軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29. ババ様が行くよ

「一人一つずつだよ」

「数はみんなにいきわたるように用意してあるから、慌てずに列に並んで」

「ケガや病気をしている人はこっちに並んでください」

良く通る声が人々を誘導していく。

天候不良による不作から起こった飢饉と続く戦争が人々から笑顔を奪い、長らく市場も開かれる事が無くなった辺境の町の広場は、久方ぶりの賑やかな喧騒に包まれていた。

ある日ふらりと現れたキャラバンが、炊き出しを始めたのだ。

最初こそ、有志によって集まったというその団体を不審そうに見ていた町の人たちも、配られた具沢山の温かいスープにすぐに心を許した。

さらに、温かい食事の他にも、病や怪我に対して薬が配られた。

その中心にいたのは、 齢(よわい) 幾つになるのかも想像もできないほどしわくちゃの老婆である。

薬草の香りが立ち込める小さなテントの中にちんまりと座り、その皴の目立つ手で一人一人診察していく。

「困った時はお互い様さ。それが私たち一族の教えでね」

しわくちゃの顔で笑いながら、顔色の悪い母親に体力を回復するという薬を処方して、その腕に抱かれる小さな赤ん坊を指先であやす老婆の言葉に、人々は目を瞬いた。

「さあ、今はお腹いっぱいお食べ。腹が満たされたら元気も湧いてくるってもんさ。そしたら明日のために、自分が何をしたらいいのか考える力も戻るだろう」

背中を丸めて不遇を嘆く人々の背中を、老いてもなお力強い手が、発破をかけるように叩く。

「こんな小さな子供を飢えさせるなんて、あっちゃならない事だろう?」

弱り切って街角に転がる孤児を抱き上げて、手ずから食事を与え、温かい毛布にくるむ。

痛ましそうに目を細めながら、誰ともなくつぶやく老婆の言葉は、不思議と人々の耳にするりと滑り込んだ。

「私たちに感謝するなら、今度はあんたが、誰かが困っている時に助けてあげればいい。私らもそうしてるだけなんだからね」

感謝の言葉を捧げる人々に、老婆は穏やかな声で語った。

「それにね。私の可愛いひ孫娘がねぇ。子供がお腹を空かせて泣いているのはかわいそうだって言うんだよ。あの子は戦場で頑張っているから、こっちは代わりにババが頑張るのさ。本当は危険な方に私が行きたいんだけどね」

少し不安そうに眉根を寄せて見上げる先には国境がある。

自分の家族や友人が兵士として戦場にいる者も多く、人々は老婆と同じく沈痛な表情で同じ方向を眺めた。

食うに困って口減らしのために戦場へと向かった者も多かったのだ。

それなのに、自分たちは安全な場所で腹を満たされている。

その不条理さが胸を締め付けた。

そもそも、若者を兵にとられることで耕す事ができず、荒れ地に戻る田畑も増えていた。

何のための戦争なのか?

余裕が生まれたことで、人々の胸へ押し込められていた疑念が浮かび上がってくる。

そうして数日経ち、老婆を中心に再びキャラバンは立ち去った。

「この町はもう大丈夫だから、次の町に行くよ。支援物資はしばらくは届くはずだから、手はず通りみんなで分け合うんだ。思いやりを忘れちゃいけないよ。争いは何も生み出さないんだからね」

幾分明るくなった顔色で、それでも不安そうに引き留めようとする町の人々に、たくさんの食料とそんな言葉を残して。

「……争いは何も生み出さない、か」

遠ざかっていくキャラバンを見送りながらポツリとつぶやかれた誰かの言葉が、不思議なほど辺りへと響いて消えた。

ほんの一滴に過ぎない誰かの善意。

それは枯れ果てた人々の胸を確かに潤していった。

飢饉により、飢えあえぐ一帯の町から町へ。

ゆっくりと進むキャラバンよりも早く、噂は広がっていく。

『誰かの善意をのせてキャラバンが行くよ。

温かい食事に病を癒す薬。

お腹を満たして、心を満たして。

そうしたら、今度は隣の誰かを助けてあげよう。

ババ様が行くよ。

あなたの町にも届けに行くよ。

お腹を満たして、心を満たして。

勇気が湧いてきたら、今度はババ様と誰かを助けに行こう』

まるで子守唄のような優しい旋律と共に、最初に歌ったのは誰なのか。

庶民の間でひそやかに歌われるようになったその歌が、無茶な国の政策に眉をひそめていた誰かの耳にまで届き、やがて大きなうねりを呼び起こすことになるとは、今は誰も思っていなかった。

「やれやれ、年寄りに旅路は堪えるね」

ガタガタと進む馬車の中、少しでも振動を和らげるために厚く敷かれた布の上にゆったりと身を横たえながら、老女はつぶやいた。

「だから、ババ様は大人しく国で采配だけ飛ばしていればいいのに。年甲斐もなく出張って来るからだよ」

その体を優しくマッサージしていた青年が呆れたように答える。

「せっかく新しい風が吹こうって時に、田舎になんか引っ込んでられるもんかい。最前列で見届けさせてもらうよ」

ケラケラと笑う老女は、レイラに助けを乞われたババ様その人だった。

「それに、どう考えたって私がこの場にいた方が、うまくいくってもんだろう」

「そりゃあ、一族の長が先頭に立って動いているのに、自分たちが怠けているわけにもいかないし。正式に継承したわけでもないのにババ様に死なれちゃ、一族の歴史が途絶えちまう」

困ったように肩を落とす青年に、老女はなおも楽しそうにケラケラと笑った。

「別に、私ひとり倒れたところで、一族がどうこうなることもないだろうけどね。せっかくのこれまでにない取り組みだ。最後の一仕事と思ってね」

レイラから送られてきた手紙に書かれていた構想は面白かった。

身内のために手を差し伸べるのは当然でも、縁もゆかりもない赤の他人に見返りも求めず手を差し伸べる事は難しい。

だけど、パンひとつなら。ほんの小銭程度でいいなら。

きっと気軽な気持ちで支援してくれるのではないだろうか。

一人一人の力は弱くとも、数を集めればいい。

それを取りまとめる組織を作り上げる事ができれば、立派な力となる。

お互いを助けあう一族の掟を、一族の輪を飛び出して世界に広げようとしているのだ。

手紙を読んで、思わず大笑いした日の記憶はまだ新しい。

「とんでもない大仕事さ。だけど、我らの縁を使えば、出来ない事でもないしね」

長く生きた人生の中で、つないできた縁はたくさんあった。

その一つ一つに手紙を書き、支援を集め、さらには老体に鞭打って安全な森を飛び出すことを決めた。

「この年になって、新しい事を始めるなんてワクワクするじゃないか」

「はいはい。せめて体壊すような無茶はしないでくれよ?レイラが気にやんじゃうからな」

暴走する老婆を止める事は一族の誰にもできず、お目付け役を押し付けられたのは直系の孫息子でレイラの義兄だった。

薬師の才能はないからと早々にそっちの道は諦めて、代わりに一族の薬を流通させるために商人の道を選び修行中だったのだが、旅慣れているのだからと白羽の矢を立てられたのだ。

また、人の懐に入り込むのが上手く、交渉ごとに向いていると判断されたのも大きかった。

数年後、立派な支援団体となった組織の取りまとめを押し付けられて、悲鳴をあげる未来を彼はまだ知らない。