作品タイトル不明
22.暴かれた嘘
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「!!!! なんでそれを知ってるの?!」
勢いよく立ち上がった拍子に、椅子ががたんと音を立てて倒れた。
バルは、床に転がった椅子を直すと、私にそこへ座るように示した。
大人しく席に着くべきだと分かっているけれど、足が動かない。
駄目だ。頭の中が真っ白すぎて、何も浮かばないし、動けない。
どこまで知っているのと聞きたかった。どうやって知ったのと問い詰めたかった。
けれど、怖すぎて、言葉にできない。
彼が、私が乱した机の上を整えてくれるのを呆然と見ていた。
「なんでもなにも。私にはメーダ語を読めるってターシャ嬢は知ってるじゃあないですか。それなのに、メーダ語でハリケーンに襲われたヴァロー侯爵領の被害についてと、その対策を書き記したノートを私の前で開いていた。あれはわたしにも読んで助言が欲しいからだと理解していたのですが」
「ノート?」
激しく動揺する私をなだめるように、バルがあっさりと種明かしをしてくれた。
バルの言葉が頭に染みていくにつれ、 一(・) 番(・) 知(・) ら(・) れ(・) た(・) く(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) 部(・) 分(・) ま(・) で(・) 知(・) っ(・) て(・) る(・) 訳(・) じ(・) ゃ(・) な(・) い(・) と確信した。
ノートに纏めたのは、ハリケーン対策がほとんど。それ以外にもクレアのことなんかも書いたかもしれない。
でも、まだ心が血を流している部分、ド屑男に騙されて、自分から娼館に身売りしてしまったことや、それによって自分の身に起きたことについては、文字に起こすことができなかった。
つまり、その件についてバルには知りようがない。
──だいじょうぶ。誰も、知らない。
あさはかにも領地の危機を放り出して、目の前に差し出された手を取り逃げ出した結果、あっさりと金に換えられてしまった馬鹿すぎる過去。そうして最低な死に方をした私を知っていたらきっと、こんな風に優しくなんてしてくれるはずがない。
娼婦なんて、汚い最後を迎えたことを知っていたら、会話すらして貰えなくなるだろう。
つまり、知られていないのだと理解した瞬間、ホッとしすぎて、一気に緊張から解かれたせいなのか眩暈がしてよろける。
「危ない。さぁ、座って。少し落ち着いてください」
肩を支えられて、椅子に座らせてもらった。
「私に情報を共有するためにノートを開いていた訳ではなかったんですね?」
おもわず目をぱちくりした。
「え?……」
そうしてようやく、自分の仕出かしていた致命的な失敗のせいだったのだと気が付いた。
なに、私って、私が思っているより馬鹿だったの?! すっごくショックよ。
「ちがうわ! そんなこと思ってなかったもの」
「え、それこそ吃驚ですよ」
吃驚したのは私の方よ! 心臓が止まるかと思ったわ。
「バルがメーダ語を理解できるのは知っていたけど。読んでいいと言わなかったら、あなたは読もうとしないと勝手に思ってたの」
あ。バルの目が笑ってる。私の意図とは違うと分かっていてやってるヤツ!
「それはそれで、私を信頼していたということですね。ふふ。悪くない気分ですね。お互いに信頼されていると思い込んでいてのすれ違いというのは悪くない気分です。ちょっと間抜けな気もしますが」
笑顔で言いきられて赤面する。くっ。間違ってないし、何なら私もうれしい、気がする。
「なによそれ。自信過剰すぎない?」
「ねぇ。私はターシャ嬢のお役に立てる男です。そうでしょう? さぁ、ここから先は薄暗い図書室ではなく、庭に出てお茶でも飲みながらの会話にしましょう」
そう言って、私を庭へ連れ出した。
終わりかけとはいえ、庭の日差しはまだ強くて。眩しい。
暗い部屋から連れだされたばかりの私は、目が眩んで瞬いた。
「さぁどうぞ。ふふ。今日はひさしぶりにショコラの新作が手に入ったのでお持ちしたのですが、よかった」
いつの間に用意させたのか。侯爵家の使用人を自由に使える商人ってどうなのとか頭を過るけれど、それより死に戻りについてどう説明したらいいのか分からなすぎてぐらぐらした。
バルが慣れた手つきで、ティーポットから紅茶にしては色の濃すぎる琥珀色の茶を注ぐ。
「どうぞ。これも今、王都で流行っているんだ」
「香ばしい。いい香りね」
口をつけると、少しの酸味と強い苦みが口の中に広がる。
「苦いわ」
「そこに、これを放り込む」
差し出されるままに、ショコラを頬張った。
「この苦みが甘さを引き立てるのね。おいしい」
私の言葉に、バルが我が意を得たりとばかりに、嬉しそうに笑う。
「珈琲っていうんだ。メーダ国の更に隣にある、サント王国から最近輸入されるようになったんだ」
「そう。これが、珈琲なのね……」
カップを持つ手が震えるほど力が入った。心を静めるために目を閉じると、その高貴な香りが鼻をくすぐる。
「良い香りだよね」
「そうね」
前のターシャが、ギャレットと一緒に駆け落ちするはずだったのが、サント王国だった。
留学生であったギャレットの生国。
そこで夫婦になろうと、二人で旅をしている途中で、彼は病に倒れたのだ。嘘だったけど。
「これが、珈琲なのね。そう。すでにサント王国から輸入されていたのね」
珈琲を口にしてしまった。そう思うと、心臓がぎゅっとなった。
『この国にはないけれど、サント王国では日常的に飲まれているんだ。ここでの紅茶みたいな感じで、ティーブレイクの時間があるんだ。朝起きた時もね。結婚したら、毎朝淹れてあげるよ。二人で飲もう』
彼の語る未来に、自分がいることがうれしかった。
学園でも、旅の途中でも、何度も交わされた約束の飲み物。
彼はないと言っていた飲み物が、貧乏だったヴァロー家の私が知らなかっただけですでにこのエルグランド国で飲まれていた。その事実が苦しかった。
正式な国交のない二つの国で細々と続く交流。それを、留学生であった彼が、自国の産業について調べずにこちらへ来ることなどありえない。
彼が留学してくるまであと3年ある。3年後には、貧乏なヴァロー家には縁がなかったけれど、エルグランド国内でも今より知名度が上がって、輸入量も増えていることだろう。
こんなにおいしいんだものね。甘い物との相性がとてもいい。
つまり、編入時の面接で話題に出されるはずなのだ。お互いを知り合うためには自分が今持っている情報を交換することは容易に想像がつく。
そうして、自分の国について調べようという意欲すらない人間を受け入れてもいいことはない。留学は取り消されていたことだろう。
──あぁ。こんな小さな部分でも、彼は嘘をついていたのだ。