作品タイトル不明
第七話 最強の陰陽師、要請を受諾する
「今からでも手を引くべきだと、ユキは思います」
その日の夜。
あてがわれた離れの一室で床に入ろうとしていたとき、唐突にユキが言った。
掛け物を捲りかけた手を止め、ベッドに腰掛けながら答える。
「ぼくだって乗り気なわけじゃない。だが……仕方ないじゃないか」
「仕方なくなどございません」
頭の上から飛び降りたユキは、袖机に座りながら硬い声で言う。
「あの勇者の娘を、ただ強引に止めればよかっただけではございませんか」
「……あのな。弟子ならまだしも、あの子は言ってしまえば他人だ。無理矢理押しとどめるのは、さすがに道理に合わない」
「それでも、ユキはそうするべきであったと思います」
ユキがそう断言し、ぼくを睨んで言う。
「あの娘らとの関係が悪くなるのを恐れるあまり、安易な道を選びましたね。セイカさま」
ぼくは一瞬、言葉を失った。
指摘がもっともだったのもあるし、ユキにここまで強い言葉を使われたのも初めてだったからだ。
「前世でもセイカさまは、常命のご友人らをぞんざいに扱いながらも、どこか甘いところがございました。それもセイカさまの善きところかなと思っておりましたが、その気質が今日、悪癖に転じましたね。ユキは口惜しくてなりません。以前からもっと強く、お諫めしていればと」
「お前っ……そこまで言うか?」
ボロクソなまでの言いっぷりに、やや唖然としながらぼくは訊ねる。
「いったい何がそんなに不満なんだよ」
「今回の一件、ユキはどうにも妙に思えます」
「……それはぼくも同感だけどな」
読めない皇帝の意図。反乱自体も普通ではないところがある。
だが、大きな問題でもない。
「それでも、なんとかなるさ。反乱軍など力で片が付く。皇帝の要請を撥ねのけるよりは、受諾する方が敵対の危険も少ない。フィオナを頼れば、ある程度政争とも距離を置けるはずだ。あながち悪い選択じゃない」
「そうではございません」
ユキはそう、きっぱりと言った。
「ユキが妙と申したのは……勇者の娘についてでございます」
「アミュがどうかしたのか?」
「セイカさまは、様子がおかしいとは思わなかったのですか?」
「それは……」
ユキの言うとおり、確かに様子がおかしいとは感じていた。
元々好戦的で、かつ親しい人間には情が厚い子ではあったが……自分を犠牲にしてまで見ず知らずの者たちを助けようとするほど、正義感が強い印象はなかった。
ユキが言う。
「この国の帝と話してからではございませんか? あの娘の様子がおかしくなったのは」
「……まあ、そう捉えられなくもないだろうが……」
「ユキは恐ろしゅうございます。この国の帝には、なにやら得体の知れないものがあるように思えます。 呪(まじな) いとも、力とも異なる、なにかが。ユキは気がかりでなりません。あの者と関わった果てには――――」
ユキの声には、いつの間にか不安が滲んでいた。
「――――かの世界での生と同じ末路が、待っているのではないかと」
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懸念はあったが、今さら結論は変えられない。
翌日、ぼくたちは再び皇帝に謁見し、受諾の意を伝えた。
「ありがとう。市民の先頭に立つ者として、君たちの活躍と無事を祈っているよ」
微笑とともに、皇帝はそんな言葉を返した。