軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35話 王太子からの要請

朝露に濡れた薔薇のような真紅の髪は束ねられ、背中で一本の螺旋を描く。イヤリングやネックレスの宝石よりも輝く黄金色の瞳は力強く、鏡を通して己を見つめていた。

以前よりも落ち着いたデザインのドレスを纏ったカトリーナの悪役令嬢らしさは半減した一方で、上品さは格段にアップしている。

「完璧よ、ネネ。新カトリーナに相応しい姿だわ」

「新しい女神の誕生をお手伝いできたこと、この上なく幸せにございます! 新しい女神が生まれる瞬間を独り占めさせてもらえるなんて、私は一生をカトリーナお嬢様に捧――」

「お黙り。行くわよ」

「賛美を受け取らない謙虚さ……さすがお嬢様です。でも最近殴ってくれないのは少し寂しいです。もしかしてこれは放置系とい――」

「だからお黙り。悪役令嬢は卒業したのよ」

相変わらず……いや、悪化しているネネを伴いながらカトリーナはエントランスへと向かう。

するとそこには、最近家族になった美少女が満面の笑顔で待っていた。

「ミア、待たせたわね」

「大丈夫だよ。今日のカティお姉様は悪役らしさが無くて少し寂しいけれど、とっても素敵♡」

養子の手続きをした翌日に、ミアはクレマ公爵家の屋敷へと引っ越してきた。

明るく純粋なミアを家族たちは好意的に受け入れ、関係は良好。

今は王太子妃になったときに向けて、高位貴族の生活に慣れる訓練をしている。

「それよりミア、わたくしのことは呼び捨てのままでいいのよ?」

「姉妹に憧れてたから、お姉様と呼ばせて?」

ミアが上目遣いでそう言った。

あまりの可愛さに、カトリーナの胸はきゅんとする。

「もうっ、仕方ないわね。妹を可愛がりたいお兄様の気持ちが、今なら分かるわ」

「お姉様大好き♡」

そう言いながら腕にくっついたミアを連れて、カトリーナは馬車に乗り込んだ。

向かった先は王城。

庭園ではカインとアルトが待っていた。

ふたりに簡単に挨拶を済ませ着席すると、すぐにアルトがお茶を用意してくれた。

カトリーナの好きな銘柄のお茶の香りが鼻腔をくすぐり、自然と顔が綻ぶ。

「アルト様、今日もとても美味しいですわ」

「カティ様に喜んでもらえて嬉しいです」

婚約を公表してから呼ばれるようになった愛称がくすぐったくて、照れを誤魔化すように再びティーカップに口をつけた。

そんなカトリーナを見て、カインは目を瞬く。

「本当に別人だな」

「絶対にカイン殿下にはお戻ししませんよ。もう僕がいただいたのですから」

「そう睨むな。悪女ではないと分かったとしても、私が好きなのはミアだけだ。社交界でのカトリーナへの評価が変わって、アルトがナイーブになるのは分かるが……」

カインとの婚約解消とともに公表された“内容”のお陰で、カトリーナの悪評は急速に薄れてきている。

それは、カトリーナが家宝のアクセサリーを目覚めさせる『奇跡のアクセサリーを覚醒させた聖なる乙女』を見つけ出したからだ。

先月、ミアは見事に王家の家宝を覚醒させ、病で苦しんでいた国王を救った。

国王が不治の病から復活したことと同時に、国と神殿はミアを聖女として認定。

そんな聖女ミアが「カトリーナ様が私の素質を見抜き、婚約破棄も覚悟の上で悪役になって鍛えてくれたお陰です」なんてあちこちで言い回り。加えて、王太子妃という立場よりも国の未来を優先したカトリーナの忠誠心に感動した国王が、学園内でミアに行っていたカトリーナの悪行を『適切な試練』と認めた。

カインとの婚約解消については、聖女を国外に流出させないためミアは王太子と婚約する必要があり、カトリーナは誰よりも先に政治的状況を理解して身を引いた女傑ということになっている。

『我が儘』や『気に入らない人には容赦ない』という印象は残っているものの、カトリーナを賞賛する声は少なくはない。

都合が良すぎる展開に、やや今後の幸運の残量が心配だ。

「本当にカトリーナが悪女じゃなくて良かった」

改めて、カインが心底安堵した様子で紅茶を口にする。

「僕は悪女のままでもかまわなかったのですが」

「いや、どう考えても次期伯爵の妻が悪女だなんて駄目だろう。特にラティエ家は、王家の機密も保有しているんだし」

「もしカティ様が王家や我が一族の力や情報を悪用するような悪女だったとしても、外部と接触できない楽園を作って監禁すれば良いだけでは?」

「……うん。カトリーナが悪女じゃなくて本当に良かった」

カインは再びしみじみと言った。

もしカトリーナが悪女のままだったら、アルトが人としての道を踏み外すと思って心配していたようだ。

けれど、カトリーナ本人はたいした問題に感じていなかった。

特に突っ込むことなく余裕の表情でケーキを口にすると、ミアが眉を寄せた。

「カティお姉様は、今のアルト様の発言になんとも思わないの? 結構、危ないこと言ってるよ?」

「ただ監禁されるのは苦痛だけれど、楽園を作ってくれるのなら問題ないのでは? だって仕事もせず、快適空間でずっとゴロゴロしていいってことでしょう? それほど悪くないじゃない」

逆ハールートのバッドエンドのように国外追放で死ぬよりずっとましだし、田舎領地での軟禁エンドを長年楽しみにしていたカトリーナにとっては些細な差。

しれっと答えれば、ミアとカインは信じられないと言いたげな顔を浮かべた。

「ミア、カトリーナの器量はどうなっているんだ?」

「やはり、カティお姉様は別格なんですよ」

「これが格の違い……おい、アルト。嬉しそうな顔をしているが実行するなよ!?」

「悪女ではないカティ様を監禁するほど、僕は愚かではありませんよ。ただ、なんでも受けいれてくれそうなカティ様に惚れ直しただけです」

アルトは蕩けそうな眼差しをカトリーナに向けた。

落ち着きがあって控えめなところはどこへ行ったのか。

婚約してからアルトのカトリーナに対する態度は遠慮がなくなり、ストレートな愛情表現を惜しまない。

「アルト様、基本的には何でも受け入れるけれど、嫌いなことをしたら容赦しませんからね」

「もし僕が間違ったことをしたら、ネネさんのように教育してくれるんですか?」

「まさか。アルト様専用の方法でちゃんと叱りましてよ」

「僕専用……」

するとアルトは恍惚を瞳に滲ませたかと思えば、すぐに眉間にシワを寄せてカインを見た。

「素晴らしすぎるのも問題ですね。カイン殿下、やはり例の話は無しにしましょう」

「駄目だ。この件、どうしてもカトリーナの力が不可欠なのだ」

「そうですよ!」

キリッとした表情でカインが答え、ミアが激しく首を縦に振った。

カトリーナは話が見えず、訝しげに目を細める。

どこか嫌な予感がするが、何も知らないまま事が進むほうが怖い。

「カイン殿下、わたくしに何かございまして?」

断罪劇のあとカインに頼まれた、側近と取り巻き令嬢たちの件は、カトリーナが間に入って順調に関係修復が進んでいる。

それぞれをよく知っているカトリーナにしかできないことで、カインの婚約者としての仕事はこれが最後だと聞いていたはずだというのに……。

「実は頼みたいことがある」

カインは背筋を伸ばし、ひと呼吸おいてから神妙な顔つきで口を開いた。

「再び悪役として活躍して欲しい」

シナリオが完結したというのに、まさかの悪役のカムバックを求められた。