作品タイトル不明
言い訳
エリンの工房から帰り、みんなでマクハエラの解析を試みたのだが、結果は芳しくない。錆が酷くて原型を留めていないうえに、紛失した拵えも重要な部品だったようだ。
今回は参考になりそうな魔道具が無いので、リーズの勘も当てにならない。すべて1から解析する必要がある。
「どうにかならないかな……」
「こればっかりは地道にやるしか無いです」
「これって、ただの鉄なのよね? リリィのナックルとどう違うの?」
今回の解析にはクレアも同席している。偽マクハエラを普段から使っているのはクレアなので、他人事ではないと思っているらしい。魔道具店の娘であるクレアの意見も参考になるから助かる。
リリィさんが普段使っているメリケンサックは、鉄塊にエンチャントした魔道具だ。とても難しい技術なのだが、特殊な武器だから欲しがる人は居ないだろう。
「鉄へのエンチャントは同じだが、効果が違うのだよ。魔法陣がほとんど読めないから、推測することも難しいぞ」
「んー……同じ形は作れそうだけど、それ以上は無理かなー」
リーズの見立てでは、銀で作られた芯を鉄で覆うような形状になっているらしい。
少しだけ錆を落として外側の素材を確認したところ、純度が高い軟鉄ということが判明した。鎧に使うには良い物だが、刃物に使う鉄ではない。
「その前に、この純度の鉄は手に入るのか?」
「無理だろうな……。どこで産出した鉄なのか知らないが、これだけの鉄は見たことが無いぞ」
リリィさんが言う“これだけの鉄”とは、魔導職人目線の言葉だ。鍛冶職人目線だと、砥いでも斬れない、鍛えても曲がりやすい粗悪品しか作れない。エリンが「質が悪い」と言った理由はこれだ。
鉄には不純物が含まれ、何がどれだけ混じっているかで特性が大きく変わる。これは地球とこの世界の共通の法則だ。
魔道具として使うなら不純物を取り除く必要があるが、武器にするなら炭素が混じっていないと使えない。どうやらこの世界では、鉄の純度を上げるための高炉や転炉は発明されていないらしいので、鉄の純度や成分は産地に依存するようだ。
大変な作業になりそうだが、鉱石から銀を取り出す魔法でも鉄の純度を上げられるはずだ。鉄を買って試してみよう。
「うーん、これ以上のことはわかりそうに無いな。エルフの国に行って本を探そう」
今日はここで諦める。エルフの国にあった本は、ほとんどが古代語で書かれていて読めなかった。しかし、翻訳の指輪を作る目処が立っているので、次回は読める。マクハエラについて書かれている本があるはずだ。
次の日の朝、またリビングに集合している。今日はマクハエラの解析を一度諦め、昨日できなかった街の探索に行く予定だ。
鉄器と言えば武器だけではない。生活雑貨も多く作られているというので、今日はそれを見て回る。
「ここが良さそうですよ」
街の中を歩いていると、ルナが大きな建物を指して言った。煉瓦造りの体育館のような平屋の建物だ。さっそく中に入る。
店内には背が高い棚が所狭しと並べられ、鉄の塊がぎっしりと詰め込まれている。ここなら王都で手に入らないような物もありそうだ。
「これがいいんじゃない?」
「それなら、こちらの方が使いやすいと思います」
「それを選ぶなら、これも欲しいわね」
店内を見て回っていると、ルナとクレアが商品を持ち、仲よさげに意見を出し合っている。
クレアが選んだのは、鉛筆ほどの太さの鉄の棒を5cmくらいの幅で組み合わせた金網のような物だ。目が粗すぎるので、肉を焼くための網ではない。五徳のかわりになるかな。
それに対して、ルナが選んだものは鉄板にスリットが入ったグリルだ。肉を焼くならちょうどいいな。でも五徳のかわりにするには無駄が多い。
次にクレアが手に取ったのは、普通に五徳だ。焚き火台で使うために、足が長く作られている。
五徳は要らないかな。あれば便利だけど、金網の方が使い勝手が良さそう。肉を焼くためにグリルも買おう。
せっかくだから、俺もルナとクレアの言い合いに混ざる。俺が選んだのは、リバーシブルになった鉄板、アイアングリドルだ。片面はフラット、片面は波型エンボス加工が施されている。
「ついでにこれも買っておこう」
「鉄板なら、もっと薄くて軽い物があったわよ?」
「薄くて軽い鉄板はダメだ。すぐに曲がるし、熱の通りも良くない」
「へぇ、そうなんだ。鉄板って、使ったことがないのよね」
クレアは1人で行動することが多かったから、鉄板が必要になることは無かったのだろう。嵩張るし、重いし、値段も高い。1人なら、最初にクレアが選んだ金網モドキが一番使いやすい。
3つ合わせて金貨8枚。アイアングリドルが金貨4枚という高値だ。金網モドキが金貨1枚と比較的安い。でも高いなあ。
俺も以前は1人でキャンプしていたから、鉄板が必要とは思わなかった。と言うか、飯盒さえあればいいと思っていた。でもいつの間にか道具を揃えていて、今日は俺も率先して道具を選んでいる。
1人もいいけど、大勢でキャンプをするのも楽しいんだよなあ。大勢でキャンプをするなら道具はたくさんあった方が楽しい。変な拘りは捨てて、今を楽しもう。
鉄板を抱えて店内を歩く。鉄板は最初に選ぶ物じゃなかったな……重いし邪魔。
調理器具コーナーを出ようとしたところで、気になる物が目に飛び込んだ。
「スキレットじゃないか!」
見た目はただの小さいフライパン。でも鋳鉄製でゴツくて、別売りの 蓋(ふた) も鋳鉄製でゴツい。適当に焚き火の中に放り込んでも使える、キャンパー御用達の一品だ。言ってみれば薄いダッチオーブンだが、これは焼きに特化している。
王都の雑貨屋には置いていなかった。あったのは薄い鉄板で作られたコッヘルだけだ。これは是非欲しい。地球に居たときから欲しかったのだが、重いので諦めていた。
「ただのフライパンに見えますけど……」
それを言ったらオシマイだよ。まあ、ただのフライパンなんだよね。でも明確な違いがあるんだ。
「これは丈夫で長持ちする。多少無茶な使い方をしても、 上手(じょうず) に手入れをすれば一生使えるよ」
「でも小さいですよ?」
1人用のサイズなので、かなり小さい。直径15cmくらいだ。5人で使うには小さいのだが、パンケーキを焼くならちょうどいいサイズだ。1人で肉を焼くにもちょうどいい。全員分買ってもいいだろう。
「1人1つずつ使えばいいよ。5つ買っておこう。ついでにエルフの村にも持っていってやろう。10セットくらい買うぞ」
「……珍しいわね。そんなに欲しかったんだ?」
「そうだな。今まで買ったどの道具よりも欲しかった物だ」
日本で買うと蓋付きで2千円弱くらいなのだが、この世界では金貨1枚だ。すっげえ高い。それでも買うけどね。
「ふふふ。それでは、今度コーさんに何か作ってもらいますね」
ルナが笑顔で嬉しそうに言う。
俺の料理って、ドングリパンケーキみたいな不評な物ばかりだったんだけど……。たまには本気で作ろうかな。このスキレットで作るなら、スキヤキなんかが良さそうだ。
「ねー、変なフライパン見つけたよー」
いつの間にかどこかへ行っていたリーズが、怪しげなフライパンを持って帰ってきた。
二枚貝のように挟み込むような形状で、上下両方に長い取手が付いている。両面が平らな四角形の鉄板。どこかで見たような……ホットサンドを焼くヤツだ。名前は何だったかな。
「バウルーかな」
「コーさん、知っているんですか?」
「この国での呼び名は知らないけどね。パンを焼くための器具だよ」
「え……こんな物で焼いたら、せっかくのパンがぺっちゃんこになります……」
しまった、この国のパンは食パンじゃなくてロールパンだった。まあでもロールパンでも作れなくは無いか。
「潰しながら焼くものだからなあ。多少は潰れるぞ」
俺が解説していると、リリィさんが小さな紙切れを持ってきた。
「コー君。こっちに説明書があったのだが、ワッフルというお菓子を作るための器具だそうだよ?」
え? ドヤ顔で説明してたところなのに……。超恥ずかしいじゃないか。
ワッフル用だったら格子模様があるはずだろ? これには無いじゃん。
そう思ってバウルーを広げてみた。すると、日本で食べるワッフルのような深い格子ではないが、内側にはしっかりと格子模様が作られている。
うん、ワッフルだね。
どうしよう……ドヤ顔で説明した手前、どう修正しても言い訳になる。形が似すぎなんだよ。
俺が言葉に詰まっていると、リーズがバウルーをもう1つ持ってきた。
「こっちは中まで平らだよー。手抜き? 不良品?」
でかした! そっちがホットサンド用だ!
「悪いな。俺が言っていたのは、これのことだったんだよ。内側に模様が無いだろ?
模様がある方はワッフルで間違いない」
よし、言い訳完了だ。何も間違っていないぞ。
「へぇ……。じゃあ今度作ってよ。これも買いましょう」
クレアが興味深くバウルーを見ている。俺はワッフルの作り方なんか知らないのだが……パンケーキの生地でいいのかな。
結局、ワッフル用とホットサンド用の両方を買うことにした。金貨2枚とかなり高額だが、バウルーは肉や魚を焼く時にも使える。これも持っていると便利なアイテムだ。
日本なら数千円で買えるのに……。この国は鉄器が高い傾向にあるらしい。採掘にも加工にも手間が掛かるから、仕方がないか。
最後に、これから寒くなると聞いているので、ストーブを買おうと思う。暖を取るための小型の薪ストーブが欲しい。これは王都でも買えるのだが、この街の方が良い物を安く買えるようだ。日本人の感覚だとそれでも高いんだけどね。
日本でキャンプをするなら、薄い鉄板で作った円筒形の簡易的な薪ストーブがちょうどいい。軽くて燃料の調達が簡単なんだ。でも持ち運びを考えないなら、鋳鉄製か分厚い鋼板製のどっしりとした物でないとダメだ。暖かさがぜんぜん違う。
でもこの世界の事情が分からないからな……。
「誰か詳しい人居る?」
「私の出番だな。任せてくれ」
リリィさんが立候補した。
俺はこの国の一般的な薪ストーブを知らないので、リリィさんに丸投げする。良い物を選んでくれるだろう。
ストーブ選びをリリィさんに任せて適当に商品を眺めていると、面白い物を見つけた。小さいスマホくらいのサイズの鉄の板。商品説明には『大昔の着火具』と書かれている。
火打金だ。
以前、ナイフで着火しようとして失敗した。たぶんナイフに使われている鉄が良くなかったんだ。専用の鉄なら上手くいくはず。こっそり買っておこう。
薪ストーブ選びが終わった。リリィさんが選んだのは、1人が抱えるくらいのサイズで、ゴツい鋳鉄製だ。重さは20kgくらい。結構重いが問題無いだろう。燃料は広葉樹の薪が推奨されている。寒くなる前に王都東の森で薪を集めておこう。
会計を済ませて店を出る頃には、昼を過ぎていた。マチェットの修理は終わっているだろうか……。
この街での用事を早く済ませて外に出たい。というかスキレットを使いたい。この街の用事が終わったら、一度王都に帰って東の森に行こう。