軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 娘から母へ

「ねえ、おかしくないかしら」

鏡を覗き込みながら、エミリアは何度目ともしれぬ問いを口にする。

美しく編み込まれた黒髪の上には、たくさんのダイヤモンドがあしらわれた 宝冠(ティアラ) 。

次期王太子妃に相応しい豪奢なあしらいのそれは、エミリアの亡き実母リデルの曾祖母が隣国から輿入れする際、身に着けていたものだ。

細い手を覆うのは、上等な絹で仕立てられた繊細なレースの手袋。

国一番のデザイナーが考案し、城中のお針子を総動員して作られたドレスには、星のように輝く宝石がちりばめられている。

侍女や女官たちによって調えられた、王子妃に相応しい完璧な装い。

それでもやはり心配になり、エミリアは先ほどからしきりに、薄絹でできたヴェールやティアラの位置を気にしている。

そんなエミリアに、背後に控えていたジュリエットが笑いかけた。

「大丈夫。とっても綺麗な花嫁さんですよ」

今日はエミリアがジョエル王子に嫁ぐ日。

初恋の人と共になれる喜びがある反面、家族の元を完全に離れる寂しさもあり、複雑な気持ちだ。やたらと身だしなみを気にしてしまうのも、そんなそわそわした気持ちからなのだろう。

そんなエミリアの気持ちを見透かしたかのように、ジュリエットが近づいてきて背中に手を添える。

「でも、気持ちはよくわかります。わたしも、結婚式の日は落ち着かない気持ちでしたから」

「……そうなの?」

「ええ。きっと、花嫁なら誰もが抱く感情だと思います」

自分の時のことを思い出すように、ジュリエットがそっと目を細める。

五年前、ジュリエットがオスカーに嫁いだ日――。当時十三歳だったエミリアにとって、花嫁衣装に身を包んだ友人は随分と大人っぽく、落ち着いているように見えた。けれど彼女もまた、今の自分のような思いを抱えていたのだと、不思議な気持ちになる。

「ジュリエットも、寂しかった? 自分のお父さまとお母さまと離れて暮らすこと……」

「もちろん。だけど、どんなに離れていても、何があっても、わたしが両親の娘であることに変わりはありませんから」

「そう、そうよね……」

「それに、おかげさまでエミリアとも一緒にいられましたし」

冗談めかして、ジュリエットが付け加える。そうして彼女は目を細め、エミリアの頭を誇らしげに撫でた。

「本当に、ご立派になられて……。オスカーさまはもちろんですが、きっと、リデルさまも誇りに思っています」

友人から家庭教師となり、そして若くしてエミリアの義母となった女性。

呼び捨てにこそするようになったものの、彼女は結婚して以降もずっと、エミリアに敬語を使い続け、親友という以上の距離を求めようとはしない。

もちろん、妹のジュリアや弟たちと差を付けて扱うような真似はしなかったが『母』として出しゃばらないようずっと、気遣ってくれていたように思う。

それはきっと、かつてエミリアが口にした「自分の母はリデルだけ」という言葉を気にしてのことなのだろう。

子供だったエミリアはその厚意に甘えてしまって、ずっとジュリエットに気を遣わせていることを見て見ぬふりしていた。

だけど。

「あのね、ジュリエット。わたしも、ジュリエットと一緒にいられて、とっても嬉しかった」

「……エミリアさま?」

あらたまった声音に、ジュリエットが不思議そうな顔をする。

鏡越しにそれを見て、エミリアはゆっくりと椅子から立ち上がり、振り返った。

「ジュリエットはいつだって、わたしの気持ちを尊重してくれて、わたしを大切にしてくれて……。自分以上に、わたしのことを思いやってくれた」

ジュリエットに、その自覚があるのかないのか、エミリアにはわからない。

けれど人はそれを、 無償(母) の愛と呼ぶのだ。

かつてのエミリアは幼くて、自分の言いたいことも恥ずかしくて言えないくらい子供だった。だけど今ならきっと、言える気がするから。

「だから、だからね……。随分、言うのが遅くなってしまったけれど……。見守ってくれて、愛してくれて、育ててくれてありがとう」

エミリアは、まっすぐにジュリエットの目を見つめて、これまでの思いをすべて乗せた言葉を紡ぐ。

「……エミ、」

「あなたたちのおかげで、今のわたしがあります。今までも、これからもずっと大好きよ――お母さま」

両手を広げて『母』を抱きしめる。

彼女は小さく嗚咽を零し、震えていたけれど、エミリアは気づかないふりをして抱きしめ続けた。