作品タイトル不明
自慢話
エルミンスールに20日間ほど滞在しただろうか。宮殿の仕組みのほとんどが解明された。魔道具に作り変えるのはまだ先になるが、これでいつでも作れる。
転移魔法とマクハエラの解析も完了し、ここに来た目的は達成された。時間に余裕ができたので、自然と雑談の時間が増える。
「それで、転移魔法は使えるようになったの?」
クレアがそれとなく聞いてきたのは、最近頑張っていた転移魔法について。すぐに習得できるのでは、と期待していたようだが、それなりに時間が掛かってしまった。
「なんとかな。でも距離は短いぞ。今はマップで把握できる距離が限界だ。面倒だが、帰りも徒歩だな」
転移できる距離は3kmくらいが限度だ。練習次第でなんとかなりそうなので、使って慣れるしか無いな。
「凄いじゃない。難しい魔法だったんでしょ?」
「まあな」
転移魔法もなんとか習得することができた。長い道のりだった。一番大変だったのは、ディエゴを煽てる作業だ。最近のディエゴの様子を思い出す。
ディエゴのもとに通ったのは1週間くらい前からだ。大聖堂に向かう扉は、ルナに頼んで開けっ放しにしてもらっていた。
「よう、ディエゴ。元気か?」
「またお主か。今度は何の用だ?」
ディエゴは椅子に座ったまま力無く声を出した。すっかり元気をなくしているようだ。
「今日は俺1人なんだよ。話をしに来たんだ」
「むむっ! そうか! 吾輩の話が聞きたいのだな?
よし。それなら、エルミンスールで起きた大飢饉について話をしよう。ある時、やたらに早い時期に雨季が到来してなぁ……」
ヤバイ、全く興味無い。
ディエゴは勝手に話を進めようとしている。たぶん、自分が活躍した昔話だ。遠回しな自慢話だろう。聞くだけ無駄。時間の無駄。でも話の腰を折って気分を害したら拙いよなあ。頑張って聞き流そう。
「……なるほどな。そんなことがあったのか」
何の話か覚えていないが、雨が止む時期を言い当ててどうのこうの言っていたような気がする。記憶するだけ脳細胞の無駄遣いだ。可及的速やかに、忘却の彼方に追いやろう。
「そこで、だ! 吾輩の魔法が炸裂するのだよ。吾輩は魔法の名手でもあったのだ!」
ディエゴはよく分からない話を続けているが、ちょうど魔法の話題になった。このタイミングを待っていた。
「そうだったな。先日の魔法は転移の魔法だろう。習得に苦労したんじゃないか?」
「フンッ! よくぞ聞いてくれた。あの魔法はエルミンスールの魔法使いの間で継承される、伝統の魔法なのだ。
あれが使えるようになって、初めて貴族として認められるのだよ」
ディエゴが顎を突き出して上機嫌な様子で答えた。エルフの村の長老は貴族だったのか。もう関係無いだろうけどね。
しかし前置きが長い。サクッと使ってサラッと教えてくれないかな。
「是非見せてくれないか? この前はよく見えなかったんだ」
「いいだろう。よく見ておくがいい」
ディエゴはそう言うと、淡く光って消えた。ここまでは何度も見た光景だ。具体的に何が起きているのかは、まだ分からない。
直後に背後から気配を感じて振り返ると、ディエゴが片膝をついて息を切らしている。これも見た事があるな。
「ゼハァ! ゼハァ……」
肩で息をするディエゴに声を掛ける。
「よく分からなかったんだが、もう1回見せてくれないか。できるよな?」
「ハァハァハァ……当然だろう……吾輩を誰だと思っておる……フンッ!」
再びディエゴの姿が消えると、少し離れた場所に現れて大の字に寝転んだ。
「グハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ……」
ディエゴの半透明の体が、さらに薄くなったように見える。相当魔力を消費したのだろう。
でも、今のは何となく分かった。消える時は内側に収縮するように消え、出る所では光を放出するように現れている。これらが同時進行しているようだ。
「あと少しなんだ。もう1回頼む」
「殺す気かぁっ! ハァハァハァ……」
ディエゴは焦点が合わない目で天井を見つめながら叫ぶ。
これ以上やったら消滅してしまうかもしれないな。ディエゴの息が整うのを待ち、言葉で説明してもらおう。
どうでもいいけど、ゴーストも呼吸するんだな。
しばらく待っていると、ディエゴはすっくと立ち、腰に手を当ててふんぞり返った。もう平気そうだ。
「その魔法はどうやって使うんだ?」
「人間には無理だ。人間共は何故か 挙(こぞ) ってブツブツと呪文を唱えておるが、魔法には詠唱など無い。魔法とは 理(ことわり) の力だ。人間如きには本物の魔法を使うことはできぬよ」
ディエゴはゆったりと腕を組み、憐れむような目をした。
人を小馬鹿にしたような言い方をするなあ。こういう所がイラっとするんだよ。殴りたい気持ちをぐっと抑え、質問を続ける。
「俺の知り合いが使っていたんでな。使い方も聞いたんだが、その人の説明じゃあサッパリ理解できなかった」
「フン。少しは優秀な魔法使いが居るようだな。説明ができぬのなら、大した使い手ではあるまい」
ディエゴは奥歯を噛み締めて顔を歪めながら言う。自分以外の使い手が残っていることが悔しいようだ。
でもエルフの村の長老の方がよっぽど上手だったがな。転移できる距離が全く違うし、一度の転移で息を切らすようなことは無かった。
「ディエゴだったらどう説明する?」
「吾輩であれば、そうだな……」
ディエゴの説明も、長老の説明とほぼ同じだった。唯一の違いは、尊大な口のきき方と高圧的な態度でイラッとさせるくらいだ。しばらくは魔法を観察して、ヒントを掴むしか無いな。
いや、転移する感覚に慣れた方が早いかもしれない。
「ここの廊下にあるのも、転移魔法で間違い無いんだよな?」
「少し違うが、そうだ。あれは誰にでも起動できるように魔道具になっておる。触れるだけで転移できるのだ」
ディエゴは偉そうに腕を組んで言う。あの装置を何度も使って慣れよう。下手に聞くより確実だ。
こいつはゴーストだから、あの転移魔法に触れることができない。こんな場所で目覚めてしまったから閉じ込められたんだな。持ち前のご都合解釈で、ここの守護者を名乗っているだけだ。
「しかし、自分で転移魔法が使えるのなら、なぜここから出ないんだ?」
「お主にも思い付くようなことは、とうに試しておる。
お主は知らぬだろうが、ここは宮殿の地下深くに作られておるのだ。この距離を転移する事など不可能だ」
どれくらいの深さなのかは俺にも把握できない。相当深いのだろう。ディエゴの転移魔法では越えられない。
地中をすり抜けたら良いんじゃないかな、と思ったが、ゴーストは体の半分以上を物と重ねる事が難しいらしい。無理やり押し込まないと入らないそうだ。
ディエゴとは、練習の合間に雑談をしていた。話の内容は、予言が的中した話や魔物を撃退した話、泥棒を捕まえた話など。要するに自慢だ。
中には貴族の娘の命を救って惚れられた話なんかもあったが、それは嘘だな。
銅貨1枚の価値も無い話ばかりだったので、全く覚えていない。きっと同じ話をされても新鮮さを覚えるだろう。実際、何度か同じ話をされたと思う。詳細が微妙に違うので、たぶんその時のテンションによって話の盛り具合が変わる。
ただし一つだけ、気になる話題があった。ウロボロスについてだ。
「時にお主よ。お主らは外から来たのであろう。ウロボロスはどうなっておる?」
ディエゴが突然何かを思い出したように言う。
ウロボロスはここに来る途中で3体討伐したが、まだ4体ほど残っている。どこに居るかは分からないが、見かけたら駆除する予定だ。
「まだ何体か残っているぞ」
「フフンッ。そうであろう。吾輩の予言は、やはり間違いではなかった」
ディエゴは得意げに言う。もしかして、ウロボロスを野放しにした張本人なのか? アレのせいで何人もの人が迷惑しているんだけど。
「どういうことだ?」
「ウロボロスはこの地の守護者とするべく開発し、解放されたのだ。吾輩は『ウロボロスが1000年の間この地を守護する』と予言した」
あれ……もしかして予言者としてはそれなりに有能なのか? ウロボロスが1000年の間暴れまわっていたのは事実だ。
「何の目的があってあんな物を作ったんだよ。ここにはエルフなんて残っていないのに」
「そうだな。吾輩が肉体を無くした時、すでにエルフは殆ど残っておらんかった。どうせ死ぬのなら、帝国軍諸共滅ぼす心算だったのだ。
愚かな帝国軍に、この地を荒らされないためでもある」
ずいぶん身勝手なやり方だが、その目論見は概ね成功している。この周辺はすべての国が放棄していて、調査団の派遣すらされていない。勇気のある冒険者が偶に訪れるくらいだ。その冒険者たちも、ジャングルに入ったらすぐに引き返すらしい。
でも、ウロボロスのおかげとは言いにくいだろうな。ジャングルとエルフの結界のコンボの方が厄介だった。結界のことを知らなければ、確実に遭難して死んでいただろう。
「それはいいが、生き残りのエルフたちが迷惑しているぞ。お前、責任を持って始末しろよ」
「そんなことは知らぬ。生き残りがおることには驚いたが、どうせ戦から逃げた連中だろう。放っておけ」
ディエゴは当然のことかのように無責任に言い放った。同族意識も薄いらしい。こいつの中では、『自分』と『それ以外』の二択なんだろうな。こいつとエルフの村、どちらを取るかと言われたら「エルフの村」と即答するぞ。
万が一、こいつが大聖堂の外に出るようなことがあったら、ウロボロスの前に突き出そう。ほぼこいつのせいなんだから、こいつにケジメをつけさせる。
数日の間、雑談を交えながらディエゴから情報を集めた。その結果、転移魔法を習得することができた。
結局、雑談の方が長かった気がする。初めから頭を下げて教えてもらった方が早かったのかな? いや、付け上がって自慢話が長くなるだけだ。習得時間は変わらなかっただろう。
「お疲れ様でした……。大変だったでしょう?」
ルナが労ってくれた。大変だったんだよ、ディエゴの相手が。事ある毎に見下してくるから、ウザい、ウザい。
「ああ。これでディエゴに会わなくてもいいと思うと、気が楽になるよ」
結局、あいつは大聖堂から出ることは叶わなかった。こちらから会いに行かない限り、顔を合わせることは無い。あの扉は厳重に封印しよう。
「万が一でも出てこられないように、扉を破壊しますか?」
「それは無駄だから止めておこう」
扉の向こうに来た時点で手遅れ。たとえ扉が開かなくても、ゴーストだからすり抜けられるんだ。まあ、あいつの転移魔法では脱出不可能だろうけどね。
こうして目的の1つであった転移魔法の習得に成功した。
次はマクハエラだが、こちらも大半の作業が完了している。ボロボロの剣から錆びた鉄を剥がし、銀の芯を取り出して解析、図書室の資料と合わせて仕組みが解明した。後は試作するだけだ。