作品タイトル不明
第二十話 最強の陰陽師、祝いの席につく
神殿に戻ると、丸一ヶ月が過ぎていた。
里はだいぶ寒くなっており、うっすらと雪が降り積もっている。
「……今日は、何かの祭日なのか?」
夕餉の食卓には、これまでよりも豪勢な食事が並んでいた。
燭台も増やされ、冬でも枯れない針葉樹の枝などが、彩りとして飾られている。
てっきり、独立領におけるハレの日なのかと思い、皆に聞いてみたところ、
「えへへ……わたしの誕生日なんだ」
メローザが、照れた様子で答えた。
てきぱきと慣れた手つきで食事の準備を手伝いながら、アミュたちも口々に言う。
「それにしてもあんた、ちょうどいいタイミングで帰ってきたわね」
「間に合わないかとおもった」
「セイカくんの分も、ちゃんと用意しておいてよかったね」
「……そうだったのか」
神魔にも誕生日を祝う風習があるのかと、ぼくはそんなどうでもいいところに感心していた。
前世では、君主や偉人の誕生日ならまだしも、個人の誕生日をいちいち祝う文化圏の方が少なかった。
こちらの世界では人間も魔族も、自分の生まれた日を特別に思いがちなのだろうか。
「いつもは一人だから、こんなことしないんだけど……話の流れでこの子たちに言ったら、お祝いしてくれるって言うから」
メローザが困ったように笑って言う。
「でも……こんな誕生日、久しぶりだなぁ」
「……すみません」
ぼくは、やや居心地悪く思って謝る。
「そうとは知らず、贈り物の用意もなくて……」
「えっ! いいよいいよそんなの! 気にしないで!」
メローザが慌てたように手を振って言う。
「神魔の風習だとそういうのないし! 祝ってくれるだけでうれしいよ、ありがとう」
それからメローザは、少しだけ目を伏せて呟く。
「でも、誕生日の贈り物かぁ……人間ってそうだったよね。なんだか懐かしいな」
「……」
「ちょっとセイカー、こっち手伝ってくれるー?」
「……ああ、今行く」
アミュの声に、ぼくは逃げるように調理場へと向かった。
****
食事こそ豪勢だったが、誕生祝いの席はいつもの夕餉とさして変わらなかった。
贈り物はもちろん、特別な礼法や祝いの口上などもない。神魔の風習だとそういうものらしかった。
「それで」
アミュが、何やらずっと気になっていたようなそぶりでメローザに訊ねる。
「あんた、何歳になったわけ?」
それ訊くのか? とぼくは傍らで面食らった。
神魔の年齢は見た目から推し量れないので、確かに気になってはいたが……さすがに失礼になるかと思い、訊けずにいたのだ。
まあ、自然に訊けるとしたらこのタイミングしかないだろうが……。
「んー? えっとねぇ……四十くらいかな」
パンをちぎりながら、メローザが普通に答えた。
なんというか、思いのほか現実味のある年齢だった。
少女のような見た目のメローザには、まるでそぐわないと言えばそうなのだが……今生のぼくを生んだとすれば、人間だったとしてもそのくらいだろうという年齢だ。
アミュが驚いたように言う。
「ええっ! じゃあ、ママと同い年かも!」
「ほんと? へぇー、会ってみたいなぁ」
「メローザさん、綺麗で全然四十歳には見えないです……」
「若すぎ」
「へへ、そりゃあ人間じゃないからね~」
その後は中身のない会話が続いていく。
「そういえば、ルルムもあんたと歳が近いのよね? じゃあ、ルルムもママと同じくらいだったのね……普通の友達みたいに接しちゃってたけど」
なんともいえない表情をするアミュに、メローザは苦笑して言う。
「ルルムは、たしかわたしの三つか四つ下だったかなぁ。わたしは捨て子だったから、本当のところはわからないんだけどね」
神殿の前に置き去りにされていたのだと、前にルルムが言っていたことを思い出した。
その時、メローザが急に思いついたように言う。
「そうだ。あの子ってもう結婚した?」
アミュたちが顔を見合わせ、そろって首を横に振る。
「してないわよ。ずっとあんたを探して帝国にいたんだし」
「でも、もう日暮れ森の里に帰ったんだよね? あの子巫女の家系だし、そろそろ婚約者くらいできたんじゃないの?」
どこか楽しげに訊ねるメローザに、アミュたちは微妙な顔で答える。
「うーん、いないみたいだったわね……そういうのは特に」
「ラズールムさんも、それどころじゃなさそうだったもんね。魔族の代表の人たちが来てたから……」
「ノズロとは、仲よさそうだった。でもそれだけ」
「えー、そうなんだ。じゃあ春になったら、手紙で訊いてみよっかな」
にこにこと、メローザは言う。
「結婚はね~、いいものなんだよ。わたしの場合、神魔にしてはかなり早い方だったんだけどね。いつかあの子の惚気話聞くの、楽しみだな~」
と、そこで、メローザはアミュたちに顔を向け、笑顔で訊ねる。
「みんなは? いつか結婚したいな~とか、思ってる?」
「えー?」
アミュが顔をしかめて答える。
「まだ考えてないわよ、結婚なんて。将来どうなるかは、わかんないけど……」
「そっかそっか~。今恋人はいないの?」
「……いないけど」
「そっかそっかそっか~」
メローザはにこにこ顔でうんうんとうなずいている。
「じゃあ、いつか素敵な人と巡り会えたら、自然と考えるようになるんじゃないかな」
「えー……そういうものなのかしら」
「もしかしたらもう出会ってて、気づいてないだけかもね! メイベルちゃんは?」
メローザが話を向けると、メイベルはうつむきがちに答える。
「私は……しない、と思う。そういう生き方はもう、たぶん無理だから」
メイベルの結婚観なんて初めて聞いたが、彼女の生い立ちを考えれば無理もないように思えた。
ただ、そんなこと知らないであろうメローザは、激しくうなずいて言う。
「あー、わかるわかる! わたしも昔はおんなじようなこと考えてたなー。捨て子だったし、神殿に恩もあるから、一生巫女でいなきゃいけないんだー、ってね。まあ、ギルと出会ってからはそんなこと忘れちゃったんだけど」
「……」
「そういうの、意外と思い込みにすぎなかったりするんだよ。だから、あんまり決めつけない方がいいと思うな。メイベルちゃんは物覚えもよくて器用だから、きっとそういう、普通の生き方だって上手にできるよ」
「……」
メイベルは黙ったままだったが、メローザの話は興味深げに聞いているようだった。
メローザは続いて、イーファの方に顔を向ける。
「イーファちゃんは?」
「わたしは……」
イーファは、やや照れたように笑いながら答える。
「その……いつかはしたいなって、思ってます」
「あー、いいね! やっぱり若い子はそうだよね!」
メローザはやたらと楽しそうに言う。
「あ、でも、焦って変なのには引っかからないようにね。言い寄られるのを待つより、自分から行く方がいいと思う。わたしもそうだったもん! ギルは人間だったのに、すごくモテてたからさぁ……」
と、なにやら自分のエピソードを語り始める。
イーファは困っているかと思いきや、かなり真剣に聞いているようだった。
「はっ、気づいたら喋り倒しちゃった。ごめんねイーファちゃん。参考にならなかったかもしれないけど」
「いえ、その……すごく、参考になりました」
イーファは真面目な顔でうなずいている。
「で、セイカは?」
と、思いがけず名前を呼ばれ、ぼくは目を瞬かせた。
「……ぼく、ですか?」
「うん。セイカは将来、結婚したい?」
笑顔で訊ねてくるメローザに、ぼくは口ごもる。
転生してから、そんなこと考えたことがなかった。
いずれ今生でも不老となったならば、普通の人間と同じ時を歩むことはできなくなるだろう。
迷った末に、ぼくは当たり障りのない答えを口にする。
「良い縁があったら……でしょうか」
「うーん……」
メローザが、なにやら難しい顔をして唸る。
「それは……あんまり結婚できない人の考え方かも! だめだよセイカ、もっと積極的にいかないと!」
「そういえばあんた、学園でも意外と浮いた話とかなかったわよね」
「あはは……セイカくん、女子寮ではすごく人気あったんだけど……」
「みんな、話しかけにくそうだった」
「……そんな話、初めて聞いたよ」
あまりにも今さらで、ぼくは苦笑することしかできなかった。
****
「あんた、明日はどうするの?」
皿の上のものがだいたいなくなってきた頃、アミュが唐突に訊いてきた。
「またすぐ、山に向かうわけ?」
「いや」
ぼくは首を横に振って答える。
「もう一度、セゼルテ区長に話を聞きに行こうと思ってる」
先の夢を通じ、わかったことも増えた。
もしかしたら、手がかりになるような話を聞けるかもしれない。
だが……なぜか皆、沈んだ表情をして沈黙していた。
思わず眉をひそめ、訊ねる。
「……どうしたんだ?」
「えっとね、セイカくん。実は……」
イーファが、ためらいがちに言う。
「セゼルテ区長さん……眠ったまま目覚めなくなっちゃったの。半月くらい前に……」
「……そうなのか?」
ぼくが驚いた様子を見せると、アミュが続けて言う。
「あんたの呪符は今も貼ってるけど、もうほとんど持たなくなってきてるわよ。最近じゃ一日三回も貼り替えてるんだから」
「区長以外にも、眠りにつく人、増えてきてる。異変の影響が、強くなってきてる気がする」
メイベルもそう言って、それから言いにくそうに付け加えた。
「……私たちが、来たせいかも」
「……」
彼女の言わんとしていることは、察しがついた。
ここに――――勇者と魔王がいるから。そのせいで、異変の影響が増しているのではないかということだろう。
元々、勇者と魔王の誕生時に発生する異変なのだ。そう考えるのが自然と言える。
さらに……ぼくが先の夢で目にした内容も、それを裏付けるようなものだった。
「ええっ、そんなことないよ!」
慌てたように言ったのは、メローザだった。
「今までも、眠っちゃう人が短い間に増える時期はあったし……きっと偶然だよ。みんなのせいじゃないって」
ぼくらを励ますように、メローザは言う。
だが彼女は、ぼくが魔王であることは知っていても、アミュが勇者であることまでは知らない。
ましてや、かつてこの地に存在した人間の国で、現実に起こったであろう出来事も。
「……みんな、これからはできるだけ神殿を離れないようにしてくれ。念のために」
ぼくが言うと、彼女らはおずおずとうなずいた。
この神殿には、里全体に施しているものよりずっと強力な結界を張っている。
少なくともこの中にいる限りは、異変の影響を最小限に抑えられるだろう。
アミュが、遠慮がちに問いかけてくる。
「だけど……これからどうするわけ?」
「……なるべく早く、解決するようにするよ」
それしか方法はなさそうだった。