軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第127話 リリィ、ぼーけんする

リリィのストレスは限界に達しようとしていた。

「……おそとであそびたい」

ジークリンデの大改革が始まって四日目。

これまでヴァイスのふわふわ育児でぬくぬく育ってきたリリィにとって、今の生活はまさに地獄。朝は掃除、昼は勉強、午後はお手伝い──おやつの時間までスケジュールがびっしりだ。

「なつやすみ、つまんない……」

自室の机で鉛筆を転がしながら、リリィはむくれ顔で呟いた。

そもそも自業自得である。筆記テスト壊滅と生活態度の悪さが招いた結果なのだが、小さなリリィにそんな因果関係が理解できるはずもない。

「ぽよぽよもあそびたいよね?」

返事の代わりに、膝の上のぽよぽよが小さく跳ねる。ただ声に反応しただけだったが、リリィの目には肯定したように映った。

「もーやだ……おそといきたい……」

その時、ベッドの上でくまたんがごろんと寝返りを打った。まるで「寝るのが一番」と言わんばかりの無防備な姿。

それを見た瞬間──リリィの頭にある閃きが走った。

「……そうだ!」

リリィは勢いよく椅子を引き、ぽよぽよを抱きかかえた。

「りりー、ぼーけんいく!」

思い立てば一瞬だった。リリィは小さなリュックを取り出し、せっせと荷造りを始める。

中身は──お気に入りのクッキー三枚、絵本、クリスタルドラゴンの杖、そして何故か予備の靴下。どこへ行くかなんて分かっていない。ただ「外に出たい」──その一心だけで、身体が動く。

リリィはぽよぽよを頭に乗せ、その上から帽子をちょこんとかぶった。リュックを背負い、くまたんを抱え、そろりそろりと玄関へ向かう。見つかったら終わりだ、という直感は幼いながらにあった。

時刻は昼下がり。ジークリンデは仕事で、ヴァイスはソファで寝息を立てている。

──今しかない。

リリィはつま先立ちでドアノブに手を伸ばす。

背伸びして、体重をかけて……。

カチ、コト……ギィィ……。

少しずつ開くドアから外の光が差し込む。風が頬を撫でた。

次の瞬間、靴がつるりと滑り──

ぽすん、とリリィは外に転がり出た。

────大好きな草木の匂いが鼻をくすぐる。空が広い。風が気持ちいい。

胸の中が一気にぱぁっと明るくなる。

「ぼーけん、しゅっぱーつ!」

帽子の隙間からぽよぽよが飛び出し、くまたんが庭を駆け回る。

こうして、リリィとくまたん、そしてぽよぽよの小さな「冒険」が始まった。

一般的には──「家出」と呼ぶのかもしれない。

リリィたちの冒険は、家の前の通りから始まった。舗装された石畳の道の先には街の中心まで続くゆるやかな坂。その光景だけで、リリィの胸はもうドキドキでいっぱいだった。いつもの通学路とは違って、今日はどこへ行ってもいい自由があった。

リリィたちは坂を下りて商店街に出た。通りを歩いていると、顔なじみのパン屋さんが店先でリリィを見つけ声をかける。

「あらまぁ、リリィちゃんじゃないの。今日はパパと一緒じゃないの?」

「りりー、ぼーけんちゅーです」

「まあ、勇ましいこと。偉いわねぇ」

にこにこしながら、パン屋さんは後ろの二匹に気付く。

「その子たちは……ペット?」

スライムは知っていたが、くまのような生き物は見たことがなかった。

「くまたんとぽよぽよです」

リリィがぺこりと頭を下げる。言葉を話せない二匹の代わりに自分がしっかりしないといけないと、リリィは何となく理解していた。

「くまたんとぽよぽよっていうのね。皆、パンは好き?」

言いながら、パン屋さんは小さなパンがいくつか入った袋をリリィに手渡した。

「これ、余っちゃったの。良かったら食べてね」

「ぱんだ!!」

リリィは目を輝かせ、パンをリュックに大事にしまい込んだ。

「ありがとーござます」

深々とお辞儀をして、一人と二匹はパン屋を後にした。

「お、リリィちゃん! お散歩かい?」

──そして、すぐに肉屋のおじさんが声をかけてくる。

街を歩けば、誰もが声をかけてくる。ゼニス仕込みの物怖じしない性格で通学中に手当たり次第に声をかけるリリィは、近所の人々にとってマスコットのような存在だったのだ。

「おさんぽじゃないよ、ぼーけんだよ!」

意識しないと敬語が抜けてしまうリリィが可愛くて、肉屋のおじさんはカウンター越しに腕を組んで笑った。

「へぇ、冒険とは大したもんだな。どこまで行くんだい?」

「んー……ないしょ!」

リリィは胸を張り、少し得意げに言った。それに合わせてぽよぽよがぷるぷると震え、くまたんがぴょんと飛び跳ねる。まるで「任せろ」と言っているようで、冒険者パーティの息はぴったりだ。

「そりゃ頼もしいや。じゃあ冒険者の腹ごしらえに――はい、サービスだ」

おじさんが渡してきたのは焼きたてのソーセージ。湯気が立ちのぼり、香ばしい匂いがリリィの鼻をくすぐる。

「おいしそ……!」

思わずゴクリと喉が鳴る。思わずかぶりつきそうになり──ぶんぶんと首を振る。

「くまたんとぽよぽよがさいしょ!」

リリィがその場にしゃがんでソーセージを差し出すと、一目散にくまたんとぽよぽよがやってきてソーセージにかぶりつく。魔物に遠慮などなく、ソーセージは一瞬で無くなってしまった。

「おいしー?」

しかしリリィはそれに文句を言ったりしない。それどころか、嬉しそうな二匹を見て笑顔を見せた。

「偉いなあ、リリィちゃん! まるでお姉ちゃんだ!」

「りりー、えらい?」

「ヴァイスが見たら感動して号泣してたはずだぜ。ほれ、リリィちゃんも食べな」

そう言って差し出されたのは出来立てのコロッケだった。リリィはキラキラと目を輝かせてコロッケにかぶりつく。

「おいしーっ!」

サクサクの食感に思わず跳びはねる。コロッケを食べ終えたリリィは、油でぴかぴかになった口元を拭いてもらい、肉屋を後にした。

──そして、すぐに次の店で声をかけられる。商店街を抜ける頃には、リリィのリュックはお土産で一杯になっていた。