作品タイトル不明
お散歩1
王都の家のセキュリティは万全ではなかった。ボナンザさんのような怪力の持ち主には、簡単に開けられてしまう。
そんな人が珍しいことは理解しているつもりだ。しかし、よく考えると俺の回りには数人思い当たるふしがある。グラッド教官やシモンは間違いないとして、もしかしたらギルバートでも開けられるかもしれない。
俺の少ない知人の中だけでもそれだけ居るんだから、開けられる人はそれなりの人数が居るのだろう。そう考え、本来予定していなかったセキュリティの強化を実行した。いくらボナンザさんでも、そう簡単には開けられないはずだ。
そういえば、アーヴィンはボナンザさんと一緒に周辺の散策に出掛けたんだっけ。そのときの様子を訊ねてみたんだけど……。
「……散策ではなかったよ。あれは散策じゃない……」
そう言って口をつぐんでしまった。よほど酷い目に遭ったのだろう。どんな散策だったのか、とても気になる……が、聞ける雰囲気ではないので流した。
あれから数日、俺は王都の新拠点に行っていない。ルナたちは頻繁に行っているみたいだが、俺はエルミンスールに引きこもりっぱなしだ。用がないのだから仕方がない。
ルナたちは転移装置を設置したことで行動範囲が広がったらしく、ルナとリリィさんは今日も出掛けるようなことを言っていた。俺は今日も引きこもりかな……そう思った矢先、アーヴィンに話しかけられた。
「ちょっといいかな……?」
「何だ?」
俺たちは朝食を食べ終え、ゆっくりとお茶を飲んでいた。何かを報告するときや頼みごとをするときは、この時間を利用することが多い。ルミアだけは朝起きないから居ないことが多いけど、ルミアに用事があることは少ないから問題ない。
「今日ボナンザさんに呼ばれてるんだけど、みんなも来てくれないかな」
アーヴィンは意を決したような表情を浮かべて言う。よほど言いにくいことだったのか、緊張で唇が震えている。
「うん? 俺は構わないけど、何かあるのか?」
「よくわからないんだけど、次は一緒に来てほしいって、ボナンザさんが……」
ボナンザさんは忙しい人だから、理由もなく呼びつけるようなことはしないはず。理由があるとすれば、ろくでもない頼みごとか遊びの誘いだが……。
「みんなも? 全員で?」
「できれば一緒に。でも、忙しいならいいって」
遊びの誘いなら嬉しいが、もし頼みごとだったら面倒だな……。アーヴィンの態度を見る限り、頼みごとのほうではないかと思う。ま、いいか。どうせ何もすることがない。
「俺は暇だからいいよ。みんなはどう?」
「行きたーい!」
リーズがすかさず手をあげた。すると、クレアが呆れ顔でリーズの手を掴み、そのまま机の下に持っていく。
「ちょっと。今日こそ掃除をするって言ったでしょ。リーズはダメ!」
リーズは悔しそうに唇を噛んでいる。リーズが少し可哀想だ……。
「別にいいんじゃないか? リーズが散らかすのは、今始まったことじゃないだろ」
「甘やかさないっ! アタシだって、作業中に散らかしたなら何も言わないわ。でもね……どうして普通に生きてるだけで散らかるの? 錬金術でゴミを生み出してるの?」
リーズの自室のことを言っているのだろう。俺たちは同じ部屋で生活することもあるが、全員が個人の部屋を持っている。リーズの自室は入ったことがないから見ていないんだけど、どうやらヤバイことになっているらしい。
クレアはリーズの手伝い兼監視のため、今回は連れていけない。リーズ1人で掃除なんて、絶対無理だからね。ゴミの中から本を見つけて、掃除を忘れて読んじゃうようなタイプだから。
「そういうことなら仕方がないか……。クレアとリーズは不参加だな。でも、ルナとリリィさんも出掛ける予定があるんだよな?」
「アーヴィンくん……どうして事前に言わないのだ。私とルナくんは魔導院に呼ばれている」
「魔導院に挨拶をしに行ったとき、新人に指導をしてほしいと頼まれまして……」
魔導院は2人の古巣だ。仲の良い元同僚がたくさんいる。頼まれたら断りにくいのだろう。まあ、それだけ2人の技術が認められているっていうことか。
「今回は俺とアーヴィンだけだな。ルナたちも途中まで一緒に行くか?」
「いえ、私たちは準備がありますので、少し遅い出発になってしまいます。お待たせするわけにはいきませんから、先に行ってください」
「そっか、了解。行ってくるよ」
そう言って席を立った。ボナンザさんが来る前に、王都に移動してセキュリティを切らなければならない。さすがのボナンザさんでも、あのセキュリティは突破できないはずだから。
王都側の転移装置は、新拠点の地下に設置されている。この装置の存在を誰かに知られたら、面倒極まりない。そのため、セキュリティにはかなり気を使っている。でもボナンザさんに突破されてしまったので、さらに強化した。
セキュリティ強化は2つ。1つ目は、シンプルに扉をアホほど重くした。鉄と鉛をふんだんに使い、銀行の金庫並みの重さと強度が実現されている。魔道具の鍵もあるため、材質の重さ以上に重い。強引に開けたければ戦車でも持って来いや。
強化されたセキュリティのことを思って緩む口元を抑えつつ、リビングへと足を運んだ。すると、誰も居ないはずのリビングから何者かの気配が感じられた。
「居るじゃない。呼んでも出てこないから、待たせてもらったわ」
ボナンザさんだ……。
「なんで居るんだよ!」
ボナンザさんの服がプスプスと音を立て、煙を上げている。セキュリティの2つ目を食らったらしい。
セキュリティ強化の2つ目、それはスタンガンの魔法だ。扉を押す力に比例して強化され、最終的には大型の魔物でも一撃で昏倒させられるほどの一撃が食らわされる仕組みになっている。人間が相手なら即死級だ。
「約束したから来たのよ。あんな罠が仕掛けてあるんなら、事前に言っておいてよね。ちょっと痛かったわよ」
「かなり強烈な電撃だったはずなんだけど……」
即死級の電撃で、ちょっと痛いだけなのか……。本当に人間なのかな? いや、最初にボナンザさんと出会ったとき、スタンガンの魔法はちゃんと効いていた。耐えられるように鍛えたのかもしれない。やっぱり人間じゃないな。
「それから、扉の立て付けも悪いんじゃない? 今日の扉、すんごい重かったわよ?」
死ぬほど重いはずなんだけどなあ……。どうして開けちゃうんだろう。
「魔道具で重くしてるんだって。開かないように。だから、勝手に開けないでくれ」
「あら、そうなの? それは失礼したわね。次からは気をつけるわ」
気をつけてもらおうにも、開けられることは証明されてしまったわけだ。さらなる強化が必要……もういいわ! あの扉を開けられる人なんて、ボナンザさん以外に居ないよ。他に開けられるとしたら、大型の魔物くらいだ。そもそも人間じゃないんだから、どんな対策をしても無駄。
ボナンザさんは用もなく人の家に上がり込むような人じゃないし、ましてや何かを盗むなんてまず考えられない。ボナンザさんが侵入してくるくらいは許容しよう。この人が侵入できない建物なんて存在しないだろうし。
「で、今日なんだけど。俺以外は用事があって来られない。重要な用だったか?」
「あら、残念。今日はみんなでお散歩に行こうと思ってたのよ」
「散歩か。悪くないな。それならそうと先に言ってくれよ」
もっと前に教えてくれていたら、事前に全員のスケジュールを調整できたのに。ボナンザさんなら俺たちが知らないようなお散歩コースを知っているだろうし、いい気分転換になるだろう。
「アーヴィンちゃん、伝えてないの?」
ボナンザさんがアーヴィンに非難の目を向ける。すると、アーヴィンは気まずそうに目を背けた。
「え……聞いてないです……」
「あ……言ってなかったのね。失礼」
アーヴィンに『ただの散歩だ』と伝えてあれば、アーヴィンは気軽に俺たちに報告できただろうに。何をするかもわからない不審な呼び出しだったから、アーヴィンは俺たちに言いにくかったはず。ボナンザさんに落ち度があったようだ。
「心配して損したぞ。てっきり怪しい頼みごとをされるかと思ったよ」
「何言ってるのよ。アンタたちに変な頼みごとをしたことなんて無いでしょ?」
ボナンザさんの言う通り、俺たちはボナンザさんに怪しいことを頼まれたことはない。でも、宿屋の店主を見ているからなあ。あの人、ボナンザさんの命令で隠密みたいなことをやらされていたから。
「まあいいや。で、今日はどこに行くんだ?」
「王都の外。東にいい山があるのよ」
ボナンザさんはそう言って口角を上げる。すると、アーヴィンは全力の作り笑いを浮かべて頭を下げた。
「では、僕は帰りますね」
「待て待て待て! お前は居ないとダメだろ」
アーヴィンが最初に誘われた行事だ。俺はオマケみたいなもの。アーヴィンが帰って俺だけ残ったら、意味がわからないことになる。
「いーやーだー! 王都の中ですら酷かったんだよ!? 防壁の外だなんて! どこに連れていかれるの!?」
「酷いなんて、酷い言い方ね。あたしは近道を教えただけよ?」
「貴族の家の庭は道じゃありません! 生け垣は通り抜けできません! 空中に道路はありません!」
貴族の私兵にでも追いかけられたのかな? お仕事、ご苦労さまです。アーヴィンはともかく、ボナンザさんを捕まえるのは至難の業だろう。って、そんな呑気なことを言っている場合ではない。
「ボナンザさん、兵士に追われるのは避けれくれよ。アーヴィンは密入国者なんだから」
以前ボナンザさんにアーヴィンを預かってもらったとき、軽く事情を説明してある。当然、兵士に捕まったら国際問題級の面倒なことになることも理解しているはずだ。
「緊張感があって、とっても楽しかったわよ。ねえ、アーヴィンちゃん」
「楽しくないですっ!」
兵士に捕まったらタダでは済まないだろうからなあ。行き過ぎた緊張感だ。楽しくないのも無理はない。
楽しくないから、生け垣は飛び越すより突っ込んだほうが早いってことに気づかなかったんだろうな。空中の道路だって、屋根の上を走っていれば自然と見えてくる。それだけの余裕がなかったのだろう。可哀想に。
「その点、王都の外なら何の問題も無いな。兵士が密集していることもないし、もし見つかっても簡単に撒ける」
「ちょっと! そういう問題じゃないっ!」
アーヴィンは必死の形相で怒鳴る。アーヴィンは知らないだろうけど、兵士の鎧は重いんだ。全力で走れる時間なんて限られているから、軽装な俺たちなら真っ直ぐ走るだけで撒ける。
「安心してちょうだい。今日はただのお散歩だから。山を登って、お茶を飲んで帰ってくるの。素敵でしょ?」
ただお茶を飲むためだけに山を登る。なかなか優雅でいいじゃないか。
東の山は兵士の訓練でも使われている。訓練のコースには水場がないから、たぶん違うコースを登ることになるだろう。行ったことがない場所だ。楽しみだな。
「……本当に?」
アーヴィンはボナンザさんに胡乱げな目を向けて訊く。ただのハイキングだというのに、疑り深いなあ。
「もちろんよ。他に何かある?」
「お茶はこちらで準備しよう。道具も一通り揃っている」
お茶の在り処はしっかりと習っておいた。道具は普段持ち歩いている道具があるから問題ない。足りないカップは家から持ち出す。
「大丈夫。店で使ってる高級茶葉を持ってきたわ。道具も一流品よ」
高級茶葉と高級食器、ますます優雅だ。家で使っている茶葉もそこそこ高級だが、店で出している茶葉には負けるだろう。ありがたくお借りしよう。
「高級……?」
アーヴィンは心が惹かれたような声で呟いた。少し乗り気になったか。
「それに、今日のお茶請けはすごいわよ。店の子が作った、新作のお菓子なの。感想も聞きたいから持ってきたわ」
「お菓子っ!」
アーヴィンの目に光が宿った。完全に行く気になったようだ。
前に貰ったケーキは、ジャムとバターが乗ったおしゃれなパンケーキだった。この世界では、ケーキと言えばパンケーキなのだろう。冷めていたとはいえ、なかなか食べられるものではない。みんなで美味しくいただいた。今回は、その上を行くお菓子であることが予想される。否が応でも期待が高まるな。
「それは楽しみだ。そうと決まれば、さっそく行こうか」
出かける準備はできている。すぐに出発だ。向かう先はボナンザさんにお任せして、俺たちはボナンザさんのあとに続く。