軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.

確かにリデルは、オスカーの仕打ちによって傷ついた。なぜ彼があんな態度を取っていたのか、それは今もわからない。

けれど道を間違えてさえいなければ、今とは違う未来が広がっていたかもしれない。オスカーを、そんなにも傷つけることはなかったかもしれない。その事実は、ジュリエットの胸を酷く苦しめ、痛めつけた。

「オスカーの心は今も、罪という名の闇の中に囚われたままです」

窓の外を見つめたまま、シャーロットが悲しげに告げる。

空から降る雨は黒く、闇の雫を零したかのようだ。

「ですが、もし……。もし、誰かが彼の――」

彼女は首を横に振って、途中で言葉を切った。

「――いえ、これは私が申し上げるべきことではございませんでした。……今晩はどうか、こちらにお泊まりになってください。お部屋の支度をして参ります」

話を切り上げると一礼をし、静かに部屋を去って行く。

残されたジュリエットは、壁に掛けられたスピウス女神の像を見上げた。そうして祈るように目を瞑り、長いこと、じっと佇み続けた。

シャーロットがあえて口にしなかった言葉がなんなのか、以前のジュリエットならば考えようとする前に思考を閉ざしていただろう。

けれど今は違う。

ジュリエットは知っている。

オスカーがエミリアを心から愛し、大切にしていることを。

屋敷にリデルの肖像画を飾り、妻がどんなに優しく美しい人だったのか、娘に語り聞かせていることを。

リデルが衣装部屋にしまっていたはずの剣帯を、今も大切に手元に置いていることを。

墓前に白い薔薇を供え、優しい声で語りかけていることも、全部。

――もし、旦那さまが本当にわたしを想っているのだとすれば。そしてもし、誰かが闇に囚われた旦那さまの心を救うことができるのなら。それはきっと……。

ジュリエットはゆっくりと、瞼を上げた。

女神から何か応えがあったわけではない。

導くようなジュリアの声も、今は聞こえない。

けれどなぜか、迷い続けた心の中に一本の道が通ったかのような気持ちになっていた。

§

空が白み始める頃、ジュリエットは目を覚ました。

昨晩の雨が嘘のように、空は澄みきっていた。地平線の彼方が淡く薄青色の光を放ち、草木や花や町が、闇に染め上げられていた様々なものが、息を吹き返すかのように徐々に元の色を取り戻していく。

寝台から抜け出したジュリエットはしばらくその光景を眺めていたが、やがてそっと礼拝堂を抜け出すと、リデルの墓へ足を向けた。

まだ城内は静かで、使用人たちですら起き出していない時間帯だ。

けれどジュリエットの胸には、確かな予感があった。

礼拝堂の敷地を抜けると、清かな風に吹かれ、白い花びらが舞い踊っているのが見えた。

甘い花の香りが頬を撫で、肩口で切りそろえられた焦げ茶色の髪をさらさらと揺らす。

一歩一歩と歩みを進めるたび、ジュリエットの鼓動は跳ねるように高鳴った。

そうして辿りついた場所に、オスカーはいた。

朝焼けの淡い光を浴び、胸に白い薔薇を抱いて佇んでいる姿は、まるで一幅の絵画のようだ。

彼は美しい所作で薔薇の花を墓前に供えようとし、しかしその前にジュリエットに気付き、身体ごと振り向いた。

「……ジュリエット?」

逆光に目を細めながら、彼は口を開く。

「丁度よかった。これから、男爵夫人の様子を聞きに行こうと、」

しかしただならぬジュリエットの気配を感じ取ったのか、すぐに口を噤んだ。

「旦那さま、わたし――わたし、あなたにお話ししたいことが……」

何から話すべきか。何を話すべきか。

言いたいことは沢山あるはずなのに、否、あるからこそ、すぐには言葉が出てこない。

動悸を抑えるように胸を押さえ、声を詰まらせ、ジュリエットはオスカーの氷色の瞳を見つめる。

しばらくの間、オスカーとジュリエットは互いに無言のまま向き合っていた。重く、長い沈黙がふたりの間に横たわり、やがて先に口を開いたのはオスカーのほうだった。

「…………リデル?」

確かめるような、縋るような声音で。長く捜していたものが見つかったような表情で。

そしてはっきりとジュリエットの耳にも届く音量で、彼は亡き妻の名を紡いだ。