作品タイトル不明
第五話 最強の陰陽師、皇帝に謁見する 後
「反乱……?」
アミュは困惑したように、皇帝の言った言葉を繰り返した。
「いつの時代も、国家が悩まされてきたものの一つさ」
皇帝が小さく嘆息しながら言う。
「帝国だって例外じゃない。建国から今に至るまで、数限りない反乱があった。たくさんの国を併合してきたのだから、当たり前と言えば当たり前だけれどね。ただ、最後の国を併合してもう久しく、ここ百年ほどは争いのない平和な時が続いていた。まさかぼくの代になってこんなことが起こるなんてね」
語る内容とは裏腹に、皇帝の声音にはまるで日常の愚痴をこぼしているかのように重さがなかった。
ぼくは眉をひそめながらも、つい口を開く。
「恥ずかしながら、東方の辺境都市にいたためか、西方の反乱については聞きおよんでおりませんでした。恐れ入りますが詳細をうかがっても?」
「詳細は後に、官吏の者から説明させよう。すまないが、この場では概要だけにとどめさせてもらうよ」
そう言って、皇帝がぼくに目を向けた。
内心のうかがえない、褐色の瞳。
じわりと警戒心がにじむ中、皇帝が口を開く。
「きっかけはそこまで珍しいものじゃない。北西のとある辺境都市で、鉱山や農園で働いていた奴隷たちが蜂起したんだ。彼らは奴隷主を殺すと、そのまま町を掌握。やがてそこを出て南に向かいながら、小さな集落などを襲っていった」
「……」
ぼくは口をつぐんで考え込む。
奴隷の集団が反乱を起こすことは、そう珍しくない。前世でも、転生してからも、小規模な例なら何度か聞いたことがあった。
だが……それが国を巻き込む規模にまで発展する例は、かなり少ない。
「それとは別に」
なんでもないことを付け加えるかのように、皇帝が続ける。
「それよりも南方の都市で、ソゾ教という新興宗教の信徒たちが蜂起した。主に貧民の間で広まっていた宗教だったが、集団になって怪しげなことをしていたせいか、西方ではずいぶんと弾圧されていたようでね。彼らも同じように一つの町を武力で掌握すると、北へ向かいながら小さな村や町を襲い始めた。そして……奴隷たちの集団と合流し、一つになったんだ」
「……は?」
「今や、数万という規模の暴徒の集団となってしまっている。地方都市が動員できる武力ではとても制圧できず、小さな城塞都市さえも落とされる始末だ。参ったよ」
皇帝の軽い口調や仕草とは裏腹に、語られる内容は衝撃的なものだった。ぼくは思わず絶句してしまう。
宗教の信徒が反乱を起こす例も、ないことはない。
だが、蜂起した奴隷などというまったく性質の異なる集団と合流し、一つの大勢力を形作るなど、これまで聞いたことがなかった。
そのようなことが起こりうるのだろうか?
「……信じられません。暴徒とおっしゃいましたが、都市を落としているからにはある程度秩序だった軍事行動がとれるということですか? 彼らの拠点などは? 数万人分の食糧はどこから? 彼らの指導者はいったいどのような人物なのですか?」
「詳細は後に官吏から説明させる。ぼくはそう言ったよ。彼らからゆっくり話を聞く方が、君も望む答えを得られるだろう」
口調こそ穏やかだが、明らかに突き放すような物言いだった。
ぼくはわずかに目を伏せ、言う。
「失礼しました。それでは、一つだけ――――どうして帝国軍ではなく、アミュを頼ろうと?」
皇帝は無言のまま、続きを促すような微笑を浮かべている。
目を鋭くしながら、ぼくは続ける。
「その反乱が事実なら、もはや国をあげて鎮圧するべき事態です。であるならば、ここは当然、軍を動員する必要があるでしょう。少なくとも……一人の少女に頼る場面じゃない。勇者の力に期待しているのかもしれませんが、たとえ全盛期の勇者であったとしても、数万もの暴徒を制圧するなど不可能なはずですよ」
「……まったく、耳が痛いね」
皇帝は苦笑する。
その仕草にはどこまでも、事態の重みを感じている気配がない。
「君の言うとおりだよ。ぼくも、できるならば軍を派遣したい。だけど、そういうわけにもいかない事情があるんだ」
皇帝は続ける。
「ここ百年ほど平和が続いたせいで、歴代の皇帝たちは徐々に帝国軍を縮小させていた。武官が力を持ちすぎても困るし、何より兵は金食い虫だからね。おかげで出費は抑えられたのだけれど、その代わりに戦力的な余裕はなくなってしまった」
この段階ですでに、話の予想がついた。
皇帝は続ける。
「この場合の余裕とは、つまり不測の事態に動員できる余剰の兵力のことだ。帝国は数十万の軍を抱えているが、国境などに配置しなければならない分を差し引くと、余剰といえる兵力はほとんどない。今すぐ動員できるのは五千といったところだね。数万を相手するには、さすがに心許ない」
「……」
「無論、だからといって軍を派遣しないつもりもない。今は各駐屯地に対し、兵の拠出を要請しているところだ。ただ、当然武官連中は渋るだろう。なんとか兵が集まっても、それから部隊をどう編制するか、誰に指揮を執らせるか、そういった事柄を決定し、議会で承認を得なければならない。とにかく時間がかかるんだ」
やれやれといった様子で、皇帝は言う。
「しかしそうは言っても、今起こっている反乱を座して見ていることなどできるわけがない。無辜の民が苦しんでいるんだ。皇帝として、ぼくは彼らを救う義務がある。だからこそ――――君を頼りたいんだ、アミュ君。勇者として、帝国の助けになってくれないか」
そう言って、皇帝はアミュに笑いかける。
ちらとアミュを見ると、迷うような顔をしていた。
「でも、あたしなんかが……」
「反乱を完全に鎮圧しろだなんて、無茶なことは言わないよ。君には軍の派遣が間に合うまで、彼らを押しとどめてほしいんだ。ああもちろん、君一人ではなく、仲間たちと共にね。君たち四人を招聘したのは、協力してこの国難に対処してほしかったからなんだ。なかなかの実力を持った冒険者パーティーなのだと、風の噂で聞いているよ」
皇帝がぼくらにも笑みを向ける。
アミュだけではなく勇者一行という名目で招聘したのは、そのような目論見だったためらしい。
「もっとも、一人でいいというのならそれでもかまわないけれどね。必要なものがあればなんでも言ってほしい。人でも物でも、望むものを用意しよう」
数万の軍勢を前に、多少頭数が増えたり装備が整ったりしたところで大差はないだろう。
表情を険しくしながらぼくは問う。
「アミュに望んでいるのは、帝国軍派遣までの時間稼ぎ。そういうことですか?」
皇帝は、なんとも形容しがたい笑みとともに答える。
「それ以上のことをしてもらえるのならば、ぜひしてもらいたいのだけれどね。反乱軍を蹴散らせるのならそれに越したことはない。彼らに今、大きな動きはないが……この帝都へ侵攻してくる可能性だってある。本当なら、時間稼ぎなどと言っている場合じゃないんだ」
仮に帝都が陥落してしまえば、ウルドワイト帝国そのものが崩壊しかねない。
単なる反乱軍といえど、数万という数はその可能性を危惧せざるをえない規模だ。
そろって沈黙するぼくらに、皇帝は軽い調子で言う。
「とは言っても、そう心配はいらないよ。帝都の防衛は強固だし、そもそも反乱の地からここまではかなり距離がある。現実には、たどり着くことも難しいだろう」
横目でちらと見ると、イーファとメイベルがほっとしたような表情をしていた。
「しかし、他にも重要な大都市はいくつかある。特に、比較的近い位置にある峡谷の街テネンドなどはまずいね。万が一にもあそこを攻め落とされでもしたら、帝国に取って途方もない損失だ。これはなんとしても防がなければならない」
皇帝は、まるで冗談を言うように付け加える。
「もしもの時には、街にかかる橋を落としてくれてもかまわないよ。もう修繕も難しいほど古くなっていたし、後で国費を使って直してあげられるからね」
「はあ……」
呆けたような返事をするアミュ。
ただその表情を見る限り、話の内容を理解していないわけではなさそうだった。
どちらかといえば……本題の返事に、迷っているようにも見える。
皇帝の要請を聞き入れ、反乱鎮圧に向かうべきか、否か。
まずいと思い始めた矢先、皇帝が再び口を開く。
「市民に怒鳴られる祖父を見て、幼少期のぼくはそれこそが皇帝の仕事なのだと思い込んだ。だけど、実際のところは違った。国家には解決しなければならない課題がたくさんある。隣国に魔族にモンスターの脅威、産業に経済に福祉問題、貴族の派閥争いに民の不満、あとは古くなった街道や水道の整備とか、次の皇帝を誰にするかとか……。皇帝はこれらのすべてについて決定し、責任を負わなければならない立場にある。それは、市民に怒鳴られるよりもずっと大変なことだった」
悩める勇者に、皇帝は語りかける。
「それらの課題のほとんどについて、ぼくは素人だ。大工仕事などしたこともないし、民の生活も知らなければ、商売にも明るくない。敵が来ても、戦うことなどできない。ぼく一人では何もできないんだ。それにもかかわらず、皇帝はすべてを解決しなければならない」
「……」
「ではどうするか……人に頼るのさ。ぼくが苦手なことを、得意な人に頼る。無能な一人の人間を、大勢の者たちが自分の得意分野で支えて、そうやって国は成り立っているんだ」
皇帝が、勇者に笑いかける。
それはまるで、旅立ちを促しているかのようだった。
「アミュ君――――君の得意なことで、この大きな国を支えてはくれないだろうか」