軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

04.

しかし、騎士として終わりだと告げられても、今のオスカーにとってはどうでもよかった。

騎士であったからこそ、リデルと出会えたのだ。

彼女のいないこの世で、騎士であることに一体何の意味があるというのか。

リデルの葬儀は、アッシェンで最も大きな教会で執り行われた。

荘厳な教会に、パイプオルガンの音がもの悲しげな音色を奏でている。

神へ捧げる清らかな旋律。死者を天の国へ導くための、祈りの歌。

喪主として司祭に続いて入場しながら、オスカーはひとつきりになった目で聖堂の中を見渡す。

急なことであったにも関わらず、参列者は少なくない。

主要な王族やアッシェンの関係者はもちろん、触れを聞いて駆けつけたであろう貴族たちの姿もある。

純粋な動機でないものも、中にはいただろう。それでも表面上は誰もが目を伏せ、王女の死を悼んでいる。

イーサンだけが、ただまっすぐにオスカーを見ていた。

落ちくぼみ隈の目立つ、憎悪にとらわれた幽鬼のごとき表情で。

厳かな雰囲気の中、司祭は告げる。

「〝神の国に悲しみはなく、また、飢えも苦しみも存在しない。女神スピウスの足下には黄金の川が流れ、木々には減ることのない果実が実っている。玉座の都にはただ安らぎの時が流れ、神の照らす光の中、 下僕(しもべ) は復活の刻を待つ――〟」

聖書に記された、『復活の章』による祈りの言葉。

葬儀の祭礼で頻繁に用いられる、生者を慰めるためのその言葉も、オスカーにとってはただの音と同じだ。

生きて辛い思いをしてきた人間が、死して安寧を迎えることにどれほどの意味があるだろう。

胸の奥がどろりと濁り、そんなことを思う。

忠実なる信徒でないオスカーにとっては、もはや天の国の存在さえ疑わしいというのに。

「ここにお集まりの兄弟姉妹よ。祈りましょう。神の御許へ召された我らが隣人、リデル・ラ・シルフィリア・ディ・アーリングのために。かの者が天の国で、安寧を得られるように。――マーシル・マース」

マーシル・マース。

心の平穏を祈る言葉。

復唱すべきそれを、オスカーは唇を引き結んだまま、とうとう口にはしなかった。

「奥さまが神の御許で安らかに憩われますように」

「ご遺族さまの上に、女神さまの深い慰めがありますようお祈り致します」

白い薔薇の花を棺に納めた参列者が、自身の席へ戻る際に一言ずつ、オスカーへ言葉をかけていく。

その中には、心のこもった哀悼の言葉もいくつか含まれていただろう。

しかし、オスカーの心には誰のどんな言葉も届かない。

茫洋たる瞳で虚空を見つめるオスカーを前に、妻を亡くしたばかりで呆然としているのだろうと、人々はあまり気に止めた様子もなく去って行った。

「まだお若いのにご病気で亡くなるなんて」

「お嬢さまも、一歳にもなっておられないのでしょう?」

立ち去る参列者がひそひそと、そんな言葉を交わすのが聞こえる。

国王の指示により、既にリデルの死は病によるものだとの触れが出されている。

明日までには国中に、元王女 卒去(そっきょ) の知らせが行き渡ることだろう。

真実を隠すため、事情を知る者たちには厳しく口止めがなされていた。

スピウス聖教において、自死は罪だ。

王族がその禁を犯したことについて、過剰な批判を口にする者がいることは否定できない。

なにより事実を発表すれば、いらぬ憶測でリデルの名誉を汚す者が必ず現れる。

――自死を選んだのは、野盗に不埒な目に遭わされたからではないか。

――きっとそうだ。王女は野盗にその身を暴かれたに違いない。

生きていた頃には『はずれ姫』と呼ばれ、死してなお『汚された姫』などと呼ばれる。

王は娘をそのような目に遭わせることを、望んでいなかった。

国民へ、死因を偽ってでさえ、亡き娘を守ろうとしたのだ。

たとえ口止めした者が口を滑らせ、多少噂が漏れたところで、国王の触れに表立って反駁する者はいまい。

ましてやリデルは元より病弱で、嫁いでからも社交の場に顔を出すことは皆無だった。

オスカーが、そうしていたからだ。

「よかったじゃないか」

葬儀の後、オスカーの元にやってきた友人のひとりがそう言った。

社交界で知り合った、某子爵の息子だ。

アッシェンで行われている事業の関係上、表面的に仲良くしていただけで、女好きで軽薄なところがいけ好かない男だった。

他の友人たちも、ほとんどがそうだ。

オスカーは元々、人付き合いが好きなほうではない。

それに彼らのほうとて、陰ではオスカーを『穢らわしい新興貴族』『劣り腹の私生児』と呼んでいる。

ただただ利益のために繋がっているだけの関係。

招待をした覚えもないのに、『誕生日を祝うため』とご大層なことを言いながら、新婚生活に探りを入れようとしてきた不快な人間たちだ。

葬儀にも呼んだ覚えはないが、国王も参列するとの噂を聞きつけ、慌ててやってきたのだろう。

弔問のため喪服に身を包みながら、へらへらと似つかわしくない笑みを浮かべたその男は、周囲を気にしながらもこう囁いた。

「厄介払いができてさ。これで、堂々と愛人と仲良くできるじゃないか」

「おい、場をわきまえろよ」

さすがに友人たちが慌てて止めに入ったが、元々空気を読むことのできない男だ。

軽薄な笑みを浮かべたまま、眉をひそめている。

「何でだよ、別にいいじゃないか。こいつだって前に自分で言ってただろう。王女とは利益のために結婚したって。そのためには、多少の我慢はしても仕方ない、みたいなことをさ」

ああ、確かにそう言った。

内心では友人とも思っていないような相手に、リデルのことを探られるのが不愉快で。彼女にほんの少しでも興味を持たれるのが嫌で、心にもない嘘をついた。

――彼女を人前に出す気はない。

――噂通り、人に見せられないような顔をしているからか?

――……出したくないからだ。お前たちにも会わせる気はない。

自分以外の男には会わせたくない、というのがオスカーの本心だった。

けれどそんなことを、目の前の男が知るはずもない。

「でもさぁ、リデル王女って意外にも美人だったんだな。いつも俯いてるから陰気で醜い女とばかり思っていたけど、棺を覗いてびっくりしたよ。あれだったら多少性格が暗くたって、我慢して結婚してやっても――」

考えるより早く、手が出ていた。

バキリと鈍い音が響き、目の前の男が軽く吹き飛ぶ。

彼は何が起こったのかわからないという顔をして、赤くなった頬を押さえながら、床の上に尻をついてオスカーを見上げていた。

そうしてしばらく呆けていた男だが、その唇の端から垂れた血が床にぽたりと落ちた瞬間、ようやく自分の身に何が起こったか気づいたのだろう。

「何するんだよッ!」

顔を真っ赤にしながら、オスカーに掴みかかろうとする。

それを止めたのは、他の友人たちだ。

「馬鹿、今のはお前が悪い。オスカーに謝れ」

「なんで俺が! いきなり殴ってきたのはこいつだろ!? 俺はこいつが前に言っていたことを、ただそのまま――」

「すまない、オスカー。こいつ、お前を元気づけようとしただけなんだよ」

「そうそう、悪気はないんだ」

へらへらと笑いながら薄っぺらい擁護を口にし、彼らは男を遠くへ引きずっていく。

なぜ、あんな男たちと付き合いを続けていたのだろう。

アッシェンの事業に益がある? そんなことより大事にすべきものが、オスカーにはあったはずなのに。

つまらぬ独占欲のために、嘘などつかなければよかった。

愛しているから王に懇願して結婚させてもらったのだと、堂々と告げた上で、付き合いを切るべきだった。

憤りのまま殴ったが、彼はある意味間違っていないのかもしれない。

悪いのは、あえて誤解させるような物言いで、リデルに対する陰口を正さなかったオスカー。

真に殴られるべきは自分だという思いが、憤りに沸騰したオスカーの頭を冷えさせた。