軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 ブレーズ・ランプローグ伯爵、書斎にて

夜。ランプローグ家邸宅の書斎。

ブレーズ・ランプローグは、灯りの下で積み上がった書類の束に目を通していた。

領地経営に関しては、そのほとんどを信用できる者に任せている。

しかしながら、時にはこうして領主自らが承認しなければならない事柄もあった。

あまり好きではない作業に疲れた目を押さえながら、ブレーズは傍らに控える男に声をかける。

「エディス」

「なんだ、ブレーズ」

ブレーズの仕事を待つ解放奴隷が、ぶっきらぼうに短く返した。

表では決して見せないぞんざいな態度。だが、二人にとってはこれが本来の関係だった。

ブレーズは目も合わさずに問う。

「まさか、まだ怒っているのではないだろうな」

「……」

無言のままのエディスに、ブレーズは呆れたような息を吐く。

「イーファは元気そうだっただろう」

「……」

「向こうでもよくやっているようだ。学園ヘやったのは正解だった。違うか?」

「……」

「このような辺鄙な地で、ずっと過ごさせるのも不憫だろう。あれとお前の娘だぞ」

「そんな言い方をするな。俺はこの地が気に入っている」

「お前とイーファは違う。あの子も、外の世界を見てみたいと思うはずだ」

「……俺の不満は、そんなことじゃない。お前がイーファをあっさり手放すような真似をしたことに、我慢ならないだけだ」

エディスは、イーファを奴隷身分から解放しろとは決して言わない。

解放奴隷の子を奴隷として手元に置いておく例は、珍しくない。多くの場合、それは解放後も部下として従順に働かせるための、いわば人質に近い。

しかしこの二人の間においては、別の意味があった。

「……ましてや、あの忌み子の従者に付けるなど」

「エディス」

ブレーズは諭すように言う。

「イーファはあれの忘れ形見でも、お前の忠義を示すための手形でもない。お前や私の感傷など、老いと共に消えゆくだけのもの。もういい加減、あの子に自分の道を歩ませてやれ」

「……ふん」

「それと、セイカを忌み子と呼ぶのはよせ。あれはもう普通の子だ」

ブレーズは続ける。

「学園でも優秀な生徒として通っている。何も問題を起こしていない。結局、魔族などではなかったのだ。あのベルタですら、近頃は私と同じ考えだ」

晩餐の席でセイカに見せた妻ベルタの態度には、ブレーズ自身も驚いた。

妻は昔から、セイカを怖がっていた。

あの謎の魔力が、ルフトやグライに危害を加えるのではないかと、いつも恐れている様子だった。

しかし、今や息子二人は立派に成長し、セイカも遠い地で様々な人間とよい関係を築いている。

だから、許すような心持ちになっているのかもしれない。

「ふん……俺は未だに、あれは不気味だ」

エディスが吐き捨てるように言う。

「幼子の頃から妙に大人びていたが、今も中身が変わっていない」

「私はそうは思わん。イーファや学園の友人に向ける顔は、私やベルタや、使用人に向けるものとは違う」

「貴様がどう思うかは勝手だがな、イーファを付けてやる理由がどこにあった」

「……エディス」

ブレーズが溜息をつきそうな声音で言う。

「いい加減、認めたらどうだ。見ていればわかるだろう。あの子が、ずいぶんとセイカのことを気に入っているようだと」

「……」

「セイカと学園へ行くことが決まった時、お前にも喜んで報告していたと思ったが」

「……チッ!」

「私も父親だ。気持ちはわかる」

「娘のいない貴様にはわからん」

「ふっ……まあそうかもしれんな」

ブレーズは微笑を浮かべると、エディスに語りかける。

「セイカはよい人間だ。私の言うことが信用ならないか? エディス」

「…………いや、信じよう」

エディスは嘆息しながら答える。

「貴様は、妙な男だからな。他人になど興味がないようで、見る目だけはある」

「研究者に観察眼は必須だ。それと、意外だろうが社交性もな」

「貴様を見ている限りそうは思えん。社交性と言うならば、もっと聖皇女殿下の話し相手を買って出たらどうだ」

言われたブレーズは、わずかに苦い表情を浮かべる。

ブレーズも、正直なところフィオナは苦手だった。

若い娘の考えることなどそもそもよくわからないが、あの白昼夢でも見ているかのような聖皇女に対しては、とりわけどう接していいかわからなかった。

幸い、普段は自身の侍女や、聖騎士になることが決定しているグライと共にいることが多いので、自分の出る幕はなくて助かってはいるが。

だが一方で。

彼女がこの地に滞在することには、なんらかの意味があるとブレーズは感じていた。

聖皇女は、その見た目と言動通りの少女ではない。

そうでなければ、何の後ろ盾もなく、皇位など最も遠かったあの状態から、ここまで存在感を示すようにはならないはずだ。

学園でも一際優秀な生徒であるアミュという娘に会いたかったというのは、おそらく本当だろう。

しかし、それだけではない。

隠れた目的が、物か、情報か、機会か、あるいは別の人間か……それはわからない。だが、いずれかではあるはずだ。

そしてそれを、自分が知ることはきっとない。

ただ、自分の 与(あずか) り知らぬところで皇女は目的を果たし、去って行く。

ブレーズにはそんな予感がした。

余計なことを詮索する必要はない。

あと数日を、何事もなくやり過ごせばいいだけだ。

ブレーズは沈黙の後に、口を開く。

「お前も、明日の晩餐に同席するか? 娘と一緒に食事を取るのも……」

「明日は遠方から来る商会幹部との食事会があると伝えていたはずだ。俺を巻き込もうとするな。領主としての仕事をしないならば、せめて伯爵家当主としての務めを果たせ」

思わぬ正論に、ブレーズは深く嘆息した。