軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 皇帝ジルゼリウス・ウルド・エールグライフ、帝城にて

「結局、大したことはなかったようだね。噴火」

帝都ウルドネスク、その中心にそびえる帝城の一室にて。

一人の男が、月明かりの差し込む窓際で呟いた。

それは取り立てて特徴のない男だった。

年の頃は四十も半ばを過ぎたほど。目鼻立ちは凡庸そのもので、貫禄や華やかさといったものには無縁の容姿だ。長身でもなければ短身でもなく、痩身でもなければ肥満体でもない。雑踏ですれ違ったならば、次の瞬間には記憶から消えてしまいそうな、地味な男。

逆に言えば――――ウルドワイト帝国皇帝という、途方もない権力をその手中に収める者としては、ある種異様な風貌でもあった。

驕(おご) りや増長はもちろん、政敵と渡り合ってきた気迫や、激務と重圧によるやつれや、大国の君主としての自信すらも、その姿からは一切感じられない。まるで不自然なほどに。

皇帝ジルゼリウス・ウルド・エールグライフとは、そのような男であった。

「キヒ、キヒヒッ……」

呟きに答えるように、甲高い笑声が小さく上がった。

部屋の主と同じく地味な居室の一画に、うずくまる影があった。

皇帝の佇む窓際の方へ、影が一歩踏み出す。

幼子のような矮躯。ひどい猫背で、異教の神官が持つような錫杖を支えにして立っている。身に纏う深紅の外衣から覗くのは、暗い緑色の肌。鉤鼻に長い耳は、人間のものではない。

「残念でゴザいましたね、陛下」

甲高い声は、老婆のようにしわがれている。

その存在は無論、人間ではなかった。

ゴブリン・カーディナルという名の、モンスターの一種だ。

ゴブリンの群れの中にまれに出現し、仲間を回復する魔法を使うゴブリン・プリーストというモンスターがいる。ゴブリン・カーディナルはその上位種であり、本来ならば高難度ダンジョンでしか見ることのないモンスターだ。

だが皇帝は、まるでそこにいることが当然のように、顔すら向けることなくゴブリンの老婆へと答える。

「別にいいんだけどね。ぼくの策じゃなかったし」

ゴブリンの老婆もまた、大帝国の君主へ平然と言葉を投げかける。

「キヒ……御子息の、ドなたかでショうか?」

「どなたかというか、誰が仕組んだか見当はついてるけどね」

皇帝たる男は表情を変えることなく続ける。

「少し面白いアイディアだったから放っておいたけど、案の定つまらない結果になったね。やっぱり自然の山になんて期待するものじゃないな。せっかく悪魔の王宮に潜り込ませた間者も使い捨ててしまって、何をしているのだか」

「……」

「まあこれに懲りて、息子ももう少し地道に成果を重ねることを覚えてくれればいいのだけどね。王道とは案外、平凡で退屈なものだ。すぐに結果の出る劇的な手段を頼らず、堅実にそれを選ぶ勇気も必要さ。策謀一つで敵に大打撃、なんて爽快な物語は、現実にはそうないのだから」

「……」

「とはいえ、色々試してみるのもいい。何事も経験だ。後始末は……仕方がないから、ぼくがつけてあげることにしよう」

「……陛下」

ゴブリンの老婆が呟く。

その声音には、先ほどまでにはなかった険しさがわずかに含まれている。

「シかしながら、此度は少々……」

「わかっているよ、ばあや。こちらにとって、いくらか面倒なことになってしまったね」

男は苦笑して言う。

「魔族が協同の動きを見せ始めている――――軍拡の気配こそないものの、魔王軍結成に類する動きと見ていいだろう。噴火の危機、それと何より魔王の帰還が、そのきっかけとなってしまったか」

その声音に、深刻な響きはまるでない。

知人に愚痴をこぼすかのような調子で、皇帝は続ける。

「これまで隠れていたくせに、どうして突然出てきたのだろうね。そのまま舞台袖にいればよかったものを。幸い魔王は勇者と共に魔族領を去ったようだけど……あまり、好ましい事態とは言えないかな」

皇帝は小さく嘆息する。

物憂げにも見えるその仕草だが、まるで三流役者の芝居のように、どこか嘘くさい。

「困ったものだよ。ぼくらの敵は魔族ばかりではない。隣国にモンスター、産業に経済に福祉問題、貴族の派閥争いに民の不満、あとは古くなった街道や水道の整備とか、次の皇帝を誰にするかとか……国家には解決しなければならない問題がたくさんある。一人の英雄が悪を倒せば世界が救われるなんてことは、現実には起こらない。勇者や魔王になど、かまっている場合ではないというのに」

「……陛下……」

「まあでも……なんとかなるさ、ばあや。こんなの大したことはない」

皇帝は、体の向きをわずかに変え、ゴブリンの老婆に顔を向けた。

その口元には、微かな笑みが浮かんでいる。

「勇者も魔王も――――所詮はただ、最強であるだけなのだから」

凡庸な顔の男が、凡庸な笑みのまま続ける。

「ドラゴンを屠り、千の軍勢と渡り合う暴力があろうとも……広大な領土に莫大な財貨、数千万もの民を有するこの帝国において、それが持つ意味はたかが知れている。力とは数であり、強さとはそれを操る狡猾さだ。個人の暴力など、世界にとっては取るに足らない」

「……キヒッ……」

「彼らもまた、役者の一人に過ぎない。舞台に上がるのなら迎えよう。せいぜい筋書き通りに演じてもらうとしようか」

「……キヒッ、キヒヒヒッ!」

ゴブリンの老婆が、甲高い笑声を上げる。

裂けた口からは、蛭にも似た舌が覗いていた。

「サすがでゴザいます。陛下がソうおっしゃるのならば、キヒッ、きっとソノように、ナることでしょう……!」

人語を解すモンスターはほとんど存在しない。こうして人と会話している時点で、このゴブリンは十分に異常な存在と言える。

しかしそれを踏まえてなお、異常と言える光が老婆の目には宿っている。

「ヤハり……ばあやが見込んだトおりでゴザいました。陛下ハ最も強き、群れの長とナるお方。ジェネラルにキングばかりか、魔王や勇者をも超越するホどの、存在に……キヒッ、キヒヒヒッ!!」

「あんまり買いかぶられても困るよ。ぼくはぼくにできることをするだけさ」

老婆の狂気など意にも介さずにそう答えると、皇帝は窓へと向き直った。

二つの月が同時に陰り、居室に夜が差し込む。

暗闇の中でその姿は、奇妙に存在感をなくしていく。まるで観客にその存在が意識されることのない、演劇の裏方であるかのように。

「過去の大戦の焼き直しなのかと思いきや、少しばかり妙な舞台になりそうだ。魔王と勇者が仲間同士とは……でもある意味、こんなのも斬新で面白いかもしれないな」

口だけが、呟きを発した。

「さて、どのような役を演じてもらおうか――――魔王セイカ・ランプローグ」