軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第59話 エルフの国のとある一日

ウルマリア王国────通称「エルフの国」は強烈なまでの女性国家である。

国を治める女王を始め、国政において重要な役割を果たす役職者の殆どが女性のエルフで構成されている。

宰相を務めるフレデリカも多分に漏れず女性のエルフだ。その見目麗しい容姿と凛とした立ち居振る舞い、完璧な仕事振りから「冷徹王子」の名で民草(主に女性)から絶大な人気を集めている。

フレデリカの仕事は多岐に渡る。

最も重要な国の財政管理から中々目を覚まさない女王様の目覚まし係まで、ありとあらゆる仕事が一度はフレデリカを通過していると言っていい。毎日山のように送られてくる王室宛の封書チェックもフレデリカが無数に抱えている些事の一つだった。

「────女王様。帝都から手紙が届いております」

自分宛ての封書くらい自分で確認してくれれば私の作業も減るのだが────そう思わなくもないフレデリカだったが、「自分の所で止めたほうがマシだ」と思い直す。

王室宛に届く封書の多くは国家間の複雑な契約の話や、国内の行政に関わる話であり、その類の話題を女王様の耳に入れた所で「フレデリカに任せるわ」の一言で片付けられてしまうのだ。

それどころか「フレデリカ、これは一体何なのかしら」「話が全く見えてこないわね」等と、一任される事は分かりきっているのに懇切丁寧に説明せねばならず、余計手間になった苦い経験があった。

それ以来フレデリカは女王宛の封書のほぼ全てを自分の所で処理しているのだが…………今回は宛名を見て開封する手を止めた。

そこに書いてあった名は────女王様がまだ第一王女だった頃。つまり八年程前に、第一王女が恋をした相手だったからだ。

「あら、お手紙? 何かしら」

女王アストレア・ド・ウルマリアはティーカップを優雅に口元に運びながら、ちらとフレデリカに視線を向けた。

庭園で午後のティータイム中だった彼女は、オフタイムに仕事の話を持ち込まれた事など全く気にも止めずフレデリカが差し出した手紙を受け取る。裏表がなく、快活で、底抜けに優しいのがアストレアの唯一にして最大の長所だった。

政の才は全くと言っていいほど持ち合わせてないが、それを補って余りある求心力…………つまるところ「なんか助けたくなっちゃう」力で、ウルマリア王国は今歴史上類を見ないほどの安定を見せているのである。

公務である街の視察においても、気さくな態度のアストレアは国民から大人気だった。そして、その影にフレデリカを始めとする多くの才人の努力がある事をアストレアは理解していた。だから彼女はいつ話しかけられても嫌な顔ひとつしない。

アストレアは手紙の裏に懐かしい名前があるのを見つけ、喜びに声を弾ませた。

「あら、ヴァイスじゃない! 懐かしいわねえ…………元気にしているのかしら」

アストレアがかつてヴァイスに抱いていた恋心は────今はもう良い思い出として彼女の心に刻まれている。確かに当時は涙で枕を濡らし、何も喉を通らなかったりもしたが…………アストレアはヴァイスに恋した事を後悔はしていなかった。それは彼女のさっぱりとした性格によるものかもしれないし、単純に想いが風化したのかもしれない。どちらにせよ、アストレアは失恋すらも前向きに捉えられる人物だった。

愛しの姉の傷ついた姿を見てしまったラヴィメリアだけが、今も数年前に囚われている。

懐かしさに目を細めながら、アストレアは封筒を丁寧に開封する。極限まで装飾を排したような簡素な封筒の中から現れたのは、これまたシンプルな白い便箋一枚だった。それが何とも彼らしく、アストレアは小さく笑みをこぼす。

肝心の手紙の内容はというと…………────

「…………まあ! フレデリカフレデリカ、ちょっとこれ! ラヴィが今アンヘイムで大人気なんですって!」

アストレアは傍に控えていたフレデリカを手招きで呼び寄せると、手紙をテーブルに広げる。

まさかの名前を聞いたフレデリカは内心嫌な予感を感じながら、手紙に目を走らせた。文字量は少なく一瞬で内容が頭に入る。そこにはこう書いてあった。

『先日アンヘイムで噂になっている稀代の帽子職人を探していたんだが、そいつに襲われ大変な目にあった。そっちの王族特有の魔法陣を使っていたんだが血縁だったりしないか?

名前はラヴィメリアで、炎の魔法を使っていた。姉がどうのこうの言って荒れていたから何とかしてやってくれ。あと多少反撃してしまったんだが正当防衛だ。許してくれ』

「ラヴィメリア様…………ですか」

衝撃の内容に思考が高速で回転し────結局口をついて出たのはそんな言葉だった。

アストレアはフレデリカに頷いてみせると、一際優しい眼差しで手紙に視線を落とす。

「ラヴィ、元気でやってたのねえ…………何だか久しぶりに顔が見たくなっちゃった! ねえフレデリカ、今からアンヘイムに行っちゃダメかしら? 手紙にもお姉ちゃんに会いたがってるって書いてあるし! ね!」

「…………そんな文章は無いと思われますが」

書いてあるのは…………ラヴィメリア様が人間を襲ったこと。そして返り討ちにあったこと。何故かは分からないが姉妹について荒れていること。それくらいだった。

当然のように「王族に危害を加えた」と書いてありフレデリカは頭がくらくらしたが、女王様が気にしていない以上口を出す事ではないように思えたので黙ることにした。

そしてその間にフレデリカは早くも頭の中でアストレアのアンヘイム視察に必要な手続きを洗い出し、その全てが今日中に完了することを脳内シミュレートで確認を終えた。

「…………女王様、出発は明日でも宜しいですか?」

「ええ、問題ないわ。あ、あと子供用の帽子を一つヴァイスに送っておいて頂戴な。私が小さい頃被ってたいいやつあったわよね? あれ被り心地が良いから、きっと喜んでくれるわ」

「…………畏まりました」

あれは由緒正しき王族のみが着用することを許される、貴重な帽子なのですが────喉元まで出かかったその言葉を飲み込み、フレデリカは庭園を後にした。

…………後日。

ウルマリア王国の技術の粋を集めた帽子は歴史上初めて国境を超え、ラヴィメリアは数年ぶりに愛しの姉と再会するのだが────その結果として、あの時の男が恋敵だったと知り対抗心を燃やすことになるのは…………また別の話。