軽量なろうリーダー

「世界から逃げようと思ったけど、人生ごと拾われるとは思いもしなかった」

作者: イチイ アキラ

本文

王家は呪われていた。

精霊の怒りを買ったのだ。

それは傲慢な王子が精霊王の娘を妻にしたいと無礼を働いたせいで。

まだ神々や精霊が身近にあった神話の時代の話だが――実話であると、今現在までも伝わっている。その呪いがまさに続いているからだ。

王家は血筋を残せない呪いを受けた。

けれど唯一、月の精霊だけは慈悲をくださった。

王家の役割は国の民を護る結界の維持もあり。それもあって守護を司る月の精霊は慈悲をくれたのだ。

傲慢であった王子は別として、その弟王子は心優しい少年だったために。

彼のために、月の精霊の呼びかけで花や火などの精霊たちも怒りを鎮めてくれた。そのおかげで国は続くこともできたのだ。

弟王子は精霊の加護を受けていた。

なので同じ精霊の加護がある相手とならば血を繋げることも。

それは言い換えると。

精霊の加護のあるものとしか血を残せない。

そんな精霊の愛し子は年々見つからなくなり。

少しずつ、人間世界から精霊が減ってきたのもあるだろう。

困った王家は。精霊の愛し子が見つからない世代は。

また月の精霊の慈悲にすがった。

この世界にいないなら別の世界から――せめて同じように精霊に愛されながらも、哀れな存在を、不遇な立場にあるものをこの世界に招くことにした。

優しい月の精霊は、せめて不幸な子を助けるためならと、その世界越しの誘拐を許された。

そうした今回の愛し子は――……。

「アンリエット、これもやっておけ」

いつものことだ。

生まれてから十五年。

アンリエットは双子の兄の「下僕」だった。

兄のヒューゴーとは双子ではあるが、アンリエットとは違うところがあった。

男だった。

この国の王族は、精霊の加護を受けたものとしか血を残せない。

そんな呪いを受けていた。

だからか兄は幼い頃からいつか精霊の愛し子と結婚することが決まっている。

けれど自分は。

他の国の姫のように「政略」にも使えない。

血を残せないからだ。

他国の王族に嫁いだとしてもお飾り――人質くらいの役目しか果たせない。

同じようにこの国の貴族たちも降嫁を望まないだろう。

王家に恩を売るために娶ったとしても、跡継ぎは養子を取らねばならない。養子と言う名の愛人の子とか。

叔父のように幼い頃からの想い人がそれでも良いと言ってくれるのならば別だ。彼は幼馴染のエフイーリー公爵令嬢が跡を継いだ家に婿入できた。その公爵家は令嬢の妹たちが嫁いだ家などから養子をとることも決まっている。

公爵家としては王家に恩を売りつつ、自分の家の血を引いたものに跡を残せるのだから結果は良かったのだろう。

何より叔父は優しく賢く、善い人であるから、公爵家も喜んで迎えてくれたのだろう。

けれど自分には、そんな幼馴染もいない。

幼馴染はいるにはいるが、皆兄の取り巻きで同じような人たちばかりだ。

切ないが叔父のように同世代に恵まれなかった。

アンリエットは兄に押しつけられた王太子の仕事もしている。兄の側近たちも彼女に押しつけることにいまや疑問すら持たない。

存在意義のない王女ならば、せめて仕事くらいしろと嗤ったのはどいつだったか。

もちろんアンリエットも仕事をしているし、王家の一番のお役目――結界石に魔力を注ぐことだってしている。

王家が――精霊に呪われているというのにその座に存続を許されているのは。

その結界石のおかげだ。

神話の時代からこの国はその結界のおかげで妖魔から国を護られていた。

同じように結界石を帝国や大国ももっているが、こんな小国にあるのはすごいことだ。

……年々国が小さくなったとも言えるが。

結界の無い国は大変だがその分、妖魔を退治する騎士団などに力を入れている。それはそれで、良いのではないかと結界の内側から妖魔をつつくように退治する自国の騎士団にアンリエットは疑問もあった。高位貴族たちの子息で作られた、見た目と煌びやかさが優先された騎士団よ。

妖魔も結界により、数カ月に出るか出ないか。

いつぞや見た、帝国の騎士団の荘厳さと力強さにアンリエットは差を恥ずかしいと思った。

結界があるなしで、その差だ。帝国などは結界があるというのに。

けれども結界があることでこの国の民は落ち着いて農作業をすることができ、そうした意味で帝国のお目溢しでこの国は属国からは逃れられた。

麦や芋をはじめとした農作物がこの国では良く育つ。質も良い。

そのため、帝国はこの国をきちんとした取り引き――同盟国としてくださった。属国とは違い、丁重に扱っていただけている。

それもまた結界石のおかげだ。

結界石はある決まった魔力を好み。

他所の国ではどうなっているか。この国ではそれが王家の魔力なのだ。

それが、王家が王家として崇めてもらえている理由。

そうでもなかったら精霊を怒らせた王家など、早々に滅ぼされていただろう。

帝国だけならず他の国にあっと言う間に飲み込まれていただろう。

アンリエットは今日の執務が終わったら、城の地下にある結界石の間に向かう。

魔力を結界石に注ぐためだ。

「お前はそれくらいしか役に立たないのだから、やっておけ」

それもまた兄に押し付けられている。

結界石に魔力を注ぐとあっという間に魔力不足になり、数日間は疲労で寝込む人もいる。アンリエットもそうだ。頭痛や吐き気、時には鼻血すら。決して彼女の魔力総量が少ないというわけではない。

国中に結界を張るということは、それほどの魔力を必要とするのだろう。

結界石は王家の魔力を好む。

それは男女問わず、年齢も――そして王家の血を引くなら直系でなくも。

アンリエットが幼い頃は王家に残った王子や王女が手伝ってくださっていたが、皆さま寄る年波には勝てず。申し訳ないと謝りながら逝かれた。

先週は叔父が来てくれた。

優しい彼はアンリエットばかりが結界石を維持しなくても良いように助けてくれる。彼は似た立場の姪を心配してくれていた。

父は――忙しい。

アンリエットたちの父はこの国の国王。

母は――平民だ。

父は幸いにも、そう幸いにも、愛し子を見つけることができた。

けれども 母(愛し子) は平民であった。

彼女はわけもわからず王宮に連れてこられて混乱したという。

けれどもこの国の民であるから、自分が「愛し子」であることを理解してからは王家のために頑張ろうとしてくれた。王家の血が絶えたら困るのは自分たち民だ。実家の田舎も結界のおかげで平和であることを、彼女はきちんと理解してくれていた。

父もそんな彼女を平民だからではなく、またきちんと「愛し子」として大切にした。

互いを大切にする良き夫婦。王と王妃に、この国は安泰と――その数年間は。

良き母で愛し子で――王妃になってくれるはずが。

この国はどれほど精霊に憎まれているのか。

自分たち、双子を産むという大変なことにより、産後からずっと体調を崩している。儚くならないのはまた愛し子であるからだろうか。

つまりは、この国は――王妃がいていない。そんな状況なのだ。

父はそのため、本当に忙しくしていた。本来なら王妃の分の政務も彼一人で行なっているからだ。

叔父やアンリエットが手伝っても、数日に一度は結界石に魔力を注ぎ寝込むから焼け石に水。

父が結界石に魔力を注いで数日でも寝込むようなことがあると、それだけ政務も滞ることになる。

父は寝込むアンリエットに「すまない」と、本当に申しわけなさそうに、夜に顔を出して頭を撫でてくれる。

父が兄を諌めてはくれているが、兄には父の声もなかなか届かない。

一度魔力を注いだときに、その抜かれる感覚に恐怖を覚えて、しかも身体動かず寝込んだことがトラウマになっていたのだろう。

過去、父も王子であったころに同じであったと何度も兄には伝えたのに。

「妹のせいだ」

双子などではなく、王子一人であれば王妃も今ごろは……次の子を産めたりもできたろうに。

そんな陰口さえもある。

兄が一番、口にする。

けれども父はアンリエットを愛してくれている。体調の良いときに会える母も。

だからアンリエットは頑張っていた。

兄やその周りに酷いことを言われても。

不思議と国の端の民たちこそが、アンリエットに感謝してくれていた。

彼らは結界を維持してくれているのが誰であるか、きちんと理解してくれていた。

母の故郷のひとたちは、とくに。

アンリエットが母と同じ黒髪であることも少しばかり人気の理由だろうか。

もっとも兄にとっては母が平民なことが腹立たしいらしい。

どうして自分たちの母の世代は平民なのだ。

同じように愛し子であった祖母はまだ子爵家で、その前の愛し子は伯爵家。

そしてその前に呼び出された異郷の愛し子は、金の髪に青い瞳でとても美しい娘であったという。王家の金髪は彼女からか。

平民か貴族かは残っていなくてわからないが、異郷の存在という特別感はある。

彼女は祈りの前に胸の前で十字を切るような不思議な動作をしたらしいが、それは記録だけにあり、この国には残らなかったらしい。

兄は父と同じ金の髪を誇っていた。

そしてアンリエットの平民に多い赤みある黒髪を蔑んでいた。

「私の愛し子はきっと美しい金の髪をしているに違いない」

そんなことを兄はずっと幼い頃から言って、愛し子を探していた。

平民の中にいるはずがないと、貴族の娘たちに。

年頃になると野心ある貴族の娘は己が愛し子ではないかとそわそわしていた。

ヒューゴーがどれほど傲慢であろうと、王族であることにはかわりなく、愛し子となればこの国の頂点に座ることもできるからだ。

それにヒューゴーは性格はともかく、顔は良いし。

けれど愛し子であると偽ることはまた精霊の怒りを受けることになると、さすがに解っているために。そういったことが起きないのは助かりはする。

過去に愛し子と偽り――結局、子をなせずに王家の血が絶えかけたことがあったので。

王家の血が絶えるとどうなるか。

そうなると結界石に魔力を捧げるものがいなくなる。

つまりは、国が滅ぶ。

誰もがそれはごめん被るわけで。

貴族たちとてそんな自殺はしたくなく。

だからヒューゴーが愛し子を探すのを第一と優先するのは、悪いことではない。悪いことでは……。政務や諸々を妹に押しつけていながらも。

王族の一番の役目だ――子を早くなし増やすのは大切だ。

最近では過労のせいか父も体調が悪そうで。

叔父も年々、魔力を注ぐのが大変そうだ。如何に妻たちの理解と協力があるとはいえ、公爵家の仕事さえあるのだから。

そんな状況なのに兄は何をしているか。

やっぱり愛し子を探していた。

叔父や妹の「少しは政務を引き受けて欲しい。魔力供給を助けて欲しい」そういった声は鼻で嗤って。

「そんなこと、愛し子がいなければ王家自体が終わってしまうだろう」

血を残せない――王族として役立たずな、叔父と妹の言葉など彼には届かなかった。

「愛し子の召喚を」

やがてヒューゴーとアンリエットは成人した。この国の成人は帝国に合わせて十八歳だ。

けれどもその年頃になっても愛し子は見つからなかった。

兄は年頃の貴族の娘を、子ができぬのを良いことにあちらこちら手を出すような輩になってもいた。

「もしや君が愛し子なのかもしれない」

そんな甘い言葉で。

密かな期待で。

――ただ遊びで。

訴えをアンリエットがなんとか宥め、賠償金を払い、なんとか後始末をするようになっていた。

遊びと割り切ってくれている娘たちはよいが、そんな気もなく目をつけられて、王族だからと恐怖で断れず手を出された娘たちには申し訳ないことこの上ない。

兄の側近たちには「どうせ子ができないなら良いだろう」とアンリエットも不埒なことをさせられかけたこともある。

アンリエットは髪こそ母譲りで平民によくある黒髪でも、顔立ちは兄と同じくとても整っていた。

十八歳になれば身体も実にほど良く育ち。あんなに魔力消費で寝込むのに不思議なもので。

彼女は本来ならばすでに子を持てる身体へと成長していた。皮肉で哀しいことに。

中には子をなすために愛人をもつが、アンリエットも 味わいたい(・・・・・) から降嫁しないかと……そんな輩も。

幸い父や叔父がそんな話しは断ってくれたし、城の騎士たちがアンリエットを護ってくれて。自分の周りにまともな人間も多いことにもアンリエットは精霊に感謝した。

アンリエットに何かあれば結界の維持できるかどうなるかわからないというのもありはしただろうが。

そんな日々に疲れていたが、兄がとうとうしびれをきらした。

彼は彼で、現れない愛し子に焦りを感じていたのだろう。

父の世代には。父の成人前にすでに母という愛し子が見つかっていた。

だから叔父は安心して婿入りできたのだ。

アンリエットも、叔父のように嫁入りできたらと後見人を申し出てくれているエフイーリー公爵家が考えてくれているが、兄に愛し子が見つからない限りはアンリエットが王家を離れるのは難しいだろう。

何より「子ができなくても良い」と優しく言ってくれる高位貴族の子息はいない。

年頃の高位貴族の子息たちといえば、兄の側近たちがその高位貴族だからだ。

皆、兄に倣い――アンリエットに不敬不埒な輩ばかりだからだ。

やはり自分の子が欲しい。その気持ちはアンリエットにもわかる。

だから兄たちが愛し子の召喚に動き始めたのも仕方がないと。

父も叔父も、城の皆も国の皆も、仕方無しと――召喚に踏み切ることにした。

そして優しき月の精霊の力がもっとも高まる満月の夜。

伝わる通りに儀式は行われた。

そして――……。

「ここ、どこ?」

月の精霊に導かれてきた愛し子は、とても美しい顔立ちをしていた。

「え、俺、いま……ここは?」

そして短い黒髪に背の高い――男、だった。

「失敗だ! 失敗に違いない! 偽物だ! やり直せ!」

叫ぶ兄たちを騎士たちに抑えつけさせて、アンリエットたちがその現れた青年を確認すれば。

彼の左手にはきちんと精霊の加護の紋章があった。

これもまた、伝わる通りに。

城に残る何代か前の愛し子たちと同じく。

また、母と同じく。

月の精霊の紋章を主にした精霊たちの加護の印だ。

間違いなくそれは愛し子の証。

黒い髪に、また黒い服――詰め襟、学生服と彼は言ったが――を着た青年は、アンリエットたちからの話を聞いて「なるほど」とうなずいた。

「優しい月の精霊さんが、せめて不幸な子を助けるためならと……それなら、俺は確かに月の精霊さんに助けてもらえたんだと思います」

狩野清一郎(かのうせいいちろう) と名乗った彼は、己のことを話してくれた。

彼は不幸な身の上だった。

不倫の末に自分を身ごもった母親と、そんな母親を捨てた父親。

そんな父親の名前をつけられたのは嫌だったが、母の感性でキラキラしたのをつけられなくて良かったのかもしれないと思うようになったのは、高校生になりアルバイトのときに名前を書くようになってから。

水商売についた母はやがてたくさんの恋人に――ホストにも狂い。清一郎がアルバイトして貯めた金も奪われた。

彼の学生服が擦り切れているのは見ればすぐわかるほどに。細身の彼にはサイズが合っていないことも。

頼るべき親族からは母のことで汚らわしいとまた見捨てられた。

日々、食べるものにも困り、水だけで腹を膨らませることも。

やがて見かねた優しいひとの通報で施設にはいることができたが、そこでも腫れ物扱いされていた。なにかあれば騒ぎを起こす母のせいで。

それだから学校でもいじめに遭い、清一郎はすでに限界だったのだ。

だから――この世界に呼ばれたのか。

「……そんなことが」

清一郎の身の上に、アンリエットは何と声をかけたらと……。

自分は食べ物に困ったことはない。着る物もだ。どれだけ兄に虐げられていたとしても、父や母の愛はあったし、優しい叔父もいる。

彼を思えば周りや生活に恵まれていた。

「この国は豊かで、食べ物にだけはこまったことはありません……どれだけ貧しい家も、食べ物だけは」

言葉に詰まったアンリエットの代わりに侍女が。

それはアンリエットの魔力のおかげで。結界のおかげで、だ。

農作物だけは豊富だから。帝国にもそのおかげで良い立場にしてもらえている。

「それは、すごく、良いですね……うん、大事だ……」

清一郎は噛みしめるようにうなずいた。

「お腹空いてると、本当に……気持ちも駄目になる……」

そっと侍女が目の端を拭った。

清一郎のその痩せた身体に。彼女らは様々なことを察したのだ。

まさに月の精霊が救いたいと思ったように。

そう、清一郎はまさに愛し子であった。

この時「愛し子は女性ばかりではない」とはじめて明らかになった。歴史が変わった。

始めの愛し子が女性であったから、愛し子とは、「精霊の加護は王族の王子に嫁ぐ娘の証」とおもいこみがあった。

もしや男性の愛し子もいたのではないかと。

ならば過去の王族の女性たちは。アンリエットのように不遇にあった姫たちは。

今更過去をあれこれ言っても仕方がないが、もしかしたらを考えてしまうのは仕方ないだろう。

そうして。

この時、様々なことが逆転した。

ヒューゴーとアンリエットの、様々なことが。

「妹のせいで」が、本当は「兄のせいで」でとなったように。

今代の愛し子が男性であったならば、本当に余計だった存在は王子であったのでは、と。

今回見つかった精霊の愛し子は、女の子のような顔立ちの美形だが――男だった。

哀れなことに痩せ過ぎているが、それが庇護欲を、儚さを増してしまっていて。

けれど。

「いや、俺、男ですし、男のひとの相手なんて絶対嫌ですし。なんですかそんな、気持ち悪い」

愛し子としか子をなせないと説明され、呼び出したのは王子であるヒューゴーだとさらに説明をしたところ。

気持ち悪い。

「そんなんだったらこの世界も……くそ……」

その鳥肌たった様子に、誰もが何も言えなかった。何より男同士で子をなせるわけがなく。

けれどもアンリエットは言わなければ――頼まねばならなくて。

気持ち悪いと言われたらどうしようと怯えながら。

「あの、私とでは……私では、だめでしょうか……?」

そう、愛し子が男であったならば。

ならば愛し子の相手こそがかわるのは当然だ。

ヒューゴー(王子) ではなく、 アンリエット(王女) に。

王族が血を残せるのは愛し子とだけ。

また愛し子も――……。

清一郎はアンリエットをみて、すぐに顔を赤くした。

「え、あ……かわいい……俺、いや、僕こそよろしくお願いします!」

色とりどりで明るめな色彩の人々のなか、穏やかな黒髪の美少女に上目遣いで話しかけられて。

清一郎は恋に落ちた。彼女に逢うためにこの世界にこれたことに感謝した。

アンリエットも初めて父母と叔父以外からかわいいと言われて、心がぽっとあたたかくなった。

まさに月の精霊の縁結びの成功した瞬間であった。

そして威張り散らしていた兄王子は。

立場は、逆転した。

アンリエットが継ぎを産む存在となったからには、危険ある魔力供給をさせるわけには行かないのは当たり前。

ヒューゴーは泣き喚いたが、今まで自分がアンリエットに言ったことがすべて彼に返ってきたのだ。

役立たずならば魔力供給ぐらいしろ、と。彼が何度口にしたかわからないことを。

アンリエットに政務を丸投げしていた彼は、本当に魔力供給くらいしか役に立たない。

彼も「自分が子をなさなければならない」という責任感に囚われていたという見方もあるかもしれないが、妹に押し付けていたのは今まで悪質すぎたろう。

叔父が年齢からそろそろ引退を考えていたのもあり、魔力供給はすべて彼に任されることとなった。

彼は早くアンリエットに子ができることを祈りながら、今日もベッドから動けない。もはや貴族の娘に無体できる気力も体力も結界石に吸われ、無く。

ただ、食べ物だけはたくさんある。魔力を回復するために、栄養バランスよく、彼の好きなものを饗されるくらいは赦しを。

彼はそうして死ぬまで――王家に飼われるのだ。彼が妹にそうしようとしたように。

彼の取り巻きであった貴族子息たちは皆こんなはずではと。彼らもアンリエットにしてきたことがその身に返って来ていた。

アンリエットはちゃんと兄の側近たちを覚えていた。多少、仲間を諌めて仕事をこなしていた者も――兄がいないときに嫌がらせを主導するほどの輩も、また覚えていた。

城に、お前らの席ないから。

女王にそうした意味で覚えられている息子たちを、各家はきちんとしたという。多少な者は、また多少の赦しを。

そうして愛し子の召喚によりお掃除もすることができてしまった。

愛し子の召喚は、ヒューゴーのただ一つの功績となった。

そしてアンリエットが女王として国に立ち。

帝国などからはヒューゴーよりも彼女が立つことに、ことさら寿ぎの品が届いた。

やはり見られていたのだなと、アンリエットはしっかりと身と気を引き締めた。

清一郎は王配として、まずはアンリエットの父に習いながら過ごすこととなった。父にはまだまだ若輩な女王を助けて貰わねば。

清一郎もまずは彼の痩せぎすな身体を労ってからと、いろいろと、ゆっくりと、だ。

そんな彼が疑問に思った。

「っていうか、精霊の……精霊王の娘さん? その怒りをといてもらうわけにはいかないんです? ごめんなさいしてみたんですか?」

その日。

「みんなの目から鱗飛び出した。」

後に、愛し子セーイチローの手記にそうあった。

「セーイチロー、それは、それ……それは、確かに?」

国王も、言われてみたらと。

この世界の人々には清一郎と発音し辛いのか「セーイチロー」と呼ばれるのに慣れた頃であり。

長いこと、それはもう神話の時代となるくらい長いこと。だ

そうだ。

いつまでもこのままでは――もうじきに滅ぶまで、このままだ。

アンリエットも出産になにかあれば大変なことになる。まさに彼女らの母のように。

「何故、今まで……そのことに……」

王は頭を抱えた。本当にどうしてそれに至らなかったのか。

それは異郷の感覚があればこそだろう。この世界外からの思考あればこそだ。

清一郎の疑問は、その日から国の大事となった。

そしてやがて帝国や他の国の偉い人や、偉い精霊術師たちの助けもかりて。

帝国はこの国が無事に在ってくれた方が助かるし、精霊術師たちも精霊が少なくなってきたことに何かしたいと思っていて。

それは清一郎がこの世界にきて五年の月日が経っていた。それほど時間がかかったが精霊王に呼びかける準備が整った。

アンリエットとの間には王女と王子が一人ずつ。もう「姉だから」「妹だから」と姫が下に見られることもなく。

――そして。

「……忘れていたわ」

呼び出しに応えてくださった精霊王は。

「そういえば、そんなこともあったわねぇ……?」

精霊の世界も代替わりしいつぞやの精霊王の娘が、そちらも女王となっていたらしい。

それくらいの時間が経っていた。

精霊女王の、いつぞやの無礼な王子への怒りなどとっくに忘れ去るくらいの時間も。

そして月の精霊から話を聞いた彼女は、アンリエットなど関係ない王女たちが不幸な目に遭ってきたことに逆に哀れを感じてくれたらしく。

怒りを――呪いをといてくれた。

そしてもう一つ。

結界石の魔力消費が大きいのは、この世界から精霊が減ってきていたからだということも判明したのだ。有難いおまけであった。

精霊を大切にして暮らすようにすればまた増えると、精霊女王からも。

そうすればアンリエットの子らが成長し魔力を注げるようになる頃には、寝込むほどに魔力を吸われずに済むだろう。

精霊術師たちは世界に散り、荒れ果てた精霊たちの祖や像を直し、人々に精霊の大切さを説いてまわることにした。

そうして怒りはとけ、この国の王族にあった縛りもとけた。

結界石への魔力供給も、そのうち負担が減る可能性が見えてきた。

すべて異郷の愛し子、清一郎のおかげだ。

「セーイチローがこの国に来てくれて良かった……」

娘も息子も、好きなひとと結ばれることができることに。子を作れないと悩むこともなく。

それよりも何より、役立たずと罵られたり陰口を囁かれることもない。アンリエットは未だに引きずるその思いを、子らにさせずにすむことを喜んだ。

男女どちらの子も愛おしいのだから。

「セーイチローが愛し子で、良かった……」

愛しい妻を抱きしめて、清一郎こそが思う。

「俺もこの世界に来れてよかった」

――心底から。

「……世界から逃げ出したいと思ってた」

そうしたら、本当に逃げることができた。いつか通報してくれたひとのように、この世界の月の精霊は本当に優しいのだろう。

清一郎は黙っていたが、彼は自殺しかけていた。

施設は十八歳になったら出なければならない。

けれどもすでに生きることに疲れていた彼は、人生になんの希望もなかった。

その顔立ちがきれいなことで嫌な目にも遭いかけた。

母親譲りの美しさは、また母親の奔放さも引き継いでいるのだろうと勝手に周りに思われた。

――同性に伸し掛かられる恐ろしさよ。

王子の相手は絶対に嫌だと清一郎が思ったのはそうしたことだ。

そして奔放な母親のせいで、自分は一人しか好きにならないと……誰かを哀しませない、と。

父親には家庭があり、それを壊したのは自分であると清一郎は酔った母親から聞いていたからだ。浮気した父親もどうしたものか。父親の奥さんやいるという兄弟たちはどんな存在なのだろうか。

そうして、ある夜。

彼は卒業する学校の屋上から飛び降りるつもりだった。

散々嫌な目に遭った学校に、最後に面倒をかけてやろうと思って。

あちこちに、やられたことを遺書にしてばら撒いてきた。

そして屋上の柵に登り落ちる寸前――ふと見上げた月が、真ん丸で美しくて。

次のまばたきの瞬間、この世界に呼んでもらえていた。

これは清一郎の知らない話だが、遺書があちこちにばら撒かれ、清一郎自身も行方不明で見つからないために。遺書の中に「死ぬ気である」などと書かれていたために。

やがて新聞に遺書が載り、当該生徒が行方不明なこともあり、いっとき世間を騒がせることとなった。

学園の屋上を嫌がらせのために清一郎は選んでいたが、彼の住む地域には――山も海も川もあったために。行方不明、とはすなわち……と。

そして清一郎にいじめをしていたものたちは、遺書の告白により推薦を取り消されたり、世間からそうした目で見られたりと――清一郎が行方不明なことで謝罪もできなくて逆に大変となった。

清一郎の母親は息子がそんなことになったとしばらくは哀れな母を演じていた。学校などに賠償金をと――すぐに虐待があらわになり、自分も責められることとなった。

これは誰も知らないが、清一郎が施設に入れるよう通報したのは実はそんな母親のほんのいっときの恋人の男性だった。

清一郎の状況にこれは駄目だろと見る常識もあるひとだった。だから母親との付き合いはほんのいっときで。

彼はそんなことくらいしかできなかったことを悔やみながら、清一郎が行方不明であるならせめて知らない場所に逃れて幸せであるといいなと小さく祈った。

月の光がまた小さく輝く夜に。

「世界から逃げようと思ったけど、人生ごと拾われるとは思いもしなかった」

清一郎はこの世界に、月の精霊に拾われ助けられたことに感謝ばかりだ。

ふと、自分が王家の、精霊の怒りをといてしまったことで、そうした優しい誘拐は終わってしまったのかと。

だとしたら自分のように辛すぎて逃げ出したい他の子達にかわいそうなことをしてしまったのかとも。

けれど。

「そういうことなら良いわよぅ。今までみたいに百年に一回くらいなら世界も歪まないでしょうしぃ」

あっさりと精霊女王から許可が出た。

さすが月の精霊わかってるぅ、と褒めながら。自分の尻拭いをしてくれていた精霊に。

今でも百年くらいな時間を置いて、その世界越しの愛し子の召喚を月の精霊は許可してくれていた。

世界と世界に月の光で道を繋げるらしいのだが、やはり世界を越えてくることは世界自体に何かしら負担があるそうで。

負担をかけないように数十年は道で空いた穴を癒さなければならないらしい。その穴が癒える前に穴をまた空けたら、とんでもないことが起こるらしい。

けれどもここに、精霊女王の許可という後ろ盾もできた。

月の精霊の呼んだ愛し子がこの世界で幸せになれるように。

これから先、精霊がまた溢れる世界にすることと、自分のあとから来る愛し子たちがまた幸せになれるよう整えること。それが清一郎の役目だ。

もちろんアンリエットを愛して、子供たちも愛することも。

「愛し子の愛し子はこの子たち!」

アンリエットと子供たちを抱きしめて清一郎は幸せに笑った。

産まれた世界では一度も笑ったことがなかったと――……。

「愛し子が貴方で本当に良かった」

アンリエットも、また同じく。自分がこんなふうに笑えるだなんて幼いころの自分は信じられないだろう。

そんな笑顔あふれる夫婦たちは。

その三年後に。産まれた子がまさか精霊女王の愛し子になるとは思いもしなかった。

かつて精霊女王に嫌われた国は、精霊女王に愛される国になったのだった。