軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第92話 リリィ、好きなものには全力

意外にもジークリンデの授業は聞きやすかった。まるで人が変わったかのような易しい説明に、リリィもすいすいと教科書の内容を飲み込んでいく。一体どんな魔法を使ったんだ?

「────その時、魔法陣はどうなる?」

「えっと…………おっきくなる?」

「正解だ。…………これなら暫くは授業で躓くことはないだろう」

ふうと息をついてジークリンデが教科書を閉じると────事件が発生した。なんと隣に座っていたリリィがジークリンデに抱き着いたのだ。今までリリィはジークリンデに懐いている様子は見せていなかったのだが、この前の入学式や今日を経て「甘えていい人」だというくくりに入ったのかもしれない。

「じーくりんでおねーちゃん、べんきょーおしえてくれてありがとー」

「あ、ああ…………!」

膝の上で甘えるリリィにたじたじのジークリンデ。教科書から離れた両手が行き場を失って宙を彷徨っていた。撫でてやれば喜ぶぞ。

「ほあー……べんきょーつかれた……」

「きゅー!」

ジークリンデの膝の上で丸くなるリリィ。何を嗅ぎつけたのかくまたんも部屋の隅から走ってくる。ソファに登りたそうにするくまたんを上げてやると、くまたんはジークリンデとリリィの隙間に潜り込んだ。なんだなんだ、大人気だなジークリンデ。

「こ、これは…………何だ、どういうことだ……?」

「良かったなジークリンデ。人気者じゃないか」

「いや、そんなこと言われてもだな…………」

ジークリンデは困ったように視線を彷徨わせる。目線で助けを求めてくるジークリンデに顎をしゃくってやると、宙を彷徨っていた両手がゆっくりとリリィとくまたんの上に着地した。パッと見、立派な絵画にでもありそうな光景に見えなくもない。

タイトルは…………『母と子』ってとこか。謎の子熊が浮いちゃいるが。

熟睡を始めたリリィとくまたんをベッドに運び、俺たちはまったりとした時間を過ごしていた。

「あれはな、私が実際に受けた授業を思い出しながらやっていたんだ」

ジークリンデが急に下級生向けの授業を展開し始めた理由を聞いてみると、返ってきたのは衝撃的な答えだった。

「思い出しながらって…………下級生の授業をか? 二十年前だぞ」

「勿論全てを完璧に覚えている訳ではないがな。ある程度は覚えているぞ?」

「いやいや、ありえないだろ…………俺なんか上級生の記憶すらないんだが」

「それは単に聞いてなかっただけだろうな」

当たり前のように断ずるジークリンデ。どう考えてもおかしいのはジークリンデの方だと思うんだが、平然としているジークリンデの態度にだんだん自信がなくなってくる。もしかして俺の記憶力がなさすぎるのか……?

「そういえば、私に借金をしていたことも忘れていたな。ガトリンを出禁になっていることも」

「うっ……」

相変わらず痛い所を突いてくる。この調子だとまだまだ俺が忘れている失態がジークリンデの頭の中にありそうだな。

「…………ところで、リリィはどうだった? ハイエルフの凄さは感じられたか?」

話を変えたいという狙いもあったが、単純に気になってもいた。上級魔法書によるとハイエルフは非常に優れた知能を持つ。現に、リリィは一年足らずで言葉を習得した。下級生用の教科書の内容など少し見ただけで覚えられそうなものだが。

ジークリンデは少し悩む素振りを見せた後、言う。

「…………どうだろうか。今の所特筆すべき所は感じられないな」

「本当か? 割と順調そうに見えたが」

「元々そこまで詰まるような単元ではないからな。少なくとも私が想像していた『1を教えて10を知る』ような感じではなかった」

「そうか…………リリィ、あんまり勉強好きそうじゃなかったしなあ」

何事も好きだったり興味がなければ上達が遅いものだ。見る感じリリィは魔法そのものには興味があるようだが、座学の部分は嫌いみたいだからな。その辺りはまんま俺にそっくりではあるんだが…………。

…………と、すると。

「リリィはどうして喋りたかったんだ…………?」

リリィが一年でここまで言葉を覚えたのは、つまりリリィが喋りたがっていたということになる。少なくとも言葉を教えている時は嫌がる素振りは見せなかったし、絵本なども自発的に読もうとしていたように思う。

「どういうことだ?」

俺が漏らした呟きにジークリンデが反応する。

「リリィは全く喋れない状態から一年で言葉を覚えたんだ。勉強と違って嫌がる素振りも見せなかった。どうしてだろうと思ってな」

「…………はっ」

俺の言葉に、ジークリンデは乾いた笑いを漏らす。やれやれと呆れるようなジークリンデの態度の意図を俺は読めずにいた。

「何がおかしいんだ」

「やはりお前はお前だと思ってな。相変わらず鈍感な奴だ」

「俺が鈍感だと? そんな自覚はないんだがな」

「だから鈍感だと言っている。リリィちゃんが言葉を覚えた理由など一つしかないだろう」

「なんだ? …………生きる為か?」

あの時のリリィは奴隷として酷い扱いを受けていたしな。生きる為に必死だったに違いない。

けれど────ジークリンデが放った言葉は俺の予想していなかったものだった。

「リリィちゃんは…………お前と話したかったんじゃないのか? 自分を助けてくれたお前と」

「…………はっ」

今度は俺が乾いた笑いを漏らした。別にジークリンデの発言をバカにするつもりはないが、何となく斜に構えたくなったんだ。寝てる所にいきなり甘いチョコレートでも突っ込まれたような感覚に、思わず頬が緩む。

「…………そうだといいがな」

俺は努めて顔を引き締め、何てことない声色を作った。ジークリンデにニヤけ面を見られるなど死んでも御免だ。そもそも、こんなことで笑うような奴だと思われたくはない。

俺は親バカではないからな。