軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十五話 最強の陰陽師、噴火を鎮める

各種族における災害支援が、急速に行われ始めた。

金に人員に食糧に物資が用意され、必要なところに必要な量が配されていく。

避難の遅れていた集落には人が向かい、適当な場所に種族ごとの宿営地が作られて、食糧の配給も準備が進んでいた。

多少の混乱はあるものの、異なる種族の者たちが力を合わせているとは思えないほど迅速で淀みない対応に、ぼくも驚いた。

無論、初めからこうだったわけじゃない。

支援の動きが目に見えて改善されたのは、レムゼネルが菱台地の里に戻り、全体の指揮を執り始めてからだった。

「宿営地の資材が足りていないようだ。獣人の商会に言って都合してもらうがいい。 鬼人(オーガ) の集落に向かった 黒森人(ダークエルフ) の部隊が戻っているならば設営の人員も足りるだろう。それと、巨人族の拠出する食糧が過剰となっている。これ以上は自種族で消費する分のみで問題ないと……」

粘土板のような魔道具を使って他種族と連絡を取りながら、ほとんど一人で決定と指示をこなしている。

初めの会合でのぱっとしない印象が強かったので、正直なところかなり意外だった。

「だから言ったの」

まるで自慢するように、リゾレラが胸を張って言っていた。

「レムゼネルは、本当はとっても優秀な子なの」

****

「こちらです、魔王様」

老いた 鬼人(オーガ) の案内で、ぼくは山を進む。

噴火の兆候が高まり始めたその日。ぼくは王たちを置いて、果ての大火山を訪れていた。

少し、考えていたことがあったからだ。

視界に入るのは、草と低木がまばらに生える荒れた山肌。

だが以前に見た蒸気井戸は一つもなかった。

当たり前だ。ここは魔族領側ではなく、かつて人間の国があった砂漠側の山腹なのだから。

「もう少しばかり、歩きます。たしかちょうど、あそこに見える岩を越えた先に」

「ああ」

麓の集落に住んでいた魔族の中で、山に詳しい者を聞いて回った。

その中に一人、この老いた 鬼人(オーガ) が、ぼくの探すものを見たことがあると言っていたのだ。

二百年以上前に見つけたきりだが、今でも場所は覚えている、と。

蛟で近くへ降りた後は、この老 鬼人(オーガ) の記憶を頼りに目的の場所へと向かっている。

やがて。

「ああ、やはり……ここでした。魔王様」

老 鬼人(オーガ) が顔を上げ、足を止める。

そこにはぼくの探していたもの――――山肌に開いた暗い横穴があった。

洞窟というには少々小さく、ギリギリ人間一人が入れる大きさしかない。

「打ち棄てられた、坑道の跡です」

老 鬼人(オーガ) が言う。

「伝承にある、滅びた人間の国の民が、かつて掘ったものではないかと」

「……確かにそのようだ。感謝する、ご老体」

あらためて、その廃坑を見る。

外からではどこまで続いているのか見通せない。それなりに深くあってほしいが……。

廃坑に歩み寄るぼくを、老 鬼人(オーガ) が呼び止める。

「中には入らない方がよろしい。落盤や毒気の危険があります」

「いや、大丈夫だ。ぼく自身は入らないから」

数枚のヒトガタをコウモリに変え、坑道へと飛ばす。

中はかなり複雑で、落盤でふさがっている道もあったが、幸いにも山の相当な深部にまで続いているようだった。

これなら、きっと使える。

****

そして、その日が来た。

「……」

ぼくは蛟の上から、遠くそびえる果ての大火山を見据える。

念のためかなり離れた場所に浮かんでいるのだが、快晴のおかげでその威容がよく見て取れた。

本当は雨の方が噴煙の拡散を抑えられてよかったのだが……これ以上先延ばしにはできない。

地震の頻度も大きさも、次第に増してきている。

もういつ噴火してもおかしくない状況なのだ。

様々な者たちの尽力のおかげで、麓の住民の避難は完了している。

半月しか猶予のなかった中で、間に合ったのはほとんど奇跡だった。

最悪、ぼくが失敗しても死ぬ者はいない。

だからこそ、この機を逃すわけにはいかなかった。

「……さすがにこれだけのことをやるとなると、いくらか緊張してくるな」

小さく独り言を呟いて、後ろを振り返る。

蛟には、皆も乗っていた。

リゾレラに、六人の王たち。誰もが一様に押し黙り、ぼく以上に緊張した面持ちをしている。

それを見て、ぼくはわずかに微笑み、彼らへと語りかける。

「ぼくは……正直に言うと、これまで為政者というものに苦手意識があったんだ。ちょっとよくない思い出があって」

静かに聴く彼らへ、ぼくは続ける。

「君たちに会うと決めたのはぼく自身だけど、それもあの代表たちと話しているよりはマシだという後ろ向きな理由で、積極的に会いたいわけではなかった。本当はあまり気が進まなかったんだ」

かつて親しくした幼い帝も、結局は権力の座を巡って、都を争いの混乱に陥れることとなった。

その混乱の余波で、ぼくも死んだ。

経緯を知るぼくは彼を責める気にはなれない。しかしそれでも、やるせない思いはあった。

この子たちも、もしかしたら似たような道を歩んでしまうかもしれない。

しかし。

「でも、今では」

ぼくはわずかに目を細めて告げる。

「君たちに出会えてよかったと思っているよ」

彼らの返答を待たずに、ぼくは内部に熱量を湛えた火山へと向き直る。

すでに、ほとんどの準備は整っていた。

山は解呪用のヒトガタで囲んでいる。

そして昨日見つけた廃坑の最奥には、とある術を刻んだ一枚のヒトガタと、それを見届ける式神のコウモリを一体だけ置いてきていた。

ぼくは一度大きく息を吐いて――――緩やかに印を組む。

「ओम् धातु――――」

ヒトガタに刻まれた 呪(まじな) いが、その式に従い、とある物体をこの世界に生み出す。

それは六寸(※約十八センチ)ほどの、小さな球体だった。

コウモリの視界では色まではわからないが、直接目にすれば金属らしい、鈍い銀色をしていることだろう。

もっとも……命を捨てる覚悟がなければ、それを肉眼で見ることなど叶わないだろうが。

「――――स्वाहा」

次の瞬間。

球体が眩く光ったかと思えば――――式神のコウモリが塵一つ残さず消滅した。

《金の相―――― 天金崩光華(てんごんほうこうか) の術》

坑道の深奥で、その 呪(まじな) いは炸裂した。

分厚い岩盤が破壊され、轟音と共に噴煙が、土砂が、溶岩が、山腹から空高く噴き上がる。

その爆発は、天をも震わすほどだった。

同時に生まれた衝撃波が、空を覆い尽くすように辺りに伝播していく。

それは一拍遅れて、遠く離れているはずのこの場所にまで到達した。

「うおおッ!?」

「な、なんじゃあっ!?」

風と音が同時に襲いかかってくる衝撃に、王たちが悲鳴を上げる。

蛟ですらも、うろたえて身じろぎしていた。

噴煙が濛々と舞い上がり、土砂と溶岩が山肌を流れていく。

ぼくは緊張を解かないまま、その噴火の動向を注意深く見守る。

「さて、どうだ……うまくいったようにも見えるが……」

こんな術まで使ったのだ、成功してくれないと困る。

呪(まじな) いによって生み出された、小さな金属――――それは西洋の言葉で、 天金(ウラン) と呼ばれていた。

ガラス細工の色づけなどに使われるが、毒を帯びた目に見えない光を常に発し、日常的に触れていれば病をもたらすとも言われるものだ。

そんな 天金(ウラン) の中には、百に一つもないほどのわずかな割合で、ほんの少しだけ軽い 天金(ウラン) が混じる。

そしてこればかりを集め、濃縮させた 天金(ウラン) は、一定以上の塊になると凄まじい規模の大爆発を起こす性質を持っていた。

その威力はまさしく、一つの国を消滅させるほどだ。

爆発には破壊ばかりでなく、他の物質を毒の光を放つものへと変えてしまう作用まである。濃縮 天金(ウラン) が炸裂した地は、生物の棲めない死の土地になると言われていた。

実際 天(てん) 竺(じく) には、太古の昔この力によって滅びた都市があるのだという。

だが……今ばかりは、希望の力だった。

土砂や溶岩は狙い通り、集落のない砂漠の方向へのみ流れている。

初めの爆発以降、大きな地震や、新たな噴火が起こる気配もない。

ぼくはやがて……固く組んでいた印を解いた。

「……大丈夫、そうだな」

舞い上がる噴煙の中には、灰に混じって莫大な量の蒸気が見て取れた。

ぼくは大きく息を吐いて、後ろの皆へと言う。

「ここまで蒸気の圧力を抜ければ、もうこれ以上の噴火は起こらないだろう」

まだ驚きから立ち直れていないのか、ぼくの言葉に反応する者は誰もいない。

だが、もう安心していいだろう。

噴火そのものを抑えることはできない。

ならば一度、安全に噴火させてしまえばいい。

それがぼくの考えついた、この災害を制御する方法だった。

山の片側には、集落のない砂漠が広がっている。

だから土砂や溶岩をそちらに流せれば、被害は最小限に抑えられる。

砂漠側の中腹、その地中深くで爆発を起こし、蒸気溜まりを破壊する。それによって、この安全な噴火を引き起こせると見込んだのだ。

かつて人間が掘った坑道が残っていたのは幸運だった。

もしなければ自分で穴を掘らなければならず、余計に日数がかかっていただろうから。

「……噴火を引き起こすなどという神のごとき所業も、セイカさまには造作もないことなのでございますね」

髪の間から小さく頭を出し、ユキがぽつりと言う。

「まさかこれほど簡単に、事が済んでしまうとは」

「……簡単だったとは言えないさ」

ぼくは小さく答える。

「人間の廃坑を見つけられなければ、噴火に間に合わない可能性もあった。蒸気溜まりを正確に破壊できるかもわからなかった。狙い通りに溶岩が流れるかも、他の不測の事態が起こらないかも……ほとんど賭けのようなものだったよ」

だからこそ、麓に住む住民を避難させる必要があった。

呪(まじな) いの衝撃により、溶岩が集落の方へ噴出しないとも言い切れない。そんな博打に、彼らを巻き込む気にはなれなかった。

「一度でうまくいってよかったよ。一応、何回かなら元に戻してやり直せたけど」

「あっ、そうなのでございますね……」

ユキが気の抜けたような声を出すが、ぼくだって無限に呪力が続くわけじゃない。二回目以降に成功する保証もなかったから、かなりほっとしていた。

火山の周囲に飛ばしていた大量のヒトガタに呪力を込め、広範囲の解呪を行っていく。

毒に変わってしまった物質を元に戻してやる必要があるためだ。《 天金崩光華(てんごんほうこうか) 》の最も扱いにくい点がこれなのだが、同じ威力を火薬で実現しようとするととんでもない量が必要になってしまう。爆発させたい場所が狭い廃坑内部だったので、こうするしかなかった。

解呪された安全な噴煙は、気流の影響か多くが砂漠の方へ流れているようだった。

多少は魔族領側にも灰が降り積もるだろうが、これなら少し掃除が大変になるくらいで済むだろうか。

「……すげぇな」

ふと、シギル王が呟いた。

「今の……魔王様がやったのか」

「信じられねェ……」

「魔法で、まさかここまでのことができるなんて……」

ガウス王とヴィル王もまた、驚愕の表情で呟いている。

「フィリ……ちょっと怖い」

「この力があれば……人間を滅ぼすことすら、できてしまうかもしれぬの……」

フィリ・ネア王とプルシェ王が、緊張した面持ちのまま呟く。

「その通りだろう」

その時アトス王が、確かな口調で言った。

「だからこそ――――我らがこれ以上、留めおくべきではないのだ」