作品タイトル不明
違和感
エウラの冒険者ギルドで、お茶をすすりながらケインを待った。探す必要が無くなったというのは有り難い。この事はクレアとリリィさんにも通達している。
クレアは講習期間が短くなることを恐れているようで、「できれば、ゆっくりしてほしいなぁ」と言っていた。そのため、特に問題が発生しなければ、習得まではエウラに留まるつもりだ。
準備したお茶とお茶菓子は無くなったが、そのまま暫く待つ。すると、ケインは約束通りにやってきた。万が一に備え、テーブルとティーセットを仕舞って武器を準備する。
「来たよ。僕が話をしてくるから、君たちは待ってて」
そう言われて素直に待つわけ無いだろう。ケインのもとに向かうアーヴィンを見送りつつ、気配を隠してギリギリ声が届く位置に移動した。
「やあ。待たせて悪かったね」
「生きて……いたんですね」
「ああ。ちょっと不覚を取ったんだけど、偶然、神聖ユーガ帝国に流れ着いてね。
アーヴィンくんこそ、どうしたんだい?」
ケインの穏やかな口調に、アーヴィンは難しい表情を浮かべて身を引いた。
「あなたは……誰ですか?」
「何を言っているんだい? どう見てもケインだろう?」
「違う! ケインさんは、僕のことをアーヴィンとは呼ばない!」
違和感の正体が判明したらしい。呼び名か……。突然変わると気持ち悪いんだよな。俺も、いまさら本名で呼ばれたら気持ち悪い。ただね……使徒の2人も含めて、学校の連中は俺の本名を覚えていないだろうなあ。
そんなことはどうでもいい。これは緊急事態だ。急いで駆け寄り、アーヴィンの前に出た。
「アーヴィン、ちょっと説明してくれ。どういうことだ?」
「ケインさんは、僕のことをアリーネって呼び続けていたんだ。どれだけ注意してもね。そして、ずっと男扱いしてくれなかった」
なるほどなあ。アーヴィンの性別を知っている人だったのか。
「……ふふふ。そうだったね。私にも心境の変化というものがあるんだよ。死にかけたばかりだからね」
ケインも言い訳をして応戦する。もっともらしい言葉なんだけど、どうにも嘘くさいんだよなあ。特にこの、張り付いたような薄ら笑い。詐欺師を彷彿とさせる。
「ケインさんは、そんな笑い方をしないっ!」
アーヴィンは、激昂して声を荒らげた。余程酷い違和感があるのだろう。
……ケインが死んでいたと仮定すると、全てがハマるんだよなあ。あまり考えたくないことだが、ケインが依代になっている場合だ。
詐欺師がハインツ教と繋がっていることはわかっているんだ。 ア(・) イ(・) ツ(・) と密会していたと言うなら納得できる。ケインが行方不明になった時期と、 ア(・) イ(・) ツ(・) が依代を無くした時期も一致する。
そして、誰かが乗り移ったように別人としか考えられない言動。となれば、誰かが乗り移っていると考えた方が自然だ。
ちょっと確認しよう。ケインの前に飛び出して、威圧の魔法を飛ばす。本物のケインであれば気絶して終了だ。後で謝れば済む。
放たれた威圧の魔法は即座に霧散し、複数のナイフが飛んできた。しかも、ナイフの影にナイフを隠すというサービス付きだ。飛んできたナイフはただの挨拶だろう。全部弾き飛ばす。
咄嗟の攻撃には、使い慣れた武器が出る。こんな攻撃ができる奴は、俺はハインツしか知らない。
「新しい依代の調子は良いみたいだな。
あんた、ハインツだろ?」
「……どうして僕の名前を知っているのですかね……。困りましたねぇ。まさかとは思いますが、ミルズの差し金ですか?」
ケイン(ハインツ) の威圧感が大きく膨らむ。サルマンだった時以上の圧力だ。
「ルナとリーズはアーヴィンを連れて離脱! クレアに状況を説明してくれ! 結界を張る! 結界内に誰も入れるな!」
すぐに指示を出した。それと同時に、雪隠結界を展開する。ハインツは俺と同じタイプの身体強化を使う。そのため、この結界から出ることができない。俺も出られないが、勝てば済む話だ。
この結界は一般人は素通りしてしまうので、外で誰かが監視しなければならない。その役目をルナとリーズに任せた。
ハインツの対処法はすでに分かっている。 浄化の魔法(エクソーサイズ) だ。全身に施して、マチェットを構える。
こういう時に限って、クレアと別行動中なんだよな。ファルカタが使えれば、少しは楽になると思うんだけど。
「妙な結界ですね……。魔族の嫌な気配を感じます。どこで拾ったんですかねぇ」
ブツブツと何かを呟くハインツに、勢いよく殴り掛かる。脳天から振り下ろしたマチェットは避けられたが、即座に腹に膝蹴りを入れる。俺の膝がハインツの脇腹にめり込み、数メートル先に飛んでいった。
手応えはあったが、この程度で倒せるとは思えない。駆け寄って踏みつける。続いて、マウントポジションからのタコ殴り。格闘ゲームのコンボ技のように、連続攻撃を仕掛ける。
マチェットを顔面に突き刺そうと振りかぶった瞬間、ハインツはブリッジの体勢で俺をはねのけた。体勢を崩して地面に転がる。
そのスキを突かれ、思い切り蹴られた。ハインツの向こう脛が胸に当たる。衝撃は肋骨から肺に伝わり、背中に抜けていった。一瞬、呼吸が止まる。
たった一撃だったのに、かなり拙い状況だ。激しい痛みと異常な熱が、俺の右胸を襲う。考えたくないが、たぶん折れているな。これを何度も食らったら、さすがに死ぬ。
怪我の治癒を試みるも、ハインツの追撃に阻まれた。ハインツの拳を左腕で防ぐが……『バキィ!』と嫌な音が響いて腕が上がらなくなった。さらにハインツの蹴りが右肩に当たり、激しく飛ばされる。
2、3回地面に叩きつけられ、停止した。ハインツは、そのうえまだ追い打ちを掛けるつもりだ。気配が物凄い速さで近付く。しかしすぐには立てない。
転移魔法で避けよう。集中力は必要だが、立ち上がるよりは早い。ハインツの追撃を受ける瞬間、ハインツの背後の結界ギリギリに転移する。
接近戦は拙い。幸い、ここは雪隠結界の中。この中から放たれた魔法は、結界の壁を越えることは無い。アンチマテリアルライフルの弾丸を大量に出した。“何発”なんて考えない。とにかくいっぱいだ。
下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる……。命中精度を上げるために努力してきたが、もう関係ない。大量に出した弾丸を、ハインツの気配に向けて一気に発射した。
数十発の弾丸を体で受け止めたハインツは、激しく踊る。数発の弾丸がハインツを貫き、左腕を吹き飛ばした。しかし、怯むこと無く接近を続ける。痛覚無効はチート過ぎじゃないか……。
「驚きましたねぇ……。あなたは何故我々と同じ魔法が使えるのでしょう。ミルズの使徒でしょうか? いえ、あのミルズが、使徒に神の魔法を教えるはずがありませんね……」
神の魔法? 何を言っているんだ……。今はそんなことを考えている場合じゃない。これで倒せないと厳しいぞ。体中のあちこちが痛い。早く終わらせて治癒魔法を掛けたい。
ハインツは少し距離を取って立ち止まると、頭上に大きな岩を発生させた。超特大のストーンバレットだ。俺のアンチマテリアルライフルと同じタイプの魔法。あれが超高速で飛んでくる、そんな未来が見えた。
もう一度転移魔法で逃げる。『ズドォン!』と大きな音を立て、俺が元居た場所が大岩によって粉砕された。ハインツの頭上には次の大岩がスタンバイしている。向かう先は、ここだ。
何度でも転移で逃げる。何度も、何度も……。繰り返される大岩の追撃を、ギリギリで避け続けた。
折れた骨の痛みで、意識は吹っ飛ぶ寸前だ。頭も上手く働かない。呼吸も整わない。目も霞んできた。怪我の状態は、思ったよりも深刻のようだ。
反撃……。反撃しないと拙い。依代を破壊できれば、ひとまず勝ちだ。既に半壊状態なので、もう少し。
「あなたのせいで、また依代が壊れました。この姿ではもう活動できませんよ……。せっかく頑丈な依代を見つけましたのにねぇ」
ハインツはそう言いながら、大量の大岩を頭上に浮かべた。トドメを刺す気だ。避けようが無い。
一度結界の外に離脱しよう。
そう思って目標を定めたが、転移が発動しない。いや、発動したが、押し戻される感覚だった。もしかして、この結界は転移も無効にするのか? マジで使い勝手が悪い!
目の前に迫る大岩。もうダメか……。そう思った瞬間、周囲が突然止まったかのようにゆっくりに見えた。感覚が研ぎ澄まされ、周囲の状況が手に取るようにわかる。頭も異常なほど冴え渡っている。まるで自分が数人居るような感覚だ。
全身を巡る魔力が、完全に自分と融合したように感じられる。極限を超えて何かに目覚めた? いやいや、いくらなんでも都合が良すぎ。火事場の馬鹿力的なやつだろう。
思考が加速しているのに、自分の動きは遅くなった気がしない。身体強化の度合いも上がっているみたいだ。
迫る大岩をスルリとすり抜け、いつの間にか落としていたマチェットを拾い上げた。マチェットを構えてハインツの前に立つ。
ハインツも慌てて防御態勢に入るが、もう遅い。振り抜かれたマチェットが、ハインツの体を真っ二つに分断した。その体は、一滴の血も流すこと無く、地面にドサリと崩れ落ちた。
依代は破壊した。ハインツの本体は逃げるだろうが、一応勝ちだ。急いで治癒魔法を掛け、怪我を治した。
魔力も体力も使いすぎた。もう立てるはずがない。と思うのだが、何故か全然平気。痛みが無くなったので、むしろ元気になったくらい。変だな……。
そしてもう一つ変なこと。ハインツの気配が感じられる。サルマンの時は、依代から抜けた時に気配が消えた。しかし、今回はまだ上空に留まっている。
もしかして、結界に阻まれている? 意外な効果を発見した。案外、このための結界なのかもしれないな。その他の効果はただの副作用で、本来は神を捕らえるために使う、みたいな。……考え過ぎかな。
この結界の中には、依代になりそうな物は何もない。このまま放置すれば消滅するはずだ。でも、俺も外に出られない。身体強化を切れば出られるが、ハインツが目の前に居るんだ。身体強化を切ることはできない。
どうにか消滅を早めることはできないかな。
試すなら 浄化の魔法(エクソーサイズ) だろう。殴る事はできないので、全力の風に 浄化の魔法(エクソーサイズ) を混ぜた。そのまま、結界内に竜巻を発生させる。
すると、『ゴォォォォォォ!』と異様な音を鳴らし、気配が消えていった。あっけない終わりだったが、ハインツの完全駆除に成功した。
魔法を使う感覚は、いつもと少し違う気がする。自分なのだが自分ではないような、妙な感覚だ。突然の覚醒と関係があるのかな……。
完全に気配が消滅したことを確認し、ケインの体を回収する。アーヴィンは、ちゃんと弔ってやりたいだろうからな。
結界が消えるまでの間、自分の身に起きたことを再確認する。最後の攻撃を避けた時、今まで聞いていた身体強化の追加効果が全て現れた。今もその感覚が残っている。
今思えば、戦っている最中から様子がおかしかった。数え切れないほど転移を繰り返したのに、魔力が尽きなかったんだ。消費魔力が減ったというか、魔力を的確に使えているという自覚がある。
初めての訓練の時もそうだったが、追い詰められることで精度が上がるのかな……。もう勘弁だけどね。
たぶん、転移できる距離は大幅に延びたと思う。他の魔法も効率が上がっているはずだ。結界の効果が切れたら、改めて確認しよう。