軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32.寒っ(白目

「人身売買組織については国での話し合いになる。私に任せて欲しい」

そう国王陛下が仰ってくださったので、すべてお任せすることになった。

まぁね。私個人で騒いだって、むしろまた捕まって売り払われかねないもんね。分かる。

ギャレット・フォールについては、すでに学園へ留学してきていることもあって、ラインバルト殿下と協力して対処することになった、ハズなんだけど。

あれから、どれだけ頑張ってみてもギャレットとの接点はまるで作れなかった。たまに見かけてもすぐに見失う。

「なんでかすぐにラインバルト殿下がやってきて話しかけられては、見失っちゃうのよ」

タイミングが悪すぎるというか、わざとなのかしらって思うほどだ。貴重な機会を何度失ったことか。腹立たしいことこの上ない。

それにしても、思った以上にギャレットが私の視界に入ること自体が少ない。少なすぎるほどだ。AクラスとCクラスの教室が離れているというのも大きな問題なのだと思う。

「前の時は同じクラスだったから。探す必要なんてなかったのよねぇ」

そもそも誰に話しかけられても怖くて会話を成立させることができなかった私は、どんなに短い休み時間であろうとも教室にいることが怖くて堪らなかった。

入学当初は、そんな不審者全開であろうとも侯爵令嬢と縁を結びたい親の思惑を受けた下位貴族の子息や令嬢たちから追いかけ回された。

だから避難所としていくつか人の気配がない場所に目星をつけていて、それ等の場所を移動していた。

完全完璧に不審者である。

けれど二年もそんな生活を送っていれば、話しかけてくるクラスメイトもいなくなる訳で。

あれだけ自分で逃げ出しておきながら、誰とも話をしない生活は平穏だけれど寂しいと感じるようになっていた。

でも誰に話しかけることもできないままだった頃。お気に入りだった非常階段脇のベンチで気配を消している時に「落とし物してますよ」と声を掛けて貰ったのが、すべての始まりだった。

「それは私のリボンではありません」

それは、光沢のあるベージュ色のリボンだった。アイボリーのレースが愛らしい。

「そうなんですか? でも、あなたにすごく似合ってますよ」

最終学年時に、遠い国から留学してきた生徒だということはすぐに気が付いた。

だから言葉の選び方を間違えているのかと思って、どうしようか悩んでいると、ふいに手が近づいてきた。

「なにを」

「ほら。やっぱりだ。あなたの綺麗な瞳と、同じ色です。ぴったりだ」

笑った顔に、頬が熱くなった。

誰かに笑いかけて貰ったのは久しぶりだった。

勿論、自業自得だと分かっていた。話しかけただけで逃げていくクラスメイトに笑顔を向ける者などいない。

「ちょっといいですか」

「何をするんですか。やめてください」

「いいからいいから」

強引になだめられて、背後に回られた。

朝、自分で軽く櫛を通しているだけの髪は、昼前にはぐちゃぐちゃになる。今もそうだ。

その絡んだ髪に、柔らかな手つきで指を通される。

「はい。できた」

小さな手鏡を渡されて覗き込むと、ゆったりと編み込まれてハーフアップにされ自分が映っていた。纏めた髪に、先ほどのベージュのリボンが結ばれている。

「ほら。やっぱり似合ってる」

小さな鏡に一緒に映り込みたかったのか、顔がすぐ横にあった。

鏡の中のギャレットと、目があった瞬間微笑まれて、視線が下がった。

「でも私のモノではないので」

褒められたことは嬉しかった。でも誰のものとも分からない落とし物を使う気にはなれない。

外して職員室へ届けようと伸ばした手を、彼の大きな手が抑えた。

「ごめん。本当は、街で見かけた時に、すぐに君に似合うと思って、買ってしまったんだ。でも恥ずかしくて。つい、落とし物を拾った、なんて言ってしまったんだ」

「え、それは、どういう意味でしょうか」

言われた言葉の意味するところが、本当に分からなかった訳じゃない。

でも、本当なのかどうかが、知りたかった。

視線を上げると、鏡の中のギャレットと、再び目が合う。

「……分からない?」

震えながら頷いた私の耳元で、ギャレットが囁く。

「なら、特別に、教えてあげるよ」

「ギャーーーー!! 痒っ。いや、寒すぎよっ。完全に、やっすいナンパだわ、あれ。なんで堕ちちゃったのよ、私!!」

両腕で自分を掻き抱く。言葉のチョイスがおっさんというか、寒すぎでしょ。

「宝石でも金貨でもなく、安っい露天のリボン一本で釣れる侯爵令嬢ってどうなのよ!? 確かにあの時のヴァロー侯爵家はド貧乏だったけれどね。でもでもでもさぁっ!!!!」

がりがりと頭を引っ掻き回した。

愛の逃避行(笑)の最中に、失くしてしまったあのリボン。

失くしたことに気が付いて動転する私を余所に、「そんなことより、先を急ごう」と旅を続けることを優先したギャレットの興味なさげな態度に気が付いていたら。

死に戻る前の私は、あんな最後を迎えることもなかったのかもしれない。

久しぶりに記憶を漁ってみたけれど、衝撃が強すぎて瞳孔が開ききってしまうところだった。最悪ね。

「はっ。もしかして」

こんなにもベッタベタな口説き文句を使うくらいだ。それほど口説き方のレパートリーが豊富ではないのかもしれない。

あの頃、二人で過ごした場所へ行ったら、ギャレットがいたりしないだろうか。

新しい犠牲者と一緒に。