軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8. 恋の自覚は突然に

「俺はどうしたのだろうか?」

「いや、何が?」

薬草のカゴを押しつけながら呟くマリオンに、アギトックは首を傾げた。

薬師を表す深緑のローブに、神経質そうに寄せられた眉。太陽など無縁の生活な肌は、白を通り越して不健康に青白い。

目の下にくっきりと浮かんだクマが、さらに見た目の不健康さを後押ししている彼は、レイラに薬草の依頼をしている「友人」だった。

さらに付け加えるならば、フィリアスと共に幼年期からのマリオンの幼馴染である。

そして、なんだかんだと続く腐れ縁は、定期的に3人集まって飲みに行くほどには仲が良い。

快楽主義に走りがちなフィリアスと、真面目で1つの物事をとことんまで突き詰めたがるアギトック。

性格があまりに違いすぎるせいで、反発するより仲良くなってしまった。というか、間にマリオンという緩衝材がいたからこそ成り立った「3人」という関係である。

状態のいい薬草に心持ち眉間の谷間を薄れさせながら、話半分に聞いていたアギトックは、ようやく視線をマリオンへと向けた。

「僕はこの最高の状態の薬草を、最高の状態の薬に仕上げるのに忙しい。よって、僕自身には到底理解不能な衝動の相談に乗っている暇はない」

眉間の谷間が復活している。

そうして、頬を赤く染め情けなく眉尻を下げている幼馴染に重々しく告げた。

「それは僕の管轄外だ。フィリに聞け」

指先で扉を示し、しっしっと手を振るジェスチャー付きである。

そうして、用事は終わったとばかりに再度薬草へと向き直ると、優しい手つきで薬草の束を取り上げる。

その瞳は愛おしげに細まり、今にも頬ずりして愛を囁きかねない程である。

アギトックは、薬草と薬の調合を心から愛する薬オタクだった。

すっかり自分のことを意識から追い出してしまった幼馴染に「つめたい」とつぶやきつつ、マリオンは、さらなる相談相手を求めてトボトボと歩き出した。

ようやく仕事から解放され、最近お気に入りの女の子のいる飲み屋にでも繰り出そうとしていたところを捕まったフィリアスは、適当に連れ込まれた酒場で持ちかけられた相談に目を丸くした。

目の前に座っているほんのり頬を赤く染めたこいつは誰だ?てか、何をトチ狂った 発言(こと) を言ってるんだ?

側にいると嬉しい?

もっと近くにいたい?ずっと側にいて欲しい?

うっかり衝動のままにそんな事を伝えたら赤くなって逃げられたんだがどうすれば良い?って、それを聞かれた俺の方がどうすりゃ良いんだ。

思春期の初恋かよ!……ってそういえばこいつから女の子とのこういう話、聞くの初めてだわ。

マジか〜〜。

思わず天を仰ぐフィリアスの目に飛び込んでくるのは、残念ながら救いではなく明かりに群がる夜の虫と煙に燻された酒場の天井だけだった。

「あ〜〜大丈夫。とりあえず嫌われてるとかは無いと思うから」

なんとも言えない気持ちをエールと共に呑み込んで、フィリアスはどうにか返事らしきものを絞り出した。

酔えば男同士だしと下ネタ話で盛り上がっては、真面目なマリオンをからかっていたバチが当たったのかとフィリアスは真剣に悩んだ。

恋愛未満の相談が、こんなに恥ずかしいものだとは知らなかった。

主にされた方が。だってしてる本人は恋愛だって、気づいてもいないから!

(女の攻略法聞かれるならまだしも、「俺のこの気持ちはなんなんだ」って、そんな話は初等部で卒業してくれ!もしくは俺を巻き込まないで!?)

切なる心の声は、しかしどうにか飲み込んだ。

家庭が少々厄介で、一早い自立を目指していた真面目なマリオンが、ようやく他に目を向けることができたのはめでたい事だ。

そして、確かに薬草バカのアギトックに比べたら自分の方がこの手の話は適任……かもしれない。

色々自己説得のための言葉を重ね、片隅では体良く自分に押し付けたアギトックに恨み言をつぶやきつつ、フィリアスはようやく目の前の真面目な友人と向き合う気力を絞り出した。

「本当か?嫌われてない?」

「赤くなってたんだろ?照れただけだよ、多分」

縋るような視線に頷きつつ、エールを飲み干しお代わりを頼む。

こんな話、飲まずにやってられるか。

「ところでいつの間に女の子と知り合ったんだ?お前、基本寮と職場の往復だろ?」

四六時中一緒にいるわけでも無いが、班こそ違えど同じ職場だ。少なくとも、マリオンに女の影を見た記憶がない。

不思議そうなフィリアスに、そういえば言ってなかったとマリオンはポンと手を叩いた。

ファリアスは最初の一度の探索で満足して、その後興味もなさそうだったから忘れていたのだ。

「前にフィリの言ってた「境の森の魔女」だよ。見つけたんだ」

「は?はぁぁぁ??!マジで?いつ?どこで?!」

予想外の言葉に、フィリアスが大声をあげ身を乗り出してきた。

酒場の喧騒の中でも響き渡ったその声に周囲の注目が集まり、マリオンは眉をひそめた。

「ちょっと声落とせ」

肩を押して座るように促せば、大人しく座り込んだフィリアスが再び身を乗り出してくる。

「で?いつから?!」

「3カ月くらい前、かな。偶然会ってだな……」

予想以上に食いついてきたフィリアスに若干引きつつマリオンは出会いの日からの出来事を語り出した。

「そっかぁ。後宮側の住人らしい……と」

マリオンの話を、時々突っ込みつつも出来る限り聞き出したフィリアスは、しばらく黙り込んだ。

腕を組んで天井を見上げる表情は珍しく真剣で、いつもトレードマークのように浮かべている薄っすらとした笑みすらも無い。

「フィリアス?」

「ん〜〜。あのさ、ちょっとその子の事詳しく調べても良いか?」

真剣な瞳のままこちらをまっすぐ見つめるフィリアスに、マリオンは知らず息を飲んだ。

「なぜ、と聞いても?」

「淡い想いなら、諦めてもう会わない方が良い相手ってのも世の中にはいるんだよ」

まるでこちらの心の中まで見通そうというような、真っ直ぐな視線を逸らさないまま、フィリアスがそっと呟いた。

「何を言っているんだ?」

「淡い想い」「諦める」それではまるで自分が恋をしているようではないか。

驚きに目を見開き、否定の言葉を口にしようとして、マリオンは胸がツキツキと痛むことに気づいた。

それは、今まで経験したことのない痛み。

胸の奥の一番大切で繊細な場所を鋭い何かで突かれているような、細やかで、でも耐え続けていれば自分がどうにかなってしまう、そんな……。

その痛みに、そっと胸を押さえてマリオンは考える。

『諦めて、もう会わない』

それは、あの森での優しい時間を全て手放してしまうということだ。

ようやく向けてもらえるようになった、柔らかな微笑みを。

はにかんだように手渡される手作りのアレコレと、自分を気遣う眼差しを。

なにより、何の言葉もなく森の音に包まれて2人でそこに居るだけで、不思議と満たされていくあの感覚を。

そうして、もう一度考えてみる。

もう二度と会えなくなって、自分は我慢できるのか?

「………無理だ。我慢できない。手放せる筈がない」

零れ落ちた言葉に、マリオンは自分で呆然とする。

いつの間に自分はこんなに強い想いを育てていたのだろう?

出会って数ヶ月。同じ時を過ごした時間などわずかなはずなのに。

「オレは彼女を愛してる」

酔っ払いが陽気にクダを巻く酒場の片隅で、熱烈な愛の言葉は呆然とした響きを持ってポツリと零れ落ちた。

「………まぁ、昔から恋はするものじゃなくて落ちるものだって言うしね。しょうがないんじゃない?」

自称「恋多き男」は、そう言うと少し困ったように微笑んだ。

その笑顔からいつものからかう物ではなく、包み込むような優しさを感じて、マリオンは何も言えずに俯いた。

「だけど、お前の立場的なものもあるだろうし、ちょっと色々確認はしておこうぜ?」

「………わかった。任せる」

処世に長け、とんでもなく広い顔を持つフィリアスなら、不器用な自分よりもよほど上手に動いてくれるだろう。

そっと頷いたマリオンにフィリアスはおどけた仕草でグラスをあげてみせた。

「任せなさい!色恋関係は俺の専売特許よ?」

自信満々な様子に思わず苦笑しながらも、同じようにグラスを持ち上げる。

「お前は少し自重した方が良いと思うがな」

カチン、とグラスが音を立てた。