軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

超特急

会議室に入ると、試験官は椅子に座り、テーブルに突っ伏した。さっきまでの堂々とした姿はどこへ行ったのか。

説明を聞かないと試験にならない。落ち込んだ様子の試験官に話し掛けた。

「これから実技試験なんだろう? どうしたらいい」

試験官は、疲れた表情を浮かべたまま背筋を伸ばし、話を始めた。

「……あぁ、試験ね。そうだな。始めようか。

実は君たちが筆記試験を受けた時に急な依頼が入ったのだが、それを君たちの昇級試験に当てることになった。

かなり難しい依頼だ。達成できなくてもペナルティは発生しない。そのかわり、達成できたなら無条件で昇級だ」

概要だけを聞く限り、とても美味しい話だが……。クレアが心配そうに耳元でそっと囁く。

「拙いわよ。話が良すぎるわ。注意してね」

裏があるらしい。依頼が難しすぎるのかもしれない。

「詳しく聞かせてくれ」

「ある商人が、ミルジアで開催される骨董市に出店するために出発した。しかし、重要な商品を忘れていったのだ。

出店の手続きの締切である、明日の夕刻までに届けなければならない」

あれ? 難しい話じゃないぞ。さっと行って届ければいいんだよな。普通に走れば、ミルジアまでは1日で到着できる。

それに、元々骨董市に行くつもりだったんだ。ちょうどいい依頼じゃないか。

「そんなことでいいのか?」

「うむ。資料通り、足に自信があるようだな。

だが、この依頼には続きがある。依頼者も一緒に連れていってもらう」

はい、地雷確定。一般人の足に合わせたら、1日で到着することは無理だ。最低でも3日は掛かるだろう。どうやって移動しようか。

「おんぶでもすればいいのか?」

「それがな……依頼者というのが、若干難しい人なのだ。できれば違う方法が良いだろう。

その依頼者は、人と接触するのが苦手と言うか、長時間人に触れていると、吐いてしまう」

何だよ、その変な特異体質は。対人恐怖症? 違うよな。極端な潔癖症? でもないよな。とにかく面倒くさい人みたいだ。

おんぶは絶対にナシだ。背中がゲロまみれになる。

「マジックバッグに詰め込もう」

もうこれしか無い。

「え……と、無理です。長時間入っていると死んでしまいます。

そうでなくても、揺れが激しいので……」

ルナが気まずそうに言う。

どうやら、マジックバッグの中に入ると窒息してしまうらしい。マジックバッグの中は常に最小の状態になっていて、物を入れた時に風船のように伸びる。生き物を入れると、口が塞がれてしまうのだ。

頭だけ出せば窒息しないだろうが、とんでもなく揺れる。到着する頃には、マジックバッグがゲロまみれになっているだろう。却下だな。

「とにかく、方法は任せる。無事に期限内に送り届けてくれ」

あ、これ 体(てい) のいい厄介払いだわ。常連の商人だから無下にするわけにもいかず、かと言って冒険者に斡旋するには急過ぎる。達成条件も無駄に難しい。

どうせ達成不可能な依頼なんだから、適当に試験にしてしまえ、というやっつけ仕事のような意志を感じるぞ。

普段なら絶対に受けないような依頼だが、断ることができない。

「了解した。なんとかしてみよう」

微かな悪意を感じながら、依頼票を受け取るためにカウンターに向かう。後ろから元気をなくした試験官も、無言でついてきている。

フロアに出ると、カウンターの横に身なりの良い男が立っていた。たぶんこの人が依頼者だろう。男は冒険者の服装ではない。俺たちと同じような、魔物素材の服を着ている。

デザインは、シンプルな3ピーススーツだ。仕事が出来るビジネスマンのような雰囲気を漂わせている。ネクタイの文化は無いようで、代わりにスカーフのようなものが巻かれていた。

申し訳無さそうな顔をした身なりの良い男を無視して、カウンター係に話し掛けた。

「お疲れさん。怪我は無いかい?」

がっくりと項垂れる試験官を見たカウンター係は、心配そうに言う。

「俺たちは無傷だ。問題無い」

俺に至っては、戦ってすらいないんだ。怪我のしようが無い。

「それは良かった。依頼は引き受けてもらえるのか?」

「そうだな。引き受けるよ」

そう答えると、身なりの良い男とカウンター係の顔がぱあっと明るくなった。あれ? 試験なんだけど、断っても良かったのかな……。

「急な依頼を引き受けてくれてありがとう。ミルジアの越境許可証は発行済だ。すぐに出発できる」

満面の笑みで越境許可証を渡される。すると、身なりの良い男に声を掛けられた。

「急な依頼で悪かったね。感謝する。ビスワズ商会のサントスだ。君たちは?」

その問に答えようとした瞬間、カウンター係が俺たちの紹介を始めた。

「冒険者のコーさんと、愉快な仲間たちだ。全員、戦闘評価Bという腕前だから、安心してほしい」

その呼び方はやめてくれ……。そして、戦闘評価は『B』ではなくて『A』だ。

「それは頼もしい。

事は寸刻を争う。とにかく急いでほしい」

依頼者は胸に右手を当てて、軽やかな仕草で優雅にお辞儀をする。

急ぐことは急ぐが、移動手段が無いんだよなあ。

「あんた、走りは?」

「うむ。それなりに得意だ。但し、冒険者の全力についていけるほどではない」

うっすい希望だったが、やっぱり無理か。どうしよう。

思案を続ける俺たちに見かねたのか、依頼者が声を上げる。

「馬車は私が用意しよう。君たちは、速く走れる馬を準備してほしい」

この依頼の正攻法が見えた。真っ直ぐにしか走れないグリーンブルを生け捕りにして、馬の代わりに牽かせるんだ。それなら馬よりも圧倒的に速い。今すぐに捕獲して夜通し走らせれば、明日の夕方までには到着できるだろう。

でも、そんな面倒なことをする必要は無い。馬車は俺が牽く。

準備を整えて防壁の外に出た。現在の時刻は、およそ午後3時頃だろうか。日が傾きかけている。

「じゃあ、しっかり掴まっていてくれ」

依頼者を馬車に乗せ、車体を牽くためのロープを掴んだ。この馬車はカブリオレという2人乗りの二輪の馬車で、普段は街の中で商人が移動用に使っている。もちろん馬が牽くわけだが。

「本当に大丈夫なのか?」

依頼者は、いかにも心許なげな面持ちで聞く。アレンシアには人力車という概念がないので、人が牽くということに戸惑いが隠せないようだ。意外と儲かると思うけどなあ。

「ああ、俺には問題無い。馬車が耐えられるかはわからないから、異常を感じたら止めてくれ」

アレシフェ以南にはアレンシアの街がない。次の街はミルジア王国内だ。そのため、街道が整備されていない。悪路を高速で走るので、馬車が壊れるかもしれない。車輪や車軸の予備は持っているというので、壊れたら停車して交換する。

俺が1人で馬車を牽き、4人には周囲の警戒と依頼者の安全確保を任せた。万が一落車した場合、すぐに拾い上げて治癒魔法を掛ける予定だ。この馬車には屋根が無く、簡単な幌が付いているだけ。掴まっていないと振り落とされる。

試験官は後方から追走するが、手助けは無い。ただついてくるだけだ。

「よし、行くぞ!」

勢いよく出発した。道なき道を疾走する。草原は平坦ではなく、大小の丘で形成されている。そのため、高速で走る馬車は時には宙に浮く。

「ひぎゃあっ! ぉえっ……。どおあああああ!」

後ろから叫び声が聞こえる。きっと絶叫マシンのような感覚で乗っているのだろう。

これは流行りそうだな。金を払ってでも怖い思いをしたいという酔狂な人は、なぜかとても多い。この世界でも同じはずだ。

「止めてぐぇっ!」

10分ほど走っただろうか。言葉にならにない指示が聞こえた。馬車に異常があるのだろうか。ゆっくりと馬車を停車させた。急に止まると飛んでいくからな。客が。

「どうした?」

「ぐえっ……確かに速いが……。もう腕が限界だ。休ませてくれ」

依頼者は、死にそうな顔で懇願する。まだほとんど進んでいないのに。ガクガクと震える腕を見せ、休憩を主張した。

こんな頻繁に休憩するようでは、明日の夕方までには到着できないな。仕方がない。ロープで座席に縛りつけよう。

「これで大丈夫だろう。出発するぞ」

「私は荷物ではないのだ。この仕打ちは酷ではないか?」

「シートベルトという新技術だ。安全のために我慢しろ」

依頼者は新技術という言葉に反応して納得した。商人だけあって、新しい物への興味は尽きないのだろう。上手く誤魔化せたな。気を取り直して再出発だ。

馬車からは相変わらず小さな悲鳴が聞こえてくるが、概ね順調だ。車体が壊れると厄介なので、いつもよりはペースを落としている。

1時間ほど走ったところで、今度は違う方向から待ったが掛かった。

「ゲホッ……急ぎすぎだ……ハァハァ……ミルジアまで……持たんぞ……」

並走していた試験官が、脂汗を垂れ流してその場にへたりこんだ。体力の限界が来たらしい。体力というよりも魔力か。

しかし『急げ』というオーダーなので、急がないわけにはいかない。ルナの強化魔法でドーピングしても良いのだが、それだとさらにペースが落ちるよなあ。

「仕方がない。馬車に乗れ」

という俺の提案に、依頼者が焦りながら猛抗議する。

「待ってくれ! ちょっと近すぎる! 馬車を替えるから……」

特異体質の話だな。人に触れられるのが、吐くほど嫌いらしい。でも我慢してもらうしかないだろう。

「悪いが我慢してくれ。冒険者ならゲロくらい耐えられる」

俺は絶対に嫌だけどな。試験官殿なら特殊な訓練を積んでいる。きっと。

「いや、そういう問題では……」

「私も……冒険者だ……依頼者と一緒に……馬車に乗るなど……ゲホッ」

嫌がる両者を無視して、試験官を馬車に括り付けた。試験官は馬車の縁にしがみつき、器用に距離を取っている。ひとまず安心だな。少し重くなったが気にしない。再出発しよう。

と馬車を牽くロープに手を掛けた時、リーズが俺に顔を近付けた。

「ねー、あたしもそれやりたーい!」

車夫をやりたいらしい。楽しい物ではないと思うが、リーズには魅力的に映ったようだ。日本でも、人力車の車夫をやっている女性は意外と多いんだよな。

「頼む! 代わってくれ!」

あからさまに喜ぶ依頼者。女だから優しくしてくれると思ったのかな。可哀想に……。残念ながら、リーズは見た目よりも大雑把だぞ。

まあ、依頼者も歓迎しているようだし、リーズに任せてみよう。

「ひぎゃぁあぁァァ! どぅあああぁぁぁ!」

馬車が一層賑やかになった。それもそのはず、俺は斜面に合わせて速度を調整していたが、リーズは常に一定の速度で走っている。車体が跳ねてもお構いなしだ。絶叫マシンが好きな人なら、最高の浮遊感が楽しめるだろう。

試験官はさすが冒険者というべきか。小さく「ひっ」と声を上げるだけで、大声を張り上げるようなことはしていない。頑張って耐えてほしい。

他のみんなも車夫に興味があるようで、ある程度進んだら交代する約束をした。

すっかり日が暮れて、あたりは真っ暗だ。月明かりと気配察知を頼りに進むが、ペースは遅い。休憩は最小限に抑えた方が良さそうだな。