軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01.

イーサン・ディ・ラングフォードは現国王の実弟、先代クレッセン公爵の嫡男としてこの世に生を享けた。

イーサンは幼い頃からとても優秀な少年であったが、厳格として知られる彼の父は、どれほど息子が努力してもその頑張りを認めることはなかった。

――もっと上を目指せ。もっと高みを目指せ。

――その程度で音を上げてどうする。お前は王太子殿下の、引いては未来の国王陛下の右腕として、この国を担う一翼とならねばならないのだぞ。

血を吐くような訓練や勉強に明け暮れる毎日。

優しかった母はイーサンが七歳の頃に亡くなり、それから彼の生活は更に過酷さを極めていった。

先代クレッセン公爵のやりようは、虐待と言える凄まじいものであった。

息子が少しでも失敗をすると背中を鞭で打ち、高熱が出ている中外に長時間立たせ続けたことさえある。

具合が悪くとも、授業を休むことは決して赦されなかった。

先代クレッセン公爵にとって息子という存在は、己が優秀な指導者であることを誇示するための『物』でしかなかったのだ。

息子を王太子より優秀に育て上げること。

それが、生まれてからずっと二番手に甘んじてきたクレッセン公爵の、最後の意地でもあった。

――下らない。

イーサンはそんな父が嫌いだった。

どれほど自分が優秀になったところで、人は生まれた時からその運命が決まっている。

二番手は一生二番手のままで王にはなれないし、イーサンだって王太子になりかわることはできない。

父に、反逆でも起こす度胸があればまた別だろうが。

極度に厳しい教育は彼から人間らしい感情を奪い、ただ優秀なだけの、空虚な人形のようにしていった。

そんなイーサンを見た女性たちは皆、口を揃えてこう言った。

――なんてお可哀想な公子さま。

――わたくしがお慰めして差し上げますわ。

金髪碧眼、白皙の美貌を持つイーサンは少年時代から大勢の女性に慕われてきた。群がってくるのは世間一般的には『美しい』と称される類いの女たちばかりであったが、どんな美姫であろうと、彼の心に空いた 虚(うろ) を埋めるには至らない。

そんな日々を過ごしていた、ある日のことだった。

国王夫妻に、最後の子となる娘リデルが生まれたのは。

イーサンも公子として、そして国王の甥として祝いに駆けつけた。

王族としての特徴をよく受け継いだ銀の髪に、まだ赤子だというのにくっきりと開いた灰色の目。

皆が可愛い可愛いと褒めそやす中、イーサンは貼り付けた笑みで形ばかりの賞賛を口にした。

きっとこの娘も、他の王子や王女たちと同じように両親からたっぷりの愛情を受け、国民から広く慕われてすくすくと成長していくのだろう。

『可哀想な公子』である自分とは大違いだ。

赤子はリデルと名付けられ、掌中の珠のように大切に大切に育てられた。

しかし彼女は、他の兄弟たちにはなかった不幸に見舞われた。生まれつき身体が非常に弱く、十歳まで生きられないかもしれないと診断されたのだ。

後にその診断は覆されることとなるのだが、ともかく当時の国王夫妻の嘆きようと言ったら凄まじいものがあった。

国中の医者や薬師を呼び寄せ、なんとしてでも娘の寿命を延ばすのだとあらゆる治療を試みた。

おかげでリデルはなんとか命を長らえ、一歳、二歳、三歳と危ういながらもそれぞれの誕生日を迎えることができた。

けれど、世間の目は思っていた以上に厳しかった。

きょうだいたちが優秀だったことも、彼女にとって非常に不利に働いたのだろう。

病弱で伏せってばかり、公の場ではいつも俯き、手を振ることすら出来ないリデルのことを次第に人々は『はずれ姫』と呼び、侮るようになっていった。

――可哀想に。

初めて他者に対して、そのような感情を抱いた。

イーサンはいつも『可哀想』と言われる側だったが、それまで誰かを憐れんだことなど一度もなかったのだ。

イーサンにとって忘れられないできごとが起こったのは、リデルの四歳の誕生日。お祝いの茶会が開かれた時のことだ。

当時、リデルは既に数名の使用人たちと離宮に移り住んでおり、その一室に家族が集まって団欒をするはずだった。

前々から予定を組んでいたにも拘わらず、急な公務によって家族全員、リデルの許へ来られなくなってしまったのだ。

『頼む、イーサン。リデルの様子を見に行ってやってくれないか? 誕生日をひとりきりで過ごすなんて、可哀想だろう?』

王太子ローレンスに頼まれ、イーサンはリデルの様子を見に行った。

彼女は飾り付けのされた庭でひとり、泣いていた。

けれどイーサンの姿を認めるやいなや、慌てて涙を拭いて笑顔を浮かべてみせる。

『お兄さま! きてくださったのね……!』

『君のお誕生日だからね、リル。お誕生日おめでとう』

『ありがとう。とってもうれしいわ』

まるで母鳥を見つけた雛のように、実直にイーサンの許へ駆け寄って抱きついてきたリデル。

泣いていたことを悟られまいと、目の縁を赤くしながらも満面の笑みを浮かべるリデル。

可哀想で、可愛らしい、十四歳年下の従姉妹。

――私が、守ってやらないと。

最初に芽生えたその感情は、単なる憐憫や庇護欲だった。

ただただこの弱くて可哀想な存在を世間の厳しい目から覆い隠し、優しさで包んであげたいと。

それからのイーサンは、折に触れてリデルの許を訪ね、絵本を読んであげたり共にお茶を飲んだりして交流を重ねた。

そんなイーサンを、リデルは実の兄のように慕ってくれた。

自分の感情がいつ頃から変化したのか、はっきりとはわからない。

けれどリデルが年頃の娘になり、徐々に結婚の話題が出始める頃には、イーサンは既に彼女を他の誰にも渡したくないと思っていた。

自分だけがリデルを守ってやれる。自分こそが、リデルの一番の理解者なのだという自負があったのだ。

それなのに、あの男がイーサンからリデルを奪った。

オスカー・ディ・アーリング。氷の騎士と呼ばれる、冷酷無慈悲な男。

父が死に、爵位を継ぐためクレッセン領へ戻って諸々の処理をしている間に、あの男は国王へリデルを妻にしたいと申し出、まんまと彼女を我が物にしていたのだ。

その上彼女に不幸な結婚生活を強い、失意の元死なせてしまった――。

左目の傷ごときでは決して、あの男の犯した罪を贖うことはできない。

「リル……。君の仇は、この私が必ず取ってやる」

揺れる車窓から外を見ながら、イーサンは憎々しげに呟いた。

彼の視線の先には灰色にそびえ立つ要塞のような城――アッシェン城が見えていた。