軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29話 隠しルート

アルトに追い詰められかけた日から一か月。

「見まして? あのブローチ身の丈にあってませんわ」

「全くですわね。本人のみすぼらしさが際立っていましてよ」

「これだから庶民あがりは、ねぇ? カトリーナ様」

カインやアルトとの接触を避けていたカトリーナは、取り巻き令嬢たちに囲まれていた。

もちろん、聞かされるのはミアへの悪口ばかり。

ミアの近くにはカインだけでなく彼の側近で他の攻略者――取り巻き令嬢たちの婚約者も集団に加わっていることが増えたからなおさら。

傍から見ればミアが侍らせているように見えなくもない。

(妙ね……)

ミアはカイン一筋であるし、カインルートをしっかりと歩んでいる。それは客観的に見ても明らかだというのに、なぜ今になって他の攻略者まで一緒に行動するのか分からない。

それに加え、ミアの顔が若干疲れ気味のようにも見える。

「耳障りよ。これ以上あの小娘の話を出さないで」

カトリーナは苛立った声色で、取り巻き令嬢たちの悪口を切り上げた。

取り巻きたちは一瞬ぎょっと怯むが、すぐに眉を下げた笑みを浮かべて「失礼しましたわ」と謝罪した。

(……わたくしが同調しなかったのに、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいかしら?)

謝罪の言葉はまったく心が籠もっていない上に、目がギラギラとしているように見えた。

取り巻き令嬢たちの違和感に寒気を感じたカトリーナは、彼女たちから離れて旧校舎の裏庭に向かう。そして東屋のベンチで寝そべった。

「そろそろ悪役令嬢になるルートから外れた彼女たちは、断罪に巻き込まれないようにわたくしから離れる頃なのに、どうして金魚のふんのようについてくるのよ……!」

悪役令嬢のリーダーという立場上仕方ないとはいえ、大好きなヒロインの悪口はあまり聞きたくないのが本音だ。

裏切るのなら、早い段階で悪役令嬢ではなくヒロインに媚を売ったほうが有益だというのに、取り巻き令嬢たちはカトリーナにひたすら同調を求めてくる。

全くもって理解しがたい。

理解しがたいといえば、アルトのことが一番分からない。

カトリーナを慕うような言動と行動をしていては、カインからの信用を落としかねない。それはアルト自身が最も分かっているはずなのに、カトリーナに自分を選べと提案してきた。

「アルト様……本気なのかしら」

アルトは次期伯爵家の当主で、卒業後もカインのそばに居続けるだろう。改めて考えても、断罪されたカトリーナを側に置くメリットは一切なく、むしろデメリットばかり。

有益なことがないのなら、どうして――と思いを巡らせていたら、ひとつの可能性が浮かぶ。

(わたくしのことを愛しているから……とか? ま、まさかね)

意識した途端、カトリーナの心臓がトクンと甘く鼓動した。

じわじわと顔が熱くなり、胸の奥がくすぐったくて仕方ない。

瞼を閉じれば、自然とアルトの笑みが浮かぶ。

カトリーナはこの症状に覚えがあった。

「わたくしが、アルト様を好きになってしまうなんて……!」

あまりに遅い恋の自覚は甘さよりも痛みが強い。前世でもいくつか恋は経験したけれど、片思いすら楽しめたほうだ。

しかし今回ばかりはそうはいかない。

アルトに誘われるままカトリーナが彼を選んだとしても、周りが婚約を認めるような状況ではない。

特に主であるカインが、アルトを側近から外す可能性だってある。

覚悟しただけ……とアルトは言っていたが、それが執事を辞職する意味だとしたら辛すぎる。

「どうしてわたくしは“カトリーナ”なのでしょうね」

大好きなゲームの世界に、愛着のあるキャラクター、夢の生スチルのチャンスを得た人生は満喫しているし、今更投げ出すつもりはない。親友ミアを幸せに導きたいし、国の滅亡も阻止できるなんて最高に燃える。

しかし、悪役令嬢カトリーナでなかったらアルトに素直な気持ちを伝えられると思うわけで……。

また、悪役令嬢カトリーナだからこそアルトに出会えたわけであって……。

ふたつの矛盾がゆったりと混ざり合う。

カトリーナは寝そべりながら黄金色の瞳を閉じて、まぶたの裏側にアルトの姿を思い浮かべた。

いつだって髪や瞳の闇色とは真逆で、陽だまりのような眩い笑顔を向けてくれた。

悪い噂が立っても、カトリーナに温かい手を差し出してくれた。優しい言葉を与えてくれた。穏やかで、全てを許してくれそうなアルト。

だからこそ、やはりアルトの急なアプローチの違和感が拭えない。

彼がカトリーナを困らせることは今までで一切無かった。だというのに彼女の立場や気持ちを無視して踏み込んできた。

「何かあったのかしら……こうなったら、どういう目的があって自分を選べと言っているのかアルト様に堂々と聞けばいいのよ! 逃げっぱなしなんて悪役令嬢の名が廃るわ」

アルトには、幼少期から存在そのものに精神面で助けられてきた。

そんな彼が間違った判断を下そうとしているのなら、それの原因が自分だとしたら、恩返しでちゃんと正してあげたい。

好きになってしまった人が、不幸になるのは絶対に嫌だ。

(今からアルト様に会いに行きましょう!)

そうして断罪される前に片をつけようと、カトリーナがベンチから身を起こした瞬間――

「ぐへっ」

体に衝撃が走り、視界がピンクで埋まった。

「カティ! うわぁぁぁあん、助けてぇぇえ」

「ちょっ、ミア!?」

「もう嫌がらせに耐えられない! 怖いよぉ!」

「ここ数週間わたくしは何もしてないわ。どういうことなの?」

現在カトリーナは、最後の事件に向けてミアとカインを油断させるために嫌がらせを中断している。

だから、本来であれば嫌がらせはゼロのはずなのだが……ミアに聞けば、鞄にカッターの刃が入っていたり、料理部のエプロンに針が仕込まれていたり、近くに植木鉢が落ちてくることが数回もあったらしい。

「なんて酷いの……!」

カトリーナはあまりの悪質さに絶句した。

原作ではあらゆる嫌がらせが紹介されていたが、最後の事件以外では、ミアの身に直接危険が及ぶようなものはなかったはずだ。

「カティが取り巻き令嬢に指示をしたんじゃないの? カイン殿下が調べたら実行犯は彼女たちで、裏にカティがいるようなことを言っていたんだけれど」

「お馬鹿。嫌がらせは八つ当たりやストレス発散も兼ねて自分の手で直接という、わたくしは原作のやり方を貫いてきているのを忘れたの? それに大切なミアが怪我をするようなことを、わたくしが指示するとでも?」

「ごめんなさいぃぃぃぃい! そして私を大切にしてくれるカティが好きー!」

「許すわ!」

泣きじゃくるミアを落ち着かせつつ、カトリーナは細かい状況を聞きだした。

そして話を整理して見えてきた事実に、顔を青褪めさせた。

「他の攻略者たちが、遠回しに口説いてくるですって!? しかも全員!?」

「最初は自意識過剰かなって思ったけど、婚約者の令嬢たちを蔑ろにし始めたし、私の手とか髪に勝手に触れてくるようになったし! 避けても追いかけてくるし! だから令嬢たちも怒って……それで、それで……どうしよう、カイン様に勘違いされて嫌われたらどうしよう!」

やはりミアはカイン一筋で、他の攻略者のことなど眼中にはない。

「ねぇ、どうして他の攻略者がミアを好きになったのか分かる? 例えば相談にのったとか……」

「なんで分かるの?」

「むしろなんで相談に乗るのよ!? 通常ルートと同じフラグでしょう!」

「そうなの!? 元気がなかったら……カイン様の大切な臣下だし、カイン様との仲を認めてもらうためにも私も彼らを大切にしなきゃって思って」

「もしや、原作ゲーム全クリしてないわね?」

「だってカインルートだけを鬼ロテしてたから、実のところ他の攻略者のことはさっぱり」

ここまでカイン一筋なら、カトリーナとて文句は言えない。

天然で最強のヒロインムーブができるからこそ、カインを攻略できたと言っても過言ではないのだ。

逆に他のルートのことは不必要と切り捨てて、何も話してこなかった自分の愚かさにこそ文句を言いたい。

お陰で、とんでもない悪い奇跡が起きた。

「ミア、落ち着いて聞いてちょうだい。これは全面クリア後に貰える特典の逆ハーレムエンドに入っているわ。このままいったらミアは全員と愛を育むけれど、日替わりで相手が変わる爛れた生活。そして、わたくしカトリーナは……国外追放で森に捨てられて死ぬわ」

カトリーナが告げた事実に、ミアの喉がヒュッと鳴った。