軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話 最強の陰陽師、家に呼ぶ

学園生活二年目の、冬が終わる頃。

学期末の試験も済み、学園は春休みを迎えようとしていた。

「メイベル、あんたちゃんと進級できそうなの?」

「なんとか」

「みんなでがんばったもんね~」

ぼくの前を歩く彼女らの方からは、そんな会話が聞こえてくる。

明日から始まる春休みが終われば、ぼくらは三学年だ。

初等部の最終学年。そろそろ皆、先のことを考えなければならなくなってくる。

高等部へ進み、研究の道を選ぶか。はたまた卒業し、自分の力で生きていくか。多くの学生が頭を悩ませるところだろう。

ぼくとしては、冒険者になることをほぼ決めていた。

教師という道も悩んだ。前世のように、子供へ学問を教えながら暮らすのも悪くない。

ただ良い待遇を求めるならば、必然的にこの学園のような帝立機関か、金を持っている貴族に雇われることになる。

そういうのが性に合わないことは自分でよくわかっていたし、何より……権力者の近くにいることは、なるべく避けたかった。

仮に力を振るい、目を付けられる羽目にはなりたくない。

この世は、最強の暴力と世界の真理をもってしても立ち向かえないような、狡猾な人間が動かしている。

そういう連中を相手取るのは荷が重い。

ぼくには荒事の方がずっと性に合っている。

アミュとの約束もあるし。

というわけで、進路を決めたぼくは先の悩みとは無縁のはずだったのだが……。

今はちょっと、別の理由で気が重かった。

……仕方ない。

溜息をつき、意を決して口を開く。

「アミュ。ちょっといいか」

前を歩いていたアミュが、足を止めて振り返る。

「なによ。あらたまって」

「実は頼みがあるんだ」

「頼み?」

「ぼくの実家に、顔を見せてくれないか」

「……は?」

「家族……とかに会ってほしいんだ」

「はあっ!? な、な、な!」

アミュが目を見開き、あからさまに狼狽しながら言う。

「あ、あ、あんたなによそれっ、どういうつもり!? あ、あたしたち別にそんな関係じゃ……」

「ダメか?」

「ダメもなにも、いきなり過ぎるのよ! か、考える時間がほしいっていうか、その……」

「それもそうだな。待ってるよ。でもなるべく早く、いい返事が欲しい」

「~~っ!!」

顔を赤らめて目を丸くするアミュの隣では、イーファが涙目になって何か言っていた。

「アミュちゃん……わたし、アミュちゃんならいいよ。おめでとう……」

「あ、あんたもなに言ってんのよ!!」

と、そこで。

ぼくらの顔を見回していたメイベルが、首をかしげながら口を開いた。

「……求婚?」

「ん? いや、違う違う」

ぼくは苦笑しながら答える。

「実家から手紙が来てね。父上……とかが、アミュにぜひ会いたいって。学園に首席合格した全属性使いの魔法剣士がいるって、噂で聞いたみたいなんだ」

勇者の話に関しては箝口令が敷かれているだろうが、生徒が実家へ送る手紙や、帰省の土産話までは止められない。いくらかはアミュの噂が広まっているようだった。

「魔法学に 携(たずさ) わる者としては気になるんじゃないかな……たぶん。ぼくも学費を出してもらっている手前、連れてこられませんでした、では肩身が狭くてね。だからアミュ、できれば一緒について来てくれると助かるんだけど」

「…………」

口をあんぐりと開けたまま固まっているアミュに、ぼくはふと気づいて言う。

「もしかして、誤解させたか?」

「っ!! するわけないでしょっ、ばか!! あんたほんとぶっ飛ばすわよ!?」

なんでぶっ飛ばされなきゃいけないんだよ。

なぜかイーファと並んで疲れたような溜息をつくアミュに、ぼくは改めて訊く。

「それで、どう?」

「んー……? まあ、いいわよ。春休みは家に帰る予定もなかったし、ヒマだし。でもあたし、お貴族様の作法とかよくわからないけど」

「大丈夫大丈夫。所詮遠方の田舎貴族だから、普段は作法なんて気にしないよ。あー……だけど一応、後で教えとく」

さすがに無作法ではまずい相手がいるからね……。

「そうだ、よかったらメイベルも来ないか?」

「私?」

「クレイン男爵家は学会で関わることが多いからね。令嬢が顔を見せてくれるとなれば、父上もきっと喜ぶよ」

「……じゃあ、行く」

「よかった。それならさっそく早馬で手紙を出しておこう」

よしよし。

頭数はいた方がいい。ぼくが相手をせずに済むかもしれないからな……。

などと考えていると、メイベルが口を開く。

「ねぇ、セイカ」

「ん?」

「さっき、家族とか、って言ってたけど」

「えっ」

「ほかに誰かいるの?」

「あー……」

ぼくはメイベルから目を逸らしながら答える。

「兄さんの婚約者が来てる、かもしれないな。あと親戚とか、客とかね。そういうのがたまたま、いるかもしれない。いたらまあ、挨拶しないと。ほら、メイベルも貴族になったんだからわかるだろ?」

「わからない」

「あ、そう? でもそういうものなんだよ」

「ふーん……だからさっき作法教えるって言ってたわけね。なんか気が重くなってきたわね……。イーファはそういうのわかる?」

「わたしは奴隷だから……一緒の席には座らないし、お話しすることもなかったよ。今回もそうする」

「そうだったわね……あたしもそれじゃダメかしら?」

「ダメに決まってんだろ。あー……まあとにかく、そういうわけだから! 馬車は三日後に出るから、みんな準備しておいてね。それじゃあまた」

と、別れ際に言い残し、ぼくは男子寮への道を逃げるように歩き出した。

****

「はぁ……」

「気が重そうでございますねぇ、セイカさま」

男子寮への道すがら、頭の上でユキが言う。

「そんなにあの屋敷へ帰るのが嫌でございますか?」

「まあね……」

会いたくない人間がいるんだよ、二名ほど。

「それならば、いつものように断ってしまえばよかったでしょうに」

「そういうわけにもいかないんだよ」

「なにゆえ、今回ばかり?」

「……実は今、屋敷にかなり偉い人が来てるんだ。アミュやぼくに会いたいと言っているのもその人なんだよ」

「ははぁ……。勇者の娘が入学してから二年も経って、今さらのように連れてこいという 文(ふみ) が届くのも妙だと思いましたが、そういう理由があったのでございますね」

「人の世は面倒なのさ。地位とか権力とか絡むとね」

ぼくがそう言うと、ユキは少し黙った後に、やや釈然としないように呟く。

「それは……ユキには、よくわかりませんけども……」

「……? なんだい?」

ぼくが促すと、ユキがぽつぽつと話し出した。

「地位や権力と言いますが……そのようなもの、結局は力で 簒奪(さんだつ) できるではないですか」

「……」

「セイカさまならば、望めばいつでも手に入りましょう。なぜそこまでおもねるのです。かの世界では時の 帝(みかど) ですらもハルヨシさまを敬い、対等に接していたというのに……」

どこか歯がゆそうに言うユキへ、ぼくは静かに答える。

「そう単純なものじゃないのさ……たとえば、大貴族や皇帝の地位を力で奪ったとして、それからどうする? 政(まつりごと) や策謀に不得手なぼくがその地位にいたところで、周りからいいように利用されるだけだ。彼らには彼らの闘争があるのだから」

「そのようなもの、セイカ様のお力があればいかようにも……」

「なら政敵も力で滅ぼすか? だがそのような恐怖政治の末に、一体どんな世界がある? 粛清に怯え話し合いすらままならない議会に、他者を蹴落とすため密告し合う貴族や商人。賢人の放逐と疑心暗鬼で政治は崩壊し、いずれは他国に攻め滅ぼされるか、民の反乱でも起きるのが関の山だ。少なくとも、この豊かな国は失われてしまうだろう。ぼくに待つのも破滅だよ」

「……」

「力でできることには限りがあるんだ、ユキ。ぼくだってなんでもできるわけじゃない。かの世界では様々な叡智を学んだが、こと 政(まつりごと) に関しては、到底政治家にはおよばなかったよ。人の思惑や営みは、難解に過ぎる」

そんな当たり前のことを、少しばかり長く生きたせいであの頃は忘れてしまっていた。

「ぼくは……少しも、予見できなかった。哀れな幼き 帝(みかど) と親しくなったことで、数十年後の皇位争いに巻き込まれることも。弟子を手にかけられないことを見越されて、敵の陣営が、あの子を差し向けてくることも」

「……」

「 政(まつりごと) の世界になど、わずかにでも足を踏み入れたのが間違いだった。政治家にとっては、常ならざる強者も駒の一つに過ぎないのだろう。現に歴代最強の陰陽師であってもこうして討ち斃され、異世界転生などする羽目になってしまった。下手に力を見せて目を付けられれば……この世界でも、同じ目に遭いかねない」

「ならば……どのようにすればいいと……?」

「だから、目立たないように生きるんだよ」

ぼくは言う。

「偉い人間にへりくだり、大勢の内の一人に紛れる。策謀で敵わなくとも、そもそも彼らに関わらなければいいのさ。力をなるべく振るわずに、隠しておけばそれで済む」

「……」

「最低でも、その程度は狡猾に生きないとね。じゃないとまた幸せになれないまま死ぬことになる。もっとも、このところはちょっと気が緩んでたけど……」

「でもそれではっ」

珍しく、ユキがぼくを遮るように言った。

「でもそれでは……時に、諦めることにもなるのではありませんか?」

ぼくは、思わずきょとんとして訊ね返す。

「諦める? 何を?」

「それは……うまく言えないのですが……ううん、やっぱりなんでもありません」

それきり、ユキは黙ってしまった。

ぼくはふと笑って、頭の上に乗る 妖(あやかし) に語りかける。

「退屈な話をしてしまったな。何か食べたいものはあるか? ちょうど試験も終わったし、街へ買いに行こう」

「あ、でしたらユキは、桃の砂糖漬けがいいです」

「お前甘いもの好きだよなー」

狐の妖のくせに。