作品タイトル不明
冒険者、営業中8
拠点を沼地に移動してから、森の中で数日を過ごした。いよいよ明日は王都に帰る日だ。
俺としてはずっとここに居ても良かったのだが、リッキーとケイトに疲れの色が見え始めている。森の中を歩くことは慣れているようだったが、魔物に襲われるかもしれないという緊張感には、慣れていないらしい。
俺のテントの中に全員を集め、数日の成果をまとめた。
今回の収穫は、春の味覚と言われるような各種山菜たち。ユキノシタとフキノトウはもちろん、ウワバミソウ、セリ、ウルイ、ニリンソウ、トリアシショウマと、かなりの種類を採取することができた。
同時に、売れる毒草も見つけることができた。バイケイソウとトリカブト、スイセンだ。どれも間違えやすい植物で、注意が必要だ。リッキーとケイトにも注意を促せたので、良かったと思っている。
「大収穫だったじゃないか」
「今年の冬は暖かかったのかしら……」
クレアが笑顔で呟いた。
今回の収穫には明らかに時期外れなものもあることから、今年の冬が例年になく暖かかったことが見て取れる。王都ではそんな噂は聞いていない。おそらく誰も知らないのだろう。まあ、時期外れに好き好んで森に入る人は少ないから、知らなくて当然だな。
それはともかく、採取はリッキーとケイトも参加した。2人は殆どの植物が初見だったにもかかわらず、持ち前の嗅覚で次々と採取していた。今回の収穫は、半分が2人の手柄だ。
「なあ、これを全部納品したら、普通にランクアップするんじゃないか?」
ユキノシタを納品しなかったとしても、全部で9種類ある。余裕で達成だ。でも、達成感が微塵もない。
「あ……本当ね。何も教えてない気がするわ……」
「まだ戦闘訓練が足りていないんだよな。たかがゴブリンに、苦戦しすぎだ」
「いえ、2人は頑張ったと思いますよ?」
ルナは2人を庇うように言うが……。
「でもさ、頭が悪いゴブリンじゃなかったら、負けたのはこいつらだよ?」
「2人はまだ新人なのよ。普通なら、もっと稽古をつけてから挑むの。2人にはまだ早かったみたいね」
クレアも2人を庇う。これは考えを改めるしか無いな。
王城で訓練してもらったのだが、たった1日では足りなかったということか……。圧倒的に戦闘経験が足りない。これでは森の中で立ち往生してしまうぞ。
「魔法はどうだ? 少しは上達したのか?」
「はい、なんとか……」
リッキーがそう呟くと、リリィさんは得意げに言う。
「まあ、私とルナが教えたんだ。上達してもらわないと困るぞ。回復魔法と強化魔法はなんとか使えるようになった」
「軽いキズを治すくらいなら、なんとか使えます」
ケイトが不安げに言う。
まだまだ足りていないが、あとは慣れだな。使っていればそのうち上達するだろう。
「あとは剣だが……」
剣の修業だけは俺たちではどうにもならない。教えられる人間が居ないし、それよりも魔法を優先したかった。強化魔法が使えれば、戦えなくても逃げることはできる。
俺が言い淀むと、リッキーは心配そうに口を開いた。
「教えてもらえないんですか?」
「できれば俺が教えてやりたいけど、剣の扱いなんて知らないんだよ。いつもはこれで戦っている」
そう言ってマチェットを見せた。刃渡りは30cm程度。なんの変哲もない、ごく普通の一般的な 農(・) 具(・) だ。
「……これで戦っているんですか? これ、農具ですよね?」
リッキーは怪訝な表情を浮かべている。
「よく知っているじゃないか。枝打ちと草刈りが捗る、便利な農具だ」
「こんなもので、どうやって……」
「魔法も兼用しているから、取り回しが簡単な刃物の方が戦いやすいんだ。でもこれ、一応武器店のおっちゃんに薦められた武器だぞ?」
「変な武器店ですね……」
まあ、変な店であることは否定できないかな。一般的な剣を扱わず、マニアックな剣ばかりを扱っているから。
リッキーと会話をしていると、クレアが口を挟む。
「片手剣なら、アタシが教えてもいいわよ? 使用歴だけは長いから」
「いや、クレアはようやく片刃の片手剣に慣れてきたんだ。今戻すと、変な癖がついてしまうかもしれない」
両刃の剣と片刃の剣は、同じ刃物だけど使い方がまるで違う。クレアは片刃の剣に転向して日が浅いので、今は自分の武器に専念した方がいい。
「それもそうね。でも、誰が教えるの?」
クレアがそう言うと、リッキーは不思議そうな顔で手を挙げた。
「あの、みなさんはどんな武器を使っているんですか?」
「そうか。言っていなかったんだな。俺たちは一般的な武器を使わない。使えないと言った方がいいかな。俺とクレア以外は剣の修業をしたことがないんだ。それに、修業したと言っても俺は1カ月程度だし、クレアは向いていないから武器を変えた」
「見せた方が早いわね。アタシの武器はこれよ」
クレアは、普段はファルカタを使っている。魔道具のマクハエラは切れすぎるので、いざという時にしか使わない。どちらも特殊な形状をした片刃の片手剣だ。
「珍しい形ですね……。どうしてこれを選んだんです?」
「両刃の剣は、鎧を着た人間と戦うことに特化した剣だ。魔物と戦うなら、切れ味がいい片刃を使うべきだと思ったんだよ」
「なるほど……。じゃあ、僕も片刃に持ち替えた方がいいですかね?」
「両刃が使いやすいなら、そのままでいいんじゃないか? クレアは両刃に向いていなかっただけだから」
クレアは力よりも手数で勝負するような使い方をしていた。両刃の剣もそれなりに斬れるのだが、そのような戦い方だとダメージが浅くなる。
もし他に向いている剣を探すなら、エストックやレイピアのような刺突剣だろう。どちらも魔物に向いている剣ではないので、片刃の片手剣を選んだ。無難なサーベルを選ばなかったのは、クレアの趣味だな。『伝説』という言葉に釣られただけだ。
次に武器を披露したのはルナだ。ナイフとダガーをマジックバッグから取り出し、床に置いた。
「私はこれです。両手に持って戦います」
「これ、護身用じゃないですか……。実戦で使えるんですか?」
リッキーは不思議そうに言う。それもそのはず、ダガーは護身用で、よく斬れるが短い。武器として使いやすいような物ではない。
「急所に突き刺すだけですから、大丈夫ですよ」
「え?」
「それがルナの戦い方なんだよ。懐に踏み込んで急所に一突きだ」
「それは……真似できそうにありません」
2人が静かに首を横に振ると、リーズが目を輝かせてマジックバッグに手を突っ込んだ。次はリーズの番だ。
「あたしのはこれだよー!」
リーズが取り出したのは、グレイヴ……ではなく俺が作った鉄の棒。
「違うだろ。グレイヴを出せって」
「ええ? こっちの方が使いやすいよ?」
「ただの棒にしか見えません……」
ケイトはリーズが持つ棒をまじまじと見つめた。どれだけ見てもただの棒にしか見えないだろう。
「まあ、ただの棒だからな。これでも十分戦えているから、別にいいんだけど」
リーズにとっては刃物が邪魔らしい。ボナンザさんから悪い影響を受けている。教育に悪いから、ボナンザさんとは距離をおいた方がいいのかな……。
まあ、上手く戦えているからいいんだけど。刃物よりも獲物の損傷が少ないから、冒険者としては正しいのかもしれない。
一通りの紹介を終え、満を持してリリィさんの登場。出すのはもちろん……。
「じゃあ、最後に私だな。自慢の力作だよ。存分に見てくれたまえ!」
リリィさんは渾身のドヤ顔でメリケンサックを見せた。
「……これはなんです?」
「鉄の塊?」
2人は怪訝な表情を浮かべて呟いた。まあ、そうだよな。正しい反応だと思うよ。一応解説をしておこうか。
「これは魔道具なんだよ。ただ殴ることだけに特化した武器だ」
「そんなものが……。初めて見ます。いえ、聞いたこともありません」
「そりゃそうだ。リリィが開発した武器だからな。使っているのもリリィだけだ」
「違うぞ。以前、ボナンザさんにも1つ贈った」
いつの間に……。俺が知らない間に、メリケンサック愛好家が増えていたようだ。まあ、ボナンザさんなら喜びそうだよね、うん。
「これが俺たちの武器だ。学びたい武器があれば俺たちが教えるけど、どうする?」
「どれも普通の武器ではないですね……」
「まあ、そうだな。見ての通り、両刃の剣を扱える人が居ないんだよ。だから、まともに教えることができない」
「やっぱり僕たちも武器を替えるべきですかね……」
リッキーは思いつめたような表情で呟いた。それも1つの手段としてアリなんだけど、まずは基本を学ぶべきのような気がする。
……こうなったら本格的に王城の訓練に放り込んでやるか。あそこなら片手剣を教えてもらえるし、即席でそこそこ戦えるようになるはずだ。
「いや、王城には話を付けておくから、例の部隊で訓練を受けてこい」
「あの訓練を……もう一度?」
リッキーは引き攣った青い顔で呟き、その隣でケイトは絶望の淵に立たされたような顔をしている。そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか……。
「一度というか、1カ月ほどだな。このまま昇格したら、たぶん死ぬぞ?」
できれば早朝訓練で生還できるくらい。1カ月もあれば大丈夫だろ。
「そんな……」
リッキーとケイトは目に涙を浮かべて青い顔をしている。悪くない提案だと思ったんだけどなあ。
「嫌なら俺がやってもいいんだけど……」
「お願いします! コーさんの修業を受けさせてください!」
リッキーが必死な形相で叫んだ。俺がやる分には構わないんだけど、いいのかなあ……。
「俺にできることと言えば、ゴブリンの群れの中に放り込むくらいなんだよ」
「はぃ?」
「ルナの時もそうだったし……。あ、リーズの時はウルフの群れだったかな?」
「そうだねー。何度か死んだと思ったよー」
リーズは優雅に戦っているように見えたけど、実はギリギリだったみたいだ。
クレアとリリィさんは最初からそこそこ戦えたけど、ルナとリーズは完全にド素人だった。さらに言うと、子どものようなアーヴィンだって、ゴブリンの群れに放り込んだ。身体強化ができるからこその訓練だ。この2人にはキツイだろうなあ。
「……本当ですか?」
「持っている武器も特殊だし、実戦が一番手っ取り早いからな。王城の訓練と違って命の保証ができないんだけど、どうする?」
俺たちの援護があればたぶん大事には至らないだろうけど、実戦には想定外がつきものだ。だからこそ訓練として優れているんだけど、絶対に安全だとは言い切れない。
「無理ですっ!」
ケイトの悲痛な叫びが木霊した。これで決定だな。2人の訓練はグラッド教官に丸投げする。
夜明けとともに王都へと向かい、そのまま冒険者ギルドへとやってきた。森に入ることは伝えていたので、その成果報告だ。
カウンターに歩み寄ると、エリシアさんに話し掛けられた。
「お疲れ様です。どうでした?」
「悪くないよ。というか、大収穫だった。どういうわけか、大量の薬草が生えていたんだ。とりあえず納品させてくれ」
そう言って、予備のマジックバッグに詰めた薬草をそのまま渡す。
すると、マジックバッグの中身を見たエリシアさんの顔が引き攣った。
「えっと……どれも時期外れなんですけど、どこまで採りに行ったんですか?」
やはり冒険者ギルドでも、森の様子は把握していないようだ。
「森の奥だよ。ちょっと南の方に行けば、まだたくさん生えている」
「そうですか……。報告ありがとうございます。このことは告知させていただいても?」
エリシアさんは遠慮深く言う。
「問題ない。どうせ俺たちは当分行かないだろうからね」
告知されたら他の冒険者たちも森に行くことになるだろうが、別に構わない。俺たちだけで採り切れる量ではないし、そもそも次に森に入るのはもっと先になると思う。
「それはありがとうございます。助かります。ところで、これは新人のお2人の成績にしてもいいんですか?」
「それでいいよ。2人とも頑張っていたからな」
「となると、お2人は晴れてEランクになるんですけど……」
ランクアップについては打ち合わせ通りだが、エリシアさんの言いたいこともわかる。昇格が早すぎだ。
「昇格は少し待ってくれないかな。2人で行動するのはまだ危険だ。期間ギリギリまで、俺の知り合いに訓練してもらうよ」
「それは構いませんけど……お知り合いとは、どなたですか?」
「城で兵士の隊長をやっている、俺の教官だった人だよ。あの人に任せておけば問題ない」
グラッド教官に預けておけば、死なない程度に鍛えてくれるはずだ。
「え……いいんですか? お2人は目が死んでいますけど……」
リッキーとケイトの目が死んだ魚のようになっている。そんなに嫌がったら、グラッド教官が可哀想じゃないか。
「大丈夫だって。訓練の時に人が死なないことで有名な部隊だから」
「それって、当たり前のことでは……?」
エリシアさんが苦笑いで呟くが、大事なことだと思うぞ。
訓練とは言え、管理がいい加減だったら事故死もあり得る。だがあの部隊では、訓練中の事故死だけは物凄く気を使っているみたいだった。死にはしないから安心だ。
「まあ、そういうことだから。時期が来たら昇格の手続きを頼むよ」
「わかりました……。手続きをしておきます。リッキーくんとケイトちゃんは、本当にそれでいいの?」
「……はい。覚悟は決めました」
「コーさんの訓練よりはマシみたいなので……」
よし。丸く収まった。最後に2人を王城に送り込めば、俺たちの任務は終わりだ。力無く歩く2人を連れて、冒険者ギルドを後にした。
その足ですぐに王城に向かう。急なお願いではあるが、グラッド隊は常に人手不足だ。2人分の部屋はすぐに準備できるだろう。
2人を抱えて王城まで走り、グラッド教官に宛てた手紙をリッキーに持たせた。
「では……行ってきます……」
リッキーは戸惑いながらも力強い口調で言う。まるで死地に赴くような態度だ。訓練では死なないというのに……。夕方の鐘が鳴り響く中、2人は城門を抜けて城の奥へと消えていった。