作品タイトル不明
旅は道連れ3
今日はソロキャンプのつもりだったのだが、シモンとともに行動することになった。今はシモンのやり方を見学させてもらっている。
シモンはさすがに慣れた様子。テントも持たず、その場で拾った木や葉だけでシェルターを組んでいる。一朝一夕でできることじゃない。
次は食事だ。食材は多少の山菜とボアの肉だけ。これをどう料理するのだろうか。……いや、その前に食器を準備しよう。
俺は今日、食器を持ってきていない。普段クレアのマジックバッグに入れているからだ。いつものように竹を探すつもりだったのだが、どうやらこの周辺は竹が生えていないらしく、ちょっと困っている。
「そろそろ食事にしたいんだけど、この近くに食器に使える材料はあるか?」
「ああっ! それはちょうど良かった!」
シモンはそう言って、焦げ茶色の石のような物体をマジックバッグから取り出した。バスケットボールくらいの大きさで、見た目はかなりグロテスク。シモンは普段から持ち歩いているようだ。
「なんだこれ……?」
「白い木に生えるコブです。これは食器を作るのにちょうどいいんですよ!」
「へぇ……」
俺は初めて見るが、おそらく白樺のコブだな。木は白いのに、コブは白くないのか。
たしか、フィンランドの伝統工芸品にあったな。ククサという、白樺の木のコブから作る手作りのマグカップだ。材料が硬すぎて、熟練の職人でも1つ作るのに相当な時間がかかるらしい。
キャンプ中の暇つぶしに作る人もいると聞くが、俺は作ったことがない。そもそも、白樺のコブなんてなかなか手に入らないからなあ。
「これをこうやって削るんです!」
シモンは、そう言ってコブにナイフを突き立てた。『ゴッ』と鈍い音を立て、コブにナイフが突き刺さる。
「あれ……? これ、相当硬いはずじゃ……」
「そうですね! 普通の木よりは硬いです!」
シモンはそう言いながらも、まるでチーズでも切っているかのようにスパスパと形を整えていく。全然硬そうじゃないぞ。これなら俺にもできそうだな。
「俺もやってみていいか?」
「もちろんです! どうぞ!」
シモンはそう言ってマジックバッグからもう1つのコブを取り出した。
俺はその材料を受け取り、シモンの真似をしてナイフを突き立ててみた。しかし、シモンのようにきれいには刺さらず、コブが真っ二つに割れてしまった。身体強化のおかげで硬さはクリアできたが、そういう問題じゃない。
「意外と難しいな……」
俺がそう呟くと、シモンは満面の笑みを浮かべて両手で拳を握る。
「やればできる! 一緒に頑張りましょう!!」
「いや、ちょっと待て。失敗したら食器がなくなってしまう。今日は遠慮しておくよ」
自分でやりたいのは山々だが、このまま俺がやったのでは食器にならない。割りすぎて、最終的に串になってしまいそうだ。悔しいが、今回は食器の確保を優先したい。
「初めてなら仕方がありません! 僕が代わりにやりましょう!」
「悪いが頼むよ」
シモンに食器作りを任せている間に、俺は 竈(かまど) を組む。大きめの石をコの字型に積んだ、いつも作っている一般的な簡易竈だ。
石を拾って積むという作業を繰り返し、竈の準備が終わった。ちょうどその頃、シモンの作業も終わったらしい。シモンは「ふぅ」と息を吐いてナイフを地面に据えた。
「コーさん、できましたよ!」
「ありがとう。早いな」
「慣れていますからね! コーさんも、やればできる!」
シモンは笑顔で言いながら、出来上がったカップを俺に手渡した。俺にもできる? まあ、やり続ければいずれできると思うけど……今度挑戦してみよう。
完成したカップを受け取って眺める。ご丁寧に取っ手付きだ。荒削りでゴツゴツしているが、カップとしては成立している。俺たちが普段使っている食器も木製で結構高かったのだが、それよりも高品質だ。
そういえば、木で何かを作るときは材料を乾燥させると聞いたことがある。この材料は全然乾燥させてないけど、大丈夫なのかな……。せっかくの高級品なのに、長持ちしないかもしれないぞ。
「これはずっと使えるのか?」
「わかりません! いつも使い終わったら 薪(たきぎ) にしてしまうので!」
「もったいない!」
この材料、いくらすると思っているんだよ! 日本ではめったに手に入らないんだぞ。売っている店を見たことがないが、たぶんこの国でも高いだろうな。
「そう言われても、すぐに作れますからね」
知らないって怖いな……。これを真面目に作って売ったら、塩を作るよりも儲かるだろうに。まあ、俺が言っても仕方がないか。
「なるほどな……。俺は大事に使わせてもらうよ」
「ははは! こんなもので良ければ、いつでも言ってください!」
シモンは軽快に笑いながら言う。こんなものって……買うと高いんだぞ。せっかくだから、人数分揃えてもらおう。
「それは助かる。暇なときでいいから、5つ作っておいてくれないか」
俺がそう言うと、シモンは楽しげに頷いた。
「わかりました! 次会うときまでに作っておきましょう!」
シモンはこれの価値をよく知らないみたいだから、俺が 相(・) 場(・) 価(・) 格(・) で買い取ってやろう。今まで何を燃やしていたか、その値段を以って思い知れ。
「頼んだよ。じゃあ、そろそろ調理を始めようか」
「そうですね! まずは肉を焼きましょう!」
野営の準備をしているうちに、もう日が傾き始めている。暗くなってから調理をするのは厄介だから、明るいうちに済ませたい。それはシモンも同意見だったようで、シモンは元気よく頷いた。
さっそく調理の準備だ。俺のマジックバッグからボアの肉を取り出した。
肉は2人で分けたのだが、それぞれの肉を使うのは面倒なので、今日は俺の肉を2人で食べる。その代わり、調味料はシモンのものを使わせてもらうつもりだ。俺は調味料を持ってきていないから、ちょうどよかった。
「今日は俺の肉を使おう。その代わり、調味料を借りていいか?」
「もちろんです! 僕の塩を使いましょう!」
シモンは製塩職人なので、今日使う塩はシモンの手作りだ。
俺が取り出した肉を、シモンが豪快に切り分けていく。ボアの枝肉は1kgくらいの肉塊になった。そして、シモンはボアの肉に塩を振ると、ナイフに突き刺して火の上にセットした。
「ずいぶん雑だな……」
「結局、これが一番美味しいんです!」
「まあ、そうだな」
わからなくもない。俺も日本にいた頃はよくやった。あとは放置するだけだ。でも、この調理方法はとにかく時間がかかるんだよなあ……。
「では、焼き上がりを待つ間に草をどうにかしましょう!」
「『草』って……山菜だろう。アク抜きが必要だな。鍋は持っているか?」
さっき採取した笹の子とフキがある。これらも調理したいのだが、どちらも一度茹でこぼしてアク抜きをしないと食べられない。大量の水が必要だが、幸い水は魔道具でいくらでも手に入る。茹でるための鍋があれば大丈夫だ。
「え? 持っていませんよ!?」
シモンは『当然』と言っているかのようなキョトンとした顔で答えた。拙いなあ……。当然だが、俺も鍋なんて持っていない。クレアのマジックバッグの中だ。
「……今日は肉だけで我慢しようか」
「焼けば食べられませんか?」
「いや、それは試したことがないな。食べられなかったらもったいないから、今日はやめておこう」
俺は茹でる以外のアク抜きの方法を知らない。もしかしたら焼くだけでアク抜きできるかもしれないけど、失敗したら嫌だ。どうせ明日には帰るんだから、帰ってから調理するよ。
エルミンスールに帰ればルナとクレアがうまいこと調理してくれるはずだ。シモンだって、家に帰れば鍋くらいあるだろう。
「そうですね! わかりました!」
日が暮れて薄暗い中、目の前で揺れる焚き火の炎をぼんやりと眺める。
2人で行動するといっても、別にパーティを組んだわけではない。やることがなくなれば、自然と会話は減る。2人無言のまま、ただただ焚き火を眺め続けた。
焚き火の薪がパキッと音を立てて崩れた。炎がどんどん小さくなり、薪は白い灰を纏って中心を赤く光らせる。肉を焼くにはちょうどいい火加減だ。もう少しで焼き上がるかな……。
無言で焚き火を見つめている中、シモンが突然口を開く。
「おや? 囲まれていますね!」
「ん? 何がだ?」
「我々です!」
俺は何も感じない。俺の気配察知は遮蔽物が増えると精度が大幅に落ちる。俺の索敵範囲外の話らしい。シモンの気配察知はリーズ並ということか……。
「拙いな。さっさと駆除しよう」
「いえ! ご飯が先です! 今から向かったら、肉が固くなってしまいますよ!」
「いや、それはそうなんだけどさ……」
魔物に囲まれているんだから、のんびりとメシを食っている場合じゃないだろ。
「どうせ僕の調査対象でしょうから、コーさんは気にしなくていいですよ!」
シモンは調査を依頼されてこの森に来た。レジャー目的の俺とは違う。
なんでも、この森で魔物の大量発生が確認されたらしい。俺は詳しく聞いていないが、おそらくシモンが依頼されたのは魔物の発生数と種類の調査だろう。依頼については関係ないから気にしないが……。
「そういう問題じゃないだろ」
「大した数ではありませんから問題ありません!」
シモンは自信満々に言う。
囲まれたと言っても、ほんの数匹程度なのかな。それなら気にするまでもない。向かってきたところで、メシを食いながらでも撃退できる。シモンの言う通り、先に食事を済ませよう。
「わかった。じゃあ、さっさと食べよう」
と言ったものの、イマイチ落ち着かない。周囲に気を配りつつ、肉を火から下ろした。ざっと半分に切り、カップの上に乗せる。
肉はローストビーフのようでかなり美味そう。薄く切ってソースをかけたい……いや、今は無理だ。しかも明らかに肉がカップからはみ出しているが、気にしている場合じゃない。とにかく早く食べないとな。
肉をシモンのカップの上に乗せると、シモンは眉間にシワを寄せて言う。
「もっと薄く小さく切らないと、カップに入りませんよ!?」
「今は気にするなよ!」
シモンの危機感が足りなすぎて心配になる。雑魚数匹といっても、いつ襲われるかわからないんだ。上品に美味しく食べている場合じゃない。
シモンの言うことが信用できなくなってきたぞ……。本当に雑魚数匹なのかな。マップで確認してみよう。
肉に齧りつきながら、マジックバッグからマップを取り出して画面を確認する。すると、シモンが興味深く覗き込んできた。
「何を見ているんですか?」
マップはパーティメンバー以外には秘密にしている。一緒に行動しているとはいっても、シモンに見せるわけにはいかない。マップを地面に伏せて画面を隠した。
「転写機みたいなものだ。気にするな。それより、敵の状況は? 何がどれくらいいるんだ?」
「コーさんは心配性ですね! 心配ありませんよ! 何かはわかりませんが、ほんの100匹くらいです!」
「多いわ!! しかも何がいるかわからないのかよ!」
どうしてのんきに肉を食えるんだよ……。その神経を疑うわ。
改めてマップを確認した。距離は離れているが、俺たちは無数の光点に囲まれている。しかも、今もその数を増やし続けている。反応はすべて未確認。俺の知らない魔物だ。ゴブリンやウルフ程度だったら問題ないけど……未確認だもんなあ。問題ないとは言えないぞ。
「あ! これはこれで美味しい! 切らなくても美味いんだぁ!」
シモンは豪快に肉に齧りつきながら笑みをこぼす。魔物に囲まれているとは思えない表情だ。……薄々感じてはいたんだけど、こいつはアホなのかな?
「いいから早く食えよ……」
「こんな美味しいものなのですから、しっかりと味わいましょう!」
俺の苦言はあっさりスルーされたね。せめて俺だけでも早く食べよう。ああ、もったいない。もっとゆっくり食べたいよ。
肉を食べながら戦闘の準備を始める。マジックバッグからマチェットを取り出すと、竈に土を被せて消火し、ハンモックを撤収した。
肉を食べ終わる頃、俺は戦闘準備が整った。……が、シモンはのんきに肉を味わっている。
「まだ食ってんのかよ!」
「もう少し待ってください!」
シモンを待っているうちに、あたりを取り囲む魔物の数は300を超えていた。まだ続々と集まってきている。おそらく、マップの索敵範囲外にもいる。
ある意味、ここで待っていたのは良かったのかもしれない。戦闘中に敵が増えるより、最初から大量にいるほうがまだ気が楽だ。しかしこの数……これは徹夜コースかな。