軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

03.

そうしてあっという間に、アッシェン城を離れる時がやってきた。

見送りには大勢の人が来てくれた。カーソンやロージー、たくさんの使用人、アダムを始めとする騎士団の人々。

それぞれ、順にジュリエットに別れの言葉を継げる。

「ジュリエットさま、これ……。ショールを編みました。どうかお身体にお気をつけて。たまにはアッシェン城にもお顔を出してくださいね」

「ありがとうございます、大切にします。カーソンさんも、いつまでも健やかでいらしてくださいね。このお城には、まだまだあなたが必要ですから」

カーソンは一見冷静にも思えたが、よくみれば眼鏡の向こう側で目を潤ませていた。

「せっかく仲良くなれたのに、もうお別れなんて寂しいです……っ! でも、また会えますよね?」

「ロージー……。ええ、きっと」

ロージーはぼろぼろと涙をこぼしながら、別れを惜しむようにいつまでもジュリエットの手を握っていた。

「ジュ、ジュリエットさん……っ! ほん、本当にお疲れさま……でしっ……! うっ、うぅ……」

「泣かないでください、アダムさん。またおばあさまのお話し相手になってくださると嬉しいです」

アダムは他の誰より号泣し、言葉を詰まらせながら小さな花束を手渡してくれた。

フォーリンゲンにいたら、きっと一生出会えなかった人々。短い付き合いだったけれど、ジュリエットにとってはかけがえのない仲間たちだ。

ひとしきり彼らと言葉を交わした頃、城のほうからオスカーがやってくるのが見えた。ジュリエットの側に群がっていた使用人たちが、慌てて道を空ける。

しかし、オスカーの側にエミリアの姿はない。

「すまない。エミリーにも顔を出すよう説得していたのだが、部屋にこもって出てこようとしなくて……」

「いいえ、いいんです」

最後に会えなかったことを残念に思うが、どこかでそんな気はしていた。

彼女は寂しがり屋で、意地っ張りで、とびきり繊細な子だ。

きっと突然訪れたジュリエットとの別れに、様々な感情を持て余しているのだろう。

「これ……。直接お別れを言えないかもしれないと思って、お手紙を書いておきました。エミリアさまに渡しておいてください」

「ああ。必ず本人に渡す」

オスカーは深く頷き、受け取った手紙を懐にしまった。

そして静かに、ジュリエットに視線を戻す。

「この半年間、君にはとても世話になった。どんなに感謝しても足りないくらいだ」

「……ふふっ」

真摯な態度に、ジュリエットはつい笑ってしまった。

「ごめんなさい。なんだか、半年前がとても懐かしくて」

祖母の策略でエミリアの誕生日パーティーに参加したあの日。オスカーはジュリエットのことを財産狙いの小娘だと決めつけ、信じられないほど無礼な言葉を投げかけた。

そして頭に血が上ったジュリエットは、彼の頬を思い切り叩いたのだ。

今思えば、あれからすべてが始まったのだと思えば、そんなひどい思い出も感慨深いものがある。

ジュリエットが思い出し笑いをしている内に、オスカーも当時のことを思い出しておかしくなったのだろう。

くっと喉を鳴らし、一緒に笑い始める。

「ご主人さまが……笑った!?」

「明日は雪でも降るんじゃないか!?」

「いや、石つぶてくらいは降ってくるかもしれないぞ」

「こら、あなたたち。ご主人さまに向かって無礼ですよ! もうお別れは済んだのだから、早く持ち場へ戻りなさい!」

驚愕する使用人たちを、カーソンが叱りつける。

メイド頭を怒らせては大変とばかりに、使用人も騎士たちも口々に謝罪の言葉を口にし、蜘蛛の子を散らすようにその場を去って行った。

けれどジュリエットには分かっていた。彼女は恐らく、オスカーとジュリエットの別れが誰にも邪魔されないよう、気を遣ってくれたのだと。

ふたりきりになり、ジュリエットとオスカーは改めて向かい合う。

先日、執務室で互いに別の道を歩もうと決めて以降、こうしてふたりだけで話すのは初めてのことだった。

だから、少し緊張しながら口を開く。

「……長いようで、あっという間の半年でしたね」

「ああ。本当に……あっという間だった」

しみじみと紡がれたその短い言葉には、互いにしかわからない思いがたっぷりと込められていた。

「どうかこれからも、エミリアさまのことを大切にしてくださいね。過干渉や過保護はほどほどに」

「分かっている。任せてくれ」

「それから、これからはもっと人付き合いをしてください。旦那さまはただでさえ誤解されやすいんですから、その適当に伸ばした髪をきちんと切って、流行の服に身を包んで。そうしてまた、アーサーさまのような信頼できるご友人を作ってください」

「……わかった」

「人と話す時は、できるだけ笑顔で話してくださいね。でないと、相手が萎縮してしまいます」

「――努力する」

母親のようなジュリエットの小言に、オスカーはひとつひとつ大真面目な顔をして頷いた。最後は少し難しい表情を浮かべていたが、それでも、無理だとは決して言わない。

「最後に。もう、わたしのことで後悔なんてしないでください。顔を上げて、前を向いて生きてください。それが何より、 わたし(リデル) の願いなのですから」

「ああ……約束する」

真摯な眼差しで、オスカーが頷く。

その言葉を聞けたら、十分だった。

「では……メアリと御者も待たせていることですし、わたしはそろそろ行きますね」

もうこれ以上言うことはない。

それにいつまでのオスカーの顔を見ていたら、名残惜しくなって離れがたさが増してしまう。

「ああ、それでは……元気で。ジュリエット」

「あなたもお元気で。アッシェン伯」

そうして、ジュリエットは馬車のほうへ歩き出した。振り返ることはしなかった。