作品タイトル不明
第130話 リリィを狙う不審な影
大きな冒険の成果を手にしたリリィは、勇猛な足取りで三叉路まで戻ってきた。
(ここからがほんとーのぼーけん……!)
この先は行った事のない未知のエリア。魔物が襲ってくるかも……とリリィは気を引き締める。一体どんな危険が待ち受けているのか全く予想がつかなかった。
先頭をリリィが歩き、その後ろをくまたんとぽよぽよがついていく。景色は大して変わらないが、油断は禁物だ──と、本人は本気で思っている。
きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていると、ふいに若い女性が近付いてきた。リリィはきょとんと目を丸くして見上げる。
「どうしたの? 道に迷っちゃった?」
傍からみればリリィの様子は迷子にしか見えなかった。何故ならここは警戒が必要な危険地帯などではなく、平和そのものの住宅街なのだから。
「ぼーけんちゅーのりりーです。あっちのほーでくらしています」
「そうなんだ。後ろの子達はお友達?」
「たのもしーなかまです」
「頼もしいねぇ……。うーん……大丈夫なのかなあ?」
このまま見送ってしまっていいのか、女性には判断がつかなかった。治安の悪い区域ではないが、「冒険中」という言葉がどうにも引っかかる。あてなく彷徨っているのだとしたら、迷子になるのも時間の問題だろう。どうしようかと視線を上げ──
「────え」
女性は思わず息を呑み、その場に釘づけになる。
(あれは……不審者……!?)
少し離れた木の陰に黒ずくめの男が立っていたのだ。木から顔だけを覗かせ、こちらを窺っているように見える。
黒髪の若い男。睨まれているわけでもないのに、視線が刺さる。気のせいでなければこの子供を狙っているように感じた。
(えっ、どうしよう。これ事件? なんかヤバい現場に立ちあっちゃったかも)
「おねーちゃん、どーかした?」
大人が急に固まったので、リリィが不審がる。女性は「ううん、大丈夫よ」とリリィを安心させるように穏やかな声を出したが、半分は自分を落ち着かせる為でもあった。
(私が気付いたとバレたら強硬手段に出てくるかもしれない)
そう思わせるだけの圧が、あの不審者にはあった。じわりと嫌な汗が背中を伝う。いざとなれば一介のショップ店員に過ぎない私なんて──と最悪の想像が膨らんでいく。
「ぁ──あのね、私も実は冒険中なの。ちょっとだけ一緒に行ってもいいかな?」
「いーよ! あっちになにがあるかをね、しらべにいきます」
そっちは住宅街が続いているだけだという事を女性は知っていたが、咄嗟に口を噤んだ。こんな緊急事態の最中でも「子供の夢を壊してはならない」という判断を下せたのは、日頃から接客業で子供の相手が慣れているおかげだろう。
「えっと、リリィちゃんだったよね? パパかママって、今は何をやってるか分かる?」
「ままはおしごと! ぱぱはさっきおひるねしてた。それでね、りり―はぼーけんにいけたんだよ!」
「そうなんだ……」
女性の脳裏にまず浮かんだ感想は「珍しい家族だな」だった。裕福な家に生まれたわけではない彼女からすれば、「パパも働きなよ」と少しだけ思う。まさか、両親共に大金持ちだとは夢にも思わない。
(ん……パパはお昼寝……?)
女性は素早く黒ずくめの男に視線を走らせた。まず確認したのは耳の形だ。ひょっとして、この子と同じエルフなのでは──と思ったが、残念ながら普通の人間の耳だった。
内心でがっかりしつつも、念のためにもう一つだけ質問を重ねる。
「パパってどんな人か、もうちょっとだけ教えてくれる? 髪は黒い?」
「え、なんでしってるの!?」
「服はどんな感じのを着てるかな?」
「えっとね、くろーいふくきてるよ!」
「そっか……うん、ありがとね。もう大丈夫」
(…………もーー、なんなのよ)
全身から力が抜けていくのが分かった。
彼女が不審者だと思っていた男は──ただの、娘の冒険を心配して尾行している父親だったのだ。
自分の早とちりな性格を彼女は呪ったが、同時に黒ずくめの男にも妙な怒りが込み上げてきた。もう少し普通の距離感で見守っていれば、ここまで焦らずに済んだものを、と。