軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話 最強の陰陽師、街に入る

その後何事もなかったかのように馬車へと戻ったぼくは、まだ眠そうにしていたアミュを荷台へ乗せ、出立した。

山間の道を行くこと、数刻。

日が真上まで昇る少し前に、進行方向に都市の城壁が見えてきた。

「……あれが」

自由都市ラカナ。

ダンジョンがもたらす富によって発展した、冒険者たちの街。

そういう都市があると聞いたことはあったものの、実際に訪れるのはもちろん初めてだ。

ぼくは一目見て思ったことを呟く。

「ずいぶん城壁が高いな」

ロドネアどころか帝都よりも高い。

おまけに城門や上部の通路、合間合間に立つ城壁塔まで物々しく、外部からの脅威に対しかなり慎重になっているように思える。

不思議だった。

ここは別に、戦略的に重要な都市というわけではない。

資源が採れる豊かな土地ではあるものの、その源はダンジョンであるので、鉱山や港のように奪えばいいという場所でもなかった。

魔族や敵国軍の襲来を、そこまで警戒しなければいけないとも思えないけど……。

「たぶん、スタンピードに備えてるんじゃないかしら」

ちょっと前に目を覚ましていたアミュが、後ろで答えた。

ぼくは視線だけで振り返る。

「スタン……なんだって?」

「スタンピードよ、モンスタースタンピード。モンスターが群れになって村や街を襲うこと。そう滅多にあることじゃないけど、ここの周りはダンジョンや森ばっかりだから、万が一に備えてるんじゃない?」

「へぇ……そういうのがあるのか」

初めて聞いた。

前世でも丑三つ時に 妖(あやかし) が群れをなす百鬼夜行というのがあったが、別に 都(みやこ) や村落を襲ったりはしなかった。せいぜい出くわした人間が喰われる程度だ。

現象としては似ているが、実態は別物なんだろうな。

ぼくは訊ねる。

「そのスタンピードっていうのは、どうして起こるんだ?」

「さあ……。たまたま一種類のモンスターが大量発生したり、他の強いモンスターから逃げてきた、ってこともあるみたいだけど……理由がわからないことの方が多いわね。なぜかいろんなモンスターが一度に現れるんだって。大きなダンジョンや森が近くにあると、起こりやすいみたいなんだけど」

「……ふうん」

いろんなモンスターが、なぜか一度に、ね……。

ここまで聞いて、ぼくはその理由に心当たりが生まれていた。

ダンジョンがモンスターを生むのなら、条件さえ整えば大量に現れもするだろう。

ここらの土地から感じる力の流れ――――転生してから初めて見つけた これ(・・) を思えば、その条件というのも想像がついた。

もっとも、今心配する必要はないけど。

そんなことを考えている間にも、馬車はラカナへと進んでいく。

****

城壁をくぐって目に入ったのは、雑多という形容がふさわしい街だった。

建物は簡素で、それほど高層建築もない。ロドネアや帝都に比べるとどうにも洗練されていない印象だ。だが一方で人の数は多く、その見た目も様々。珍しい髪や肌の色をした人種に、亜人の姿もあった。

そしてやはり、武器を提げている人間が多い。

さすがは冒険者の街といった風情だ。

ラカナへ入ったぼくとアミュは、まず馬車を売った。

元はフィオナが用意した物なのでためらいはしたが、維持しておけるほどの余裕もない。

返せと言われたら弁償するしかないな。

そんなわけで若干の申し訳なさと引き換えにはなったものの、金銭的には少し余裕ができた。

金貨の袋を仕舞いながら、ぼくはアミュと共に人で賑わう街を行く。

「で、これからどうする? セイカ」

横でアミュが言う。

「とりあえず逗留先の宿を探した方がいいと思うけど」

「それなんだけど……まずは、ここの首長に会おうと思うんだ」

「ラカナの首長に? どうして?」

「フィオナがぼくらのことを伝えてあると言った以上、顔を見せておいた方がいいんじゃないかと思って」

そして――――できるなら、その意思を確かめておきたい。

ぼくらの敵になり得るかどうかを。

フィオナは自身の協力者だと言っていたが、所詮は一人の人間だ。

自らに利すると判断すれば、勇者を追う派閥の者にぼくらを売ることもあり得る。

それ以前に、フィオナの意思すら、ぼくは未だに量りかねていた。

その場で 謀(はかりごと) を見抜けるとは思っていないが、まあそこは式神で見張っていればいずれボロを出すだろう。

勇者の来訪を知らせ、反応を見る。

ここが安全な地か見極めるには、どうしてもそれが必要だ。

「……それに、首長ならきっと安くて良い宿だって知ってるさ」

「あ、そうね。どうせならここの人間に訊いた方がいいわよね」

ぼくがそう付け加えると、アミュはあっさり納得してうなずいた。

****

ラカナの行政府は、街の中心にある。

城壁の中にあるもう一つの城門をくぐり、しばらく歩くと、大きな広場に面したその市庁舎が見えてきた。

さすがに立派な建物だ。この地の商館や聖堂以上に堂々とした佇まいをしている。

さて、どう言って取り合ってもらおうか……などと考えながら歩みを進めていると、ふと市庁舎の手前に、小さな人だかりができていることに気づいた。

何やら言い合う声も聞こえてくる。

どうやら揉め事らしい。

「こんな場所で喧嘩か? 物騒な街だな」

「そんなもんよ、冒険者なんて」

関わり合いにならないよう脇を通り過ぎようとすると――――人だかりの中から人間が飛んできた。

「うわっ」

慌てて飛び退くぼく。

背中から地面に落ちた男は、それですっかり伸びてしまったようだった。

割れた人垣の中から声が聞こえてくる。

「てめっ、こらガキ! やりやがったなッ!」

「だったら、なに。あなたも、ぶっ飛ばされたいの」

その声には、思いっきり聞き覚えがあった。

ぼくはしばし固まった後、近くに寄って人垣の中を覗き込む。

そこにいたのは、三人の人間だった。

顔を歪めて喚き散らしているのは、冒険者らしきひょろりとした男。

それに相対しているのは、背に戦斧を担いだ小さな灰髪の少女。

そしてその後ろでおろおろしているのは、くすんだ金髪で猫っ毛の少女。

えーっと……。

「メ……メイベル? それにイーファ? あんたたち、なにやってんのこんなとこで!?」

隣でアミュが驚きの声を上げた。

二人の少女がぼくらの方を向く。

「あ」

「アミュちゃん……セイカくん……」

目を丸くする二人。

だが……やがてイーファがぼくらへと駆け寄ると、そのまま抱きついてきた。

「ちょっ」

「イ、イーファ? あんた……」

「……ふぇええええええ」

両腕をぼくとアミュの首に回して、すんすんと泣き出す。

ぼくらは、思わず二人して黙り込んでしまった。

とりあえずその後ろ髪を撫でてやっていると、メイベルが歩み寄ってくる。

「アミュ、セイカ……よかった。見つかって」

「メイベル……あんた、なんでこんなとこにいるのよ」

「追いかけてきた」

「えええっ?」

「え、えっと……いつからラカナにいるんだ?」

「昨日から」

「昨日!? なんでぼくらより早く……いや、そうか」

位置的に、ロドネアの方がラカナに近い。

蛟(みずち) で十刻かからなかったのだ。フィオナがあの翌朝に鳩を飛ばせば、その日のうちに二人は事情を知ることができただろう。そこから一日準備し、出発しても十分ぼくらに先行できる。

でも……、

「なんで、そんなこと……」

「それ、訊く?」

メイベルが少しだけ怒ったように言った。

「え……」

「そうだよぉ……」

イーファがぼくらから腕を放し、赤い目をごしごしこすりながら言う。

「アミュちゃんが連れて行かれて、セイカくんもいなくなって……そしたらまさか、あんなことになってるなんて……そのまま学園になんていられないよ……」

「えっと……やっぱり、一通りの事情は聞いたのか? その、帝城のこととか……」

「うん……学園長先生から……」

イーファがうなずく。

うん、まあ、そうだよね。隠し通せるとは思ってなかったけど……。

今度はアミュが、メイベルへと申し訳なさそうな顔を向ける。

「でも……あんたたちには関わりないことじゃない。あたしたちはもう、学園には戻れないのよ。こんなとこまで来てもらったって……」

「関わりなくない……私はアミュのこと、最初から知ってた」

「えっ……」

「私が貴族の養子になったのも、学園に来ることになったのも、あなたのせい。あなたが攫われたのと、同じ理由。だから……今さら無関係になんて、なれない」

「……」

「最後まで付き合う。いい?」

真っ直ぐに言うメイベルに、アミュは言葉を詰まらせ、顔をうつむかせた。

ぼくは力のない笑みを浮かべながら、少女たちへと告げる。

「悪い。心配かけたな、二人とも」

「ちょっと待ったあああああ!!」

顔を向けると、先ほどのひょろい冒険者の男がぼくらを憤怒の表情で見ていた。

あ、そういえばこいついたっけ。

「何終わった気でいやがる! おいガキ! てめッ、どう始末付けるつもりだ!?」

「……メイベル、この人は?」

メイベルは男に一瞥だけくれると、淡々とぼくに説明を始める。

「市庁舎に入ろうとしたら、そこのやつと、あっちで寝てる二人組に、声かけられた」

「君が投げ飛ばしてたやつな。声かけられたって、なんで?」

「イーファが、奴隷なんじゃないかって」

「なん……あー、そういう」

ぼくは察しがついた。

この二人は、たぶん逃亡奴隷を捕まえて小遣い稼ぎをしようとしていたのだろう。

ここラカナはその性質上、様々な土地から人間が集まる。

当然その中には、主人の下から逃げた元奴隷だって少なくない。

逃亡奴隷によっては、高い懸賞金をかけられ、商会や冒険者ギルドを通じて各地に手配書が回されているような者もいる。それに目を付けるやつがいてもおかしくはなかった。

二人とも女で子供だからなぁ。この街に流れ着くには、確かに不自然だ。

戦斧を背負い、どことなく雰囲気のあるメイベルはともかく、イーファは冒険者にも見えない。容姿もいいし、疑われるのも無理はないだろう。

「それで、なんて答えたんだ?」

「はいそうですけど、って。イーファが」

「ええ……なんで正直に言うかなぁ」

「うう、ごめん! つい……」

「それで?」

「逃亡奴隷じゃないって説明しても聞かなくて、無理矢理連れて行かれそうになったから」

メイベルが、伸びている男を指さす。

「一人ぶっ飛ばしたとこ」

「……なるほど」

事情はだいたいわかった。

「ごめんねぇ、メイベルちゃん」

「別にいい。だけど、イーファはもっと舐められないようにしないと危ない。ロドネアを出てから、四回も絡まれた」

「うう……」

肩を落とすイーファだが、無理もないかなぁ、と思える。

この子、どうも隙があるんだよな。別に弱くはないんだけど。

まあ今はいい。ぼくは冒険者の男へと向き直る。

「悪いが、ぼくがこの子の主人だ。事情があって別行動をしていてね。その予定はなかったが、この子としてはここでぼくと落ち合うつもりだったようなんだ。紛らわしくてすまない」

「ハァ? てめッ、貴族か?」

冒険者の男は、不審そうに表情を歪ませて怒鳴る。

「おい、証拠はあるのか証拠は!」

「証拠?」

「首輪の鍵でも焼き印の形でも、それがないなら証書を見せてみろっつってんだ!」

ぼくは無茶な要求に困ったような表情を作りながら、内心焦る。

まずい……そういえばこの子の証書、寮の部屋に置きっぱなしだった……。

ま、まあきっと、学園長が保管しておいてくれるだろう。

とりあえず、ぼくは普通に正論を返す。

「そんなもの、いちいち持ち歩いているわけないだろう」

「だったらてめぇのモンだという言い分は通らないな。大人しくそいつを渡してもらおうか」

「どうして?」

「ギルドの手配書に該当するやつがいないか確かめてやる。それが道理ってもんだろ。もちろんいなければてめぇの言うことを信じて返してやるよ。まあもっとも……今日確かめる必要はない。明日まで一晩、オレが預からせてもらおうか」

男に粘着質な視線を向けられたイーファが、怖じ気づいたように小さくなる。

「それが困るなら……わかるだろ? こっちは真っ当な行いをしていただけだっていうのに、怪我人まで出てるんだ! あいつが稼ぐはずだった分をどうしてくれる。なあ、貴族の坊ちゃまよ」

「……」

なるほど、タダでは帰らないと。なかなか意地汚いやつだ。

思えばぼくだって武器を提げていないし、舐められているんだろうな。自分でも冒険者に見えるとは思えない。

ぼくは人の増え始めた周囲を見回して、少し考える。

それから、口の端を吊り上げて言った。

「いやだ」

「は?」

「いやだ、と言った。金など払わないし、イーファをやるつもりもない。君の道理に付き合う理由が、ぼくにはないな」

「そ、それが通ると……ッ」

「さて。通らないならば、どうする?」

「てめッ……!」

「ちょ、ちょっとセイカ!」

今にも剣を抜きそうな男の前で、アミュがぼくの腕を引っ張る。

「ん?」

「あんた、なに挑発してんのよ!?」

「どうも舐められているようだったから。こういう街では、新入りは一発かましておくものだろう?」

「んんんんそうとも言えるけどっ、あんたの一発って……」

「大丈夫大丈夫、加減するから」

ぼくらのやり取りを眺めていた男が、いくらか余裕のある笑みを浮かべる。

「はっ、女の従者に諭されてちゃ世話ないな」

「もうこのやり取りいいよ。さっさと来いヒョロガリ」

「オレをヒョロガリって呼ぶんじゃねぇぇええええ!!」

いきなり剣を振り上げ、冒険者の男が迫る。

ぼくはやれやれと、手元で印を組んだ。

《土水の相――――白月塔の術》

「ぬわぁぁああああっ!!」

男の足元から突如太い石膏の柱が立ち上がり、その身体を高く高く持ち上げた。

「ひぃやああああああ!!」

柱の天辺で、男が悲鳴を上げながら暴れる。

しかしながら下半身が完全に石膏の中に埋まっているため、もちろんどうにもならない。

というか、あんまり暴れるなよ。これ脆いんだから最悪砕けて落ちるぞ。

アミュが焦ったように言う。

「な、なによこのド派手な魔法! 加減するって話はどこいったのよ!?」

「しただろ。無傷だし」

「でもぐったりしてるじゃない!」

「あれ……ほんとだ」

六丈(※約十八メートル)ほどにまで伸びた柱の先を見上げると、男が気を失っているようだった。

「……たぶん、高いところが怖い人だったんじゃないかな。さっきも悲鳴上げてたし」

「はあ……それならいいけど、思いっきり目立っちゃったわね」

周りの人だかりからは歓声が聞こえていた。口笛を鳴らしているやつもいる。

まるで見世物だ。

いや、そのつもりで派手な術を使ったわけなんだけど。

「あんたねぇ、あたしたちがここに逃げてきたんだってこと忘れてない?」

「あまりビクビクしているとつけ込まれるぞ。ある程度は堂々としていた方がいい。それにな」

ぼくは、もう何度目かわからないこの台詞を吐く。

「こんなものは目立つうちに入らない。そう思わないか?」

「うーん……。ま、そうかもしれないわね。帝城をぶっ壊すことに比べたら」

「お前たち! 何をやってるんだ! 散れっ、散れっ!」

その時、数人の衛兵が庁舎の方から駆けてきた。

ここを警備している者たちだろうか。

衛兵は野次馬を散らすと、石膏の塔を呆れたように見上げ、それからぼくへと詰め寄る。

「これはお前が?」

「ええ」

「はあ……ここでの私闘は禁止だ。当然、それはわかっていたのだろうな」

「…………えっ」

そうなの?

ぼくは焦って振り返ると、アミュが呆れたように首を左右に振っていた。メイベルとイーファも気まずそうな顔をしてる。

まずい……。

ロドネアでは意識したことなかったけど、考えてみれば当たり前だ。正式な決闘ならまだしも、街中で私闘なんて許してたら治安も何もない。

ぼくは慌てて言い訳する。

「いやでも、向こうが先に……」

「私闘は禁止だ。例外はない。そこの女どももお前の仲間か? ならば全員、詰め所まで来てもらおう。まさか無一文とは言うまいな」

「わ、賄賂を要求するならこちらにも考えが……」

「違う。罰金だ」

最悪だ……。ここで罰金は痛すぎる。

どうにかして逃げる算段を立てていた――――その時。

「おう、やめとけやめとけ!」

野太い声が、広場に響き渡った。

衛兵を含めたぼくら全員が、声の方へ顔を向ける。

大柄な男が、庁舎から歩いてきていた。

無骨な髭面に、浅黒い肌。上等なシャツと上着をだらしなくはだけさせ、口には葉巻をくわえている。

大男が衛兵たちに向かい、手をひらひらと振りながらながら言う。

「そいつらにゃ手を出さんでいい。ここを潰されでもしちゃ敵わん――――ワシへの客人だ、こっちで相手をする。お前達はそこで伸びている奴を連れて行け」

「は……はっ!」

衛兵たちはすぐさま踵を返すと、メイベルが最初に投げ飛ばした男を運んでいく。

大男はというと、ぼくの正面に立ったかと思えば、にやりと笑って言う。

「おう、小僧。こいつは貸しだ。わかっているな」

「……まあ、いいでしょう。罰金分程度の、ですがね」

「ふん。ならば早速返してもらおう」

大男は、石膏の塔の先でぐったりとする冒険者を見上げ、言った。

「そいつぁ確か、高いところが苦手だった。早いとこ下ろしてやってくれ――――セイカ・ランプローグよ」