作品タイトル不明
アーヴィンくんの修業日記1
ミルジアでなんやかんやあった後、エルミンスールに帰ってきた。
いつものように、夕食後はみんなで会話をする。話題は、ミルジアで起きたことの報告だ。
アーヴィンの実家の話なので、気になっているはず。テーブルに身を乗り出し、俺の説明を熱心に聞いていた。
「というわけで、お前の実家に行ったわけだが。まだちょっと落ち着いていないようなんだ。退屈かもしれないが、もう少しここに滞在してくれ」
「襲撃? 撃退? ちょっと言っている意味がわからないんだけど……」
「言ったとおり、そのままの意味だ。今は復旧の真っ最中だろうから、まだ帰らない方がいいぞ」
たぶん迷惑。アーヴィンが帰ると、いろいろ手間が増える。ただでも忙しいだろうに、もっと忙しくなる。
「なんだかよく分からないうちにさ、いろんな事が起きすぎなんだよ。
僕も一応当事者だよね? どうして僕だけ蚊帳の外だったのさ」
「そんなことを言われてもなあ……。お前、弱すぎ」
「う……」
アーヴィンは返す言葉もなくうなだれた。こいつも普通に戦えれば、もっと連れ回していたんだけどなあ。
「もっと真面目に訓練をすれば良かったんだよ。身体強化くらいはできるようになったんだろ?」
「うん……たぶん……」
「たぶんってなんだよ。やっぱり多少はハードな訓練をしないとダメみたいだな。明日は狩りに行くぞ。いや、これから行くか?」
「コーさん、どこに連れていく気ですか……?」
ルナが心配そうに聞く。
うーん、どこがいいかな。アーヴィンは、たぶんまだメチャクチャ弱いから、いきなりサイクロプスの相手をするのはキツそうだ。
だからといって、ゴブリン数匹じゃあ相手にならないよなあ。ゴブリンなら、グロス単位で出てきてくれないとダメだ。
「旧エルフの村近辺でどうだろう。運が良ければバブーンの大群に会える」
「やめてください! 無茶が過ぎます!」
ダメかあ……。バブーン単体はそれほど強くないが、群れるとなかなかヤバイ。奴らは絶対に逃げないし、石を投げたりしてくる。
次から次へと襲ってくるから、訓練の相手としてはちょうどいいと思ったんだけどなあ。
「……待って。行くことは決定なの?」
アーヴィンが恐る恐る口を挟んだ。
「いや、決定だよ。そもそもお前が弱すぎるのが問題なんだから。本当はグラッド隊の訓練に混ざるのが最良なんだけど、お前は身分証を持っていないだろ?」
「う……そうだけど……」
口ごもるアーヴィンに、近くで掃除をしていたクレアが声を掛ける。
「行ってきなさいよ。グラッド隊の訓練よりはマシかもしれないわよ?」
どちらがマシか……少なくとも、グラッド隊の訓練では死ぬことはあまりない。殺す気で向かってくる魔物を相手にするよりはマシじゃないかな。
うーん、クレアの感想とは逆だな。
浮かない顔をしているアーヴィンを引き連れて、アレンシア王都東の森に転移した。同行者はルナとリーズ。リーズは索敵要員で、ルナは緊急時の救護要員として同行してもらった。
走りながらマップで探すこともできるのだが、リーズの感覚には敵わない。森の中は足場が良くないので、アーヴィンの負担を減らすためにリーズに任せる。
「さて、ゴブリンを探そうか。リーズ、この辺にちょうどいい群れは居ないか?」
「待って! どうして群れなのさ! 単独行動している奴を探してよ」
アーヴィンが焦ったように懇願するが、もちろん却下だ。ゴブリンなんて、単独で見つけても意味がない。報酬的にも美味しくない。
俺の意志が伝わったのか、リーズは無言で索敵を続けている。
「アーヴィンさん、諦めてください……。危なくなったら、すぐに助けますから……」
ルナが気の毒そうに言う。そんなに酷い訓練じゃないと思うんだけどなあ。
「居たよっ! あっち!」
リーズが叫ぶ。どうやら手頃なゴブリンを見つけたらしい。
「よし、行こうか。アーヴィンも、走るくらいはできるよな?」
「できるけど……本当に行くの?」
「行かないと訓練にならないだろ。まさか、森の中を散歩して帰るつもりか?」
「う……行く……。行けばいいんでしょ!」
アーヴィンは、突然大きな声を出した。開き直ったようだ。
アーヴィンを連れて森を走るのは、これが初めて。慣れていないだろうから、手加減してゆっくり走る。
「ハァ……ちょ……ハァ……待って……」
5分ほど走ったところで、アーヴィンが立ち止まって呟いた。手加減したつもりだったのに、もう息が切れている。
「まだ全然走っていないだろう。お前を待っていたら、ゴブリンまで辿り着けないぞ……。
仕方がないな」
そう言って、アーヴィンを小脇に抱える。いつもの移動スタイルだ。本当は走らせた方がいいのだが、今日の目的は戦闘訓練だ。基礎体力の訓練ではない。
とはいえ、スタミナが無さ過ぎるよなあ。帰ったら目一杯走らせよう。
「楽なんだけど、ちょっと恥ずかしいんだよね……」
「そう思うんなら走れよ。帰ったら特訓だからな」
「うっ……藪蛇だった……」
ルナは、荷物のように抱えられたアーヴィンを可哀想な目で見ている。マジで可哀想だからやめてあげて……。
「……強化魔法を掛けましょうか?」
ルナなりの優しさだったらしい。
詠唱魔法の身体強化は、俺たちが使っている身体強化とは全くの別物だ。他人にも付与できて、効果が切れた時の倦怠感もない。そのかわり、筋力のトレーニングにはならず、訓練時に使うのは良くない。
「ルナ、悪いんだけど、使わない方がいいと思うぞ。身体強化の妨げになりそうだ」
「あ……確かにそうですね。すみません、アーヴィンさん。そのまま我慢してください」
一般に使われる詠唱魔法と俺の無詠唱魔法は、相性がすこぶる悪い。同時に発動できないのはもちろんのこと、同じ魔法は詠唱魔法が優先されてしまい、習得すらできない。
身体強化が習得できるのは、詠唱の強化魔法をベースにしていないからだ。完全に俺のオリジナル……のつもりだったのだが、神たちは普通に使っていて、若干ショックだった。
アーヴィンを抱えて走ること、約30分。ゴブリンの群れが目視できる位置に辿り着いた。その数、約30匹。マップで確認すると、100匹ほど居ることが分かった。
「あそこにゴブリンが居るのが見えるよな?」
「あれがゴブリンなんだ……多くない?」
「見えている分は少ないぞ。10匹ほど倒したら、奥からもっと出てくる」
初めて出会ったゴブリンは、10匹ほど倒した辺りから、ベルトコンベアで運ばれるかのようにわんさか湧いてきた。結局、300匹近いゴブリンを討伐することになった。今回も、ゴブリンコンベアで100匹出てくるはずだ。
「え? やだ! 行きたくないっ!」
「駄々をこねるなよ。誰もが一度は通る道だ。頑張れ」
「コーさん。誰もが、ではありませんよ……。かなり珍しいです」
おや? ゴブリン討伐と言えば、冒険者の登竜門じゃないのか? あ、もしかして、ゴブリンは森の奥に居るからかな。街の近くだと、ボアやグリーンブルの方がよく出会う。
「まあいいや。どうせ雑魚だから、適当に剣を振り回せば勝てるよ」
ゴブリンを相手にしていると、弱い者いじめをしているような感覚になる。でも、ゴブリンの間引きは必要なことだ。ミルジアのスライムと同じで、ゴブリンが居ると大型の魔物が増える。
ミルジアではサイクロプスだが、アレンシアではオーガだ。アレンシア兵士がゴブリンを狩りまくっているので、目撃例は少ない。
「がんばってー。ガッてやってエイッてやれば、すぐだからー」
リーズが適当な助言をしている。それで理解できる奴は、相当な天才かただのエスパーだぞ。
「お前も前世では強かったんだろ? その時の感覚で戦えば問題ない」
アーヴィンは、転生する前はミルジアで最強の使徒と呼ばれていた。今とは比べ物にならないほど強かったはずだ。体は動かなくても、勘はいいと思う。
「大問題だよ……。前世と違って、僕は普通の人間だよ?」
「大差無いよ。俺たちだって、チートを持たない普通の人間だ」
「え……それは嘘でしょ……」
「いいから行く! 早く行かないと、群れの中に放り込むぞ」
「それはやだっ!」
アーヴィンは、意を決したようにゴブリンの群れの中に突っ込んだ。その手には、しっかりと片手剣が握られている。
真っ先にアーヴィンに気付いたゴブリンは、気色悪い雄叫びを上げながらアーヴィンに殴りかかった。それをギリギリで躱し、肩を斬りつける。しかし、骨に当たって振り抜けなかった。弾かれた剣は、体ごとアーヴィンを揺する。
ちょっとヒヤヒヤするな。身体強化も安定していないみたいだ。
アーヴィンは、それでも何とか斬り続ける。何発か殴られながらも、確実に討伐数を増やしていった。
そして16匹目のゴブリンを討伐した時、アーヴィンは勢い余って転倒した。その上に、数匹のゴブリンが伸し掛かる。さすがに拙いかな。
「行くぞ! 救援だ!」
「はいっ!」
「はーい」
2人の返事を待たず、一気に駆けつける。そのままの勢いで、アーヴィンの上に乗ったゴブリンを蹴り飛ばした。
下敷きになったアーヴィンは、小さくうめき声を上げている。
「大丈夫か?」
「痛い……。手と、足が……折れたみたい」
息も絶え絶えに、声を絞り出した。
「よし。死んでいないから問題無い。そのまま待機!」
「よく……ない……」
アーヴィンが死にそうな声で何かを呟いたが、声が出ているなら死んでいない。大丈夫だ。アーヴィンのことはルナに任せ、目の前のゴブリンを蹴散らす。
俺が担当するのは、森の奥に隠れているゴブリンだ。
ゴブリンは木に隠れているので、討伐するのは難しい。……というのは昔の話。今は転移剣が使えるので、障害物など関係無い。腕を一振りするだけで、木の裏にいるゴブリンが真っ二つだ。
1匹ずつ対応していると、どうしても討ち漏らしが発生する。俺の攻撃を掻い潜って接近してきた奴は、リーズが対処しているはずだ。リーズの様子を確認する。
すると、なぜかまた訓練用の鉄の棒を振り回していた。なぜ?
「グレイヴは使わないのか?」
もう、どうしても気になる。前回ミルジアで戦っていたときもそうだった。頑なに鈍器で戦おうとしている。
以前までリーズが使っていた武器は、棒の先にサーベルを付けたような、 薙刀(なぎなた) のようなグレイヴという武器だ。中距離からの攻撃に向いていて、リーズの戦い方にはよく合っていたはず。
だが、いつの間にか全然使わなくなっていた。ただの鉄の棒で、元気に撲殺している。
「先っちょがねぇ、邪魔なのー」
「そっか。邪魔ならしょうがないな」
先っちょって、刃物の部分だろ? 一番大事な部分が邪魔って、どういうことだよ……。
リーズの感覚はよく分からない。でも、本人が納得しているなら、まあいいだろう。今度高級な鉄の棒を買ってあげよう。今の鉄の棒、俺が適当に作っただけだから。材料も良くないし、性能も良くない。
一通りの討伐を終え、周囲のゴブリンが居なくなったことを確認した。今回の討伐数は約100匹で、デカイ奴は居なかった。
魔石と討伐部位である耳を回収していると、アーヴィンが悲しそうな表情を浮かべて近くに寄ってきた。
「ごめん……。剣が、もうダメみたいだよ」
アーヴィンが掴んでいる剣を見ると、刃がボロボロに欠けている。金ボアを斬りつけた時のようだ。
安く買ったが、悪い物ではなかったはず。一度の戦闘でここまで壊れたのは、たぶん扱いが悪いからだな。何にせよ、修理が必要だ。
「この程度なら直るぞ。この後で武器屋に……いや、鍛冶屋に持ち込んだ方が早いな。知り合いが居るんだ。そいつに頼もう」
以前も修理を依頼した、鉄の街ビルバオの鍛冶職人だ。名前はエリンだったかな。
「うん……お願いします……」
アーヴィンは力無く頷いた。
ゴブリンの耳は王都に持ち込むつもりだったが、それでは二度手間になってしまう。ビルバオの冒険者ギルドに持ち込もう。
エルミンスールに帰って一泊したら、朝一番でビルバオに行く。ずいぶん久しぶりだが、エリンは覚えているだろうか。