軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「……ねえローラ」

「……はい」

「お前今度は何したの……!?」

「なにもしていません……多分」

「じゃあなんでルーミス家の夜会の招待状貰うの!? しかも本人手ずから! 何故かクラヴィス殿の分まで! ルーミス家とクラヴィス家って派閥違うのに!」

「なんででしょうね……」

胃の辺りに手を当ててふるふると震えるポルタ家当主代理、ルミノックスの白い左手の上には、金の縁取りを持つ鳥の子色の厚手の封筒が2つ鎮座していた。なめらかな肌触りの紙からは薔薇の香りが漂い、蝋封は艶やかな赤、そこにはルーミス家の紋章が刻まれている。宛名はそれぞれ、フェリクス・イル・レ=クラヴィスとアウローラ・エル・ラ=ポルタだ。

時は夕暮れ、とはいえまだまだ日の高い、夏の初めの宵のことである。

——時は半時ほど遡る。

「わたくしは確かに、アウローラ・エル・ラ=ポルタと申します。わたくしに御用でしょうか、ルーミス様?」

「用などと!」

すっと前に出ようとした侍女を手のひらで制して、アウローラは問う。呼び止められた噴水のかたわらで訝しげな表情を隠そうともしない彼女に、芝居がかった驚きの表情を見せたユールは、役者めいた顔立ちをきらめかせて言った。初対面から驚くほど印象の変わらない、不要に美々しい面差しである。

「私はただ、王宮で噂のクラヴィス殿の婚約者という姫君に、ぜひお会いしてみたかったたけなのです」

「うわさ、ですか?」

「ええ」

にっこりと、ユールは美神のごとき笑みを浮かべた。どんな噂だ、とアウローラは一層に眉根を寄せる。

なにしろアウローラはラエトゥスの夜会以来、ほとんど社交の場に出ていない。フェリクスがポルタ邸を訪れることと、両親の友人の茶会に招かれる以外は、屋敷の外にでることすらなく、丹精込めて刺繍を刺している。

噂になるとすれば、フェリクスが指輪をぶん投げた最初の夜会か、つい先日の騎士団訪問くらいしか心当たりはない。後者は流石に日がなさすぎるので、話題になるなら夜会が最初で最後だろう。

しかし、アウローラにはあの日の記憶はほとんどない。壁の花としてのんびりしている間は、ただただ姫君たちのドレスの美しい刺繍に見とれていたし、指輪が飛んできた以降は怒涛の展開だったせいで、覚えているのはフェリクスの顔くらいなのだ。

「身に覚えがございませんわ」

「ご謙遜を。『銀の騎士の愛を一心に受ける金の姫君は、陽光を溶かした 金色(こんじき) の巻き毛、森を煮詰めて固めた緑玉の瞳、肌は雪より白く、陶器より滑らか。薔薇色の唇は魅惑的に弧を描き、熟れた桃のような頬は天の使いのよう』と、まるで吟遊詩人のごとくにもっぱらの評判ですよ」

「誰ですそれは」

アウローラは呆れた顔つきを隠しもせず即座に答えた。

色は間違っていない。しかし色しかあっていない。

半分くらいは兄なら言われるかもしれないが、自分の容色が歌に語られるようなものではないことを、アウローラはよく知っている。クリーム色の巻き毛に、釣り気味の大きな緑の目、日焼けをしていない肌、それらをしてせいぜい、家猫みたいだと言われる程度が関の山なのだ。そして別段、それに悲観してもいない。美しいと言われる顔立ちではないが、不細工というほどでもなく、化粧でそれなりにカバーできる、見苦しくない程度には平凡な顔をしているのだから、十分であるとさえ思っている。

「貴女でしょう?」

「そう見えますか」

「……お可愛らしいと思いますが」

「お気遣いありがとうございます」

ここで笑い出さないとは敵ながらあっぱれである、とアウローラは内心で感嘆した。

おそらく、冷やかしやからかいの表現を誰かが鵜呑みにして膨らませたか、真実を知っている誰かが揶揄として言っているのだろう。でなければ、そういう見目の貴婦人が、フェリクスと共にいるところを目撃されたかだ。

「では、噂の貴婦人は貴女ではないと?」

「ご婦人の瞳が青ならば、ルナ・マーレ様のことかしらと思いますけれど」

むしろ彼女なら、その賛美でも足りない。宝石で出来た姫君だとか、精霊の王女のようだとか言うべきだ。ああいうのを美姫というのである。間違ってもアウローラに与えられるべき呼称ではない。

「では、彼は誰か別の女性と……?」

「さあ……わたくしとご婚約される以前のクラヴィス様のことは、正直分かりかねます」

「ここ最近の話ではないだろうと?」

「クラヴィス様は誠実な方ですわ」

誠実な、とは言ったものの、どちらかと言えば『そんなに器用な人ではない』と言いたい。アウローラは内心でひっそりと息をつく。婚約者を持ちながら、他の女性に会えるような性格だったならば、そもそもこんな婚約の状態になど至らなかったはずだ。あの顔とあの身分、あの勤勉さと肉体で、女性と縁遠いならそれは性格のせいに決まっているではないか。

透き通るような硬質な美貌、低く涼やかな声、優れた魔力と剣技、とくれば誰もが完全無欠の文武両道と思い込むようなのだが、彼の場合は残念ながら、それは見た目だけなのだ。

夜会で囲まれれば逃げ出し、騎士団への差し入れも受け取らず、茶会や観劇に呼ばれてもほぼ無言、姉と母(それに自身も含まれているのではないかとアウローラは思う)で間に合っているから美女にも心惹かれない。とは本人による自己申告であり、出会って日がそれほどないアウローラから見ても、その評価は覆らない。なにせ彼は未だ、アウローラを夜会に連れ出したことがないのだ。それどころか、ひとりですら参加していないというのだから、次期クラヴィス侯がこれで大丈夫なのかと、クラヴィス父子を問い詰めたくなる程である。

そんな、愛の言葉を囁くどころか、愛想笑いの一つも出来ない不器用な男が二股などかけられるだろうか。断じて否である。彼にできるならアウローラだって三股くらいはできるだろう。ユールなんか十股くらいできそうだ。もっとも、騎士団一女性に人気があるらしいユールに関しては、実際していても驚かないが。

「信頼していらっしゃるのですね」

「単にあの方の人となりを存じ上げているだけです」

きっぱりと言い切ったアウローラに、ふうん、とユールは奇妙な表情になった。予想外、といった顔つきである。

「ご用件はそれだけでしょうか?」

「……ええ、今日のところは。なるほど、姫君はお噂以上の方のようだ」

にんまりと、美しい 顔(かんばせ) を人の悪いかたちに歪め、ユールは懐から二通の封書を差し出した。

「前述のお噂の真偽は存じ上げないが、先日の模擬戦以来、騎士団では貴女が噂になっていますよ。私も貴女に興味が湧きました。これは、万年欠席のクラヴィス殿にお送りするか迷っていたのですが……貴女にお預けしよう。是非、彼といらして下さい」

では、また。

優美に過ぎる手付きでアウローラの手の甲に口づけを落とし、ユールは肉食獣の瞳でアウローラを見上げた。

「……ルーミス殿の考えることは分からないなあ」

少し遅れて待ち合わせの場所に現れたルミノックスは事情を聞いて頭と胃を抱え、そして冒頭に戻る。兄のぼやきにアウローラは頷いた。

「あんまり素敵なことじゃなさそうだってことは分かるけどさ」

「わたくしたちの周りには珍しいタイプの方ね」

「お前、なんでそんな方に目をつけられたの。美女ばっかり侍らせてる方に」

「美食続きだと、たまに違うものが食べたくなるのじゃないかしら」

「野戦料理かあ」

「せめて粗食と言って下さい。まあ、これは推察ですけれども、クラヴィス様とルーミス様は騎士団において仲がよろしくない……というか、ルーミス様が一方的に敵視しているそうですので、ここでお会いしなくても目を付けられたんじゃないかしら」

「なんて難儀な!」

グシャリとたまご色の金髪をかき混ぜて、ルミノックスが深く息を吐く。

「僕が禿げたらお前のせいだからね……」

「大丈夫ですわ兄様、ちょっと禿げたくらいのほうが妖精扱いされないですみます」

「そんな理由では嫌だよ!」

はーっ。もはや何度目か分からぬため息をつくと、ルミノックスは二通の封書をくるくると 玩(もてあそ) び、ちらりと護衛に目をやった。

「……ともかく、これをクラヴィス殿に届けないと。クラヴィス邸に先触れに行ってくれる?」

「はっ」

「お前の仕事じゃないのに悪いね。……さて、僕らも準備しないと。クラヴィス邸に向かうなら着替えないとなあ」

「はあ。厄介ですわねえ……」

軽快な足取りで去ってゆく護衛の後ろ姿を見送り、何とも言えない顔をして、アウローラとルミノックスはふたり、深いため息をついた。