいいだろう。

「第三王女殿下と第四王子殿下、並びに他の王子や王女方の牽制か対策が必要かと思われます」

「――そうね」

小さな恋する少女が、小さな為政者の顔になる。

たとえ王位継承権の遠い第九王女でも、有無を言わさぬ威圧感を感じさせる厳しい顔は、紛れもなく王族のものである。

「クノン君が来ることは、まだ知られていないかしら?」

「知られていると思います。王宮魔術師との繋ぎを取る段階で、きっと情報は漏れているかと」

つまり、気づいた時にはもうすでに後手、ということだ。

ミリカの立場では、王城内の情報戦は絶対に勝てないようになっているのだ。

「……なら、来る日程も漏れているかしら?」

「そうですね……そこはわかりませんね。漏れていても不思議ではないですが、まだクノン様は実績がないので、実力が知られていません。

まだ、そこまで強くマークしているとも思えませんが」

「うん……」

ミリカは厳しい顔をしたままペンを走らせ、便箋に文字を綴っていく。

「――レーシャお姉様に会いに行きます。先触れを。あとこの手紙を出してきて」

「――畏まりました」

それから一日が経ち、手紙が返ってきた。

「やったわローラ! クノン君、テストのあと会ってくれるって!」

ミリカは手紙一つで飛び上がって喜んでいた。

「よかったですね。正確にはなんと書かれていました?」

「えっとね――『よろしければお茶と言わず、もっと長くいられるよう外のレストランでディナーと洒落込みませんか? 僕に夜空の下でも輝くあなたの顔を見せてほしい。まあ見えないけど。』だそうよ!」

「ほう」

やるなクノン少年、とローラは思った。ミリカの上を行く誘いを仕掛けてきたか。

「クノン君からディナーのお誘いなんてはじめて! ね、行ってもいいよね!?」

「私が付き添って護衛も付けば」

まだ子供同士だが、それでも貴族の許嫁同士である。

二人きりにすることはないし、帰りが遅くならなければ問題ないだろう。

「オイルマッサージの準備を! 綺麗にしなきゃ!」

「そういうのはまだ必要ありませんよ」

十一歳の子供は、そういうことをしなくても大丈夫だ。

お肌はつるっつるだし、水も弾くきめ細やかさだし。髪の輝きも若さが溢れている。澄んだ目なんて眩しいくらいだ。

ほんとに歳を取ったな、とローラはしみじみ思った。