軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

140.雷光再び

「――あ、クノン! こっちだ!」

ベイルの声が聞こえた。

思わぬ人との対話に感動したクノンは、今度は別の校舎へ向かった。

いつまでも余韻に浸ってはいられない。

クノンは、森の前で別れた生徒たちを追ってきたのだ。

少々余韻に浸りながら。

さっきはクノンだけ呼び出されて別行動になってしまった。

しかし用事が終わったので、こちらに合流だ。

行く先は聞いていた。

第九校舎だ。

そして今、三階の窓から呼ばれたところである。

「――どうですか?」

「 水球(ア・オリ) 」で水の階段を出して、クノンは外から直接三階まで登ってきた。

「ちょっと大変だな――おい待て。逃がさないぞ」

窓からチラッと中を見た瞬間、クノンは逃げようとした。

だがベイルの反応は早かった。

後ろを向くと同時に襟首を掴まれた。

まるで行動を予想していたかのようだ。

まあ、予想していたのだろう。

「僕は後片付けと掃除と男ばかりの社交界は苦手なんです!」

「俺もだよ! でもやるしかねぇんだよ!」

教室内は、もう、大変な有様だった。

チラッと見ただけで逃げようとしたくらいだ。

――教室中、本と書類でいっぱいだった。

乱雑に散らかり、まさに書類の海のようだった。

この前まで開発を行っていたクノンたちの教室も、かなり大変なことになっていたが。

これは桁が違う。

きっと倍以上に大変なことになっている。

「仕方ないだろ。第十一校舎にあった本と書類が全部ひとまとめにされてるんだから」

――そう、あの校舎にあった物が、ひとまとめにされているのだ。

ここから各々の関係する書類を分類し、回収せねばならない。

一枚一枚、手作業で。

本はいい。

問題は書類だ。

ただでさえ、まとめる前だった。

メモ書きや覚書も尋常じゃなかったクノンたちの書類を、すべて、ここから探し出さねばならない。

つまり地獄だ。

これからしばらく、面白くも楽しくもないし生産性もない単純作業を延々とせねばならない。

想像するだけでクノンは吐き気がしてきた。

「やだよぉ……やりたくないよぉ……」

「おい、マジで泣くなよ……」

本気で泣きそうになったのは、久しぶりだった。

いや、実際ちょっと泣いた。

――絶対逃げられないことを知っているから。

「ははあ……これは面白い」

「こんな研究してたんだ」

「なあ、俺の肉に関するレポートってまだ見つからない?」

物理的にも立場的にも逃げられないクノンも加わり。

第十一校舎を拠点にしている生徒たちは、果敢に書類の海に飛び込んでいた。

この恐ろしい量の書類を分類し、自分の物だけ回収する。

決して楽ではない作業だ。

でもやらないわけにはいかない。

そして、探す以上はどうしても他人の書類も見てしまう。

見てしまえば興味が湧く。

普通に読んでしまう。

最初は皆、「人の研究成果を見るなんて……」と多少は思った。

だが、そんな気はすぐに失せた。

まだ未熟とは言え、ここにいる全員が魔術師だからだ。

魔術に関する研究や実験ならば、その興味は幅広い。

「ふうん。火属性の実験も面白いねぇ」

たとえ属性が違っても。

「土の違いと肥料の違いでこんなに差が……」

たとえ文字通りの意味での 畑違い(・・・) でも、読んでみれば気になるものも多い。

「おい。さすがに熟読はないだろ」

クノンも例外ではない。

すぐに仕分けの手が止まる。

何度ベイルに注意されても、気が付けば誰かの研究レポートを読んでいる。

ちなみに、他人の功績を覗くことになるので、部外者は入れられない作業だが。

ベイルは特別に認められた。

そんな彼もちょくちょく手は止まるが、クノンほどしっかり止まることはない。

「興味深いですよ。物体浮遊の法則についてなんですが、ここの――」

「だからやめろって。それ誰かが実験した未発表のやつだぞ。本来なら無関係のおまえが知っちゃダメなんだぞ」

ベイルは気づいているが、クノンは気づいていない。

眼力を感じるほどの真顔で、こちらを見ている女子が近くにいることに。

今クノンが手にしているものは、彼女の研究レポートなのだろう。

「もう気にする必要はないと思いますけど。ほら」

クノンが指を差す。

「――あれ? 試作品七号のレポートは?」

「――こっち九号が多いよ」

「――最初から読みたい……あ、メモ書きも気になる。着想はどこからだよ……」

完全に仕分けの手が止まり。

自分の読みたい書類だけを探している生徒たち。

その様は、書類の海に溺れているかのようだ。

彼らはなんだか聞き覚えのある単語を言い合っている。

「僕らのレポートもしっかり読まれてますし」

確かに書類は多い。

十名前後が一年ないし数年かけて蓄えたものだ、真面目な生徒ほど量はある。

だが、その中でも、魔帯箱に関する書類の量は尋常ではない。

その気がなくとも目に入るくらいだ。

そりゃ熟読もするだろう。

魔術師なら。

「あれも本当はダメなんだぞ……」

ベイルの声は小さくなった。

あそこまでがっつり読まれては、クノンの言い分の方が正しい気がしてきたから。

――唯一真面目にやっているのは聖女レイエスだけだ。

だがこの状況で見ると。

むしろ彼女だけ、逆に不真面目に見えるから恐ろしい。

もっと魔術に興味持てと、少し言いたくなる。

「――なあ皆! もうここまで来たら秘密も何もないだろ!」

と、ベイルが派閥代表の顔で言った。

「まずはちゃんと分けて、それからゆっくり読もうぜ!

このままじゃ本当に終わらない!

仕分けが終わったら自由に読む、俺以外は全員その権利を得る! それでいいだろ!」

確かに。

このままじゃ永遠に終わらないだろう。

何しろもう夕方だ。

この仕分け作業に入ったのが午前中の早い時間で。

夕方となった今。

仕分け作業はあまり進んでいない。

あまりというか、全然だ。

クノンのように、読んだら仕分けず、その辺に投げるような不届きな奴もいる。

目の前の研究対象と興味の対象しか目に入らないのだ。見えないが。

「それと助っ人を呼ぶことを提案する。

仕切ってくれる奴がいないと、だらだら長引くだけだ。

――クノン、俺たちもまだレポートを提出してないだろ。このままじゃおまえ来年は二級クラスだぞ」

そうだった。

魔帯箱のレポートを提出しないと、単位が足りない。

「もしかしてあの人を呼ぶんですか?」

「呼ぶしかないだろ。……俺もどっちかと言うと散らかす方だから、この現場は仕切れん」

「……呼ぶのか……」

クノンは溜息を吐いた。

「片付けたくない……風魔術で全部吹き飛ばせばいいのに……」

「だから単位が足りないって言ってるだろ」

クノンの憂いなどお構いなしに。

翌日には彼女がやってきた。

「さあ、片付けるぞ。全員きびきび動け。

言っておくが私も暇じゃないからな。ちゃんと報酬を要求するからそのつもりでいろ」

「調和の派閥」代表シロト・ロクソンがやってきた。

容赦ない指示出しと圧力に背中を押され、第十一校舎の生徒たちは書類の海に立ち向かう。