作品タイトル不明
物理的精神攻撃
宿の確保を終え、アルコイ冒険者ギルドに来た。
建物は煉瓦造りの大きな二階建てだ。木製の扉を開けて中に入る。
ギルドの中には数人の冒険者が居る。王都のギルドはいつ行っても閑散としているのだが、ここのギルドは割と盛況だ。
カウンターで金を受け取っている冒険者が居るので、おそらく狩った魔物の買い取りだ。もう日が暮れる時間なので、今日の成果を持ち込む人で混んでいるのだろう。
待ち時間がありそうなので、依頼票を見て時間を潰す。
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緊急目撃情報
ボア(金)
危険度:A
推定買取金額:金貨120枚
備考:
西の森付近で目撃。
特殊個体。
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普通の依頼に混じって、久しぶりに見つけた。目撃情報だ。この魔物は高値で売れることが確定している。おおよその位置も教えてもらえるので、探す手間も少ない。
明日狩るならこいつだな。
解体の講習会で捌いた獲物は、おそらくギルドに買い取ってもらうことになる。肉の在庫はすでにダブついているので、これ以上増えても消費できない。
となれば、できるだけ高値で売れる獲物を狩りたい。
「なあ、このボアなんか良さそうだよな?」
「はぁ? 何が?」
「何がって、教習会のための獲物だよ」
「ちょっと、これが何かわかってる?」
クレアが不満そうな顔で言う。
「何って、ボアだろ?」
「特殊個体! 書いてあるでしょ?
それも金なんて聞いたことも無いわよ。危険すぎるわ」
「危険って、どれくらい危ないんだ?」
「え……それは分からないけど……」
クレアが口ごもる。
これは実際に対峙してみないと分からないよな。まあボアだし、そんなにヤバイ相手ではないだろう。探すだけ探してみて、危ない相手だったら逃げる。
依頼票を見ている間にカウンターが空いた。カウンターには40代くらいの女性が無表情で座っている。
王都のエリシアさんと比べると……すこし近寄り難い印象を受けるな。
「こんにちは」
「何の用ですか?」
俺が声を掛けると、カウンター係が無表情のまま抑揚のない声を出した。かなり話しにくい人だな。正直、このタイプの人は苦手だ。
「王都のギルドから連絡があったと思うが、解体の講習を受けたい」
「名前は?」
カウンター係は、こちらの顔をチラリとも見ずに手元の書類に目を落とした。
「Eランクのコーだ。パーティ名はまだ無い」
身分証を取り出して見せる。冒険者ギルドが発行した普通の身分証だ。 王からの任命証(もう1つの身分証) は絶対に出さない。面倒なことにしかならない気がするんだよ。
「はい。コーさんとお仲間さんの合計5名ですね。伺っております」
言葉遣いは丁寧なんだが、冷たくあしらわれているように感じる。この人の喋り方のクセだろうと思うが、あまり良い印象ではないなあ。
「講習は明後日だったな。獲物は持ち込みになるのか?」
「はい。明後日の朝の鐘が鳴ったら始まります。遅れずに来てください。
それから、こちらでウサギを準備します。忘れず道具を持ってきてください」
カウンター係は、俺達の身分証と手元の書類を見比べながら答えた。
ウサギを準備されても困るんだよ。それくらいの小さい魔物なら、すでに難なく解体できるんだ。
「ウサギは間に合っている。もっと大きな魔物を捌く練習がしたいんだ」
「はい? でしたらご自分で準備してください。
お店で買ってもいいですよ」
カウンター係があからさまに怪訝そうな顔をする。
仕事は真面目にやっているようなのだが、やっぱり少し苦手だな。あまり長時間喋りたい人ではないので、用件だけ済ませてさっさと退散しよう。
「わかった。獲物はこっちで準備する。
それから依頼票に書いてあったボアなんだが、どこに居るんだ?」
「西側の森付近、川と草原の境目辺りです。
ボアの生息地ですから近寄らないでくださいね」
カウンター係が暗い表情で言う。心配されているのか? いまいち読めない人だな。
軽く返事をして、カウンターを離れた。
たぶん悪い人ではないと思うのだが、態度で損しているな。まあフレンドリー過ぎて気持ち悪がられる場合もあるし、人それぞれか。
ギルドから出ようとすると、1人の青年が俺の前に立ちふさがった。
青年は中性的な顔立ちをしていて、イケメンと言うよりも美形と言った方がしっくりくる。20代前半くらいの痩せ型で、ド派手で真っ赤な布の服を着て腰に短剣をぶら下げている。
頭には黒い帽子を乗せているのだが、その帽子には大きい真っ赤な羽根が刺さっている。足元は真っ白なとんがりブーツ、手には白い手袋……見た目にツッコミを入れ始めたら止まらないぞ。
「何か用か?」
「ああ。見たところ、君たちは新人冒険者だね?
服装から察するに、貴族の坊っちゃんと従者の方々かな?
戦闘経験は少ないようだね。お家の騎士団方から訓練を受けているが、実戦経験は少ないと見た。
足腰がよく鍛えられている。趣味で乗馬をやっているね。従者の方々も、その趣味に付き合っているのかな。
どうだ、合っているかい?」
青年が早口で捲し立てた。なんだ、推理ごっこか。何に影響されたのか知らないが、巻き込まれると迷惑だな。全然合っていないし。
「全く違うぞ。一応新人冒険者だが、貴族じゃない。みんなも従者ではなくパーティメンバーだよ」
「違うのか―! 何が違った? 乗馬はしているんだよな?
ここが一番自信があったんだ。学園の乗馬サークルだろう!」
「だから違うって。乗馬なんかしたこと無いぞ」
うわー、なんかヤベー奴に絡まれたっぽい。すげえ面倒くさい。
推理しているつもりになっているみたいだが、これはただの先入観だ。
「キミたちは素人の下半身じゃないんだ……。乗馬ではないとしたら何だ?」
こいつは存在が冗談みたいなヤツなんだけど、真面目に答えるべきなのかな?
「訓練の賜物だ。但し、騎士ではなく兵士の訓練だぞ」
バカ正直に答えてみる。俺が変な答えを出したら、話がもっと 拗(こじ) れそうだからなあ。
「……兵士だって?
妙なことを言わないでくれ。兵士の訓練と言えば、アレンシアの王都でやっている変態訓練だろう?
あんな訓練を受ける人は人間じゃない。変態だ」
くそっ! 真面目に答えたのに 拗(こじ) れたじゃないか。誰が変態だよ。変態はグラッド隊の連中であって、俺ではない。
マジで面倒くさいな。軽くあしらって逃げられないかな。
「俺は変態と一緒に訓練した普通の人間だよ。
他所の国から来た平民と、その仲間たちだ。実戦経験もそこそこある」
「ほう……他所の国ということは、ガザル連合王国だね? キミのような変わり者がたくさん居ると聞いたよ」
「誰が変わり者だよ!」
こいつにだけは絶対に言われたくない。
相手にしないつもりだったのに、こいつのペースに乗せられているぞ。拙いな。すっげえ面倒くさい。
みんなの方をチラッと覗いて助けを求めると、みんなが一斉に目を逸らした。助けて……。
「そうか、そうか。見聞を広めるために冒険者をやっているんだね」
違うと言い切れないことを言うから、さらに面倒くさいんだよ。 鬱陶(うっとう) しいことこの上ない。
「ああ、もうそれでいいよ。
で、何の用なんだよ。用がないなら帰るぞ」
「ああ、前置きが長くなってしまったね。ボクの悪い癖なんだ。許してくれ」
こいつの悪い癖はそこじゃない!
話しているだけで疲れるぞ。帰りたい。帰ろうかな。
「じゃあ俺たちは帰るよ。お疲れさん」
「ちょっと待ってくれ。本題がまだなんだ。
キミたちは新人だと言ったね? どうだい、ボクを雇ってみないかい?」
すっげえいらねえ。超いらねえ。金貰ってもいらねえ。
「間に合っているよ。新人には間違いないが、指導係もすでに居る」
「そう言わず、どうだい? ボクは役に立つよ?
キミのパーティは女の子ばかりじゃないか。戦闘員が足りていないんじゃないか?」
こいつは女目当てで近付いたわけではなさそうだ。そこだけは評価できるかな。
でも、たとえこいつが神をワンパンで倒せるくらい強かったとしても、パーティメンバーに入れたくない。
「戦闘員も間に合っている。こう見えて、全員戦えるんだよ」
「本当かい? 見たところ、みんな華奢で軽装じゃないか。魔法使いなんだね。
物理攻撃ができないと、パーティとしては安定しないぞ?」
だーー! もう悪い癖が出ている!
こいつは勝手に決めつけて勝手に話を進めるから、全く会話にならないんだよ。
そもそも、こいつも魔法使いだろうに。近接アタッカーの体格じゃないんだから。
「コーさん……そろそろ行きましょう……」
ルナが小声で呟いた。ルナだけじゃない。全員がうんざりした顔をしている。
……俺はなぜ真面目に受け答えをしているんだろう。無視して帰ってもいいじゃないか。
「とにかく、アンタの助けは要らない。忙しいからもう行くぞ」
青年の横をすり抜けて扉に向かう。もう振り返ることは無いだろう。ドアノブに手を掛けて開けようとした瞬間、青年の声がフロアに響いた。
「待ってくれ! ボクはこんなこともできるんだよー? ほらほら、見ないと損だよ? ねえ、こっちを向いてよー! ほらほらぁ、こんなに凄いんだよぉ?」
……好奇心に負けてしまった。恐る恐る振り向く。
青年は3個のリンゴを片手でジャグリングしていた。もう片方の手にナイフを持ち、短い間だけ手の中にあるリンゴの皮を少しずつ剥いていく。
凄いけど! 確かに凄いけど!
「それが何の役に立つんだよ!」
『グシャッ……』
青年は絶望した顔で崩れ落ち、膝をつく。それと同時に、受け取り手が居なくなったリンゴが音を立てて床に叩きつけられた。
青年は今までの無駄な努力を指摘され、酷くショックを受けているようだ。少し気の毒なんだけど、これは仕方がないよな。
「ギルド内で騒がないでください!
それから、パンドラさんは床の掃除をしておいてくださいね!」
青年に追い打ちを掛けるように、カウンターから大きな声が飛んできた。
この人、パンドラって名前なのか……なんてピッタリな名前なんだ。この人の中にも希望が入っているといいね。
ギルドから出ると、ルナが気の毒そうな顔を俺に向けて呟いた。
「……お疲れ様でした」
「本当に疲れたよ。助けてくれてもいいじゃないか」
「ごめんなさい、無理です」
「殴っても良ければ助けるんだがなぁ」
リリィさんが物騒だ。あの人は殴られるほどの悪いことをしていないからなあ。
「あんな人の相手なんて、コーにしかできないわよ……」
クレアはそう言うが、俺にも無理だぞ。かなりキツかった。
「ブロアの魔道具で飛ばせばよかったんじゃないかなー」
リーズも物騒だ。さすがにゴミ扱いは可哀想だと思うよ。
なんだか妙に疲れたので、今日はもう宿で休む。明日は狩りだ。この変な疲れを残したくないので、夕食を食べてさっさと寝よう。