軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14.下町

王都の中央広場、噴水を中心に石畳が綺麗な円形の模様を描いていた。交通の要所なので、馬車や人が多く行き交う。

俺は若干不服にその噴水に座っていた。座ると少し足が浮くので、ぶらぶらと足を揺らして持て余した時間を潰す。

しばらくして、駆けてくる足音と共に声がかかる。

「イザーク! もう来ていたか、待たせたようですまない」

「こんの馬鹿っ!」

喜色満面の笑顔で駆け寄ってきた少年の頭を、俺は出合い頭に 叩(はた) いた。

少年はびっくりして叩かれたところを両手で押さえて固まる。後ろで付き添いらしい兄ちゃんが声のない悲鳴をあげて顔を真っ青にした。俺はそんなことに構わず文句を言う。

「お前、あんなワケ解んねぇ手紙寄越すな!」

「バウムゲルトナー氏に手紙を、と言ったのはイザークだろう」

「あんなんで来ると思うか!」

俺が怒っている理由がまるで判らないレオは、今日は茶髪だった。一番物理攻撃力が高い金髪が隠れているおかげで直視できるが、整い過ぎた造作はやはりある程度の眩しさを感じる。だが、文句を言う以上は相手を見なければならない。

レオは俺の指定した通り親父に手紙を送った。そこまではいい、親父には届くかもしれないと言っていたし受け取りには問題なかった。親父から封も開けていない手紙を受け取り、中を開いて見た俺は固まった。

読めなかった。いや、一文字一文字は読めたが、内容がさっぱり解らなかった。あの感覚は、前世の高校の漢文で記号つけて書き下し文にしろという問題を見たときに似ている。読めないものを読めるようにしろとはどういうことだ。

しばらく手紙と睨めっこしてみたが解る取っ掛かりすら見つからなかったので、お嬢を頼った。お嬢は手紙を見て、綺麗な 手蹟(て) だと驚いた後、内容を解読してくれた。最近習い始めた詩の勉強で出てきたものが引用されていたらしい。貴族では知っているのが当たり前の詩でも、文章の読めない庶民が知っている訳がない。

それを知って俺は喧嘩売ってるのかと思った。そのせいで、解読してくれたお嬢に何の手紙か訊かれて、つい果たし状だと答えてしまった。すぐ、ちゃんと親父宛の仕事の依頼だと訂正した。

「庶民の識字率なめんなっ!」

「……それは、申し訳なかった」

俺が文句を言い終わると、理解したらしいレオが瞠目してからしょんぼりと謝った。

「僕は本当にまだまだ視野が狭いな……」

落ち込むにしてもそんな小難しいことを考えるのか、こいつは。俯いてる顔を上げさせるために、俺はレオの額を軽く小突く。

「よく分かんねぇけど、お前はこれから知るために今行動してるんだろ。充分上等だ。手紙の件は、今度から箇条書きにしてくれればいいし」

俺は庶民の格好をしてまで、庶民の生活を知ろうとする貴族なんて初めて見た。考え方が柔軟で充分視野が広いと思う。

「……善処しよう」

レオは子供らしくない言葉を口にして、年相応の笑顔を浮かべた。それはいいが、笑顔が眩しくて俺は眼を眇めてしまう。なんだろう、蛍烏賊みたいに発光物質でも持ってるんだろうか、こいつ。やっぱり苦手だ。

直視が限界を迎えたので、俺は前も見た護衛らしき兄ちゃんの方を見た。さっきから青くなったり、あわあわ狼狽えたり忙しそうだった人だ。レオのヅラは、兄弟だと通じやすいようにこの兄ちゃんの髪の色に合わせているんだろう。

「ちゃんと護衛の人、連れてきたんだな。今度ははぐれるなよ」

「ああ、今度は大丈夫だ」

レオはしかと頷いて、拳をぐっと握った。

「よく分かんねぇけど、護衛って一人だけでいいもんなのか? それとも、他に隠れていたりすんの?」

「いや、マテウスだけだ。こんなことに付き合ってくれるのが、彼ぐらいしかいなくてな。大丈夫だ、彼はこう見えて腕が立つ」

こう見えて、というのには納得がいってしまう。申し訳ないが、さっきから青い顔とかしか見ていないから、俺には気弱そうな兄ちゃんに見えてしまう。

「自分だって止めたいんですよ? でも……レオ様が付いてこないなら一人で行くって言うから」

仕方なさそうに溜め息を吐く兄ちゃんは、日頃から随分苦労してそうな雰囲気があった。

「大変ですね」

「そうなんですよっ。この間だって、見失ったときは自分の首だけで済むのかと、気が気じゃありませんでした……!」

「大袈裟だな、マテウスは」

「これでも軽く見積もっている方です!!」

兄ちゃんとレオで随分認識の違いがあるようだ。たぶん兄ちゃんの方が合っている。レオは身分が相当高いのだろう。

あ、今更だけど普通にどついてよかったんだろうか。もしかして、不敬罪に問われるレベル? だから、兄ちゃんがあんな反応してたのか。でも、レオが怒ってないしなぁ。レオがそういう態度にしてほしいって言ったら直そう。

「あ、そうだ。俺、イザーク・バウムゲルトナーです。今日はよろしくお願いします」

「自分はマテウスです。レオ様が無理言って申し訳ありません」

「いや……、案言っちゃった俺にも責任あるんで」

申し訳なさげなマテウスさんに、俺も同様に頭を下げる。まさか貴族が本気で実行するとは。なんか大人慣れしてたから変に誤魔化すよりマジレスした方がいいと思ったんだよな。

「それにしてもマテウスさんの方が様になってますね」

マテウスさんは、俺が着ているのと素材は変わらないだろうが、生地の造りが丁寧で仕立てのよい服を着ている。商家とかちょっと生活水準が高い人がこんな感じだ。これなら下町にいても違和感はない。

「自分、軍人上がりのただの騎士なんで質素な服の方が落ち着くんですよ」

「なのに、僕には服を貸してくれないんだ」

「嫌ですよっ。自分のお下がりをレオ様に貸すなんて何様ですか!?」

剥れるレオに、顔面蒼白にして即答するマテウスさん。俺からすると騎士になってるなんて充分凄い人なはずなのに、レオといるとそれが薄れている。あと、その理屈からいくと今から服貸す予定の俺が何様なんだが……

とりあえず、服を貸すために俺の家に行くことにする。土地勘がないであろうレオがいるから一番判りやすいルートを選ぶが、そうすると人通りの多い市場通りを通らないといけなくなる。

「はぐれないように、兄ちゃん設定だしレオと手を繋いでおいてほしいんですけど」

俺の提案を聞いた瞬間、マテウスさんが青い顔をして全力で首を横に振った。

「できません! そんな畏れ多いこと!!」

「えー、俺も歳近いヤツと手を繋ぐのはちょっと……」

「僕も手を繋ぎたい訳ではないが、そういう反応されると傷付くんだが……」

釈然としないレオに、悪い、と俺は謝り、マテウスさんはだって、と言葉を濁した。

前回と違い、ヅラをして若干紛れ 易(やす) くなっているからはぐれたら危ない。俺は頭をガシガシと掻いて、溜め息を吐き出す。仕方ない、男同士で手を繋いで楽しくないのはお互い様だ。

「行くぞ。マテウスさん、ついて来れますよね」

「はい、大丈夫です」

俺がレオの手を引いて歩き出すと、マテウスさんが敬礼付きで返事をして後ろについて来る。

歩きながら、マテウスさんに話しかける。

「あ、俺ただのガキなんで敬語いいですよ」

「了解。なら、自分にも敬語なしで。好きに呼んでくれていいよ」

「やった。んじゃ、マテウス兄ちゃんで」

「なら、僕にも……」

「レオ様にはこれ以上は無理です。いざというときの演技はしますから、勘弁してください」

「イザークだけ狡いぞ」

「何で羨ましがるんだよ」

子供相手にここまで忠義通せるマテウス兄ちゃんも、そうさせるレオも凄いと思う。俺を羨ましがる必要ないだろ。レオが拗ねる理由が解らなかった。

市場通りを歩き出すとレオは興味深げに周囲を観察しながら、俺について来る。俺には見慣れた光景だが、まだ二度目のレオには目新しいんだろう。

「そういえば、イザークは教会に通っているのか?」

「教会? なんで?」

唐突なレオの質問に、俺は首を傾げる。

教会なんて聖夜祭と知り合いの冠婚葬祭のときにしか行かない。どうして、信仰心の薄い俺と教会を関連付けたのだろう。

「教会では聖書の教えを説くために、平民にも読み書きを教えているだろう。イザークは文字を読めるようだからそうかと思ったが……違うのか?」

「へー、教会ってそんなことしてんのか」

自分の生活圏外の事情まで知っているなんて、レオは物知りだな。教会が学校代わりになってるなんて、初めて知った。知ってたら……いや、聖書なんて堅苦しいのが教材なら知ってても行かないな。絶対寝る。

「なら、どうやって……」

「俺は職場がいいから」

「ああ、そうか。随分と手厚いんだな」

俺がそう言うだけで、レオは納得してくれた。お嬢が直接教えてくれているってのは、口外したらお嬢に迷惑がかかる。仕事しながらでも読み書きができるようになりたいのは俺の我儘だから、迷惑になりそうなら休日に教会に通うようにしよう。

「おう、ザク坊じゃねぇか。ちょうどいいとこで会ったな」

「植木屋のおっちゃん」

荷馬車を避けたら、その荷馬車が止まって知ってるおっちゃんが顔を出した。

「ちょうど頼まれてたモン仕入れたから持ってけ」

「マジで!?」

俺が荷馬車の後ろに近寄ると、運転席から降りた植木屋のおっちゃんが小さな袋を取り出した。それを俺は受け取り、手に入れた嬉しさのまま笑って礼を言った。

「ありがとう。後で代金持ってく!」

「そんぐらいやるのに、ザク坊は親父に似て律儀だな」

「コレは俺がやりたいコトだから」

見習いになってから、多くはないけどちゃんと働いた分を親父からもらっている。稼げるようになったんだから、自分のしたいことは自分の金でしないと。前世でも遊ぶには小遣いが足りなくて高校入ってからはバイトしてたしな。まぁ、前世と違って庭にしか使い道ないけど。

「それは、種か?」

手を繋いだままのレオが、俺の手元を見て訊く。

「たぶん、元気ないから」

「?」

俺の答えになっていない呟きにレオは首を傾げる。手元の種袋を見ていた俺は、そんなレオの様子に気付かなかった。

不意に、レオが荷馬車の中に眼をやると今の季節には珍しい花が見えた。

「紫陽花……」

「あ、ほんとだ。おっちゃん、コレ例の?」

花の名前に反応して、俺もレオの方を見ると夏も終わりを迎えるこの時期に 橙(だいだい) 色に咲く紫陽花の鉢があった。俺が訊くと、植木屋のおっちゃんは微妙な 表情(カオ) をして頭を掻いた。

「ああ、まだ上手く行かなくてなぁ」

「梅雨以外に咲くようになってるだけ凄いのに……」

「注文されてんのは、もっと小さくして年中咲かせろだからな」

「いや、年中は無理だろ」

植物に無茶言うなぁ。魔草とかは魔力に感化されてそうなることもあるらしいけど、普通に育てて咲く花は時期が限られている。

「だから、季節ごとに咲くのを最低四種類作るか、いっそ紫陽花の特性を他の季節の花にやれないかと思ってな」

「流石、おっちゃん。頭いい」

その手があったか。どっちの方が楽かは判らないけど、おっちゃんならその内注文通りにできるんだろうな。今から完成が楽しみだ。

俺がおっちゃんと話している間も紫陽花の鉢を見つめていたレオが、おっちゃんに尋ねる。

「ご主人、あの紫陽花は売り物なのか?」

「ん? いや、進捗報告で見せに持ってきただけの試作品だ」

草本化の注文を直接受けた薬術省に試作品を見せた帰りだそうだ。

レオは蜂蜜色の瞳を真っ直ぐおっちゃんに向けた。

「ご主人、この紫陽花を譲ってくれないだろうか。言い値で支払う」

おっちゃんはレオの子供らしくない物言いに怪訝になる。だが、出で立ちからある程度裕福な家のぼんぼんだと判断したようだ。着替える前でよかった、後だったらもっと怪しまれただろう。

「坊っちゃん、これは改良中のヤツだから売る訳にはいかねぇんだよ」

「私の私室に置きたい。家の者には口外させないようにする。だから、頼む」

レオは季節外れの紫陽花を余程気に入ったのか、頭を下げてまで頼んだ。そのせいでマテウス兄ちゃんがまた青い顔で狼狽えている。

裕福そうなぼんぼんに頭を下げられると思ってなかったおっちゃんは驚く。だが、おっちゃんはプロである以上、売り物段階ではないものを売ることに難色を示して渋る。

「だがなぁ……」

「おっちゃん、俺が育て方教えるから譲ってやって」

「イザーク……」

俺が助け船を出したことにレオは眼を見張る。理由は判らないが、レオはあの紫陽花に思うところがあるんだろう。言ったことは守りそうだし、レオなら枯らしはしないで大事に育てるだろう。

「ザク坊が付いてるならいいか」

「感謝する、ご主人っ」

「おっちゃん、ありがとう」

俺たちがぱあっと喜ぶと、おっちゃんが両手で俺たちの頭を軽く撫でた。

「ま、しっかり育ててくれや」

可笑しそうに笑うおっちゃんに俺たちはしっかりと頷いて返事をした。受け取りの手配などの交渉はマテウス兄ちゃんがしてくれた。

「イザークは若いのに頼もしいなっ」

マテウス兄ちゃんの交渉を待っている間に、嬉しそうなレオはそんなことを言う。褒められているんだろうが、同い歳か歳下かもしれない相手から言われる言い方じゃない。

「お前は喋り方が老けてるよな……」

言い方のせいで嬉しくない。あと、眩しいから笑顔をこっちに向けないでほしい。

老けてる、という俺の言葉に若干ショックを受けたらしいレオは若者らしい話し方は、と唸り始める。それに悩む時点でもう年相応の話し方は諦めた方がいいんじゃないだろうか。

購入手続きを済ませて、改めて俺の家に向かう。下町の住宅区域まで来ると大分人が減った。陽が上っている間は働きに出ている人がほとんどで、主婦と子供と老人ぐらいしかいない。

女子供だけじゃ無用心なので、兵士が一日に一度巡回はしてくれるが、一応自治体でも数人の男手を残している。まぁ、自治体でしているのは単に、休日の男性が何人かいるように町の働き手のスケジュールの把握と調整依頼をしているくらいだ。何故かレオはこういう話を興味津々で聞いてきた。こんな話が楽しいなんて変な奴だ。

白い漆喰の家が並ぶ中で、銀梅花の鉢植えが挟むドアを俺は開ける。

「ただいま。母さん、連れてきた」

「ザク、おかえり」

「お邪魔します」

「失礼します」

「いらっしゃい。何のお構いもできませんが、寛いでくださいね」

俺の後に続いて入ってきたレオとマテウス兄ちゃんを、母さんはにこやかに迎える。レオは戸惑った 表情(カオ) をしながらもきちんと挨拶をし、マテウス兄ちゃんは申し訳なさげに軽く頭を下げた。

「こんなところに貴族のお友達を連れてくるなんてねぇ。連れてくるにしてもお嬢様かと思ってたわ」

「お嬢を連れてくるワケないだろ、可愛いから危ないのに。あと、友達じゃない」

「あら」

俺の否定に母さんは笑う。どういう反応をすればいいか図りかねているレオを呼んで、二階の俺の部屋に案内した。ベッドの上に準備しておいた着替えを指差す。

「コレ着ろ。着心地悪くても文句言うなよ」

「わかった」

「んじゃ、ドアの外で待ってるから何かあったら呼んでくれ」

言って俺は自分の部屋のドアを閉める。後頭部で腕を組んで壁にもたれて待つ。着方が解らないことはないと思うが念のためだ。しかし、一人で着替えられないとか言われなくてよかった。

「なぁ、イザーク」

「何だ?」

ドア越しに呼ばれたので返事を返す。サイズが合わないことへの文句だろうか、小さくはないはずだが。

「君は人がよすぎないか?」

「は?」

「だって、僕たちが名乗っているのは本名かも定かではない名前だけなのに、イザークはフルネームを教えただろう。しかも、友人でもない僕の面倒を見てくれて、家まであげるなんて無用心じゃないか?」

何言ってんだ、こいつ。

「それ聞いてくる時点で、お前悪い奴じゃないだろうが。第一、俺の身元がはっきりしなきゃ、マテウス兄ちゃんが行くの反対しただろ」

ある程度の身分なら相手の身元確認なんてするのが当たり前だろうから、偽名なんて使うよりフルネーム言った方が手っ取り早い。それに貴族の名前を知って立場が判ったら、貴族に媚売ったと疑われてこっちも面倒だ。あと、教えられたとしても、長いだろう名前を覚える気は 端(はな) からない。

「大体、こないだのはお前が突っ立ったままだと道幅減って邪魔だったからだ」

「邪魔……」

キラキラと目立つ貴族が市場通りにいたせいで人が遠巻きにするから、部分渋滞ができていた。それを解消して何が悪い。人混みのせいで買ったものを潰されたくなかった。親切心じゃなく、単なる損得勘定だ。

「はははっ、そうか、邪魔か……っ」

可笑しげに笑うレオの声が、ドア越しに届く。それはすまなかった、と笑いながら謝られる。こないだも思ったが、レオの笑いのツボは 奇怪(おか) しい。

「ほんと変な奴」

「 忌憚(きたん) のない意見を言う君は、実に貴重な存在だな。出会えたことに感謝するよ」

着替え終わったレオが、ドアを開けて出てきた。意味の解らないことを言われたのも気になったが、それより気になることがあって思わず黙る。

沈黙する俺に、レオは首を傾げる。

「どうした? どこか変だろうか?」

「……ちょっと、格差社会について考えてた」

前世で妹が言っていた言葉の意味を納得した。

素朴な疑問で、妹がしてた乙女ゲーの主人公の胸が控え目な率が高いことを聞いたら、逆鱗に触れたらしく格差社会がなんだとめっちゃ語られた。何を言っていたか半分も解らなかったが、要は主人公の胸がでかすぎるとプレイヤーの共感率が下がるらしいってこと。

これまで容姿をあんまり気にしてなかったが、同じような服を着るとこうまで差が出るのかと実感した。白いTシャツとジーンズでもイケメンが着るとお洒落に見える現象はこういうことか。イケメンになりたいとか思わないけど、微妙にやるせなくなった。

「イザークも政治に興味があるのか?」

「いや、まったく」

レオは言葉通りに受け取ったので、説明はせずに完全否定だけしておく。というか、政治に興味ある子供ってなんだ。日本ならまだ社会を習い始めるかどうかの歳だぞ。

俺たちが二階から戻ると、テーブルでお茶を飲みながらマテウス兄ちゃんが待っていた。母さんが台所で鍋をかき回しながら、振り返る。

「ちょうどよかった。ザク、食器出して」

「わかった。レオはそこ座ってろ」

レオをマテウス兄ちゃんの向かいに座らせて、俺は深めの器を棚から出して母さんのところに持っていく。母さんは鍋の中のシチューを器に入れて俺に渡すから、俺はテーブルに運んではシチューを入れた器を取りに行く。最後は母さんがサラダを中央に置いて、俺がそれぞれの席にパンを置いて終わりだ。

自分の前に置かれた食事一式を見て、レオは不思議そうに訊く。

「これは……?」

「昼飯」

「それは分かるが……」

「昼前に呼び出したのお前だろうが、昼飯食わないと俺が死ぬ」

さっさと食べるぞ、と俺が言い、どうぞ、と母さんが促した。俺はレオに構わず、食前のお祈りといただきますをして、先に食べ出す。マテウス兄ちゃんは、俺のいただきますに首を傾げながら食前のお祈りをして、スプーンを手に取った。俺たちの様子を見ていたレオは、食前のお祈りをして恐る恐るシチューを一口食べる。

「……美味しい」

「お口に合ってよかったわ」

レオの呟きに、母さんが嬉しげに微笑む。俺は美味いと思っているが、ひたすら無心で食べる。食べ終わったら言おう。

「イザークの母上は食べないのか?」

「後で旦那と食べるから大丈夫よ」

だから気にせず食べるように、母さんは促す。食卓のテーブルに椅子は四脚、親父は自治体に見回りと称して他の男手に呼ばれているから、今母さんが食べると戻ったとき一人で食べることになる。親父がいつ戻るか判らないから温め直しのできるシチューだし、母さんは最初から親父と食べるつもりだったんだろう。

母さんの言葉に安心して、レオは食べた。最初、スープみたいに上品に食べてたから、途中ちゃんと口を開けて具を食べるように指摘をした。レオの家がどうかは知らないが、俺ん家のシチューは具がごろごろと大きい。俺は食べ応えがあって好きだ。

昼飯が終わって、俺が食器洗いを手伝っている間、レオたちには茶を出して待ってもらっていた。そこに、ノックの音がする。

「レオ出てくれ」

「えっ、僕!?」

「俺、今手が離せないから」

早く、とドアに近い方の席にいたレオに頼む。レオは戸惑いながらも玄関に行き、ドアを開けた。

「はい」

「おばさん、お母さんがパイのお裾分け、を……」

「イザークの母上でなくて、すまない。いい匂いだな、僕が代わりに受け取ろう。お嬢さんは、小さいのにお使いとは偉いな」

食器洗いをしている俺の耳に、レオが笑顔で対応している声が聞こえる。この声で、パイってことはマリヤか。でも、なんで途中で声途切れたんだ?

食器の濯ぎが終わり、後は拭くだけになったので母さんに任せて俺も玄関に行く。

「レオ、帰りに持って帰るか? マリヤのおばさんのパイ美味いぞ」

「いいのか?」

「いつも多めにくれるからいいぞ」

パイの入った籠を受け取りながら俺が訊くと、ではお言葉に甘えて、とレオが返事した。ドアのマリヤの方を見ると、口を開いたまま茹で蛸のように真っ赤になって固まっていた。とりあえず、目の前で手を振ってみる。

「おーい、マリヤー?」

しばらく振っていると気が付いて、俺に焦点が合う。その途端、俺を引っ張って自分の前にやって、俺を盾に隠れた。

「ザク、だっ、誰!?」

「レオ」

俺の後ろに隠れながら、少し顔を出してマリヤがレオを窺う。俺は訊かれたから端的に答える。

レオは、マリヤの様子に少し驚きながらも笑いかけて挨拶をする。

「マリヤ、というのか。愛らしい名前だな。よろしく」

あ、この位置、レオのキラキラが直撃して眼が辛い。マリヤ、俺を盾にすんなよ。

当のマリヤは、レオを見て真っ赤な顔で惚けている。そうか、女子だとこうなるのか。

「……お前、なんかある意味兵器だな」

「僕は普通にしているだけなんだがな」

自分の容姿を理解しているらしいレオは、俺の言葉に苦笑する。美形には美形なりの苦労があるようだ。まぁ、相手を無効化したら話もできないもんな。この後、チビたちも誘って遊ぼうかと思ってたけど大丈夫だろうか。

盾にされて動けずに困った俺は、一度受け取った籠をレオに頼んで母さんに渡してもらった。数拍置いて、マリヤは何かに気付いて俺とレオを何度も交互に見た。俺たちが首を傾げていると、俺の方で視線の行き来を止めたマリヤが焦った様子で口を開く。

「ザク、違うからねっ!?」

「何が??」

「えっと、あの……っ、えと」

俺の服をぎゅうっと両手で掴んで、マリヤは口をハクハクさせる。仕舞いには、俺の後ろに完全に隠れて俯いてしまった。

どう返してやったら正解なのかが判らないから、とりあえず後ろ手に頭を撫でて宥める。

「レオ、これからチビたちと遊ぶのと、下町とか案内するのとどっちがいい?」

マリヤを宥めつつ俺が訊くと、レオは少しだけ悩んでから答えた。

「ただ見回るよりは遊んでみたいな」

「というワケだ。マリヤ、レオと遊んでやってくれるか?」

そう声をかけると、マリヤがやっと顔を上げて縦に頷いた。他のチビたちを呼んでくるように俺が頼むと、マリヤはこくこくと頷いて出ていった。

「何だったんだ……?」

「僕がイザークに負けた、ということさ」

マリヤの様子を見て首を傾げる俺に、凄いな、と可笑しげにレオは笑った。勝負もしていないのになんで勝敗の話になるんだ。俺がレオに勝てる要素なんて一つもないだろう。実際、この後にした騎士ごっこのちゃんばらではレオの圧勝だった。結構本気で打ち込んだから悔しい。

レオは剣術でも習っているのか、動きに型があって無駄がなかった。本当の騎士みたいだとマリヤとパウルがはしゃぎ、ヨハンが剥れていた。勝ったときに、レオが審判でお姫様役のマリヤの手の甲にキスするフリなんてするもんだから、マリヤがまた茹で蛸になるわ、それを見たヨハンが無謀に勝負を挑むわで大変だった。

その後、かくれんぼをすることになったが、レオだけ土地勘がなくて不利なので俺と組んで隠れることになった。

「ぜってー見つけてやるからなっ」

「見つからないよう、努力しよう」

レオを指差して宣戦布告をする鬼のヨハンに、レオは穏やかに微笑んで返す。その穏やかな反応が余計にヨハンを煽っているのを、レオは気付いているのだろうか。

ヨハンが百を数え始めたので、俺たちは散開してバラバラに隠れる場所を探す。ヨハンが見えないところまで来て、一旦俺とレオは止まる。

「さて、どこに隠れようか」

「俺らが一番でかい上に二人だから隠れれるトコ少ないんだよなぁ」

いい隠れ場所がないか、二人で周囲を見回す。範囲を井戸のある広場から半径百メートルぐらいで制限しているから、ほとんどが住宅区域だ。白い漆喰の家ばかりが並び、日陰はあっても隠れることができるオブジェクトは少ない。住民がそれぞれ自分の家周辺を掃除しているから余計だ。

「ヨハンが探し出したら後を付けて、彼が探したところにいるのはどうだろう」

「お前、なんでそんな 本気(ガチ) なんだ……」

頭がいいのを褒めるべきかもしれないが、歳下相手に手加減してやれよ、と思ってしまう。

「彼が本気で来るんだ、こちらも本気で迎え撃たないとな。しかし、地形に合わせて戦略を変えないといけないこのかくれんぼは面白いな」

レオなりに、ヨハンに誠実に向き合っているようだ。そして、蜂蜜色の瞳をキラキラさせて、かくれんぼを楽しんでいる。まぁ、つまらないよりはいいか。

どちらにせよヨハンが数え終わるまではどこかに隠れようと改めて見回すと、レオの表情が少し強張った。レオの視線が止まった先を見ると、見回りの兵士が三人いた。しばらくすれば俺たちの方に来るだろう。

念のため、声を抑えてレオに訊く。

「知り合いか?」

「……一人。他の二人も、顔は知られているかもしれない」

髪の色も服装も違うから第一印象で気付かない可能性もある。だが、知り合いがいる以上楽観視はしない方がいいだろう。もう一度周囲を見るが、家同士の細い隙間に影ができている程度で、レオ一人だけでも隠せる物はない。

「レオ、こっち」

俺は、子供が通れる程度に空いた家同士の隙間の陰った場所にレオを促す。レオを屈ませて、俺も膝を突いて両手を壁に当てる。そうすると、俺の腕の間にレオが収まる。

「通りすぎるまで、声出すなよ」

言ってから俺は唯一使える闇魔法を使う。日陰には少しだが闇の精霊がいるから、俺たちを覆う影の膜を張るのを手伝ってもらう。影の膜は視界がなくなる訳じゃないから、たぶん認識を薄くして気配を消すだけだ。人に接触したり、音を立てると簡単に膜は壊れる。

レオは魔法の気配で察したようで、小さく頷いた。俺たちはじっと黙って通りの方を見る。程なくして、兵士たちの話し声が近付いてきた。

「隊長、美味いもん食べれました?」

「俺は警護で行ったんだ。飲み食いできる訳がないだろう」

「えー、そうなんですか? 目の前にご馳走があるのになんて拷問……」

「王族のパーティーなら、きっといい酒もあったんだろうなぁ」

「お前ら……、今も巡回中なんだ。もっと気を引き締めろ」

「だって、この辺り平和じゃないですか」

「それに今日は、あの 強面(こわもて) の人がいる日でしょ。そんな日に悪さする奴はいませんって」

強面、とは俺の親父のことだろうか。身長が高いだけで、そんな怖い顔をしてないと思うんだが。ただ、寡黙なせいか表情筋が乏しい気はしなくもない。でも、笑うときもあるぞ。

兵士たちが通りすぎる間、レオは身を固くした。緊張しているのが俺にも伝わって、思わず閉じている口を更に強く閉じた。

完全に兵士たちの話し声と足音が消えたのを確認してから、魔法を解く。ぷはっと二人同時に口を開いた。気付けば二人とも、声だけでなく息まで止めていたみたいだ。

「はー、行ったみたいだな」

「すまない。助かった」

兵士たちの去った方向を見たまま俺が呟くと、レオが詫びてきた。声に釣られて向くと、近いところにレオの無駄に整った顔があった。あんまり嬉しくない体勢なことに気付いた俺は、早々に立ち上がる。自分にしか闇魔法使ったことなかったから、俺が被さるのが手っ取り早いと思ったんだよな。

「イザークは闇属性なんだな」

「いや、水」

「でも、今のは……」

俺の答えに、レオはきょとんと不思議そうな 表情(カオ) をする。

「適性以外だってゼロじゃないだろ。魔力高いだろうし、お前の方がもっと色々できるんじゃね?」

「そうか……うん、できそうだな。今度試してみよう」

納得したレオは、俺の魔法を思い返してできると判断した。俺は影の膜を薄く覆うしかできないけど、レオならもっと完全に気配を遮断したり高度なことができそう。

「イザークといると、学ぶことが多いな」

なんだか嬉しそうに生真面目な 科白(セリフ) をレオは言う。

「何言ってんだ。今は遊んでんの」

「そうだな」

すぐ勉強とかに繋げるのを止めるように言うと、レオは殊更嬉しそうに笑った。

かくれんぼの結果は、レオが隠れきってヨハンが怒って泣き出したので、こちらから出てきて宥めることになった。ヨハンが俺に泣き付くから、八つ当たりで殴られるのも何故か俺になって痛い思いをした。感情的になったときのヨハンのグーパンは結構痛い。

遊んでいたら夕暮れ間近になったので、チビたちを帰してから、元の服に着替えたレオを中央広場まで送った。

「またな、イザーク」

お土産のパイが入った紙袋を抱えて手を振る様子はちゃんと年相応に見えた。

「今度は箇条書きでな」

レオとマテウス兄ちゃんが見えなくなったのを確認して、俺は踵を返した。家のある方向とは別の方向に歩き出す。

「さって、おっちゃんに種の代金払いに行くか」

今から行けば、まだ間に合うだろう。