軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十七話 最強の陰陽師、否定する

山の静けさが浮かび上がるような、沈黙が流れた。

ぼくはぽかんとしたまま、素直な言の葉を紡ぐ。

「え……そうなの?」

「……はあっ?」

ルルムが、動揺したようにばしゃりと泉の中で立ち上がった。

白い裸身から目を逸らしつつ、ぼくは言う。

「いや待て、なんだそれ? 知らない……というか、たぶん君の思い違いじゃないか?」

「そ、そんなはずないわ!」

ルルムは大声を出して否定する。

「もしかして、自分で気づいていないの……? あなたの持つ魔力の気配は、人間のものじゃないわ。それよりは神魔に近いものよ」

「……ぼくは魔力を持っていない。ぼくの使う符術は別の力によるものだ。魔道具での簡易測定ではなく、測定の儀式で出た結果だから確かなはずだ」

「いいえ」

ルルムは首を横に振る。

「魔力を持っていない者なんていないわ。物を食べて息をすれば、必ず魔力が生まれる。たとえ、魔法を使うことができないほどの微かな量であっても」

「それが、君には見えると?」

「ええ」

ルルムはうなずいた。

ぼくは考え込む。

どうやら彼女には……ぼくが見ている以上に細やかな力の流れが見えているらしい。

「……そうまで言われれば、否定はできないな。先祖に神魔がいなかったとも言い切れない」

「先祖? いいえ、違う」

ルルムがまたも首を横に振る。

「そんな遠い繋がりだとは思えない。あなたの生みの親のどちらかが、神魔なのではないの?」

「はあ……? まさか。それはありえない」

今度は断言することができた。

「ぼくは貴族の生まれだぞ。魔族の血を引いているわけがない」

「いいから、教えて」

ルルムの声音には、いつのまにか必死な色があった。

「あなたのご両親は、どんな人なの?」

「……父は帝国の伯爵だ。ここから遠い田舎に領地を持っていて、魔法学の研究をしている。母は……愛人だったと聞いているが、会ったことはないな」

「っ……!」

ルルムが、息をのむ気配があった。

「その、お父上は……もしかして昔、冒険者をやっていなかった?」

「……! よくわかったな。確かにそう聞いている」

「そ、それならっ!」

ルルムが畳みかけるように問う。

「今から二十年近く前、魔族領を訪れていなかった? 神魔の住む地に……」

「二十年前? いや、それはない」

「え……」

戸惑いの混じる声を漏らしたルルムへ、ぼくは理由を話す。

「父が冒険者をしていたのは、確か当主を継ぐよりもずっと前だ。たぶん三十年近く前のことじゃないか? それに場所も、ここよりずっと南方の、帝国の中心近くだったと聞いている。二十年前と言えばちょうど上の兄が生まれたくらいの時期だから、魔族領になんていたわけがない」

「そ……そう、なの…………それなら、違うかしら……」

ルルムは、急に気落ちしたようになっていた。

ぼくは思わず眉をひそめる。

「いったいどうしたんだ?」

「……ひょっとしたら、あなたなんじゃないかと思っていたの……私たちが探している人の、息子が」

ぽつぽつと話す。

「年齢もあなたくらい。髪も瞳も、私たちと同じ色。それに、魔力だって」

「だけどぼくは……君らのような体の紋様は持っていないぞ」

ルルムは首を横に振る。

「それでいいのよ。だってあの人の夫は、人間だったから」

「……」

「私たちの里に迷い込んだ冒険者だった。貴族の生まれだとも言っていたわ。ただ、あの男はいつも調子のいいことばかり言っていたから、本当かどうかは微妙だけど」

「……」

「だからメローザの子は、神魔と人間の混血なの。人間と魔族の混血は、人間の血が強く出ることが多いから……容姿は、人間とほとんど変わらないはず」

ルルムは、うわごとのように続ける。

「それに、あなたほどの力を持っている人間なんて、他に……」

「……ぼくの知る限りで」

ぼくは、それを遮るように口を開いた。

「父上の領地に魔族がいるという話は聞いたことがなかった。ぼくの母は、きっと普通の人間なのだと思う」

ルルムの相づちを待たずに続ける。

「大戦のあった頃の時代には、この国にも捕虜から奴隷となった神魔が住んでいたそうだ。中には解放された後も魔族領に帰らず、地位を得て家族を持った者もいたらしい。母がそういった者たちの子孫で……ぼくにたまたま、先祖の血が強く出た。おそらくだが、それだけのことなのだと思う」

「……そうね……そういうことがあるとは、聞いたことがあるわ。じゃあ……また、違ったのね」

そこで、ルルムは力なく笑い、夜空を見上げた。

「メローザ……今どこにいるの……?」

視界の端で見たその横顔は、今にも泣き出しそうに見えた。

十六年と言っていた。ルルムの尋ね人が、魔族領から姿を消して十六年。

彼女はどれだけの間、そのメローザという神魔を探す旅を続けてきたのだろう。

「……血縁なのか?」

「血の繋がりはないわ。だけど……姉のような人だった」

「…………どんな容姿なんだ? 人間で言えば、どのくらいの年齢に見える?」

ルルムが、目を瞬かせた。

ぼくは言い訳のように続ける。

「人探しの旅にまでは付き合えないが……もしもこの先出会うことがあったら、君らのことを伝えるくらいはできる」

「……ふふ。あなたは……ずいぶんこじれた性格をしているのね」

ルルムが小さく笑って言う。

「本当はとてもお人好しなのに……まるで、誰かに親切にするのを、普段は我慢しているみたい」

「………ぼくには、力がある」

軽く目を閉じて言う。

「だが、力だけでなんでもできるわけじゃない。何もかもを救おうとしたところで、どうせどこかで破綻する。だから……義理や縁のある者だけを、助けることにしている」

「ふうん、そうなの……それなら私たちの間にも、縁が生まれたということかしら?」

「……別に、無理にとは言わない。いらない助けだと言うのなら、話はここで終わりだ」

「ふふ……ねえ、セイカ」

ぼくの問いには答えずに。

ルルムは、夜空に透き通るような声音で言った。

「私たちが、本当は――――世界を救う旅をしているのだと言ったら、信じる?」