軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九話 最強の陰陽師、商談する

ぼくたちは、二階の応接室に通されることとなった。

いつも商談に使われる部屋なのだろう。調度品も豪華で、手入れが隅々まで行き届いている。

ぼくとしか話していないエルマンだったが、一応こちらのパーティーメンバーにも気を使ったようで、座る場所が足りなくて手持ち無沙汰にするアミュたちのために椅子を持ってこさせていた。

「では早速ですがセイカ殿。当会にはどのような奴隷をご所望で?」

正面に座るエルマンが、にこやかに言う。

「っ……」

「……」

ぼくの両隣に座るルルムとノズロが、わずかに気色ばむ気配があった。

三人掛けのソファだったから、とりあえず当事者の二人を両隣に座らせたのだが……なんだか殺気立っているし、もしかしたら失敗だったかもしれない。ルルムの方はともかく、もしノズロがエルマンに襲いかかりでもしたら、この距離では止めきれない可能性もある。

ただ……向こうも向こうだった。

ぼくは言うべきことを言う。

「その前に、そいつはなんだ」

「ひっ……!」

エルマンの隣に座る男が、ぼくの視線に身を縮こませた。

おどおどとした、どこか陰気な男だった。

エルマンよりは明らかに若いが、とはいえ商会の小僧という歳でもない。そもそもまったく商人らしくない。なぜここにいるのかわからなかった。

エルマンが笑顔のまま答える。

「ご紹介が遅れました。これは当会の副代表、ネグです」

「副代表……? こいつが?」

「ええ。大事な商談ですので、同席しております」

エルマンは堂々とそう言うが、とても信じられなかった。

ぼくとは目も合わせようとしない。こんな男に商会の副代表が務まるのか……?

ネグはエルマンに縋るように言う。

「あ、 兄(あん) ちゃん、兄ちゃん……」

「実は、ワタクシめの弟でございまして」

「な、なあ、兄ちゃん……」

「ネグ。大事なお客様の前だ、今は静かにしていなさい」

「で、でもっ」

その時、足元から力の気配を感じた。

冷気と共に、応接室のテーブルをすり抜けて湧き上がってきたのは――――青白い襤褸を纏った霊体。

「フ、フロストレイス!?」

アミュが驚いたように叫ぶ。

それだけではなかった。

書棚の奥からは、熱気を纏った仄赤い霊体が。部屋の窓からは、風を纏った薄緑の霊体が。甲冑飾りからは、土気色の 靄(もや) を纏った霊体が……。応接室のそこかしこから、フロストレイスやフレイムレイス、ウインドレイスにグラウンドレイスといった、様々なアストラル系上位モンスターが湧き出してくる。

そして……、

「ォォォォォ――――――」

ネグの背後には、いつのまにか……漆黒の襤褸を纏った、不気味な霊体が浮遊していた。

他のレイスたちとは、力の規模が明らかに異なる。

「レイスロード……!」

隣でルルムが、息をのんだように呟いた。

レイスロードとは確か、レイスの中でもさらに上位の闇属性モンスターだ。

強力な闇属性魔法を使い、物理攻撃のほとんどが効かない。しかも障害物をすり抜けてどこまでも追ってくるため、対抗策がなければ出会った時点で死を覚悟しなければならないと言われるほどだ。

ただ、こういった怨霊の類は普通、日の光を嫌う。

レイス系のモンスターも例外ではなく、深い森や洞窟、遺跡のようなダンジョンにしか出てこないはずだった。

どうしてこんな場所にいるのかはわからないが……危険なことには違いないから、やはり封じておいた方がいいだろう。

周囲の者たちが身を強ばらせる中、ぼくは小声で真言を唱え――――、

「ああ、ご安心を」

術を使おうとした時、エルマンが穏やかに言った。思わず、ぼくは 呪(まじな) いの手を止める。

「……何?」

「これはネグの使役するモンスターですので」

と、エルマンが信じがたいことを言った。

おどおどと視線を泳がせるネグを見やりながら、エルマンは説明する。

「昔からネグは、こういったアストラル系のモンスターを引き寄せてしまう体質があるのです。ですがご心配なく。これらのレイスはすべて、ネグに従っていますので」

「……こいつらがか」

「ええ。こういった商売柄、ワタクシめは身の危険を感じることもたびたびあったのですが、そのような時にはいつも、ネグのレイスたちに助けられてきました」

「……」

周りのレイスを見やるが、確かに攻撃してくる様子はない。

ぼくは目を戻し、兄の方をちらちらと見ているネグを観察する。

調教師(テイマー) というモンスターを従える職業は存在するが、技術で手なずける以上、彼らの扱えるモンスターは限られる。このようなアストラル系モンスターを従えた例は聞いたことがなかった。魔導書を持っていないことから、魔術的な契約で行動を縛る 召喚士(サモナー) ではないだろうし、霊魂を死体に入れて操る 死霊術士(ネクロマンサー) とも違う。

操霊士(スペクタラー) とでも呼ぶべきだろうか。

いずれにせよ、かなり希有な才能の持ち主であるようだった。

「う、うう……」

当のネグは、エルマンを見たり、ぼくらを見たりと挙動不審な動きを見せている。

エルマンが、ちらと弟を見て言う。

「ネグ、今は商談中です。モンスターを下げなさい」

「で、でも兄ちゃん! こいつら……」

こいつら、と言うネグの目は、ぼくの両隣の二人、ルルムとノズロを向いていた。

多くのレイスたちは、ぼくらの周囲を遠巻きに浮遊していたが……二人の神魔に、強くその注意を向けているように見えた。

一部のレイスはイーファにも近寄っていることから、もしかしたら精霊と同じように、魔力に引き寄せられる性質があるのかもしれない。

エルマンは困ったように言う。

「いやはや……申し訳ございません、セイカ殿。お連れの方々は、もしや亜人の血を引いておいでで? 強い魔力をお持ちの方がいらっしゃると、まれにレイスたちの統率が乱れ、こうした失礼を働いてしまうことがありまして」

「……ああ。 森人(エルフ) の血を引いている者が三人いる」

とりあえず、そういうことにしておく。

ラカナには亜人も多かったから、別に不自然ではないはずだ。

「そんなことはどうでもいいから、さっさとこの亡霊どもを片付けろ」

「ははぁ、ただちに……。ネグ、わかりましたね。早くしなさい」

「だ、だけど、兄ちゃ……」

「ネグ!」

「うう……は、はいぃ……」

エルマンの一喝に、ネグがうつむいた。

するとレイスたちは、皆そろって二階の床板をすり抜けて姿を消していく。主人の背後で怖気を感じさせるような圧力を放っていたレイスロードも、やがてその姿を薄れさせながら、ネグの足元へと沈んでいった。

どうやら普段は、日の光の届かない床下か地中にでも潜ませているらしい。

周りが脱力する中、エルマンが額に手を当ててすまなそうに言う。

「いやはやまったく。重ね重ね申し訳ございません」

「……なるほどな」

小さく呟く。ぼくはその時になってようやく、エルマンがこの怨霊使いを同席させた意図を覚った。

こいつは、エルマンの用心棒なのだ。

おそらく冒険者相手の商談にあたって、暴力を背景に要求を通されることを避けたかったのだろう。商会の名前に据え、副代表の地位までやっているのも、こうやって商談に居座らせるための言い訳に違いない。

よほど指摘してやろうかとも思ったが、しらを切られればただの言いがかりになるので、やめた。

だがやられっぱなしなのも癪なので、代わりに別の指摘をしてやる。

「そいつはお前の弟だと言っていたが、嘘だろう」

「ほう。なぜそのように?」

「そう思わない方がおかしい。容姿が違いすぎる」

エルマンの髪は濃い褐色だが、ネグは金髪だ。瞳の色も違う。体つきも顔立ちも、まったく似ていない。

それに何より……、

「加えてお前は元貴族、それも侯爵家の生まれだろう。そんな社交性の欠片もない兄弟がいるか」

ロド・トリヴァスという家名は聞いたことがあった。辺境ではあるが、大領地を治める名家だったはずだ。

名門貴族ならば、当然教育を重視する。

礼儀の一つも知らなさそうなネグが、そんな生まれとはとても思えなかった。

エルマンが大げさに言う。

「これはこれは、ご明察恐れ入ります。トリヴァスの家名をご存知でしたか。いつもは雑談の折に自虐を交えながら話し、貴族相手の信用を得るために名乗っているのですがね。いやはや……」

それから、壮年の男は困ったような顔を作る。

「貴族は腹違いの兄弟も多いですから、容姿の違う血縁自体は決して珍しくないのですが……ご慧眼の通り、血の繋がりはありません。いわゆる義兄弟でして」

「義兄弟、ね」

「実家を出奔したばかりの頃は、それはそれは苦労しましてね。日々の食事にも困る始末で。ネグとはその頃に出会い、共に商売をしてきたもので、ええ」

うさんくさい語り口で話すエルマンだったが……どこか、その内容には真実味があった。

義兄弟というのも嘘かと思ったが、案外本当のことなのかもしれない。

「しかしながら、あらためて考えれば……セイカ殿がワタクシめの実家をご存知であっても、何も不思議はありませんでしたな。我々は近い境遇でありますからな」

「ん? どういう意味だ」

「かねがね、お噂は耳にしておりますよ。セイカ殿」

エルマンが笑顔で言う。

「サイラス議長に次ぐ、ラカナ二人目の一級冒険者。史上最大規模のスタンピードを収めるという偉業を成し遂げたのは、名門伯爵家を出奔した天才少年……と、そんな華々しいお噂を」

「……」

どうやら、ぼくのことは元々知っていたようだった。

まあ、無理もない。噂になるくらい派手なことをやらかしてしまった自覚はあるし、商人ならば当然、そのくらいの情報は知っていて当然だ。

「えっ! あ、あなた貴族だったの……?」

ルルムが驚いたように小声で問いかけてくるが、ひとまず聞こえなかったふりをしてエルマンへと答える。

「なんだ、知られていたか」

「もちろんですとも。確か、ご実家は魔法研究の大家でしたな。ラン…………いや、失礼。ひょっとして、今は家名を名乗っておられませんでしたかな?」

「……」

出奔した貴族とはそういうものなのか、それとも認定票に名前しか書いていなかったためなのか、エルマンはそんな気遣いを見せた。

別に名乗っていないことはなかったが……あらためて考えれば、家名は公言しない方がいいのかもしれない。

今は逃亡の身だ。ルフトやブレーズに迷惑がかかっても困る。

ぼくは不機嫌そうな顔を作ると、エルマンへ言い放つ。

「その通りだ。噂をするのはかまわないが、家名は伏せろ。不愉快だ」

「ええ、わかりますとも。もちろんでございます」

ぼくのしかめっ面など見てもいないかのように、奴隷商は笑顔でうなずいた。

そして、そのまま朗らかに続ける。

「ずいぶんと話が逸れてしまいましたな。では商談に戻るとしましょうか。して、セイカ殿。当会にはどのような奴隷をお望みですか?」

「……どのような、と言われてもな」

ぼくはソファにふんぞり返りながら、鼻を鳴らして言う。

「説明も面倒だ。どんな奴隷を買うかはぼくが決める。あるものを見せろ」

そこまで考えていなかったので、偉そうな態度で誤魔化す。

こちらとしては、とにかく神魔の奴隷を一通り見たいのだ。適当なやつを数人だけ連れてこられても困る。

「いえいえ、そういうわけには」

しかし、エルマンは食い下がった。

「当会はご覧の通り、小さな商館しか所有しておらず、奴隷の管理は複数の別の奴隷商へ委託しております。倉庫は街のあちこちにありまして、すべてにご足労いただくのは、少々心苦しく……。しかしご安心を。当会では多種多様な高級奴隷をそろえており、加えてワタクシ、奴隷を選ぶ目には自信があります。必ずや、セイカ殿のご要望にお答えできるかと」

「……。そうだな……」

こうまで言われてしまっては、なおもすべて見せろとは言いにくかった。

仕方なく、適当な条件を考える。

「……強い奴隷が要る」

「強い奴隷、でございますか」

「ああ。知っての通り、スタンピードのせいでラカナ周辺のダンジョンは今死んでいる。おかげで退屈して仕方がない。ここらにもダンジョンがあると聞いてわざわざやって来たが、期待できるほどのものはなかった」

「はぁ。それはそれは」

「そこでだ。モンスターがいないのならば、人を相手にすればいい。ぼくが多少魔法をぶつけても壊れない、それどころか向かってくるような、訓練相手になる強い奴隷が欲しい。このままでは、ぼくもこいつらも勘が鈍りそうだからな」

「ううむ、それは……難題でございますな」

エルマンが頭をひねる。

「確かに当会では、元冒険者や、武芸の心得のある奴隷も扱っております。しかし、等級の高い冒険者を相手できるような奴隷となりますと……ううむ……」

「もったいぶるな、エルマン」

そこで、ぼくは畳みかけることにした。

口の端を吊り上げて言う。

「聞いているぞ。お前の商会で、魔族の奴隷を仕入れたという噂は」

その時、エルマンの表情が一瞬固まった。

「……失礼ですがセイカ殿。その噂、どこで?」

「さあな、忘れた」

緊張している様子の両隣の神魔へ注意を向けつつ、ぼくは平然と続ける。

「噂を聞いた相手などいちいち覚えていない。だが、情報が漏れても不思議はないだろう。そいつらの輸送に関わった人間は、一人や二人では済むまい」

ルルムが聞いたのも、どうやら途中の街で荷をあらためた衛兵の一人からであるようだった。

関税などもかかるわけで、大人数の奴隷など到底隠しきれるものじゃない。

エルマンが観念したように言う。

「……おっしゃるとおりでございます。いやはや、参りました。何があるかわかりませんので、帝都へ運び入れるまではなるべく秘匿しておきたかったのですが」

「それで、どうなんだ」

ぼくは間髪入れずに問う。

「いるのかいないのか。どうせ帝都まで運んで競売にでもかけるつもりだったのだろうが、そんなことをせずともぼくがこの場で、言い値で買ってやるぞ。輸送費や野盗に襲われる危険を避けられるなら、そちらとしても望むところだろう」

「……」

「もっとも、しょうもない魔族なら別だがな。人間よりも弱い種族では役に立たない」

「ふふ……いえいえ、まさか」

エルマンが、静かな笑みと共に言う。

「当会が扱うのは、上質な奴隷ばかり。それは魔族であっても変わりません」

「なら、いるんだな」

「この後、お時間はございますかな。セイカ殿」

ぼくがうなずくと、奴隷商は立ち上がり、襟を正して言った。

「では、実際に見ていただくのが早いかと」