軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話 最強の陰陽師、ボスを倒す

それから数日後。

夏を目の前にして、予想通りに一度猛暑は落ち着き――――ぼくは、南の山を登っていた。

「進行速度は合わせろ、くれぐれも陣形は崩すな! 斥候職は先行しすぎなくていい! 本陣へ確実に戻れる距離を意識しろ!」

すぐそばでは、ザムルグが声を張り上げている。

その馬鹿でかい胴間声は、山のどこにいても聞こえるんじゃないかと思えるほどだ。

指示を聞き、細かく陣形を直すのは、総勢二十一名の冒険者たち。

南のボスの討伐を目指す一行だった。

あの日、ギルドの酒場でザムルグの提案を了承したぼくは、暑さの弱まったこのタイミングで改めて討伐行の誘いを受けた。

そうして今、この急造パーティーと共に山を登っているというわけだ。

もちろん、今日のことはアミュたちには話していた。

驚かれはしたものの、特に心配とかはされなかった。ボスに挑むのに。

さすがにちょっと複雑だ。ぼく、今どんな風に思われてるんだろう。

むしろ彼女らは、どちらかというと寂しそうだったり、つまらなそうな様子だったが……今回は連れて行けないから我慢してもらうしかない。危ないしね。

「異常を見逃すな! 進行に支障が出ればすぐ俺様に報告しろ!」

ザムルグが叫んでいる。

その馬鹿でかい声に、ぼくは暇なことも手伝って、思わず話しかけてしまう。

「そんなに大声を出したら、無駄にモンスターを呼び寄せてしまうのでは? ボスの前にパーティーを消耗させるのは得策ではないでしょう」

「あ?」

担いだ戦斧を揺らしたザムルグが、気に食わなさそうにぼくを見下ろし、言う。

「素人が。これだけ大人数で進んでいたら声なんて関係ねぇ、黙っててもモンスターは寄ってくる。足並みが乱れる方がよっぽど問題だ」

「……なるほど」

ベテランの経験がそう言わせるのなら、そうなのかもしれない。

そしてザムルグの行動は、実際その方針に沿っていた。

山に入ってからずっと、ザムルグは似たような指示を何度も飛ばしていた。

一見無駄なようにも思えるが、急造パーティーで連携が難しいことを考えると、このくらいの細やかさは必要なのだろう。

さらには、常に全体に目を向け、何かあればすぐに進行を止める慎重さも持っている。

そう。

ザムルグはその外見と粗野な言動に似合わず、慎重な男だった。

今回の攻略隊一行には二つのパーティーを丸ごと引き入れているが、そのリーダー二人とは、出発前にしつこいほど何度も打ち合わせをしていた。南の山の地形はすでに完璧に頭に叩き込んでいるようで、さらには仲間の装備まで自分で確認する始末だった。

しかも今回の二十一人のうち、なんと八人は斥候役だ。彼らは現在、パーティーの八方に散って周辺の警戒に努めている。戦力としては剣士や魔術師に劣るため、道中の安全のためだけに、実力のある斥候や盗賊職をそれだけ雇っているのだ。

南の山のボスは誰も見たことがなく、いくつか噂があるだけでその種族すらはっきりしていない。

だがそれを踏まえても、異常な慎重さだった。

しかし――――だからこそ、この男のパーティーがラカナのトップにまで上り詰めたのかもしれない。

「……チッ、面倒な雑魚が出たようだな。全員止まれ! 構えろ!」

斥候の一人が帰還し、前を行くパーティーリーダーの一人に駆け寄ったのを見て、ザムルグが即座に叫ぶ。

ほどなくして前方に、人の背丈の倍はあろうかというオークが、木々を分けて現れた。

黒みの濃い皮膚に、大きすぎる図体。

どうやらオークの上位種であるハイオークのようだ。

ぼくたちの一行を見下ろしたハイオークが、おもむろにその太い棍棒を振るった。

巨木すらもへし折りそうな一撃。

だがそれは、前衛を務めていた華奢な女騎士の持つ盾に、あっけなく弾き返された。

攻撃を防がれ、たたらを踏むハイオーク。そこに、後衛からの矢と魔法が襲いかかる。

猛攻受けあっという間に絶命したハイオークが、重厚な音と共に地面に倒れ伏した。

「よーし、進行再開だ。素材には構うな! 釣りが出るほどの報酬はくれてやる!」

オークの死骸を避け、一行が歩みを再開する。

結構強力なモンスターだったと思うのだが、戦闘に参加した女騎士やその後衛も含めて、誰もが些事としか思っていないようだった。

どうやらザムルグは、相当に実力のある冒険者たちを集めたようだ。

本来なら高く売れるであろう、ハイオークの死骸にだって誰も見向きもしない。

「徹底していますね。魔石の回収くらいしてもいいでしょうに」

「そんなことに体力と時間を使って、ボス戦で死んだら大間抜けだ」

「確かに。ちなみに出発してからずっと、前を行く二つのパーティーに戦闘を任せ、ぼくとあなたのパーティーは何もしていませんが……これでいいんですか? 反感を買いそうなものですが」

「雇い主は俺様だ。何の問題がある」

「……」

「そもそも、道中の雑魚退治があいつらの仕事だ。ボスはあくまで俺様のパーティーがメインで討伐する。そういう契約で相応の報酬を約束してるんだ、文句は言わせねぇよ」

「……そうですか」

この男のことだ。引き入れた時点で条件のすり合わせは入念に行っていたことだろう。

不和が原因で引き返すなんてことも、これじゃ期待できそうにない。

ぼくの思惑など知りもしないザムルグが、鼻を鳴らして付け加える。

「それに、あいつらがこの程度の戦闘で不平なぞ垂れるか。モンスターを倒しながら三日は歩き続けるような連中だぞ」

「ふうん。どうせなら、ぼくもそちらの役割がよかったですね」

「はっ、馬鹿言うな」

ザムルグがぼくを見下ろして言う。

「そんなことのためにわざわざ引き入れるか。お前は戦え」

「……」

「何ができるかは知らねぇ。だがもしもの時は……その実力を見せてもらうぞ」

「……」

どうも、かなり力を買われているようだった。

まあモンスターを放ってギルドを破壊したり、アミュたちのパーティーを活躍させたりと、一応心当たりはなくもない。

だが……前世では力ある武者などに、初対面から警戒されたこともあった。

この男にも、そういう妙な勘所があるのかもしれない。

ぼくは内心で溜息をつく。

これはダメだな。

もう山頂も近い。道中、何か自然な要因で引き返してくれることを期待していたが……やはり手を出すしかないか。

ぼくは不可視のヒトガタをはるか前方に飛ばしつつ、片手で小さく印を組む。

《召命―――― 塗壁(ぬりかべ) 》

しばらくすると、進行方向に散開していた斥候数人が、血相を変えて戻ってきた。

その異様な様子に、ザムルグはパーティーの進行を止める。

「どうした、何があった!?」

「そ、それがリーダー、壁が……」

「壁ぇ?」

「森の中に壁があるんだ! あれじゃ進めねぇよ!」

「はあ? んな馬鹿なことがあるか! チッ……斥候役に全員戻るよう伝えろ。ここから進行速度を半分に落とす……それと、武器を抜け。警戒しながら進むぞ」

ザムルグは、さすがの慎重さを見せた。

異常事態の報告に、散開させていた斥候を全員戻し、彼らの安全を確保すると同時に本陣の戦力を増強する。

進行速度は落ちるが、正体不明の敵が近くにいるとなれば当然の警戒だった。

まあ、そういうのではないんだけど。

やがて。

本陣からも、その威容が目に入るようになる。

「なん、だ、これは……」

仲間たちと共にそれを見上げたザムルグが、呆然と呟く。

それは木々の高さにも匹敵する、巨大な壁だった。

漆喰で塗り固められたようなくすんだ白の壁が、左右に果てしなく続いている。森には明らかに場違いなそれだったが、しかし人の手によるものにもまったく見えない。

少なくとも言えるのは、これを乗り越えて進むのは難しいということだ。

「ど、どうする、リーダー……」

「……チッ。全員壁から離れろ。指示があるまで勝手なことはするな」

ザムルグがおもむろに戦斧を振り上げると、壁に向かって叩きつけた。

鈍い音が響き渡るが、壁には傷一つ付かない。

何度も何度も戦斧を振るうザムルグだったが、結果は同じだった。

「……魔法。それと矢だ。使える奴はやれ」

すぐさま火球や矢が壁に襲いかかる。

しかし壁には焦げ跡すら残らず、矢も弾かれるばかり。

やがて後衛の攻撃も止むと、一行の間には沈黙が降りた。

「困りましたね。これでは進めそうにない」

ぼくは素知らぬ顔で言った。

もちろん、ぼくは困らない。意図したとおりだった。

塗壁(ぬりかべ) は、道行く人間の前に立ち塞がって歩みを阻む、壁の姿をした妖だ。

この壁は乗り越えようとしても回り込もうとしても、果てしなくその方向に伸びていく。その本質は神通力を用いた幻術に近く、物理攻撃の一切が通じない。

害を与えてくることはないが、力押しでの突破はほぼ不可能な、ひたすらに鬱陶しい妖だった。

一応こいつを消す方法はいくつかあるものの、この場ですぐに思いつけるようなものでもない。

ザムルグたちが突破することは不可能だろう。

「あの……セイカ様。 塗壁(ぬりかべ) を用いることが、『妙案』だったのでございますか……?」

髪の中で、ユキが若干がっかりしたように言った。

そうだよ。単純で悪かったな。目的は果たせるんだからいいだろうが。

ユキを無視し、ぼくはしらばっくれて言う。

「ボスモンスターの能力でしょうか? いずれにせよ、不測の事態です。ここは引き返した方がいいと……」

と、その時。

不意に、大きな力の流れを感じた。

山頂の方から、上空をものすごい速さでこちらに近づいてくる。

不測の事態だった。

ぼくは焦る。

「えっ、あっ」

「……チッ、そうだな。お前の言う通りだ。こいつが何かはわからねぇが、道中でここまでの想定外が起こっちまった以上、今回の討伐行は諦めるべきだろう……。悪い、お前ら。俺様の調べが足りなかったせいで、この状況は予想できなかった。これ以上粘るのも危険だ。備えの残っているうちに引き返……」

ザムルグが言い終える前に――――空から、巨大な影が差した。

全員が、それを見上げる。

上空を飛行していたのは、羽を持ったトカゲのような姿。

だがドラゴンとは違う。

前肢がなく、代わりに羽が生えており、飛び方は鳥に近い。

ドラゴンに似ているが、ドラゴンとは異なるモンスターを、この世界では亜竜と呼んでいた。

あれは、その一種――――ワイバーンだ。

本来なら、強力ではあるものの恐れるほどのモンスターではない。専門ではないはずの帝国軍にすら、時折討伐されている。

だがあれは、大きさが違った。

成体のドラゴンに迫るほどの巨体。体の所々からは蔓のような植物が垂れ、端の破れた翼膜が、その生きた年月の長さを物語っている。

誰かが叫んだ。

「エ、エンシェントワイバーンだ! オレのじいさんが言ってたことは本当だったんだ!!」

ぼくは顔を引きつらせる。

完全に予想外だった。力の気配はずっと移動もしていなかったから……まさか、ボスモンスターが飛行能力を持っていたとは。

本当なら、ボスの側からの接近すら塗壁で阻めるはずだった。

しかしいくら壁の妖でも、飛んでいるやつの前に立ち塞がることはできない。

ま、まずい……。

焦るぼくをよそに、いち早く我に返ったザムルグがメンバーに檄を飛ばす。

「全員、構えろ! 間違いねぇ、あれがボスだ! エンシェントワイバーンなら 息吹(ブレス) も吐く! 一カ所に固まるな!」

その声と同時に、こちらを見下ろしたワイバーンが顎を大きく開き、赤い口腔を見せた。

次の瞬間、緋色の火炎が吐き出される。

それはドラゴンのような帯状の炎ではなく、人の火属性魔法に似た火球だった。

逃げ惑う冒険者の頭上で――――しかし火球はあっけなく消滅。木々への延焼がないことを確認すると、ぼくは結界の起点にしていたヒトガタを散らす。

やはりドラゴンに比べれば大したことなさそうだ。

しかし……これはどうしたものか。

年経たワイバーンは、明らかにぼくらを狙って姿を現したに違いなかった。

ずっと森の奥で静かに過ごしていた亜竜の主を、果たして何が動かしたのか……塗壁を出したのが悪かったのか、それともこの人数で縄張りに近づいたせいなのかはわからない。

なんでもいい。

とにかく今は、壁の向こうに帰ってもらわなくては。

こちらを見据え、直接攻撃すべく降下を始めたエンシェントワイバーンへ、ぼくは一枚のヒトガタを飛ばす。

《火土金の相――――震天光の術》

小太陽のごとき強烈な光が、空中で炸裂した。

突然のことに、全員が呻き声を上げて目を押さえる。

《震天光》は、火薬に金属粉を混ぜて着火し、目がくらむほどの光と爆音を生み出す術だ。

マグネシアの銀(マグネシウム) の粉末が、一瞬で燃え尽きることでこれだけの光が生まれる。間近で食らえば立っていることすらも難しいが、一方で威力はごく低い、不殺の術でもあった。

いくらボスのワイバーンでも、あれはさすがにひるむだろう。

このまま何発か撃てば、きっと縄張りに逃げ帰ってくれるに違いない……と考えながら、目の前にかざしていた腕をどける。

ぼくは口をあんぐりと開けた。

「は……? げっ!」

エンシェントワイバーンが、落ちてきていた。

羽ばたきが弱く、ふらふらしている。《震天光》一発で、完全に前後不覚になってしまったようだった。

弱っ!

人間に倒されるくらいだから、ボスと言えどそこまで強くないだろうと予想はしていたものの……まさかここまでとは思わなかった。

しかもこのままだと、あろうことか壁のこちら側に落ちる。

や、やばいって……。

いやしかし、《震天光》でひるんでいるのは人間の方も同じだ。今のうちになんとか向こう側へ叩き返せれば――――。

と、思ったその時。

一行の中で、一つだけ動く影が目に入った。

戦斧を手にした大男。

リーダーたる重戦士、ザムルグ。

視力が戻りきっていないのか薄目を開けたザムルグが、それでも体格に見合わぬ機敏な動きで、ワイバーンの落下地点へと駆けた。

そして。

その戦斧を、下段に構える。

「ぬぅぅううおおおおおおおおッッ!!」

振り上げるように放たれた戦斧が――――落ちてきたワイバーンの首を、その一撃で断った。

「ええーっ!?」

ぼくは思わず叫んでいた。

案の定――――森全体から、灯りが落ちたように力の気配が消え去る。

首を落とされたワイバーンの翼が勢いのままにぶつかり、ザムルグがもんどり打って倒れた。

そのまま、動かない。

「リ、リーダー……?」

「ザムルグ……お、おい、大丈夫か……」

動ける数人の仲間が、恐る恐るザムルグへと声をかける。

大男は腕をつき、ゆっくりと立ち上がった。

弾き飛ばされた際に負傷したのか、左足を引きずっている。だが確実な歩みで、自らが落としたワイバーンの首へと近づいていく。

そしてその傍らに、土と血に塗れた戦斧を突き立てた。

「ボスを倒したのは、誰だ……」

「えっ……」

「ボスを倒したのは誰だ!! 言ってみろッ!!」

「ザ、ザムルグだ」

「リーダー……」

「そうじゃねぇ。そうじゃねぇだろ……全員だ」

「……!」

「全員が倒した。お前たちがいたからこそ、俺様はボスを討てた……。ここにいる全員が、ボスを、倒したんだ」

「お、オレ、オレたちが……」

「南の、ボスを……」

「そうだ。俺様たちが、倒した……。ボスを討伐したッ! 南のダンジョンを、完全攻略したんだッ!! 喜びやがれッ!!」

「う、うおおおおおおおっ!!」

「リーダー!!」

「ザムルグ! ザムルグ!」

歓声の中、ぼくは一人呆然としていた。

な、なんでこんなことに……。

「お前らぁッ、帰ったら祝杯だ!! 酒場の樽を飲み尽くすまで奢ってやる! 森を出るまで気を抜くんじゃねぇぞ!!」

一行の間から、再び歓声が上がる。

喜んでいないのは、当たり前だがぼくだけのようだった。