軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07.

「わたくしのせいです」

妻を亡くし憔悴しきったオスカーに、マデリーンは告げた。

「わたくしのせいで、奥さまは――」

直接的に事件に関わっていなくとも、リデルが身体を壊したのは、マデリーンが嫌がらせしたせいだ。

刃を使わずとも、他人を傷つけることはできる。

マデリーンは、気の弱いリデルがオスカーに告げ口しないのをいいことに、言葉の毒で徹底的に彼女をいたぶった。

やがてその毒は彼女の心だけでなく、身体にも徐々に浸透していき蝕んでいったのだ。

マデリーンがそんな愚かなことをしなければ、リデルは身体を壊すこともなく、療養のため遠方の別荘になど行かなくて済んだ。

そうすれば兄だって盗賊に襲われることなく、今も元気に笑っていられただろう。

「どうか、わたくしに罰をお与え下さい」

己がリデルにしたこと、全てを告白し、マデリーンは断罪の時を待った。

己のしたことは大罪だ。軽率な行動がきっかけで、大勢の大切な命を失ってしまった。

首を跳ねられるくらいの覚悟は出来ていた。

それなのに。

「君のせいではない。全ては、俺のせいだ。俺が、彼女を別荘になんかやらなければ……」

オスカーはマデリーンを詰ることも、責めることもしなかった。

ただ全ての感情を失ったような瞳で、魂の抜け落ちたような顔をして、掠れた声で呟くだけ。

「君にも、アーサーにも、なんと詫びていいか……。本当に申し訳ないことをした」

そんな言葉を聞きたいわけではなかったのに。

赦されたかったのではない。

償いたかったのだ。

けれど抜け殻のようなオスカーを前にして、どうしてそのような傲慢なことが言えただろう。この先マデリーンが何をしたところで、失われた命は返ってこないのに。

アーサーが亡くなったことにより子爵令嬢との縁は途切れ、結局マデリーンはエヴァンズ男爵の妻となり、実家を救う道を選ぶしかなかった。

男爵家の人々は、後妻であるマデリーンを決して歓迎しなかった。『財産狙いの悪女』と誹られ、苛烈な嫌がらせを受けたことも何度もある。

けれどその全てを、マデリーンは甘んじて受けた。

どんな扱いをされても、これが己に課せられた罰なのだと思った。

やがて男爵が亡くなり、マデリーンは双子の娘たちとともに着の身着のまま追い出された。男爵家の人々は皆、持参金もなく嫁いで来た後妻に与える財などないと、冷ややかな目でマデリーンを見送った。

自分一人だけならまだいい。

けれど、娘たちを飢えさせるわけにはいかない。

恥を忍んで、マデリーンはオスカーを頼った。

両親は既に亡くなっている。そしてかつて社交界で爪弾きに合い、親戚からもとうに見放されていたマデリーンにはもう、彼以外に頼れる人がいなかったのだ。

働き口が見つかるまで、物置部屋でもなんでもいいから置いてほしい。

そう頼んだマデリーンを、オスカーはエミリアの家庭教師として雇い入れてくれた。

それが、かつて自身の命令のせいで死んでしまった親友への罪滅ぼしということは明白だった。

彼は寄る辺ないマデリーンを庇護することで、楽園にいるアーサーを少しでも安心させようとしたのだろう。

だからマデリーンは、その親切に全力で応えようと誓った。

家庭教師としてエミリアに勉強や作法を教え、誰の目にも素晴らしい貴婦人となるようしっかりと教育する。そうすることで少しでも、己の過去の行いを償うことができれば――と。

――けれど結局マデリーンは、空回りばかりだった。

雨の中、マデリーンは自嘲気味に笑う。

自分なりに、一生懸命やってきたつもりだった。けれどそれは結局、自己満足の世界でしかなかったのだ。

エミリアはあのジュリエットという新しい家庭教師を気に入っている。オスカーだって本当は、妻を死に追いやった女の顔など見たくもないだろう。

マデリーンはもう、誰にも必要とされていない。

――今も昔も、わたくしは邪魔者のまま。

ずぶ濡れのまま、マデリーンは兄の墓石の前にしゃがみ込む。

いつも無条件に慰め、励ましてくれた兄の手が今、無性に懐かしい。

「――ねえ、お兄さま。わたくし、そろそろそちらに行ってもいいかしら……?」

その言葉を最後に、マデリーンの意識は闇に閉ざされた。

§

一方その頃、マデリーンの不在を知らされたジュリエットたちは、手分けして城内の捜索に当たっていた。

客間や倉庫、空き部屋など至る部屋の鍵を開けて中を探すが、彼女の姿は一向に見当たらない。

一体マデリーンはどこに行ったのだろう。ペネロペの話によると、マデリーンの部屋は普段のままで、特段荷物などを纏めた様子もなかったようだ。

何より彼女の双子の娘たちが、まだ城内にいる。

この雨の中、何の用意もせず娘たちを置いて家出をしたとは考え難いが、念のためにと城下町には騎士たちを向かわせていた。

「ねえ、お姉ちゃま。お母さまはどこに行ったの……?」

「お母さま、あたしたちをおいてっちゃったの?」

ひとまず一旦マデリーンの部屋の前まで戻ると、ペネロペと一緒に待機していたキティとジェーンが、不安そうにエミリアを見上げる。

「あたし、お母さまに会いたい」

「あたしも会いたいよぅ……。おかあさま、おかあさま……っ!」

やがて双子が大きな声で泣き出し、ペネロペに縋り付いた。

ペネロペはそんなふたりを優しく宥めながら、部屋の中へ連れ戻す。

「大丈夫ですよ、お嬢さまたち。お母さまはきっともうすぐ、帰っていらっしゃいますからね」

その様子を見ていたエミリアが眉を強く寄せ、唇をぎゅっと引き結びながら零した一言を、ジュリエットは聞き逃さなかった。

「……わたしのせいだわ」

気付けばエミリアの目は強く潤み、鼻の頭は真っ赤になっていた。

「わたしが男爵夫人に、いなくなればいいなんて言ったから……。だから、男爵夫人は……」

その後の言葉は涙で霞んで続かなかった。

ジュリエットははっとしてエミリアを抱きしめ、宥めるようにその背中を撫でる。

「エミリアさま……。ご自分を責めないでください。きっと男爵夫人も、本気でないことはわかってくださいます」

「でも、でも、もし男爵夫人が帰ってこなかったら……?

「そんなこと――」

「ジュリエットは知らないのよ……! だってわたし、男爵夫人が駄目なわたしに愛想を尽かせて、ここを出て行ったらいいってずっと思ってたの」

叫ぶような声だった。

少し驚いて口を噤んだジュリエットを見て、エミリアは少しだけ声を落として続ける。

「だって、お父さまが男爵夫人と再婚したら、男爵夫人がお父さまの奥さまになるんでしょう? そうしたら、お父さまはお母さまのことを忘れてしまうかもしれない」

「エミリアさま……」

その言葉で、ジュリエットは自分が思い違いをしていたことに気付かされた。

エミリアは父親を取られるから嫌だというような単純な理由で、マデリーンに苦手意識を抱いていたわけではない。

オスカーが再婚した時のずっと先まで見据え、亡き母の存在を守ろうと、ひとりで必死に戦っていたのだ。

「本当はわかってるの。お父さまが幸せなのが一番だって。わたしのわがままで、お父さまの幸せを邪魔しちゃダメだって。お父さまが本当に好きな人ができたら、応援しようと思っているの。でも……でもね」

エミリアは誰とも分かち合えず、長年胸にため込んでいた苦悩を吐露するような、ほとんど独り言のような声で呟いた。

「……それでも、お父さまが愛しているのは、お母さまだけじゃなきゃ嫌だったの」