軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10. コレは戦略的撤退です。

「とは言っても第5か第6王子で継承権はかなり低いんだけどね!」

「ほら、うちの王族って王子様も王女様も沢山いるし、場合によっては王女様にも継承権が発生する国だから」

予想以上の大きな爆弾に青ざめたユリアに、脅かしすぎたと慌ててメイドたちが口々に喋りだす。

その情報をまとめてみれば。

「マリオン様」はこの国の第5王子であるが、母親は他国の男爵の娘であり、王族の中でも低い身分である事。

その母親も数年前に儚くなり、後ろ盾も薄かった。

本人もその自覚が強いためか、幼いころに自ら望んで騎士団に入団。

メキメキと腕を上げ、近衛にまで上り詰めた。

一時注目は集めたものの、本人の真面目な性格と、低くとも「王族」という難しい立場から、ミーハーに騒ぎ立てる対象にはならなかったようだ。

軽く見えても後宮に勤めるメイドとして、彼女達の線引きはキチンとしていたようだ。

何しろ、彼女たちが勤めている相手は後宮の主人たち。

つまり「マリオン王子」は自分たちの主人のライバルの子供、である。

既に他界している存在とはいえ、それは、さぞかし騒ぎにくかろう。

ここは年若きメイド達の溜まり場だから居ないけれど、年配の侍女達にはマリオンの幼少期を知る者とているかもしれないのだ。

まかり間違って、そんな 年配侍女(うるさがた) の耳に入ろうものなら、説教間違いなし、である。

(道理で名前を聞いたことがないはずよ)

ため息が1つ。

(つまり、相手は旦那様の子なんだから立場的にレイラ様は義母……って事ね。年下だけど)

ため息がもう1つ。

(今、後宮にお部屋を賜ってる方々って何人くらいいらっしゃったかしら。確か30人くらい?まあ、うちの姫様みたいに「居るだけ」の方もいらっしゃるから、実質通われてるのは半分いないとはいえ……多すぎ。そりゃあ、子供も多いでしょうよ……)

なんだか乾いた笑いが出てきた。

改めて考えれば、レイラの存在が忘れられたのもさもありなん、と言ったところだったのだ。

何しろ同時期に6〜7人、後宮に側室として送り込まれたのだから。

まぁ、それにしたってひどい対応だったけれども。

(いらないなら送り返してくれれば……って、普通の令嬢だったらそんな対応されれば、憤死ものか。うちの姫様だったら大喜びで森に帰っただろうけど)

つらつらと考えているうちにも体は自動的に部屋へと戻っていたらしい。

気づけば、扉の前、だった。

「どうしたもの、かしら?」

手に入れた情報を素直にレイラに伝える気には到底なれなかった。

少なくとも、第三者の口から伝えるのは、なんだか違う気がした。

「………とりあえず静観の構えで」

ユリアはポツリと呟いた。

そう、これは決して問題を放り投げたわけでも逃げたわけでもない。

(だって 本人(レイラ様) から、まだ何も言われてないし……)

いくらメイドスキルを磨いても、いろんな話を聞いて耳年増になっていたとしても、所詮ユリアとて20にもならない若輩者だ。

実体験もないのに、先を読むのは難しい。

(起きてない問題を突つき回しても、ややこしくなるだけだって先輩方もおっしゃってたことだし)

潔く棚上げを決め込んだユリアは、清々しい気持ちで扉に手をかけ、次の瞬間、盛大にむせた。

部屋の中から怪しげな煙が溢れ出してきたのだ。

「ちょっ!レイラ様?!」

慌ててハンカチで口を押さえつつ、果敢にも部屋の中に滑り込むと扉を閉めた。

この匂いを、廊下の方へと溢れさせるわけにはいかない。

いくら外れとはいえ、絶対に異臭騒ぎが起きる。

「レイラ様! 今度は(・・・) 何をされてるんですか?!」

とりあえず、発生源を突き止めるため、いささか煙で霞む視界の中を進めば、予想通りキッチンで何やら怪しげな鍋を煮詰めるレイラの背中を見つけた。

「あ、お帰りなさい。なんか横になってたら落ち着いてきたし、新しい薬でも、と思って」

「に、してもこの煙はやりすぎです!警備兵が何事かと飛んできますよ?!」

のほほんと振り返ったレイラに、ユリアが睨みを利かせて叫んだ。

もっとも、煙がしみて涙目になっているため、迫力など皆無だが。

「そんなに酷い?」

おそらく徐々に匂いが強くなったため、本人的には耐性がついてなんともないのだろうと思いつつ、ユリアは無言で庭に面する窓を開いた。

このまま森の方へと吹く風に乗ってくれれば、騒ぎにならず換気もできるだろう。本日の風向きに心から感謝だ。

「新薬の実験は慎重に、かつ外でして下さいといつも言っているのに……」

少し薄れてきた煙にほっと肩を落としつつユリアがぼやけば、レイラは素直に「ごめんなさい」と頭を下げた。

「前に、もっと強い痛み止めは出来ないかって頼まれてたの思い出しちゃって。今まで作ってたものをもう少し煮詰めて濃くしたらどうかな〜〜って思いついたら、やりたくなっちゃって」

「成分だけ濃くしたってしょうがないでしょう?そんなのでよければ、先人がとっくに道を作ってますよ」

あんまりな理由に思わず反論した次の瞬間、ユリアは自分の失敗を悟った。

「そうなのよ!だからね、そこにこの間見つけたあの薬草を足して……」

キラキラした瞳で語り出したレイラに、ユリアは諸手を挙げて降参した。

「残念ながら詳しいお話を聞いても、私では理解できません。勘弁して下さい」

肩を落として、煙の被害にあった他の部屋の換気をする為にその場を逃げ出した。

本格的に匂いが染み付く前に、どうにかしてこの煙を外に追い出さなくてはと、すでにユリアの頭はそのことで一杯になっていた。

「もう!話くらい聞いてくれてもいいのに!」

唇を尖らせて文句を言いはしても、火にかけた鍋のそばを離れるわけにはいかないレイラが、その背中を追いかけることはない。

そもそも、下手に後を追ったら異臭騒ぎの説教を聞かされるのは確実だ。

「さ、ユリアが我に返る前に、この薬を完成させてお説教から逃げる手を考えなくっちゃ」

ついうっかり「新薬実験は外のカマドで」との約束を忘れたのは自分だが、素直にお説教される気にはなれない。

「コリンの実を入れたから、煙に虫除け効果もある筈だし、そっちの線で押せばいけるかしら?」

言い訳をブツブツと呟きながら鍋をかき混ぜる様子は、遠目に見れば、まさに絵本の中の魔女そのものだった。